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愛とケロイド 3

 僕らは正式に付き合い始めた。しかし、僕らの関係に変化はなかった。



 映画を見て、ご飯を食べて、セックスをする。そのデートプランしかなかった。ミキは他の男性と色々な場所に行っているようだったけど、僕は気にしないように努めた。



 ある日、僕らは映画館のある大巻市に出かけた。午前から映画を見て、ファミリーレストランで昼ご飯を食べた。周りが家族連れで騒いでいる中、僕らは今日見た映画を批評した。



「今日のアクション映画は最悪だったね」



 ミキが食後の珈琲をすすった後、言った。



「うん。ストーリーのテンポが悪かった」



「そうよ。アクション映画でテンポが悪かったら最悪よ。まったくもう」



 ミキは映画の出来におかんむりだった。僕は、そりゃあそうだよな、と思った。だって、ひとつの映画に1800円も出しているのに、ひどい出来だったら文句の一つも言いたくなるよ。



「ねえ、今日はこれからどうする?」



 ミキはもったいぶった口調で言った。決まっているだろう。わかっている癖に。



「いつもの場所に行こう」



「そう来なくっちゃ」



 ミキの機嫌が一瞬で直った。



 僕らは映画館の近くのラブホテルに入った。名前は『夢殿』。田舎臭い名前の通り、古びていた。でも、金額は安いし、僕らはセックスしかしない。見た目なんか二の次、三の次だ。



 『夢殿』は消毒液の匂いがした。この部屋を使ったカップルの性的な匂いを一生懸命ごまかそうとしているようで、僕の想像力を駆り立てた。興奮した。ミキも同じように高揚した顔をしている。でも、すぐにセックスしない。前の僕はセックスを覚えたてのサルのように見境なくセックスしていたけど、今は時間をおいて気持ちが高ぶるのを待てるようになった。正直に言うと、その方が盛り上がる、とミキが教えてくれたからだった。僕は好きな人が目の前にいて、セックスを我慢できるほど、理性的ではない。



 僕らはソファーに座ってテレビを見た。つまらなかった。しかし、内容は重要ではない。ムードを演出する時間が重要なのだ。



 ミキが徐々に僕に近づいてくる。僕の肩に頭を乗せる。髪からいい匂いがして、また僕の想像力を駆り立てる。テレビの映像はただのコマ送りのようだった。音声はあっても、ミキの息遣いの方がよく聞こえた。ミキが僕の手に触れた。そして、愛でるようにゆっくり撫でた。



「キスしよ」



 とミキは僕の肩から顔を離していった。



 僕はすぐにキスをしなかった。ミキの唇を見た。いつもより潤って見える。



 僕はキスをした。舌が絡んだ。ミキはフレンチキスを挟みながら上着と肌着、そして、ブラジャーを脱いだ。ミキの胸は大きくないもないが、小ぶりでもない。張りのあるいい形をしている。そして、僕の目線は左胸の上、鎖骨付近に火傷の跡に向いた。ケロイド。白くて美しい肌に入れ墨のように浮かび上がる異質な存在。でも、魅惑的な色気がある。まるでやんちゃな青年の背徳性に惹かれる少女のように、僕はケロイドに惹かれている。



 ミキが僕の目線に気づいた。



「火傷の跡、気になる?」



 ミキが悲しそうに言った。たぶん、体を重ね合わせた男たちに何度も言われてきた言葉だろう。



 僕は答えなかった。そして、ゆっくりケロイドに向けて手を伸ばした。ミキが僕の手を止める。僕は顔を近づけた。触れあっている手はいつの間にか恋人つなぎになっていた。僕はケロイドにキスをした。ミキが、あっと声をもらす。ミキは抵抗しない。僕はそのまま舌を出して、舐めた。ザラザラする。でも、変な味はしない。ミキの味がした。ミキの喘ぎ声が聞こえる。



 僕がケロイドから顔を離す。ミキの眼がトロンとしていた。僕はベッドに押し倒された。



 激しいセックスの後、ミキはベッドで放心状態だった。いつも以上に激しかった。僕はミキを起こさないようにベッドを抜け出し、シャワーを浴びた。



 シャワーを終え、ベッドルームの扉を開けようとドアノブに手をかけた時だった。ミキの鳴き声が聞こえてきた。



 僕はなにか悪いことをしたのだろうか。思い当たるのはケロイドしかない。ミキは触れて欲しくなかったのかもしれない。僕は自分の衝動的行動を戒める。謝ろう。でも、別れに繋がりそうで怖い。扉を開けられない。



 数分が経ち、ミキの鳴き声が止んだ。僕はそっとベッドルームに入る。ミキの眼が赤い。



「ごめん。火傷の跡、気にしていたよね」



「ううん。大丈夫」



 ミキは首を振る。



「今までの男は、気にしない、と言っていたけど、火傷の跡を無視しようとした。ないものとして扱った。私の一部なのに。でも、あなたは無視しなかった。受け入れてくれた。そう思ったら、嬉しかった」



 僕はミキの頭を撫でた。ミキが抱き着く。



「男は嫌い。父親も嫌い。でも、寂しいのはもっと嫌い。だから、寂しくならないように男とセックスをしてきた。でも、あなたは特別みたい」



 僕は唐突に映画『チャイナタウン』のラストを思い出した。自分の父親にレイプされた娘は父親の子を産む。娘は父親のもとから逃げ出す。父親は娘の子を奪い取ろうと画策する。娘は子を連れて車で逃げる。しかし、父親に唆された警官に発砲される。運転していた車は他の車にぶつかって止まり、運転席の娘は死亡、助手席の子は絶叫する。バッドエンディング。



 ミキが『チャイナタウン』を嫌いな理由がなんとなくわかった。僕は自分のことを離そうと思った。本当の話を。



「ミキ、大事な話があるんだ」



「教えて」



「僕の両親は本当の両親じゃあない。僕が小さい頃、強盗が家に入って、本当の両親を殺したんだ。家にはたった数万円しかなかったのに殺したんだよ。僕は押入れに隠れていたから助かったんだ。僕が大きくなってから当時の記事を調べて、母親は強盗に性的暴行を受けた後に殺されたと知ったんだ。そして、僕は親戚をたらい回しにされたよ。虐待を受けた時もあった。あの時はつらかったよ。でも、今の両親に引き取られてから、僕は幸せになったんだ」



「そうだろうと思った」



 ミキは嘘偽りない口調で言った。眼も本気だった。



「どうしてわかったの」



「だって、リュウ、時々寂しそうな顔をするじゃあない。たぶん、いろいろあったんだろうなと思った。私、リュウのことぜんぜんタイプじゃあないし、リュウはセックスも下手だし、付き合っている男の中ではランクは下だったの。でも、リュウの寂しそうな顔を見ていると一緒にいてあげたいって気持ちになってきたの」



 僕がミキを支えていると思っていた。でも、ミキが僕を支えていたんだ。



 僕には大きな心の傷がある。心の傷はぱっくりと割れていて、誰にも見えない。そして、徐々に化膿し、辺りを腐らせ、心をただれさせる。でも、見えなくても傷の存在に気づいてくれる人がいる。それがミキだ。傷を消毒し、傷口を縫い、心の傷を治してくれた。今、僕の傷はきれいに縫合されて、あとはミキの抜糸を待つだけである。



 僕は代わりにミキのケロイドという傷を舐める。この行為をこれからもずっと続けていくのだろう。



「キスしよう」



 僕から初めて誘った。



 ここは教会でもないし、神父もいないけど、僕は心の中で永遠の愛を呟きながら、ミキと誓いのキスをした。





 完




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