愛とケロイド 2
僕はミキを好きになった。もちろん悪い噂を加味した上での話だ。
ミキと一緒にいるのは楽しかった。いままで女性と一緒にいると緊張して、変に気を使ってしまい疲れてしまっていた。その疲労が面倒くさくて、自分から避けてきた。その億劫な疲労を覚悟してでも、ミキと会いたかった。僕らはお互いの都合が合えば映画館に行って、その帰りにカフェに寄り、映画の話をした。
ミキは芸術性の高い映画が好きで、僕はどちらかというと雑食で手当たり次第に映画を見ていた。少しジャンルが違うが、あの映画に出ていたあの俳優、という話からどんどん会話が盛り上がっていった。
でも、僕が一番ミキに惹かれたのは不意に見せる寂しそうな表情だった。そろそろ帰ろう、と話すとミキは下を向いて考える。そして、少し時間を置いてから、そうだね、帰ろう、と答える。その一時、ミキの明るい口調とは乖離した、とても悲しい表情をする。最初、その悲しい表情の意味が分からなかった。しかし、部屋でひとり時間をかけて考えてみると、ミキは帰りたくなかった、もう少し一緒にいたかった、と表情で訴えていたのだと思った。
僕は、一緒にいてあげたい、という想いが膨れ上がった。それが恋なのか当時の僕はよくわからなかった。しかし、今まで映画にした興味がなかった僕にとっては大きな変化だった。
次の日、僕はミキに会った。明るいミキだった。昨日の別れの寂しさは、微塵も感じさせなかった。大きな勘違い。僕は恥ずかしくなった。一人で舞い上がってなにをやっているのだろう。
「また映画を観に行こうよ」
ミキが明るく言った。
「うん。行こう」
僕は明るく返事をした。僕の勘違いは今後も続くかもしれない。でも、勘違いでも一緒にいたいと思った。
そして、次に映画館に行った帰り、僕らはセックスをした。いつも通りにカフェでお茶をした後、僕が帰ろう、と言った。
「帰りたくない」
ミキは首を振った。
僕らはカフェのテーブルで向かい合っている。ミキは手を伸ばして、僕に触れた。手がしっとりしている。僕は女性とあまり触れたことがなかったので、とても緊張した。そして、性的興奮を覚えた。
カフェを出て、なにも会話せずに、ラブホテルに行った。古臭いホテルだった。
ミキが先にシャワーに入ってくると言って、緊張している僕の前からいなくなった。僕は頭の中でセックスの手順をおさらいしていた。
ミキが出てきた。バスタオルで体を覆っている。
「シャワー、入ってきなよ」
僕は色っぽいミキを見て、頭の中でおさらいした手順が飛んでいくのがわかった。童貞という現実。もうなるようになれだ。
その時、ミキのバスタオルに隠れた胸の上に火傷の跡があることに気づいた。
「どうしたの、これ」
「小さい頃、お母さんが私の肩に味噌汁をこぼしちゃってね、それで跡が残っちゃったの」
その時の僕は、味噌汁をかけられたぐらいで火傷の跡が残るのかな、と思った。
初体験は無事に終え、僕らはベッドの上でお互いの家庭の話をした。
ミキは母子家庭だった。父親の度重なる暴力にたまりかねて、お母さんがミキを連れて家を出た。ミキのお母さんはそんなつらい経験を跳ねのけるように、明るくていつもニコニコしているらしい。ミキはお母さん似だ。
ミキのお母さんは、笑顔でいたら辛い人生も楽しくなるものよ、とあっけらかんと言うらしい。その時、今度、会ってみたいなと思った。
僕も家庭の話をした。父親と母親がいるごく普通の家庭。だから、ミキに伝えることは少なかった。
「ミキ、大事な話があるんだ」
「何かしら、また映画を見て、その後、セックスをする約束?」
その二つをひっくるめて、ミキにちゃんと伝えなきゃいけないことがあるだろう。
「僕と付き合ってほしい」
「良いけど、私、あなたの他にも男がいるわよ」
僕はミキに男がいることを、なんとなく気づいていた。でも、ミキに正直に言われると、ナイフが予想以上に深く心に突き刺さった。痛い。痛い。でも、ミキと一緒にいたい。
僕が返答に困っていると、ミキの笑顔が少しずつ曇っていく。一生懸命、作り上げた笑顔。とても精巧だけと、よく観察すると作り物とわかる。
僕は確信した。ミキは男を求めている。その作られた笑顔は少しの亀裂で壊れて、バラバラになって、誰かが拾い集めないといけない。そして、慰めながら、ジグソーパズルのようにはめていかないといけない。それを行えるのは男子だけだ。慰めて欲しいミキとセックスをしたい男。需要と供給。そのバランスのおかげでミキは生きている。
「それでも、付き合ってほしい」
「嫌じゃあないの」
「嫌だけど、ミキと一緒にいたい」
「あなた、変わっているのね」




