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6 水妖の瞳

 

 オッカムの言葉に凍り付いたように動けなくなる。


 チラッと目だけをなんとか動かし横を見ると、先程よりもエンジェーナの表情が険しいものになっていた。


「――――オッカム。な、何を言ってるの?急にセイレーンだなんて」


 ベルフィーユは挙動不審にならないように心掛けたが、成功した自信はない。声が強張ってしまっていただろう。

 オッカムの目を見る事ができず、足元に視線をさ迷わせてしまう。


「ふーん、違うの?ベルフィーユがセイレーンと一緒にいたって情報があったからこそ、俺は昨日ベルフィーユに接触しようとしたんだって言ったよね」

「・・・あ。さっきの」

「だから、そのベルフィーユと一緒にいて、1年にこの時期だけ現れる煌めく深海の瞳を持つ友人ならエンジェーナはセイレーンなのかなって」

「・・・」


 そう。眼鏡の奥に隠されたエンジェーナの瞳は、煌めく深海の瞳なのだ。巷でセイレーンの特徴として伝わっている煌めく深海の瞳。

 パッと見はレンズ越し黒い瞳に見えるのに、オッカムにはバレてしまったらしい。

 恐々視線を上げると、オッカムが考えの読めない笑顔でじっとベルフィーユを見ていた。


 全てを見透かされていそうで恐い。


 でも、敵意は感じられないし、不思議な事に不愉快さはない。

 答えに窮してオッカムを見返していると、急にオッカムが困ったように笑った。


「問題は、ベルフィーユが()()がわからない事かな」

「私、が?」


 ベルフィーユの瞳を覗き込む鳶色は暖かく、優しい声音に探るような狡猾さはない。ただ知識不足で困ったなぁぐらいの調子で言われたので困惑した。

 問いの答えをオッカムが聞いてどうするのかがわからない。

 対照的にエンジェーナが凄く殺気立っている。


「・・・アンタ何なのよ!?さっきから勝手に私達をセイレーンだ何だって!」

「ははっ。だって、知らないと隠したり誤魔化したりできないからね」

「はぁ?何言ってんのよ?」


 にこにこ笑うオッカムと、ギラギラ睨むエンジェーナ。

 困惑していた私はオッカムの言葉にハッとした。


 隠したり誤魔化したり?・・・何で?


 私の表情の変化に目敏く気付いたオッカムが茶目っ気たっぷりにニヤリと笑う。

 そのまま、もう一度はっきり口を開く。


「さっき俺は、公開できる情報と、そうでないものは分けないとねって言った」

「それが何よ?!」


 頭に血が昇ったエンジェーナは理解できないと眉根を寄せている。


「もしかして・・・オッカムは黙っててくれるの?」


 私がぽつりと呟くと、エンジェーナが焦って遮ろうとしてきた。


「ベルフィーユ!?何を言って、」

「疑われてる時点で中途半端に隠しても無駄だと思うけど。エンジェーナ、()()()()()()()()()んだから、事情を話して黙っててもらうか、駄目なら逃げるかしかないよ。それなら、早い内から説得した方が良くないかな?」

「でも、ベルフィーユは私と同じように逃げれないじゃない!!もし、悪―――利用されたら?私は信用できないわ!」

「私はオッカムを信じても良いと思うけど・・・」


 (さとい)オッカムなら理解してくれて、協力してくれずとも、悪いようにはしない気がする。

 しかし、エンジェーナが納得していないのならば話す事はできない。これは私だけの問題ではないのだから

 申し訳なくて、どうしようとオッカムを見上げると、オッカムは優しく頭を撫でてきた。


「嘘が吐けない、ね・・・そんな大事っぽいなら無理に話さなくてもいいよ?ベルフィーユを追い詰めたい訳じゃないし、君達の関与はふせて話を進めるから。・・・ただ、個人的に何か不測の事態が起きた場合に適切に庇えないのが残念かな。折角助けた女の子に何かあったら嫌だしね」

「ありがとう、オッカム。折角の親切なのに、ごめんね?」

「まぁ、話せるようになった時に教えてくれたら嬉しいかな。ベルフィーユが何者でも鱗の件はしっかり調べて対処するから任せて」

「うん」


 頭を撫でられるのが心地よく、ふわふわした気持ちになりかけていたら、エンジェーナがオッカムの手をベシッと叩き落とした。残念。


「ちょっと、いつまでベルフィーユを撫でてるのよ!?穢らわしい!」

「ははっ、ベルフィーユの髪はとても綺麗だからついね」

「ベルフィーユの髪が綺麗なのは当たり前よ!アンタみたいなポッと出が軽々しく触って良いわけないでしょ!」

「残念だなぁ。お友達に嫌われちゃったよ、ベルフィーユ」

「ご、ごめんね。エンジェーナは人見知りが激しいから」

「俺はベルフィーユが仲良くしてくれるなら良いんだけどね!」


 そう言って甘い笑みを向けてくれた。


 ふわっ!どうしよう。素敵過ぎる!

 オッカムは社交辞令で言ってるのかもしれないけど嬉しい。


「も、勿論私で良ければ・・・」

「良いわけないでしょ!!」


 エンジェーナがオッカムとの間を遮るように抱き付いてきた。

 ちょっと!?オッカムが見えないよ!


「絶対に駄目よ!可愛いベルフィーユはアンタに渡さないわよ!!」


 渡さないって・・・別にオッカムは私とエンジェーナから取るつもりないと思うけど。

 エンジェーナはオッカムがあの人だと思ってるからなぁ。まだ確証はないのに。


「え~、お友達は厳しいな~。まぁ、ベルフィーユは仲良くしてくれそうだし、いいか!俺とベルフィーユが仲良くするのにお友達の許可はいらないもんね」

「くっ、このへらへらした感じがムカつく!鱗の件がわかるまでベルフィーユに近寄らないでよね!」

「酷いなぁー。君達がセイレーンじゃないなら、俺がセイレーン誘拐事件とこの鱗の関わりを調べても報告する義務ないんだけど、いいのかな?」


 オッカムの挑発的な笑みにエンジェーナが怒りでプルプル震えていた。

 普段男達を魅了し、断られたりしたことないエンジェーナにとって、オッカムの返事は有り得ないものなのだろう。可愛くお願いしてすらないから、ベルフィーユから見ても「そう言われても仕方ない」態度だが。


 さっきから友好的に接していたオッカムも、流石にエンジェーナの当たりのキツさには思うところがあるだろう。

 確かにセイレーンに関係ないのに知らせる義務などオッカムにはない。

 況してや、昨日今日ちょっと知り合った程度の娘だ。


「・・・アンタ、ベルフィーユに関して追及しないし巻き込まないって約束できる?」

「さっきも言ったけど無理に話してもらう気はないよ。ベルフィーユから話してくれるなら別だけど。巻き込まないのは何に、かな?」

「セイレーンの誘拐事件に、よ。囮や交渉は当然、調査や情報収集にも、アンタの仲間の前でもベルフィーユの存在を知らない人には今後名前を出さないで。出すなら私の名前を出しなさい」


 因みにベルフィーユがずっと発言しないのは、黙っているからではない。

 エンジェーナが私の顔を肩口で押さえつけているので、さっきから口出ししようにもくぐもった声しか出ないのだ。

 まさか、これを狙って抱きつかれた!?


「ふーん、その代わり何を教えてくれるのかな?」

「今言った事を私が妖精と踏まえた上で約束できるなら、私の正体と新しくセイレーン誘拐事件の情報が入り次第教えるわ」

「へぇ、いいよ」

「あっさり頷くのね。言っとくけど、嘘を吐く人間の約束と違って妖精との約束は破れないわよ」

「うん、身近にいるから知ってる」

「身近に妖精が?」

「ハーフとか眷族が上司だし、純粋な妖精の知り合いも結構いるよ。だから、()()()()()する」


 そうだったの!?

 オッカムの仕事が秘密な事と関係あるのかな。

 エンジェーナをセイレーンと疑って話しかけて来たのもかなり核心してたから?

 妖精は嘘吐けないから、馴れてる人には誤魔化しにくいし・・・


「――――っ、わかったわよ!!見せてやるわよ!」

「あっ、エンジェーナ!?」


 やっと解放されたベルフィーユが止める間もなくエンジェーナの姿が波打つ水面のように揺らぐ。


 次の瞬間には、妖しくも美しい黒い馬の姿へ変わった。


 明らかに普通の馬とは違い、黒い体に毛は生えておらず、煌めく硬質な鱗に覆われている。

 鬣は畳まれた背鰭、脚には鋭く尖った鰭、尻尾はしなやかな魚の尾。


 今のエンジェーナの姿は、海の妖精である水妖(フーア)族アハ・イシュケだ。


『私は、海水馬(アハ・イシュケ)。この時期だけサーリンシーにいるのは、海中王国トリノアから上がってくるセイレーンの警護兵を父が勤めているからよ!だからセイレーンに関しての情報がなるべく欲しいわ』


 人間の姿の時とは少し変わったエンジェーナの声が響く。


『言っておくけど、ベルフィーユはアハ・イシュケじゃないから警護兵や事件に関係ないわよ。私の友達だから一緒にいるの。約束は守りなさいよ!』


 さぞ驚くだろうと思っていたオッカムの反応は、逆にこちらが驚くぐらい平静なものだった。

 本当に妖精に馴れてるらしい。


「へぇ。煌めく深海の瞳はセイレーンではないって事?いいの?俺に妖精の姿までさらして。勿論、約束は守るけど」

『・・・別に、私ひとりの正体が見せても問題ないわ。その代わり、悪用したらアンタを喰らってやるから覚悟しなさいよ!・・・あと、言っとくけどセイレーンと私達アハ・イシュケの瞳は似てるから勝手に人間が間違えるだけよ。これでセイレーン誘拐事件についてわかったことを知らせてくれるのかしら?』

「ふーん、アハ・イシュケだったんだ。淡水馬ケルピーの塩水バージョンね。その魅力で人間を水中に引き摺り込んで肝臓以外を食らう妖精だったかな?」


 かなり物騒な質問というより確認だが、事実人間を襲う妖精が多い為否定はできない。アハ・イシュケ、ケルピー、セイレーンしかり。


 それでも、全ての妖精がそうではない。

 オッカムもそれはわかっているのか、特にエンジェーナを警戒している様子はない。


「オッカムならエンジェーナのこと内緒にしてくれるよね?」

「うん。食べられたくないし、内緒にするのは構わないけど、ね」

「けど?」


 不自然に語尾を切ってにんまり笑うオッカムにベルフィーユは首を傾げる。


「情報はベルフィーユ経由で教えるからデートしよ!」

「えっ!?デ、デート!?」

『はぁ!?ベルフィーユを巻き込まないって約束したじゃない!!』

「いやいや、巻き込まないよ?ただデートするついでに雑談するだけ。俺がベルフィーユからベルフィーユ自身についてや君からの情報を聞かなきゃいいんだから、問題ないよね?そもそも、海に潜っちゃうお友達にどうやって俺から連絡しろと?」

「確かに!」

『っ!?』


 オッカムの言葉に納得。

 確かに何処にいるかわからない又は海の中にいるエンジェーナより、家か食堂にいるベルフィーユの方が連絡を取りやすい。


 さすがのエンジェーナも、歯をギリギリ鳴らしながら黙った。





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