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吟味

「ちょ……どうしたんです!? 大丈夫ですか!?」


 妙な既視感がある光景だが、放っておく訳にもいくまい。

 俺は慌てて駆け寄り、その顔を覗き込んで声をかけた。


「……え、ええ……問題ありません。少し眩暈がしただけですから……」


 ぶっ倒れた癖に少しで済むか……?


 まともに後頭部から床に激突していったように見えたが、意識はあるらしい。

 よろけながらも立ち上がると、ズボンのポケットからハンカチを取り出して血を拭うエルニア。


「もしかして体調が悪いんですか? それなら詳細は後日にしても良いですけど……」

「い、いえ、もう平気です。ご心配頂きありがとうございます……」


 俺が気遣ってそう言うのに対し、エルニアはハンカチを鼻に当てたまま首の後ろをとんとんと叩いている。


「本当ですか? 無理はしないで下さいね」

「はい。大丈夫です。お話の続きをお願いします」


 真っ直ぐに俺の目を見返して、きりりと表情を引き締めるエルニア。


 その鼻から一筋の赤い雫がつーっと流れ落ちた。


「おっと、これは失礼を……」


 一言漏らし、再びハンカチで鼻を押さえる。


「……本当に大丈夫ですか?」

「ええ。会話に支障はありませんので、しばしこの体勢でご容赦下さい」

「わかりました……」


 軽く上を向いて鼻声を出すのに対し、俺は恐る恐る頷いた。


 初見で感じた「出来る」オーラは錯覚だったのだろうか。


 俺は不安に思い、グレイラへちらりと疑惑の目を向ける。


「何だいその目は。私の紹介した人材にケチ付けようってのかい?」

「……いいえ? ただどういった経緯で勧誘したのか気になっただけですよ」


 俺は敢えて強く追及はせず、軽く釈明を促した。


「ふん。好んでこの街に流れて来る奴を雇おうってんだ。堅気じゃなかろうがお前さんらは気にせんわいな?」

「それはそうですよ。腕さえ確かなら」


 そんな確認に俺が頷くと、グレイラはエルニアを一瞥する。


「ほら、聞いた通りさ。お前さんが自分で言いにくいなら、私が話せるとこまで話しちまうが、良いね?」

「……はい。お願いします」

「ま、自分の犯罪歴なんざ余程の馬鹿でない限り自慢気に話す事じゃないさ」


 エルニアが了承するのを見届け、グレイラは再び俺に向き直った。


「今ので察したろうが、この子はSランク手配犯だ。聖堂騎士団からの追放者でね。追手を百人以上返り討ちにしつつ、逃げ回っているのをうちの勧誘員(スカウト)が見付けたのさ。接触してアドベースの事を教えたら、喜んで飛び付いて来たって寸法だよ」


 そうか、腰の剣に見覚えがあると思ったら、元聖堂騎士団所属だったとは。

 エルニアの剣は、聖堂騎士にのみ帯剣を許される特別な物なのだ。


 厳格な掟で縛られているはずの騎士団を追放されたという点が気になるが、細かい詮索をしないのが冒険者の暗黙のルールであり、選り好みしている余裕も今は無い。


「へぇ、お姉さんまだお若いですよね? その歳で聖堂騎士団に入れるなんて凄いですよ!」

「あ、いえ、それ程でも……」


 俺が掛け値なしに称賛すると、エルニアは若干照れた様子でハンカチを押さえる手に力を込めた。


 聖堂騎士団とは、国教である光神教直下の武装集団だ


 この国には様々な神へ仕える宗派があるが、特に広く信仰されているのが、魔術においての主属性を司る、火、水、風、土、光の五柱の神である。


 俗に五大神と呼ばれるその中でも、創造神として最も権威を誇るのが光の神であり、そんな最大宗派の手足となって、様々な任務を担うエリート中のエリートが聖堂騎士団だ。


 入団試験の過酷さで知られ、それを突破するだけでも、冒険者としてはSランクに匹敵するレベルだと言われている。それ程の実力者揃いの組織なのだ。


 大抵は国の軍で何年も下積みを経た上で試験に臨む者が多く、構成員は若くとも30歳前後がほとんどと聞く。


 そもそも女性が挑む事自体が稀だが、更には20代前半で入団を果たすなど、かなりの逸材である事は間違いない。


「しかも教会の追手と言う事は、もちろん聖堂騎士ですよね。それをずっと倒し続けるなんて!」

「あの……はい……」


 俺が褒めれば褒める程、エルニアは恐縮した様子で身を屈ませていく。

 確か聖堂騎士団は叩いて伸ばす訓練方針だったはず。正面から褒められるのに慣れていないのかも知れない。


「聖堂騎士ならば、対集団戦にも慣れていましょう。聞く限りでは勇者と成り得る器に思えますな。これは期待して宜しいのでは」


 後ろに控えたアンバーが言ってくる。戦神の信徒のお墨付きが出れば文句は無いだろう。


「そうですね。エルニアさんになら前衛を任せられ……」

「──ちょ~っと待った!」


 俺が話をまとめようとした瞬間、フェーレスが鋭く吠えた。


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