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4話

 集まった訓練場は、壁という壁に見学の生徒たちが集まる程大盛況のようだった。

 二年生一組の男子と言えば、目立つ白所属の男子がいる鶯班を除いても注目度の高い生徒が集まる班ばかりだ。それもその筈と言うべきか、二組以降に決まった順位はないが、学年の男女別一組だけは優秀者が集められた特別な組となる。

 といっても私がいる翡翠班も一組だ。桃所属では学年一と言われる満のいる班も色欠けながら一組であり、そこが特別なのかと言われれば理解できるような、複雑であるような。私自身は連携ではなく個人の魔力量やそれによるごり押しの上級術発動で一組の班に選ばれたようなものであり、むしろ分不相応な選抜であった。が、私たちの学年の男子は優秀者が多く、男子の一組は他学年や卒業生も注目するほどの粒ぞろいと言われている。見学できる機会があるならばぜひと望む人間も多くいるだろうとは思っていたが……これだけ多いと集中も難しそうだ。

「もーなんで下級生がいるんです!」

「一年七組が男女共自習だったらしいよ。あと暇な上級生の数がすごい」

「ああっ、王子二人が見えない!」

 わぁわぁとうるさい室内で息を吐くと、こーちゃん、と騒めきに紛れて僅かに聞こえた声に顔を上げる。私が見つけるよりもはやくいつのまにか斜め後ろで私の袖を引いたのは満だった。同じ一組でも班行動で教室すら違うこともある満とこうして授業中会話ができるのは珍しく、少しほっとして身体をずらし僅かにスペースをあけた。

「人の流れ凄くて押し込まれちゃった」

「ここだとちょっと見にくいかもね……」

 部屋の奥に追いやられた私と同じく人の流れで押されたらしい満は小さな声で室内に入れるだけいいかも、と苦笑する。もともと実技は見学を前提とした授業ではなく、室内は他の教室に比べて広いが見学席は存在しない。危険もあるので結界の外にいろと担当官が張った膜の外と壁の間が広いわけではない為にぎゅうぎゅう詰めだが、それでも主に女子の熱気はすごいものがある。何処からともなく、というか恐らく一年男子が呆れたように呟いた「ライブでも始まんのかよ」という言葉が聞こえ、くすりと満と笑い合う。確かにこの空気は授業前というより現陸にあるライブ会場を思わせた。もっとも色付きの私たちは小学校三年生までしか現陸の生活を経験しておらず、十歳から空陸での寮生活が始まる為、ライブなんて動画でしか見たことがない者が殆どだろうが。

「うお、見学者多いな……始めるぞ」

 三限開始のチャイムに時計を確認し周囲を見回した担当官が若干呆れたような顔をしたが、授業はすぐに始まった。まずは橙所属が呼ばれ、袖に橙色のラインが入った制服に身を包む男子が四名前に出る。

「橙の課題は影移動だ。ただし同時に俊足を使い到着点のあの的に武器を振るい一撃で撃破しろ。難易度Cってとこか。二名ずついく」

 補佐官が部屋の端……私たちのそばに置いた藁を束ねたような的は上の部分に金属のバケツのようなものを被せてあった。生徒たちの間は五十メートル程だろうか……これで難易度Cか、と一年を中心にざわりと騒めく。藁に着色はない為どの色所属でも不利なしに攻撃できるが、あのタイプは一撃で破壊するのが難しい。ただ武器を振り下ろしたところで撃破の判定はでないだろう。……が、騒めく室内はお構いなしに、真剣な表情になった橙の生徒たちは各々己の武器を手にし、その中でも呼ばれた二人が姿勢を低くする。一人は短剣二本、もう一人は棍を使うようだ。二人の視線がほんの一瞬絡み合い、表情が引き締まる。良きライバル、といったところなのかもしれない。

「それでは開始する。三、二、一、出撃!」

 準備時間も短い。あ、と思ったときには四人の姿が薄れ、まるで床に溶けたように、黒い影が見えたと思うのとほぼ同時に目の前にあった的がガァンッと響く音を立て、結界の内側ぎりぎりのところに金属の破片が飛び散った。二つの的はほぼ同時に破壊されたようで、後に残ったのは武器を降ろし涼しい顔をした橙所属の生徒二人。また挑むような視線が互いを視界に捉え絡みあったのも一瞬で、藁は縦に真っ二つとなり床に転がっており、おお、と周囲がざわめく。が、目の前の無残な的に驚く暇もなくそれらは専用の掃除用具であるブラシを持った補佐官が片付けてしまい、次の的が用意されたかと思うとまた準備時間もなく二組目の姿が消えた。音を立て飛び上がるバケツを見ながら、なるほどあの術は開始前にかなり腰を落とし足に力を溜めた姿勢を取るらしいと考える。視線は的から離れず、それを追いさえすれば橙の狙う先がわかるだろう。この術の組み合わせを見るのは初で、さっそく見学に来た甲斐があったというものだ。

 紫もあれくらいの俊敏さがあれば。

 隠密行動を得意とし、索敵能力に長け、素早い攻撃を得意とする橙は隊でも個人撃破能力が高い。自己再生術も扱え、桃や紫のように他人を回復することはできないが単騎として動くには十分で、隊の中では敵陣の中でも隠れ潜む、遠距離狙撃型の橙炎や黄炎を持つ天魔族を屠る役割を担うことが多い。

 私の父の一族が橙を多く輩出してきた家系で、父も、縁戚者にも圧倒的に橙所属の者が多く、幼いころから見聞きした特徴に憧れもある。とはいっても色は遺伝に頼ったものばかりではなく、橙の次に黄色も縁戚者に多いが、父の次に当主を継ぐだろう兄は赤、腹違いの妹の私もまた紫であり、要は色付きさえ多く輩出していれば名門と呼ばれる昨今では「どの色が多い」という情報はあまり意味がないものかもしれない。それでも私は橙に憧れ、どっちつかずな紫に落胆すらしたことがあった。今はもう、その考えも薄れていたと思うのだが、隣の芝生は青く見えてしまうものなのだろう。

 どうやら二組目の一人はバケツを破壊するに至らなかったようで、潰れたもののまだ穴すらないバケツを見ながら、一人が拳を震わせ顔を赤くして結界の内側から出ていく。クリップボードを手に何かを書き付ける担当官の姿がまた恐怖を煽る。私も実技はまだ二回しか経験していないが、一組の男子はこの見学者の中で実力を出し切らなければならないのだから厳しそうだ。

 桃は回復術、緑は遠距離攻撃術、黄は支援術と試験のような実技は淡々と進んでいく。いや、淡々と進んでいるのは担当官ばかりで、見学者は盛り上がり、挑む生徒たちは緊張感に包まれていた。やはり見学が気になって実力を出し切れない生徒もいるようだが、担当官はお構いなしだ。

「よし、んじゃ次は赤行くぞ。赤はあの的を好きな中級術を盛り込んだ攻撃で最速で破壊しろ。難易度はCプラス、ってとこか」

 用意された的に、見学者までが息をのむ。青く染め上げられた藁は、上部と真ん中を守るように金属が覆っている。青は青炎を纏う敵を想定した藁であり、緑炎の相手を最も得意とする赤では破壊が難しい上に、装甲が硬い的だ。

「なんだ? 前衛近接色の赤や青はいつも自分が得意とする敵とばかり戦うわけじゃないだろ。相手はあくまで動きもしない的だ、これくらい楽にこなせ」

 担当官の言葉に一年生たちが騒めく。上級生は当然だといった表情だが、いくら攻撃特化の赤でも術選びを間違えれば苦戦するのは間違いない。

 まずは一人目、体格のいい男子生徒が、大きな戦斧を担いで前に出る。開始の合図と同時に斧を突き出し爆音と共に放たれたのは氷水で、的に容赦なく突撃し、追撃するように斧が横一線に振るわれた。激しい音が響き渡り、雹のように周囲に氷が飛び散るが、的はやや削れただけで、二、三、と斧が振るわれていく。どうやら斧自体に術が施されているようで、切り口から氷が広がっていく恐ろしい術だった。あれで中級なのか。さすが、避けようのない近距離で重い攻撃を放つのを得意とする赤らしい戦法だ。

 補佐官が「一分」と告げ、タイムを計っていることに気づく。しかしそれから間もなく、的はとうとう上下に分かれ、ぐしゃりとその場に崩れ落ちた。肩を上下させ大きく呼吸した男子生徒はすぐさま姿勢を伸ばし、告げられた時間にやや眉を寄せるが、悔やむ間もなく二人目、三人目と授業は進んだ。鋭い風を扱う術、燃え上る炎を扱う術。どちらも重く激しい攻撃ではあったが、皆一分を超えた辺りで息を乱しながらの破壊であった。

 そうして四人目、腰に刀を差し、赤いラインの制服を纏った少年を見るなり、きゃあと黄色い声が湧く。赤茶の髪がつんつんと跳ね、耳には金のピアス、中指に大きな指輪を付けた彼は余裕なのか口元に笑みを浮かべ、はーい、と軽い調子で担当官の前に出た。目立つ容姿だ。現陸の学生に比べて色付きの私たちは成績と態度さえ悪くなければある程度服装などの規則は緩いのだが、何人の女子があの装飾品に『一対の証の石』が紛れていないか血眼に探していることだろうか。

「赤の王子!」

 女性陣の熱気が凄い。アイドルみたいな扱い、と満が隣で呆れたように呟いたが、立場が変われば満も同じだろうことは黙っておく。

 うるさい敵わん、さっさといけと担当官にあしらわれた少年はあははと笑って腰の刀を抜く。それだけで盛り上がり、最早私と満は視線だけを合わせて苦笑だ。噂ばかりが先行する彼はどんな戦いをするのだろう。開始の合図に視線をその人に固定した私はすぐ、違和感に息をのむ。

 的の周囲を隙なく武器を構え跳ねるように駆ける少年の周りが揺らぐ。蜃気楼を見ているようで、いつの間にか見学者たちもしんと静まり返ってそれを食い入るように見つめていた。まるで空気に彼が溶けるようだ、と思ったその時、彼が手にした刀がぴっと空を向き、その刀身に光が走る。彼の髪色に似た色を持つそれは文字となって刃に宿り、ここからでは何が描かれたのか分からず張り付くように見つめていると、その刀が的に振り下ろされた。

 どろりと、まるで融けかけたバターに包丁でも差し込むかのように、金属を刀が裂いていく。なんの抵抗もなく通された一太刀は斜めに的を両断し、その切り口からどろどろと全てを溶かし、いつの間にか光の消えた刀を彼が鞘に戻した時には、足元に原型の留めていないそれが残っただけであった。

「二十、八秒」

 補佐官のやや掠れた声に、数秒間時が止まったように静まり返る。

「あれ、二十五秒超えちゃった? 失敗」

 当の本人が後頭部を掻きながら放つ不満そうな声に、クリップボードにペンを走らせていた担当官が何が失敗だよと呟きながら手を払う仕草をした。さっさと戻れ、という合図だと気づいた時には、見学者たちの黄色い悲鳴に思わず耳に手を当てる。

「え、え、こーちゃん。あれ上級術じゃないの? 指定は中級術だったのに合格?」

 驚いた満の言葉に、ゆるゆると首を振る。あれは、とんでもない威力だろうが中級術の組み合わせで間違いない。最初二十秒ほど展開されていたあの蜃気楼の靄は、兄が使っているのを見たことがある。赤の中級でも扱いが難しい『不知火』という、敵の装甲を溶かし防御力を大幅に下げる術。それに何か別な術を組み合わせたのだろう彼の戦いは、完全に的を的ではなく敵と認識した動きだった。なんてすごい。紫の私でも、劣化版なら扱えないだろうか。

 もう一度見たい、とすら思わせる圧倒的な連続攻撃だった。知らず手を握りしめ、脳内では術を解明しようと知る知識を総動員して分析する。隣で「おーいこーちゃん」と満の声が聞こえた気がしたが、返事も疎かにただ私は先ほどの光景を思い返したのだった。



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