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012 文系男子と理系女子の日常(昼)

・PM12:30

 昼休み。

「船本せんぱ~い!」

「ああ、うん。はいはい……」

 チャイムが鳴り、同時に駆け込んでくる瑠伽を背に、他のクラスメイト達は別れて昼食を取り始めた。

 一人暮らしをしていることもあり、学食に行くことが多い蒼葉も、同じ境遇(きょうぐう)の稲穂と一緒に食堂へと向かっていく。

 ……微妙に助けを求めているような、船本の視線を背に浴びながら。

「死ぬなよ、船本……」

「あんたさ……あいつに尊敬されているみたいなんだし、助けてやろうとか思わないの?」

「さすがにヤ○ザ案件だと、どう転んでも家庭事情が暗転しそうだからな。それを言うなら、お前こそ先輩として後輩に注意しろよ」

「無茶言わないの。さすがにヤ○ザ相手に勝てるわけないでしょう」

 二人だけ、といいつつも本日は他にも連れがいた。

「家庭事情って、黒桐何かあんの?」

「なんでもねえよ。十話振りに登場したクラスメイトの鈴谷豪」

「……お前何言ってるの?」

 適当にごまかしてきた蒼葉の横を、鈴谷は後頭部に手を回しながら続いてきた。割と広い廊下だが、(はた)迷惑この上ない所業である。

「鈴谷、お前普段は弁当じゃなかったっけ?」

「ああ……今日は、な。弁当じゃないんだわ」

 微妙に元気をなくしている鈴谷の肩を、事情を知る蒼葉は軽く叩いた。そんなことは露知らず、他のクラスメイトが一人、稲穂の方にも近寄ってきていた。

「金子さん、私も今日学食なんだけど、一緒していい?」

「……好きにすればいいじゃないの、筒井」

 そして近寄ってくる黒髪ストレートの見た目実質共に委員長の筒井(つつい)(めぐみ)は、稲穂の少し後ろをついてきていた。彼女は器用貧乏な分友達も多いので、逆に少ない(と思われる)稲穂の相手をすることが使命だと勘違いしている節がある。当の本人は別段気にしていないというのに。これも器用貧乏の証というものだろう。

「となると四人か……席空いてるかな?」

「大丈夫だろう。最悪時間ずらせばいいだけだし」

 この学校で昼食を()る手段は三つ。

 弁当の類を持参する。購買で軽食を購入する。そして、食堂で安くてうまいメニューのいずれかを注文するか、だ。だから金のない育ち(ざか)りの高校生は、(大抵は親の)手間をかけて弁当をこさえるか、安い学食で飢えを満たすしかない。軽食を購入するのは、多くが間食目的だ。

「さて、と。今日の日替わりは……」

 学生食堂の入り口に立ち、その脇に()え置かれた看板を(なが)める蒼葉。掲示されていたのは、いくつもの串が混在する大皿の写真だった。

「……串揚げの盛り合わせって、居酒屋かよ」

「元居酒屋の店主を学食の調理人に雇うとか、どうかしているわよね」

「いちいちツッコむなって。店潰した店主を救うために、竹馬の友だった校長が雇ったというほっこり話なんだからさ」

 鈴谷がそう蒼葉と稲穂を説得する間、筒井は注文を選んでいた。

「……うん。お魚の煮つけ定食にしよっと」

「いいのか筒井? その魚、校長と元店主が休日に趣味で釣ってきたやつだろ」

「それ学食に並べるのもどうなのよ? 衛生管理と経理的に」

 とはいえ、さっさと注文を決めた残りの面子も、先に食堂に入っていた筒井に続いて、注文口の行列に並んだ。

「お魚の煮つけ定食下さい」

「唐揚げ定食でー」

 筒井と鈴谷が注文を終え、蒼葉と稲穂も同じく注文を口にした。




『きつねうどん。関西出汁(だし)でネギと天かすマシマシ七味抜き』




「……お前らもう付き合えよ」

 (あき)れた口調でツッコミを入れる鈴谷。

 しかし蒼葉も稲穂も気にすることなく、同じ注文を持ってテーブル席に向かっていく。

「そういや、金子とまともに口利くようになったのも、うどん注文した時だったよな?」

「そうそう。好みは全然違うはずなのに、なぜかうどんを注文する時だけは、まったく同じ内容だったのよね……」

「恋愛云々(うんぬん)はともかく、性格が合うのはいいことよ」

 そう筒井がまとめ、全員並んで席に着いた。

 注文が(かぶ)り、それで周囲のクラスメイトを巻き込みつつ話し込んでいるうちに気も合うことが分かり、よく口を利くようになったのだ。付き合うかどうかと言い出す前の話だが、あまり古くない過去にも関わらず、どこか(なつ)かしく感じてしまうのは何故だろうか?

「馬の合わない人間なんて、それこそ合う人間よりも多いんだから、付き合いはちゃんと大事にしていきましょう。……特に金子さん」

「だから勝手にボッチにするな……これでも結構、人望あるんだけど?」

「中学時代の不良仲間かとつっ!?」

 隣の席に座るんじゃなかった、と蒼葉は稲穂が繰り出してきた(ひじ)()ちを(かわ)しながら、内心で溜息を()いた。




・PM2:30

「よっ!」

「ほいさっ!」

 午後の体育は、半分自習のようなものだった。

 進学校、というより部活動にそこまで力を入れていない学校なので、基本的なグラウンドや体育館以外には、使い古した道具しか用意されていない。おまけに授業内容は、大体身体測定とジョギングで占められている。後は体育祭の練習位だが、それでは生徒も飽きるし、何より教育委員会が黙っていない。

 だから『生徒の自主性を(おも)んじる』という耳(ざわ)りの良い言葉を並べ立てて、生徒が馬鹿をやらない程度に好き勝手にさせておくというのが、この学校における体育の授業なのだ。

「そして今日はバドミントン、と」

「無駄に走らされるよりかはいいだろ? たまにあるらしいぞ、ただの体育なのにクラス全員時間一杯遮二無二(しゃにむに)走らせている学校が」

 体育館にて、適当に集まってのバドミントン総当たり戦。全員ルールは詳しくないので、先に5ポイント先取したら交代、という適当(ゆとり)設定だ。

 それが嫌な他のクラスメイト達は、隣のコートで絶賛(ぜっさん)ガチバスケ中だ。適当(ゆとり)設定が嫌なだけあり、部活動に力を入れている学校に行けとも思う程、運動神経に開きが見える。

 そんな様子を(なが)めながら、得点係をしている船本の隣に立って雑談を繰り広げている蒼葉。その視線は彼女候補である稲穂には向けられておらず、もっぱらバスケットコートで揺れている、他の女子生徒の(ゆた)かな胸に注視(ちゅうし)していた。

「……金子の方、見なくていいのか?」

「どうせ金子の勝ちだろ」

 その宣言通り、ガッツポーズをする稲穂にだらんとうなだれる鈴谷という、蒼葉の背では圧倒的大差で試合が終了していた。

「それに、『友達以上恋人未満』である以上、あっちはいつでもって!?」

 咄嗟(とっさ)に振り返る暇はない。殺気を感じ取った蒼葉は前方に転がり込んで、背後から飛んでくる前蹴りを回避した。

「誰が見せるかっ!?」

「危なっ……あ」

「このやろ…………って、あ」

 期末試験も終え、もうすぐ夏休みでもある季節。おまけに体育で身体を動かしていたのだ。大抵の生徒はハーフパンツにシャツという簡素な格好で出席している。おまけに稲穂はさっきまでバトミントンの試合をしていた。

 以上より、ハーフパンツの中に入れていたシャツの(すそ)が外に飛び出し、前蹴りを放った途端、軽く(まく)れ上がったのだ。普通ならばスカートと違ってあまり広がらない以上、誰かの視界に入ることはない。けれども蒼葉の取った回避行動はでんぐり返し、後頭部を床に付けて前転したので、体育館内で仰向(あおむ)けに寝転(ねころ)がる羽目になったのだ。

 ……稲穂の足下に頭を置いた状態で。

「ぎゃあ!? 助けてたすけてぇ!?」

「死ねっ、しねぇ!」

 踏みつけてくる稲穂の足を()け続けている蒼葉。しかし周囲の生徒(男子はブラチラを見たことへのやっかみ、女子は特有の仲間意識から)も集まってきた為、とうとう()けることかなわず(数時間で痛みが消える程度に)ボッコボコにされていた。

 一通り集団暴行(リンチ)も終わり、船本は鈴谷と共に、ボロボロになった蒼葉を引きずって体育館の端に寝転(ねころ)がしたのであった。

「黒桐、黒桐。金子の下着(ブラ)の色は?」

「体育中だぞ……色が透けない白以外にあるかよ?」

 今度は鈴谷と一緒にボコられる蒼葉を(なが)めながら、得点板を元に戻した船本は、(シャツを入れてから)隣に腰掛けている稲穂に話しかけていた。

「お前も()りないよな。また停学になったらどうするんだよ?」

「うるさいわね……文句はあの馬鹿共に言いなさいよ」

「いや、下着(さっき)の件は金子が蹴りかましたのが原因だろうが」

 ばつが悪そうにそっぽを向く稲穂。それを理解しているからこそ、鈴谷含めた集団暴行(リンチ)には行かなかったのだ。

「本当に気をつけろよ。教職員の間じゃあ、金子の退学も検討した方がいいんじゃないか、って話も出ていたんだからな」

「げっ、マジで……?」

 その件は初耳だったらしい。

 しかし当然だろう。進学率が高い以外は平凡な高校なのだ。本人が反省するならまだしも、問題が大きくなるようならば、その原因を取り除くことも他の生徒を守る上で必要になってくる。というか、普通に事件沙汰なので放置すること自体間違っているのだが。

「とにかく、反射的に暴力かますのはやめろ。卒業式で全員旅立とうとする中、一人だけ退学くらって欠席とかになってみろ。後味悪すぎるだろうが」

「たとえるにしても、極端()ぎでしょう。……分かったわよ。気をつけるから」

 船本にジト目を向けられて、稲穂も罪悪感からか肩身を狭くしていた。

「船本君、得点係代わるよ。順番次でしょう?」

「ああ。頼むわ」

 筒井からラケットを受け取り、船本はコートの中へと足を踏み入れた。

 対戦相手の男子と向かい合いながら、ラケットの握りを確かめつつ、ちらりと稲穂の方を見た。

(……ま、特段急ぐ理由もないか)

 稲穂へ向けた意識を()ち、頭上に投げたシャトルを、船本はラケットで勢いよく叩き飛ばした。

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