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8 彼女の色  オッカムside

更新遅くなりました!


オッカムside part2 です

 

 今回の護衛の任務は時間交代制であり、まだ交代まで2時間ほどある。

 現在勤務時間中のオッカムが自由に動けないのをわかっていて言ったところに部下からの悪意を感じる。


「キースめ、そんなのわかってるさ」


 呟いてすぐ、背後の気配に室内を振り返ると護衛対象である若い男女がこちらを見ていた。

 若い女性と言うより少女という表現が適している淡い金髪を品よく纏めた少女が緑の瞳を曇らせていた。


「オッカムさん?何かありましたか?」

「・・・いえ。大丈夫ですよ。大した問題ではありません」


 自分より10歳近く年下だが身分が遥か上のふたりに敬語で返す。

 軽く笑って答えたはずだが、思ったよりも固い声音になってしまった。

 それを聞き、黄金のように輝く金髪の少年らしさが抜けきらない青年がニヤリと笑った。


「オッカムは可愛らしい元容疑者とやらが心配なんだろ。ふんっ、惚れたのか?」


 キースとの会話がばっちり聞こえていたらしい。

 からかうように言われてどう返したものか少し思案するが、隠すこともないから素直に話す。


「ははっ、殿下のご期待に添えず申し訳ありませんが違いますよ~」


 そう。護衛対象はこの国の王太子殿下であるヴォルレムディルとその婚約者フェレイラだった。

 キースに言われたとおり護衛任務をサボれる訳がない。

 オッカムの言葉に殿下が眉をぴくりと動かして不服げに睨んできた。


 俺からしたらまだ年若い殿下に睨まれても可愛い仔犬にしか見えないから全然恐くないけど。うん。自分で思ってて不敬だな。


「今はただのヴォルだ、他に人がいないとはいえ殿下と呼ぶな。・・・はぐらかす気か?」


 どうやら御忍び中に殿下と呼んだのが駄目だったらしい。

 ちゃんと宿の廊下や外に人がいないか気配を読んでいるし外に漏れない声量だが、お忍び気分満喫中は護衛の前でも王族であることを意識しないでのびのびしたいようだ。


 別にはぐらかしてはないんだけどな。

 ぽりぽりと頬の傷痕を人差し指でかきながら苦笑いするしかない。


「失礼しました、ヴォル様。確かにベルフィーユを可愛いとは思いますが、ヲリビから事前に貰った情報と合致するところがあったので少々引っ掛かるだけです。まぁ、ただの勘ですが」


 ベルフィーユは可愛いと思う。

 身近な友人アハ・イシュケの繊細な美貌と比べるから本人は自身を平凡だと思ってる様子だったが、ぱちぱちと瞬く大きな瞳や小さな鼻、ぷっくりした唇はバランスよく配置されており、派手さは無いが間近で見ると愛嬌がある。

 波打つ珊瑚色の髪はいつまでも触りたくなる艶を帯びているし、濃紫の瞳には惹き付けられる魅力がある。

 灯台から落ちてきた時に抱き止めたしなやかで健康的な肢体。南部地方特有の薄い生地のワンピースから背中や腰、臀部のさわり心地を堪能できたのは役得だった。


 更に、オッカムがサーリンシーを訪ねた理由でもある知人ヲリビが知らせてきた情報・・・


「ヲリビが?ってことは彼女がオッカムの探し人なのか?」


 殿下が驚いて目を見開いた。


 春先に長期の任務を終え、王都で仕事をしている合間にそれとなく調べていたオッカムの探し人。その事は殿下やフェレイラも知っていた。

 正確にはふたりも一緒に関わった件の中で、事故にあったオッカムだけが姿を見た人物。


 ・・・いや、人かどうかもわからないんだけどね。


「さぁ、どうでしょう?ヲリビに詳しく聞こうにも〈サーリンシーの食堂店員にそれらしき者を見つけました〉って王都で連絡貰ったきり音信不通になり、調べてみたら行方不明になっていたので詳しくわかりませんね」


 食堂なんてたくさんあるから該当者はベルフィーユだけではない。偶々セイレーン誘拐事件にも引っ掛かったから目を引いただけ。

 肩を竦めてみせると、フェレイラが表情を曇らせた。


「ヲリビさん、大丈夫でしょうか。可愛らしい方ですからセイレーン誘拐事件に巻き込まれた可能性が高いですよね。丁度私とヴォルもサーリンシーに行く予定があったからオッカムさんに護衛兼任までさせて着いてきてしまいましたが、おおっぴらに動けないので役立たずでごめんなさい」


 しゅんと項垂れているフェレイラには悪いが、むしろ大人しくしててほしい。切実に。

 殿下とフェレイラが動いたら護衛に人手が割かれて事件に手が回らなくなってしまう。


「ははっ、事が大きくなったら助けてくださいね。まぁヲリビは大人しい顔に反して正義感強いですからね。きっと拐われたフリして犯人捕まえるつもりですよ。今頃は嬉々として情報収集してそうです」

「確かに、ヲリビならありえるな。俺達は事が大きかった場合など権力が必要になったら協力するとしよう」


 殿下が呆れたように笑ってから、フェレイラの肩を抱いて励ました。


「ですので、ベルフィーユの事は色恋関係なく気になりますけど保留ですかねー。一応気にはかけるつもりですがね」


 アハ・イシュケの少女エンジェーナとの約束もある。

 ヲリビから確証を得られない今、下手にベルフィーユの正体を探れば海に消える嵌めになるかもしれない。嘘を吐けない妖精の約束は絶対だ。


 ただし、抜け道がないわけではない。

 約束後にオッカムからはベルフィーユを探らない。

 しかし、その以前からサーリンシーを探っていたヲリビから、オッカムの探し人の情報を得て、それがベルフィーユと()()一致した場合は別だ。

 その場合、オッカムはベルフィーユを探ってはいない。探していた人物がベルフィーユだっただけの事。


 まぁ、まだベルフィーユがそうだとは限らないんだけどね。


 過度な期待や思い込みは視野を狭くする。

 わかっていても儘ならないのが人間だ。

 いつものオッカムなら薄ら笑いで流すのだが、今回は上手くいかなかった。故に、先程キースにらしくないと言われた。


「そうですね。でも、オッカムさんの勘は当たりますから。本当にベルフィーユさんには何かあるかもしれませんね」

「そうだな。探し人に関しては保留にしておいてやろう。だが、それとは別にベルフィーユとやらの元容疑者という呼び方からセイレーン誘拐事件に関係してるのだろう?ヲリビが行方不明になった事と関係があったのか?」

「いえ、まだ確証に足る情報はありませんね。ですのでおふたりには報告してませんでしたが、本日彼女に接触した時にセイレーン警護兵の娘であるアハ・イシュケの少女が一緒でした」


 アハ・イシュケと口にした瞬間、フェレイラが怪訝そうに眉をひそめた。


 それも当然だ。殿下の婚約者であるフェレイラは妖精と人間のハーフであり、まだ新米とはいえイノンド王国内で十指に入る優秀な魔術師である。

 魔術師は妖精達が引き起こす事件を解決したり、彼の者達の力を借りて魔術を行使し国の発展に貢献している。

 つまり、妖精に関する事にとても詳しいのだ。


 当然ながら、アハ・イシュケという水妖が美しい容姿で人間を誘惑して海に引きずり込み、肝臓以外を餌とする場合があることも承知している。


「水妖アハ・イシュケが、ですか?人間の前に態々名乗り出るなんて珍しいですね。セイレーン警護に連なる一族の者ならば囮のためにセイレーンに紛れたり、隠れて警護するので尚更隠したがるはずです」

「はい。少々俺が突っ込み怒らせましてね。友人であるベルフィーユを探らない、セイレーン誘拐事件に関わらせないとの交換条件で警護側の情報協力の約束してくれました」


 あっけらかんと笑って告げると、殿下に残念な者を見る目でため息を吐かれた。


「お前は怖いもの知らずというか、好戦的すぎる。どうせ、襲われたら戦えるとか思ってただろ。・・・しかし、妖精の約束、か。そのアハ・イシュケは余程ベルフィーユとやらが大事なのだな」

「ええ、ベルフィーユさんは水妖族なのかもしれないわね。それにしてもオッカムさんは無茶しますね。アハ・イシュケは割りと残虐性が高い水妖ですよ。オッカムさんが肝臓だけの遺体で発見されるとか私嫌ですからね」

「ははっ、俺もそんな最期は御免ですよー」


 うん。マジで御免だ。

 殿下が言うとおり戦ってみるのも吝かではないが、ベルフィーユの友人だからなぁ。ベルフィーユが嫌がるだろう。

 お人好しっぽいベルフィーユはオッカムに対して無防備過ぎるからエンジェーナが心配になるのもわかるが、敵愾心は剥き出しのエンジェーナも流石にベルフィーユが嫌がる事はしないだろうし、オッカムが約束を守っていれば殺されはしないと思う。


 ふと、警護するアハ・イシュケ(エンジェーナ)と護られるセイレーン(ベルフィーユ)を想像した。

 囮、成り済まし、しかし妖精は嘘が吐けない。

 けれども人間の受け取り方、問いかけ方で騙すことは可能だ。

 オッカムが多少妖精に理解があり、突っ込んだから誤魔化せなかったとしたら?


「・・・レイラ様。ひとつ、聞いてもいいですか?」


 殿下と同じようにフェレイラも正体を隠すために使っている呼び名で声をかける。安直な呼び名だが意外とバレない。


「何ですか?」

「セイレーンの瞳は煌めく深海の瞳と言われてますが、本当ですか?アハ・イシュケも似ている色だと言われました。他の瞳の色のセイレーンはいませんか?」


 アハ・イシュケがセイレーンの警護のためにセイレーンに成り済ましていた可能性があるならば、その逆は?

 嘘が吐けない妖精達。彼の者が言う煌めく深海の瞳とは?本当にそれしかいないのか?


「他に、ですか?・・・ところで、オッカムさんは普通のセイレーンの瞳は具体的には何色だと思います?」


 何故か質問を質問で返された。


「黒に近い青ではないんですか?アハ・イシュケの少女はそんな色でした」


 青い海の底は光が射さず暗いイメージだ。

 だがら黒に近い青。そう思っていた。

 この世界で呼吸を止めて深い海に潜り込み、所謂深海を見て生還できる者など極少数である。水に関する妖精に力を借りられる魔術師でもない限り呼吸をできないので無事ではいられまい。

 勿論魔術師ではないオッカムもその他大勢と同じく深海の色など実際に見たことはない。


「そうですね。では、オッカムさん。私の瞳は何色ですか?」


 フェレイラはオッカムの解答に何とも言えない笑みで頷きながら、今度は自分の瞳を指差した。


「はい?緑色、ですよね?」


 フェレイラが何を言いたいのかわからず、訝しげに首を傾げるしかない。

 オッカムの解答にまた何とも言えない笑みで頷いたフェレイラは隣に座る殿下に向き合う。


「ヴォル、貴方は?私の瞳を何色だと思う?」


 いや、緑だろ!?と思いつつも黙っていると、殿下がとろけるような笑みを浮かべて口を開く。婚約者にデレデレだ。


「俺にとっては新緑の太陽だ。ただの緑と違って金糸が輝いて美しいからな!」

「ふふっ、ありがとう。ヴォルとオッカムさんでは違って見える見たいですね。では、オッカムさん以外から見た煌めく深海の瞳とは何色だと思います?」


 恋人の賛辞に馴れた様子でさらっと頬にキスを返すというバカップルをスルーしていたら、フェレイラにまた質問された。


「・・・まさか、見る人によって違う、と?」


 無言で微笑むフェレイラに愕然とした。

 もしかしたらセイレーンの瞳は煌めく深海ではないのでは?もしくは別の瞳を持つ種族がいるのでは?と思っただけだったのだが、まさか定義から誤認していたとは。


 一年前。

 王太子殿下の求婚から逃げるフェレイラの旅の護衛の任務につき一度だけ訪れた水の都サーリンシー。

 今と同じ夏海フェスティバルの期間。

 五大魔術公爵家で南を司る魔術師やその弟子ヲリビと共に関わった海賊の討伐時に起きた事故。


 炎に包まれた海賊船。


 あの時、潰えるはずだった命。

 意識がハッキリしない霞む視界でとらえた月夜の逆光に艶々と輝く紅い濡れ髪と惹き付けられる暗い瞳。

 目が合うと、暗い瞳がホッとしたように緩んで濃紫に煌めいた。


 あの珊瑚色の髪が水に濡れたら・・・


「・・・やっぱり、ベルフィーユなのか?」




読んで頂きありがとうございます。


次回はベルフィーユ視点に戻ります!

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