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7 俺の仕事  オッカムside

今回はオッカムsideをお届けします。


 

 日が沈み、海中の珊瑚が写ったような淡い赤橙色から宵の濃紫に染まる空の下。


 昼の市場や露店の賑わいが食堂や酒場に移り始める。

 街灯以外にも装飾や客引きの為の派手な明かりに彩られ、地上は夜のない世界に包まれたかのような騒がしさだ。

 視覚だけでなく、目を閉じれば触覚や嗅覚に訴えかけるフェスティバル期間特有の気分が高揚する熱気と芳ばしい空気が風に運ばれてくる。


 サーリンシーに数ある貴族向けの高級宿の二階部屋の一角。

 若い男女がソファで寛ぐ室内に繋がるバルコニーでオッカムは空を見ながら思案していた。


 ―――丁度、今見える宵の空と同じ珊瑚のように鮮やかな髪に濃紫の瞳をもつ少女のことを。


「ははっ、可愛いかったなぁー」


 真っ赤に頬を染めた少女の顔を思い出し、自然と笑みが溢れる。

 昨日の昼間に灯台で接触した時から少女ベルフィーユに関して予想外なことばかりだ。


 ベルフィーユに秘密にした仕事。


 オッカムが所属しているのはイノンド王国軍。

 王宮内兵舎第3部隊守衛団。

 第3部隊は王宮に限らず外からも国を守る情報収集、外交に強い盾職だ。

 班ごとに分かれて競い合う他の部隊とは異なり、第3部隊はキレイにふたつに分かれている。普段は交流どころか顔合わせすらしない。

 隊長率いる半数の兵士は表で外交や警備を、副隊長率いる残り半数は影から秘密裏に情報収集や処理等の仕事を行う。

 今は副隊長の下で《竜の瞳(ドラゴ・アイ)》という諜報組織までもが暗躍している。


 そんな軍人オッカムは、今回サーリンシーに知人を訪ねるついでに丁度良いと上司から護衛の任務を押し付―――受けた。そして護衛の任務のついでにセイレーン誘拐事件を調べることになった。

 何故ついでが増えたかというと、肝心の知人が行方不明で誘拐事件に巻き込まれた可能性があり、更に護衛対象が事件に興味を示してしまった。この護衛対象がお節介な性格故に暴走しかねない。

 護衛する側としては是非とも大人しくしていていただきたいところだ。お忍びでサーリンシーに訪れるほど護衛対象はおおっぴらに動けない立場の方々なのがせめてもの救いだ。

 しかし、セイレーン誘拐事件が進展なく長引けば何をし出すかわからない。

 その為に護衛するオッカム達が動かざる得ない。


 そんなこんなでセイレーン誘拐事件に関して調べている上で浮上した容疑者又は関与が疑われる者。


 つまり、そう言うことだ。

 ベルフィーユには疑いがあったから接触した。


 数日、自分と部下と交代でベルフィーユを見張っていたが、灯台に通う以外に不審な点はなかった。灯台に通うのも、見る限り双眼鏡から人々を観察又は探し人がいるようだった。

 セイレーンが探し人であったとしても害はなさそうに見えた。

 彼女を見張るのは早々に打ち切っても良かったのだが、オッカムの中で何かが引っ掛かり念のため続行していた。

 昨日の朝、彼女の家にセイレーンと思わしき黒髪の少女が訪ねたとの報告を受けるまでは。


 ベルフィーユとセイレーンと思わしき少女は親しげだった様子との報告から、俺はベルフィーユと接触を図ろうとした。

 彼女が本当にセイレーンの親しい友人又はセイレーン誘拐事件の関係者だとしたら、どのみち見張るだけではなく接触して見なければ判断できないことがあったからだ。


 まぁ、まさか展望デッキから落ちてくるとは思わなかったけどね・・・


 幾ら人の出入りが少ない灯台とはいえ、鉄製の手摺が柵ごと折れるほど老朽化していたとは思えない。普通は定期的にチェックが入る。

 多少老朽化が進んでいても、大柄な男が束になってぶつかったり体重をかけたりして精々歪むか曲がるぐらいだろう。

 それが平均的な背丈の少女がひとり寄りかかったぐらいで折れるか?―――答えは否だよなぁ。


「キース、報告は?」


 視線は空に向けたまま、バルコニーから木々が植えられた茂みの陰に声をおとす。

 此方からは人影など見えない。

 が、何処かの暗がりから笑い声が聞こえた。


「フフッ、お気付きでしたか」

「俺を誰だと思ってるのかな?」

「さすがはオッカムさん。可愛らしい容疑者について考え事中かと控えてましたが、要らぬ気づかいでしたか」


 しれっと柔和な声が返ってきた。

 先程の呟きまで聞かれていたらしい。

 それをベルフィーユだと決め付けているあたり、迂闊にもわかりやすくオッカムの顔に出ていたようだ。俺らしくない。


 このキースという部下は隙あらば人の弱味を握ろうと忍び寄ってくる。

 それ故に仕事に関して有能な上に腕も良いから性質が悪い。

 そんなところを気に入ってスカウトしたのだが、今は棚にあげておこう。


「・・・ベルフィーユはもう容疑者から外しただろ。わかってて言ってるな」

「そうですね。完全な白ではありませんが、容疑者からは外していいと私も判断しました。フフッ、普段なら身を呈して庇わず捨て置くでしょう?絡まれていても潜入捜査中ならば見て見ぬふりなのに、らしくないオッカムさんが面白くてつい、失礼しました」

「あーあー、わかってるよ。自分でもらしくないって、何かが引っ掛かってんだよ。まぁ、いいや。それで?昨日の展望デッキの鉄柵は確認できた?」

「はい。鉄柵ですが、やはり故意に切断された箇所、切れ込みが入っている箇所が確認できました。ご丁寧に腐敗したと見せかけて。その辺の駐屯兵では気付かないほど巧妙な仕事ですから、何かあっても不運な事故と処理される可能性がありました」


 変わらぬ柔和な声で楽しそうに報告してきた。報告内容は平穏とは言い難いものだ。

 普段のオッカムならキースと同じく好戦的な性格故に犯人を追うのを楽しんだだろう。

 しかし、今回は嫌な予感に心踊らない。早く犯人をぶっ殺―――捕まえたい。


 理由はわかりきっている。


 利用者の少ない展望デッキに唯一通いつめるベルフィーユ。

 どう考えても故意にベルフィーユを事故と見せかけて落とすつもりだったのだろうから。考えるだけでムカムカする。


 この件から仮定すると、ベルフィーユが事件と関係なく誰かに恨まれているか、事件に関与している為の口封じか、はたまた誘拐犯同士で仲間割れか、何かに利用されているかだった。


 今日の出来事でセイレーンでなく、水妖アハ・イシュケのエンジェーナとの深そうな繋がりがわかった。ベルフィーユが展望デッキに通っていたのが仲の良い妖精達を探す為なら納得だ。

 それによって、ベルフィーユは容疑者から一応外れた。

 なので可能性としては誰かに恨まれている又は何かに利用されているとなった。


「へぇ、やっぱり、か。・・・今日の露店商人は?」

「はい。追跡したところ、市の反対側に露店を開き何食わぬ顔で販売をしていました。利用客に不審な者はいませんでした。日暮れには店を畳んで安宿に入ったので、隣室を押さえ今はアンが見張ってます。すぐに尻尾を出さないあたり手慣れてますね」

「ふーん。安宿なら不味い飯が嫌で夜には食事に出る可能性が高いだろう。誰か接触してくるかもね」

「はい。露店商人とアンを接触させますか?」

「・・・いや、此方からはあまり認識されないようにしよう。今のアンは俺やキースとも関わりがない設定だし、手は残しとかないとね。露店商人が誘拐事件に関与してるなら、見目の良いアンが近くを彷徨いていたら向こうから接触してきそうだなー」

「・・・そうですね。妹はその手に関して長けてますから。勝手に汚ならしい虫が群がるでしょう」

「ははっ、お兄ちゃんは心配性だなぁ」


 アンはキースの実の妹だ。ずっと離れて暮らさざる得なかったのだが、ある件が解決してここ一年は兄妹一緒に軍勤めしている。

 そんなややシスコン気味の部下を軽く弄ろうと思ったのが不味かった。

 キースが少しの沈黙の後、不穏な気配を漂わせながらくすりと笑ったのが聞こえた。


「因みに、その安宿は可愛らしい元容疑者の働く食堂の向かいです」


 しれっと報告を追加してきた。


「はぁっ!?キース、そう言うことは先に言え!」


 ベルフィーユの働く食堂の位置を頭に浮かべ、周りの建物や店を思い出す。

 確かに、向かいに安宿があった気がする。


「フフッ、元容疑者なので関係ないかと思いました。露店商人は食事に向かいの食堂を利用する可能性が高いですけど、もう関係ないから何かトラブルがあっても干渉しなくていいですよね?」

「・・・キース、一応は国や国民の為の軍人だろ」

「第3の潜入捜査中ですので、迅速に解決する為に多少の犠牲は仕方ないかと」

「キース!」

「本当にらしくないです。理由もなくリスクを犯して入れ込み過ぎはよくないですよ。貴方だって重々理解しているから今までそうしてきたではないですか」

「・・・」


 わかっている。

 今までオッカムは仕事の為に人を殺し、罪ない人々を見棄ててしまったことがある。

 綺麗事や感情論で動いていては自分が殺られる場合がある。

 今回の件だってまだ殺人は起きていないが、誘拐されたセイレーンや見目の良い娘達がどうなっているかなどわからないのだ。

 ベルフィーユにかまけて些細なチャンスや計画を潰すわけにはいかない。

 ちょっと何かが引っ掛かかるだけで、諜報活動中に犠牲を増やすかもしれないリスクは背負えない。

 況してや部下に頼むなどしてはいけない。


「わたしはアンと交代前に休憩がてら食堂を利用しますので、オッカムさんは水夫仲間役として合流してはいかがですか?護衛の任務ここを離れられるならば、ですが。――――それとも、わたしに命令しますか?第3部隊()()()()()()()?」

「っおい!?」


 そう言って影も動かさずにキースの気配が遠ざかった。

 たぶん、最初から言い逃げする気だったな。


 ―――本当に性質(たち)が悪い。


「あの野郎・・・」




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