元豚貴族のダイエットと魔法鍛錬。
「ぶひぃ、ふひ!はひ!」
「ふひぃ!はふっ!ごふっ!」
「ひぃ…ひぃ…、ふはっ!?うぎゃああ!?」
ゴロン!ゴロゴロ…べちゃっ!
……開幕から汚いSEが連発してしまって申し訳ない、今の一連の汚らしい音声は地面に転がっている男から発せられた物だ。
それはそれとして、体が全然動かねぇ…。ヤバくね?この状況!、
昨日の事だ、あの後早速と初級魔術書を読み込んで魔法の発現をチェックしていたのだが、夢中になりすぎてなぁ…、夕飯を食いそびれた上に、気付いたらド深夜だったんだよ。え?明かりは如何したって?何の為の初級魔法だよ!ライトぐらい直ぐにマスター出来たよ!
何が言いたいのかというとだな…、初日はそれだけで終ってダイエットなんてまったくしてねえんだわ。
このままじゃ不味いと思ったんでな、今朝は早めに起きてランニングでもしようと思った訳ですよ!だけど、この体は思っていた以上にヤバくてな?
走り始めて10Mぐらいで息が上がって、20M地点で足が上がらなくなり30M時点でもつれ始める、うん酷い。
だから、多少無理してでもって思って走ったんだよ。そしたらさ、50Mもいかないうちに両足の腿がつったんですよ!?
其れで今、絶賛のた打ち回ってます。うぅ…、情けねぇ…!
「どうしたの?おにいちゃん?だいじょうぶ?」
不意に声を掛けられ、首を向けると…
「…っ!?」
俺は目を見開いた。其処には天使がいたからだ!
「いや、なんでもないよ。ちょっと土魔法の練習をしてたんだよ。」
ズキズキズキ…
「ほぇ~?」
俺はシュパッタっと立ち上がり、天使に向けて微笑む。……きもいとか言うなよ?
「エナ、ご迷惑そうだから行きましょう。」
と、其処で声を掛けて来た人は女神様だった。…いや、言い過ぎた。普通に美人さんだ。多分、エナちゃんのお母さんだろう。何故そう思ったか?そりゃエナちゃんが5歳ぐらいの女の子だったからだよ。
「迷惑だなんてとんでもない!子供は好きですよ!」
そう言うと、エナちゃんのお母さんは俺を胡乱気な目で見る。うわぁ、変質者を見る目ですよ……いや、エナちゃんに変な事するつもりはないよ?
「くしゅん!」
必死で”無害です!”アピールをしていたら、エナちゃんがクシャミをしてた。そういや、早朝だし肌寒いもんな…、えっと記憶では今は冬なのか。
「えーっと…、水球…火術での温度上昇……、ホットウォーターボール!」
よし、上手く行ったぞ!熱過ぎず、温過ぎず良さそうな温度だ。
「わぁー!すごいね!お兄ちゃん!!」
おお!ロリっ子が俺に微笑み掛けてくれている!?やはり、エナちゃんは天使か!?
「ほら、此処の手を入れてみて?暖かいよ!」
「わー!きもちいいー!」
そうかそうか、気持ちが良いか。うむうむ、心が潤ってくるのう。
エナちゃんのお母さんが心配そうに此方を見ていたが、そんな目をしないで欲しいな、流石に幼女には手を出さないぞ!
それにしてもこの世界の魔法は便利だな、ある程度イメージ通りに魔法が発現してくれるし、自由度が高い。
其の証拠に、今作ったお湯の水球とかは魔術書に載ってないんだよね、つまりかなり応用が利くと言う事だ。
つまりやろうと思えば、ドラ〇スレイブだとか、エクス〇ロージョンだとか、我は放つ〇の白刃だとかやりたい放題出来る可能性があるって事だ。これは研究のしがいがある!
おっと、そうこうしている内に結構な時間が経っていたのか、エナちゃんが不満そうな顔をしているな、余計な事考えてたから制御が狂ったか?
「うー、お水がつめたくなってきちゃったよー。」
成程、外気温で冷めちゃったのか。
「もう一度暖めようか?」
「うん!」
「エナー、朝ご飯いらないの?」」
「あっ!」
エナちゃんはもう少し暖を取りたかったようだけど、お母さんに朝食を人質…物質にされてしまったらしく、慌てて立ち上がった。
そして、お母さんの下に駆け寄っていくエナちゃん、お母さんの方は俺に軽く頭を下げてからエナちゃんを引っ張って行った。
「お兄ちゃんまたねー!」
「またなー!」
エナちゃんが手を振ってくれたので、俺もエナちゃんが見えなくなるまで手を振り続ける。そして、俺はその場に倒れた。
「いてててててて!!!!」
そう、足はまだつっていたのだ。可愛い女の子に無様を晒したくない一心で今までやせ我慢していたアホである………。アホだなぁ。
―――――――――……
「街を歩き回るだけでもきついとは…。」
軽く走るだけでも死ねたので、先ずはウォーキングから始めてみたんだが、それでもこの豚には結構な運動になったようだ。
一旦、宿に戻って朝食を食べてから歩き始めたんだが、2時間程度でバテテしまった。
「こりゃ、休み休みやっていかないと、体を壊すな…。というか、もう膝を痛めている。」
という訳で、まだ昼前だというのに宿に戻ってしまった。無論夕方も歩くつもりではある、少しでも体を絞らないと何も出来ないからな。
宿に戻った俺は、教本片手に宿屋の庭で魔法訓練。勿論、お店の人に許可は貰っている。ライトの魔法は兎も角、属性魔法は室内じゃ危なくて使えないからな。
「よし、今度は火属性を試してみよう!…とはいえ、怖いからイメージはライターの火で!」
掌を天に向けながら魔力を循環させ、イメージを固めるとジュボッっと掌の上に拳程の火球が現れる。
「ホワイ?イメージより随分でかいんだけど…?」
うーむ、これはアレフの魔力が高すぎる所為なのか?それとも俺の制御がイマイチなのか?…どっちかというと後者かなぁ?の割にはエナちゃんに作った温水球は上手くいったんだよな。
それから、試行錯誤を重ねて、ようやくライター程度の火を灯す事が出来た。
うむうむ、すっかり夕方になってしまったが二日目にしては順調かもしれん。
「さて、夕食の時間まで町を歩くか。」
その後俺は、宣言通り夕食の時間まで町を練り歩いた。午前中よりも疲れなかったのは幸いだった。一朝一夕でどうにかなる事はないだろうが、頑張っていこう。
翌日も早朝から、ウォーキング。エナちゃんに会えるかなと思って昨日のコースを辿ってみたんだけど、残念ながら会えなかった。
そして、朝食を食べて、昼間から夕方まではまたウォーキング、合間の時間は魔法訓練にあてている。
そんな感じで一週間が経ち、残った滞在期間は3日となった。
「とりあえず、膝の痛みは引いたな。これなら旅は出来る…訳ねえな。」
俺は所謂ピザデブから、デブになった。でも動けるデブではないのでデブゴンにはなれない。ギリギリまで絞らないとなぁ…。
という訳で、今日から軽いランニングに切り替えた。速攻息は上がったが、以前よりは大分マシだ。それでもあまり走れなくて9割型歩いていたけどね。
今日のノルマもこなして、宿に戻ろうとすると、俺に近づいてくる女の子に気付いた。
「あ、やっぱりお兄ちゃんだ!」
「おお!エナちゃん!久しぶりだねー!」
「お兄ちゃん、お湯出してー!」
「はいはい、ちょっと待っててねー!」
可愛い女の子に屈託の無い笑顔でおねだりされたら、男としては応えるしかないよね?ないよな!
「ふわぁ…、暖か~い!」
「うちの娘がすみません…。」
無邪気に喜ぶ、エナちゃんを見て和んでいたら、エナちゃんのお母さんに声を掛けられた。
「別にいいですよー。かわい…子供の笑顔を見ると幸せな気分になれますから。」
「…そうですね。」
エナちゃんを見守るお母さんも、ほっこりした表情を見せていた。
「うー、ねえ、お兄ちゃん。」
「ん?如何したの?」
ちゃんと制御しているし、温くなるにはまだ早いと思うんだけど?
「足が寒い…。もう一個ダメ?」
ああ、成程。確かに手だけじゃ足元は冷えるよな。しかし、足湯か…。あ、そうだ。
「エナちゃんのお母さん、ちょっと良いですか?」
「え?はい。」
「お家にはお風呂ってあります?」
「……え?そ、そんな豪華なもの、うちにはありませんよ!?」
だよなぁ、あまり裕福そうに見えないし…。
「ならちょっと、お家の方へ伺いたいのですが。」
俺がそう言うと、エナちゃんのお母さんは思いっきり胡乱気な目で俺を見て来た。
「えっと、うちへ、ですか?」
「あ!変な事しようって訳じゃないんですよ。ただ、エナちゃんにお風呂を作ってあげたいなと思いまして。」
「ええ!?」
「水魔法と火魔法が使えれば、お風呂は使い続けられますからね。」
「え…えっと、うちはあまり裕福ではないので…。」
「あ、勿論金なんて取りませんよ!」
「で、ですが…。そんな事をして頂く理由が…。」
う、うーん。いきなりこんな話をされたら困って当然か。なら。
「理由はありますよ!俺、今魔法の修行中なので、其の練習がしたいんですよ。だけど、大きな物の生成とか出来る場所がないので、場所を借りられるだけでもありがたいんです!」
うん、嘘は言ってない、何しろ無許可でその辺に作ったら通報されて警吏がすっ飛んでくるだろうからね。
「お風呂ほしい!お母さんダメ?」
おっと、ここでエナちゃんのナイスアシスト!上目遣いでキラキラ目線だ!めちゃくちゃ可愛い!此れは落ちる!俺は落ちた!!
「え、えっと、主人と相談してからで…。」
む、むう…。そうなるか…。
「じゃあ、お父さんに聞いてみようよ!行こう!お兄ちゃん!」
そう言って、エナちゃんは俺の手を取る。その行動にお母さんが顔を引き攣らせていたけど、まぁ相手が俺じゃそうなるよな。
という訳で、エナちゃんに手を引かれ、お家までやってきた。既にお父さんは帰ってきていたようで、エナちゃんがお父さんに説明すると。
「ただってんなら、いいんじゃないか?」
と、あっさり承諾して貰った。という訳で…。
「じゃあ、このあたりに立てちゃいますね。あ、薪でも暖められるようにしますか?」
「いや、俺も嫁も火魔法は得意だ、エナは水魔法と相性いいし井戸もあるから、その傍に作って貰えるか?」
「ふむふむ、分かりました。じゃあ、早速作ってみますね。」
俺は地面に手を当てて、4畳分ぐらいのスペースで小屋っぽい建物を作っていく。造詣としてはイマイチだけど雨風を凌げられる頑丈な建物になれば問題はないだろう。
建物の強度は石ぐらい、でかい地震でも起きない限り、倒壊することはないだろう。
「あとは…、換気口を作って…、浴槽と…、こっちは脱衣所…。」
辺りはすっかり暗くなってしまったが、3時間程でなんとか完成する事が出来た。
「早速、水を…。」
水を召還して、ドボドボと浴槽に水を注いでいく。
「次は…、火球を…。」
拳大の火球を浴槽の中で発生させ続ける。水温がかなり高くなってきた所で、腕を回して程よい温度に。
「よし!」
完成したぜ!……エナちゃん、寝てなきゃいいけど。
「わぁ!すごーい!」
俺の心配は杞憂だった様で、エナちゃん一家を呼びに行ったら、三人揃って来てくれた。
「お、おい…、こんな立派なもの、本当にただで良かったのか?」
「ええ、勿論ですよ!お陰様でいい練習になりましたよ!」
うむうむ、満足してもらえたみたいだ。後三日で町を出ないといけないし、次の町に着いたら此れで稼ぐのも良いかもなぁ。
「じゃ、俺は帰りますので、後はご家族でお楽しみ下さい。」
「ええ~!?お兄ちゃん帰っちゃうの!?」
「ごめんね、そろそろ帰らないとお兄ちゃんも怒られちゃうからね。」
怒る人はいないけどね、夕飯の時間はヤバイけど。
「そっかー…。」
残念そうに顔を曇らせるエナちゃん。うぅ…、そういう表情されると帰りづらい!けど、宿に戻らないと。
エナちゃん一家と別れて、俺は宿に足を運ぶ。
後三日か、エナちゃんに会えなくなるのは辛いけど、この国を出ないといけないんだし、切り替えないとな。
翌日、朝のランニング中にエナちゃん母子にあって、改めてめちゃくちゃお礼を言われた。感謝されるって良いよな。
そして、残り二日間、減量と魔法鍛錬に費やした俺は、いよいよ町を出る事に。
「俺の冒険は始まったばかりだ!…なんてな。」