アリス・ロナ・マークシェイド
街道を進む一台の豪華な馬車。左右には紋章が掘られており、それを見ただけで代々近衛騎士を排出する騎士の名門、マークシェイド家だと言う事が分かる。
護衛の人数は二人と一見少なく見えるが、盗賊等が手を出していい相手ではない。其れぐらい有名なのである。……勿論、世の中物を知らない馬鹿は多い。
「お嬢様、そろそろ休憩になさいますか?」
「いえ、平気よ。今日中に領都に着きたいわ。」
「畏まりました。」
御者をやっているのは、マークシェイド家の執事の一人だ。彼もまた、戦闘力を有している。
「はあ…、憂鬱ね…。」
そう言って、少女は言葉を漏らす。
少女の名は、アリス・ロナ・マークシェイド。子爵家の令嬢である。
腰まで届く長い金髪で、大きな瞳が愛らしい。目の色は深い青で所謂、碧眼という奴だ。
アリスは幼い頃から愛らしく、誰に対しても優しい少女であった為、誰もが愛して止まない美少女だった。それこそ兎を追って違う世界に行ってしまう某少女の様な。
現在は12歳となり、今回、他家への訪問を行っていたのだ、今は其の帰り道なのである。
「それにしても、あのクソガキ…。」
ギリッと唇を噛み締める少女、誰に対しても優しいという設定は何処行ったのか?
彼女の怒りは、今回訪れた伯爵家の三男坊に向けた物である。ちなみに三男坊は14歳とアリスよりも年上である。
「大体婚約の話を持って来たのはあっちでしょ!なのにあの言い草は何よ!?」
彼女が怒るのも無理はない、アリスがまだ幼い時に相手側が家格を盾にして一方的に婚約を結んで来たのだから。
「ちょっと、体型が変わった位でオーク呼ばわりとか酷すぎでしょ!」
……コレに関してはちょっと何処ではない。顔つき自体は変化がなく愛らしい見た目ではあるのだが、その、なんていうか…、大分横に成長してしまっていたのだ。
なので、三男坊が驚いてしまうのは仕方ない。ただ、女性…それもまだ少女であるアリスにオーク呼ばわりは失礼極まりないと思うが。
「はあ…、婚約破棄とか何処の悪役令嬢なのよ…。」
ボソりと呟き、アリスは嘗てやっていたゲームを思い出す。
……
………
<アリス>
マジで最悪なんだけど…、そりゃ、ちょっと体型がふくよかに成り過ぎたと思うけど、年頃の乙女に言う台詞じゃないよね!?コレだから貴族ッて奴は!
まぁ、頭の中でそんな事を考えながらも自分が悪いのは分かっているつもりだ。
そもそも彼女がこんな事になってしまったのは食事が悪かった。何が悪かったのかと言うと単純に不味かったのだ。
なら、食べている方が可笑しいと思う者も居る事だろう、そのカラクリはこれから語ろう。
彼女のマークシェイド家は、一般的な貴族家に比べてかなり厳しい。それは訓練などもそうだが、出された食事は必ず食べきらなくてはならない。
だが、その食事はアリスの口に合わな過ぎた。なので、自分で口直しの料理を作ってこっそり食べていたのだ。
更に、二年前のある日を境に、急激に運動能力が下がった…と言われてしまったのも原因である。
当日、何時も通りの訓練をしていたら、急にアリスが倒れてしまったのだ。それも本格的な訓練が始まる前だったのも関わらずだ。
当時、相当家族から心配され、アリスの訓練時間が極端に減ってしまったのだ。
食事量の増加と、運動量の低下…、いくらアリスがまだまだ成長期だとは行っても、限度があったのだ。
「あーあ、見た目だけは悪くなかったから結構期待してたんだけどなぁ。」
そろそろ、アリスの様子が可笑しい事を説明しておこう。…おっと。
「折角、転生してファンタジーの世界に来たのに、本当に思ってたのと違う…。」
食事事情は不衛生で、調理レベルも底辺だし!このまま、マークシェイド家を出ちゃおうかな?
と、何やらアリスが企んでいる様だが、話を進めよう。って、おい!
私の名前はアリス!今をときめく12歳の美少女←これ止めて!絶対に痩せるから!(フラグ)
……コホン!実は私は転生者でして、前世では日本に住んでいました。死亡時の記憶はないけど、享年15歳かな?高一だったし、誕生日が遅いしねー。
ちなみに、異世界物の定番であるチートは持ってません!え?現代知識だけでチートだろって?あはは、それは使える状況にいればだよ!そもそも専門的な事なんて15歳の小娘が分かると思っているの?
まぁ、チートではないけど、この家に生まれたお陰で、剣士としての才能はあったりするんだけどねー、血筋って奴!まぁ、今は動けないケド…、っていうか私が目覚める前のアリスちゃんは天才だったんだよ…。
あ、まだ、紹介の途中だったね!日本での名前は”大和飛鳥”超和名!中二臭くて、私的にはお気に入りの名前だったんだよねー!アリスっていうのも定番で好きだけどね!
…うーん?何か話があちこちに飛んでいるよーな?ま、いっか!兎に角、剣の才能は天才的だったんだよ!幼女時代は!
え?今…?え?この体で動ける訳ないじゃん!……ってヤッバイ…、婚約破棄されたからさっきの冗談が現実になっちゃうよ!家に居られなくなるんじゃない!?この展開も定番だよね!?
前世では母子家庭で育ったし、料理に関しては中高と料理部を設立しちゃうぐらい好きだし、腕にも自信があるからいいけど…、追い出されちゃったら…、何処かで料理人やればいいかな?
いやいや!折角異世界来たんだから、冒険者になろうよ!冒険者ギルドだってあるんだからさ!
生活魔法ぐらいなら、私にだって使えるし!後は、カッコイイ冒険者仲間が欲しいな!
そんな感じでテンションを上げ下げしているアリスだが、肝心な事を忘れている。
「あ、不味いよ!」
「!お嬢様!如何しましたか!?」
思わず叫んでしまったアリスに護衛の兵士が慌てたように声を掛けた。
「あ、何でもありません。お騒がせ致しました…。」
ふう…。
一息ついたところでアリスは、問題を直視する。
この先、如何なるにしてもダイエットは必要だよねぇ…。でも、ご飯がなー。
自分の分は自分で用意したい。其れを許してくれれば話は早いんだけど…。
元々アリス…飛鳥は調理師志望なので、栄養バランス等の基礎知識はある程度ある。勿論、世界が違うのであまり当てには出来ない知識だが。
そんな事を考えていたら、不意に馬車が止まった。
「ん、どうしたんだろ?」
「お嬢様、盗賊共が現れました。」
――――――…
<アレフ>
エナちゃんの町(そんな名前ではない)を出発してから丸一日ちょっと、国境を越えリベル王国に入った。
「えーと、そろそろ何とかっていう伯爵領とマーク…しぇ…りどだっけ?子爵領に続く道の合流地点だよな?」
事前に軽く収集した情報だ、目的地はマーク…領にある領都ラムサ。今日中に着ければ良いけど。
街道を暫く進んでいくと、情報通り別の街道と合流した。
「えっと、街道が合流したら左に進むんだっけ?」
情報を頭の中で確認しながら、ふと左側を見ると豪華な馬車が止まっていた。
「ん?休憩中かな?…いや、休憩中なら端によるよな?……って、あれは…。」
柄の悪そうな男達が馬車を取り囲むように、近づいていく。そして、一際偉そうな態度の男が一歩前に出る。
「死にたくなければ、荷と”女”を置いていけ!」
そう言った多分リーダー格であろう男の口が歪む。
「貴様ら、我らがマークシェイド家の者と知っての狼藉か!」
護衛の兵士っぽい、壮年の男が盗賊に問う。
「野郎共!かかれ!!」
壮年の兵士の問い掛けに答えることもなく、男は部下に命令を下す。
「って、大丈夫なのか?見た所兵士が二人しか居ないんだが…。」
そんな事を口にしながらも、俺は駆け寄っていた。少し痩せた程度では走る速度に変化はない。だが、俺には魔法がある!
「『疾風の如く!』」
俺は身体強化魔法を自身に掛ける。すると、冗談見たく、身体能力が向上していた。
ちなみに、この魔法は俺のオリジナルスペルだ、一通りの初級魔法訓練が終った後、真っ先に覚えた魔法でもある。
仕様用途?そりゃ逃走用だよ、本来は!
そのまま俺は、馬車の所まで駆けて行った。
<アリス>
「盗賊…ですか、此処の管理は…。」
「ダフレ伯爵です。」
「そうですか…。」
ダフレ伯爵、うちの隣の領主で創作でよく見かけるタイプの貴族。…悪い方のね。
「お嬢様には、一切触れさせぬ!」
「お嬢様っ!?」
素っ頓狂な声を上げた者がいた。馬車の中からでは姿を確認出来ないが、馬車の後方から聞こえてきたようだ。
「な、なんだぁっ!?」
前方から聞こえる盗賊達の声、そしてもう一度後方にいる男の声が響く。
「『ストーンバレット・ファイアーボール!』はい、ドーンッ!!」
「「「ぎゃあああああ!?」」」
突如前方から叫び声が聞こえてきた。どうやら、後方に居た男が魔法を放ったらしい。
窓から顔を出すと、前方の盗賊達がギャグマンガの様に吹っ飛んでいた。
「やあ、美しいお嬢様、僕はアレフ。以後お見知りおきを。」
イケボに釣られて私は思わず振り返る。…そして、口を開いた。
「…豚じゃん……。」