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リタ


 この世界、人の命は軽い、まだ、文明が低く又、魔物がいるからだ。


 そんな世だからこそ、悪党もまた蔓延る。盗賊共が良い例だ。


 盗賊共は物を奪い人を、そしてその命すらも奪い取る。


 とある街道に商人の一家がいた、最近盗賊が出ると噂されている街道にだ。


「冒険者の皆さん、そろそろ盗賊が出るって言う街道です。御願いしますよ?」


 其の男はまだ若手の商人だった。とは言え、夫婦の年齢は30前後と言った所か。


 冒険者達が警戒する中、馬車は進む。そして、問題となっていた区画を無事に通り抜けた。


「…何だよ、盗賊なんか出ないじゃないか。」


「心配して損したわね。」


 商人夫婦はそんな事を口にしながら、緊張を緩めていた。


「プギィーーッ!!」


 その時突然、街道脇の森から魔物の雄叫びが轟く。


「オークの雄叫びだ!こっちに来るかもしれねえ!警戒しろ!」


 冒険者達は商人夫婦の乗る馬車を護る様に警戒していたが。


「え、あ!わわ!?」


 御者をやっていた商人は、オークの雄叫びに怯え、混乱して馬車を走らせてしまう。


「て、おい!?」


「ちょっ!?」


 突然、走り出した馬車に冒険者達は、慌てて追い縋ったが…。


 ドーンッ!!


 暴走した馬車は街道を大きく逸れて、大木に突っ込んだ。その時、御者をしていた商人の男は衝撃で投げ出され、体を強く地面に打ちつけた。


 また、商人の妻は崩れた荷物の下敷きになり、打ち所が悪かったのか、そのまま息を引き取っていた。


 そして、唯一即死を免れ生き残ったのは、商人夫婦の娘である8歳の少女ただ一人だけだった。尤も彼女もこのままでは死んでしまっていただろう。


「急いで助けろ!!」


 馬車に追い付いた冒険者達は焦った様に叫んだ。


「こっちはダメだ!」


「クソ!こっちもだ。」


「あ、この子は息があるよ!?早く回復魔法を!!」


 夫婦は手遅れだったが、唯一生き残った娘は、冒険者達の必死の救助活動により、崩れた馬車から助け出され、治療を受けた彼女は命を繋いだのだった。


「くそ、あと少しで町に着いていたってのによ…。」


 冒険者のリーダーが悔しそうに呟いた。そう、本当にあと少しだった。ほんの半刻程で町に着いていたのだ。


「どうする?」


 メンバーの一人がリーダーにそう尋ねる。


「兎に角、馬車を引き起こせ。馬はどうだった?」


「気を失っているだけみたい…。」


「そうか、なら、彼らの遺体と積荷を町まで届けよう。あの娘にとってはつらいだろうが…。」


「うん、私がついているよ…。」


「頼む。」


 冒険者達は善人だった。彼らは夫婦の遺体と共に積荷を全て町に持っていった。


 彼らは詰め所、そしてギルドで事情聴取をされたが、詰め所は勿論、ギルドからもペナルティーは特になかった。彼らの日頃の行いのお陰だろう。


 そして、ギルドは夫婦の遺体を埋葬し、其の費用は商人の荷物を買い取る事で済ませたようだ。


 諸々の手続きが終った後、ギルド側は残金を娘に渡そうとしたが、少女の親戚を名乗る者が現れ、少女を引き取ると言う。


 怪しんだギルド側が調査したところ、この町に住む商人の叔父であることが分かったので、素直に少女と遺産を託した。


 しかし、其の判断は間違いだった。


 三日程過ぎた頃、少女がギルドに現れたのだ。


 少女に事情を尋ねたところ、彼女は男が遺産を持って逃げたと言う。


 直ぐに職員を動員し、衛兵まで動かしたが既に足取りを掴めなかったのだ。


「本当に済まない…。せめて、身分証だけでも…。」


 ギルドマスター自らが少女に頭を下げ、彼女は身分証代わりに特例でギルドカードを発行してもらった。


 それから暫く経ったある日の事である。


 <リタ>


 朝、間借りしているギルドの寮の一室で、目を覚ました元商人の娘リタは、呆然とした様子であたりを見渡していた。


「え?ちょっと…これ、如何いう事!?」


 彼女は混乱していた、見える物、視界に入る物そして、自分の体に。


「え?嘘!?私子供じゃない!?うぐっ!?」


 其の瞬間、彼女に記憶が流れてくる。リタとしての記憶。そして…


「ちょっと待ちなさい、私!冷静になるのよ!」


 彼女は一度深呼吸してから、口を開いた。


「私の名前は、日向里美。35歳。千葉県山武市出身。職業は小学校の教諭。」


 よし、私は正常だ。記憶を飛ばしている訳じゃない。だけど、これは一体?というか、この記憶って…


「え、ええ…?異世界転移じゃなくて転生?何?私、死んだって事なの?」


 死亡時の記憶はない。でも覚えていたら其れは恐怖でしかないので、その事についてはこれで良かったと里美は思った。


「白鳥の影響かしら…、まだ冷静で炒られるのは…。うーん。生きているだけありがたいのかしら…?」


 白鳥というのは彼女の後輩で生粋のオタクだった。里美は読書が趣味だったので数年前からラノベ小説を白鳥から勧められていたのだ。


「これって役に立ったって事かしら?でも、今の状況は不味いわよね…。」


 リタの記憶と融合した彼女は、今自分の置かれている状況を考える。


 里美と融合した今のリタの人格では、両親との思い出は映画のワンシーンとしてしか感じない。


 亡くなった両親には申し訳ないが、今現在で重要な事はやはりお金の問題だろう。


「せめて、あの男が来る前に目を覚ましていれば…。」


 あの時のリタに里美の人格が戻っていれば、彼女は騙されたりしなかっただろう。ギルドの人の前で断っていた筈だ。


「今更言っても仕方ないわね…。さて、今日も仕事に行きましょうか。」


 8歳の子供である私に仕事があるのは冒険者ギルドのお陰だ。


 元々は雑務や使いっぱしりの仕事が用意されていたが、元商家の娘としてのリタの事務能力が評価されてギルドの書類整理や経理の仕事を回して貰える様になっていた。


 里美の意識が戻る前でも、リタは十分に優秀だったというわけだ。


 そして、ギルドの見習い職員として生活をしながら、徐々にこの世界に慣れてきた頃、運命の転機が私に訪れた。


「将来はギルド職員かしら…?でも、受付嬢とか…、かなりきつそうな仕事なのよね。」


 ギルドは24時間営業だ。休憩時間も少ない上、面倒な冒険者も多い。そういう手合いを相手にしてもにこやかに対処しないといけないんだから、仕事のきつさが良く分かる。


 他にお金を稼げる手段となると冒険者だけど、今は其れも難しい。一応、指導官の手が空いている時に訓練を受けているが、実戦となると中々に辛い。


 幸い、私は敏捷さと手先の器用さ、そして体の柔軟性に優れているみたいなので、短剣を操るシーフスカウトに向いているらしいが。


「だけど、冒険者、冒険者か…。」


 ギルドの仕事をこなしながら、私は物思いに耽る。


 小さな子供、それもただの女の子でしかない今の私は当然、火力なんてない。そもそも非力な上、火力がないお子様シーフスカウトにソロなんて出来る訳が無いので、パーティーを組む必要がある。


 だけど、私をパーティーに入れてくれる人なんて早々居ないだろうし、居ても変な連中だと私が困る。


 前世とは違い、今の私は結構…いや、かなり可愛い部類に入る。なので、今の私に言い寄る様な変態はお断りしたい。


 カランカラン


 ギルドの扉が開き、人が入って来る。そして、私は何となく其方に目線を送っていた。


「……何あれ?貴族の兄妹?でも護衛が居ないような…?」


 冒険者ギルドは貴族が来るような場所じゃない、来たとしても依頼の持ち込みをする者ぐらいだ。


 それだって、依頼の話は従者が通す。だからこそ、従者らしき者を引き連れていない彼らが異様に思えた。


「お前、すっかりリバウンドしちゃったな。」


 兄と思われる男が半笑いで妹?に話し掛ける。


「うっさい!うっさい!全部アンタの所為よ!!っていうか、前ほどじゃないわよ!?」


「俺の所為にするなや。砂糖を買い込んだのはお前だろうが。」


「うぅ…、アンタがあの後に作ったパンの耳揚げパンが美味し過ぎたのよ…。」


 …ちょっと待って!?パンの耳揚げパン!?ちょっと、私も其れ食べたいんだけど!!


 リタの記憶を見る限り、この世界には揚げパンすらない…と思う。そもそも、砂糖が高いので揚げパンなんて作ったら一個あたり幾ら掛かるか。


「すみませーん!ちょっと良いですか?って、子供!?」


「あら、可愛い。受付嬢って、こんなちっちゃな子でも出来るんだ?」


 揚げパンの値段を想像して戦慄していた私に、先程の兄妹?が声を掛けてきた。


「あ、少々お待ち下さい!今、係りの者が参りますので!」


 私が受付カウンターの側に居たのは偶々だ、というか、先輩職員の受付嬢の子がトイレに立つ際に店番代わりでここに座っていただけだ。


「くっ、ロリっ子受付嬢は居なかったのか…。」


「何でそう残念そうなのよ…。」


 そんな遣り取りをしていたら、受付嬢が慌ててトイレから戻ってきた。


「すみません!お待たせしました!」


 私は受付嬢の子に席を返して、自分の書類仕事に戻ろうとした。


「え?冒険者登録…ですか?」


 え?この二人って貴族じゃないの?


「あ、あの貴族の方では?」


 受付嬢の子も私と同じ事を思ったらしく二人に聞き返していた。


「いえ、俺達は平民ですよ。遠国を目指して旅をしたいので冒険者になりたいのですよ。」


「私には剣、彼は魔法の才がありまして、各地冒険者活動をして修行しながら東国を目指したいのです。」


「そ、そうなのですか…。でも危険ですよ?特に東国に続く道は険しいらしいのですが…。」


「それでも、俺達は行かねばなりません!」


「そうです!米と醤油、そして味噌が私達を待っているのですよ!」


 ……え?


 私は思わず二人を見てしまった。


 彼らの容姿は軽い肥満体型で、冒険者に向いているとは思えない。というか、そういう体型だったからこそ裕福な貴族だと思っていた。まぁ、大商人の子供という可能性も会った訳だけど。


 其れは兎も角、私の聞き間違いで無ければ、米とか醤油とか、味噌とか…。え?本当にあるの!?


 この世界の食事は基本的に大味で、市場には岩塩が出回っているので塩は其処まで高くはないけど、調理方法が発達していないのかレシピや調理道具が少ない。


 醤油や、味噌があればこの世界の料理は改善されることだろう。というか、其れが出回っている土地なら必然的に美味しい食べ物がある可能性が高い。


「東国か…。」


 受付嬢の話が事実なら東国との交流は少ないのだろう。だからこそ此方では回っていないと。そう考えると彼らの話に信憑性が増してくる。


「ん、どうしたんだ?お嬢ちゃん?俺のほうを見て。」


 私の視線に気が付いたのか、男の方が私に声を掛けてくる。ちょっと其の視線はキモい。ロリコンはお断りですよ?


「え、えっと、ちょっと聞き慣れない単語が聞こえてきたもので。」


 そんな事を言って、私は視線を逸らす。


「お!お嬢ちゃん興味あるー?」


「興味があるなら一緒に行くかー?」


「えっと…その…。」


 興味はもの凄くある。可能であれば私も行きたいところだけど、あいにく今の私は、まだ8歳の子供だ。危険な旅路についていける訳がない。


 でも、醤油や味噌、米が手に入るというのなら危険を犯しても、行って見たい。目覚めてからまだ一月程だけど、食事に関してだけは今だ慣れないのだから。


「えっと、とりあえず、手続きを進めても良いですか?」


 二人揃って、私の返事待ちみたいになってしまっていたので、受付嬢が困ったような顔で二人に問い掛けていた。


「あ、すみません、御願いします。」


「では、ご案内しますね。」


「お嬢ちゃん、後で返事聞かせてねー。」


 二人はヒラヒラと手を振りながら、新規登録の受付所に移動して行った。そして、一人残された私は、本気で悩んで思案に耽る事になる。


「正直言って付いて行きたい…、でも、あの子達の実力も分からないし、どうしようかしら…。」


 この世界の成人は15歳、だから其の年齢まで訓練に費やし冒険者として活動するのも手だ。だけど、其の期間は7年もある。その間今の生活を続けていくとなると…。


「如何したの?もしかして、彼らの話が気になるの?」


 何時の間にか戻ってきた受付嬢が私に声を掛けた。もの凄く真剣に考えていたから、戻ってきて居た事に気が付かず、思わずビクッっとしてしまった。


「え?ええ?そんなに驚かなくても…、で、さっきの話だけど、如何するの?私個人としてはそんな危険な旅はお勧めしたくはないけど、リタちゃんが自分で決めたのなら応援するわよ?」


 どうやら私が付いていくか如何するか、悩んでいる事を受付嬢に見抜かれたらしい。なら、相談をしてみるのも手か。


「正直悩んでいます。勿論、彼らが本気で私を仲間に加えてくれるかというのも気になる所ですが。」


「あー、それがあったわね。リタちゃんは落ち着いてて知的で優秀だから、ついつい実年齢を忘れてしまいがちだけど、まだ8歳だもんね。」


 そう、普通はこんな子供なんて誘う訳がない。さっきの事も社交辞令的な意味で声を掛けた可能性もある。というか其の確立が高い。


 ただ、醤油や米という話は恐らく事実だろう。最低でも、現物を知らなければ、其れを求めて旅をするわけが無い。


 すると此処である仮説が思い浮かんだ。もしかして彼らも?いや、そう判断するのはまだ早いか。


「それに、彼らの実力や人柄も気になります。私は、ご覧の通り非力ですから。」


「そうねぇ、人柄については私見だけど悪い人たちには見えないわね。二人とも癖は強そうだけど。」


 普段から冒険者を相手にしているベテラン受付嬢のこの人が言うのなら、そう悪い子達じゃないだろう。私もそう感じた訳だし。


「実力については…、そうねぇ、いっそ実技試験にリタちゃんも付いて行ったら?試験場の森は危険な魔物も少ないし、ベテランの試験官も付いてるから。」


「あの、良いんですか?」


「ええ、勿論よ。職員としても何れ覚えないといけない業務内容だしね、リタちゃんの実力ならウルフやゴブリン程度なら倒せるだろうし。」


「えっと、実戦経験はまだなんですけど…。」


「何も戦えなんて言っているわけじゃないわよ。其の必要もないでしょうし、現場の空気に慣れる事が目的だから。心配なら私も付いていくわよ?こう見えて、私も結構強いのよ!?」


 成程、どの道経験する事になるのなら、彼らの事を抜きにしてもいく意味はあるのか。それに職員にならずに冒険者になる場合でも今回の経験は生きる筈だ。


「分かりました、是非御願いします。」


 こうして私は後日行われる、彼らの試験に同行することになった。

お久しぶりです。そろそろ活動を再開いたします。

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