5 鱗の出所
久しぶりの投稿ですみません!
仕事が落ち着いてきたので
細々更新できるように頑張ります
周囲は私たちに目を向けていないが、話に全く聞き耳を立てていないわけでもない。
また揉め事が起きないか、自分達に被害が及ばないかと、然り気無く気を配っているだろう。
そのため、エンジェーナとオッカムと共に人目がある場所を離れ、人気のない路地に移動することにした。
「ここならいいかな」
「そうね。周りに聞き耳を立ててる人もいないでしょ」
「ははっ、警戒してるなぁ。大声出さなきゃ大丈夫だと思うけど・・・それで、続きを説明してくれるのかな?おふたりさん」
周囲を確認してからオッカムは話の続きを促した。
予想よりあっさりしたオッカムの反応に少し安堵してしまう。
本物の人魚の鱗はかなり高価で、それこそ宝石商などがショーケースで管理して販売している。
だから、そこら辺の娘が本物の人魚の鱗を見分けられるはずがないのだ。
普通なら何を言っていると思うだろうが、オッカムは私達の発言の先にある事を警戒はしても、内容を疑っている訳ではなさそうだった。話が早い。
「オッカムはセイレーンの鱗の特長を知ってる?」
「いや、知らないよ」
「実物を見たことは?」
「・・・ん~。セイレーンをチラッとぐらいかなぁ」
「じゃあ、手にさわったことも?」
「ないよ」
静かに首を左右に振った。
まぁ、実際に泳ぐセイレーンの尾と、宝石商で鱗を手に取った物を比べるか、セイレーンについて詳しくないと知り得ないだろう。
「そう。じゃあ、その水袋の水を少し貰ってもいい?」
「好きなだけ使っていいよ」
オッカムの腰にぶら下げていた水袋を指すと、直ぐに渡してくれた。
「ありがとう」
礼を言って水袋を受け取り蓋を外す。
水袋を傾け、手に持つネックレスに付いている鱗へ水をかけると、
水を含んだ途端、きらりと光っていた半円状の鱗が白銀から艶めく銀色に変わり、太陽の光を受けて綺麗な青みを帯びる。
その変化を見たオッカムが目を眇て頷いた。
「・・・成る程ね」
「うん。見ての通り、セイレーンの鱗は濡れると銀色に青光りするんだよ」
これで本物の鱗だと証明はできただろうか。
この事実を知らなくとも、普通の模造品では起き得ない変化を見れば、ある程度は納得してもらえるとは思う。
最初から疑われていた訳ではないが、オッカムが理解してくれた事にホッと息を吐く。
問題はこれが本物だと言うことだ。
あの露店商人のつり目男は適当な業者から仕入れたと言ったが、どこまで本当の事を言っていたかわからない。
仕入れ価格が高かったらしいが、本当に全く知らずに仕入れたのか。実は本物と知っていたが表に出せない経路で仕入れたから高い偽物として販売していたのか。
例えば、セイレーンを誘拐して得た鱗とか、ね・・・
「つまり、あの露店商人のおっさんや仕入れ先を探ったら、巷を騒がすセイレーン誘拐事件に繋がる可能性があるんだね?」
「たぶんね」
わかっていて確認してくるオッカムは本当に何者なのだろう。
都合の良すぎるタイミングで現れたり、すんなり受け入れてくれる反応に戸惑う。
エンジェーナが警戒しているのは、あの人の可能性があるからだけではないだろう。
・・・都合が良すぎているから、逆に怪しいと。
ただ、私は気にはなるけど怪しむ気持ちにならないんだよね。
不思議な事に、オッカムは大丈夫だと根拠のない信頼感が湧いてくる。
初っぱなから命を助けてもらったからだろうか。
などと考えていたら、オッカムがにっこり笑って私を見ていた。うっ、カッコいい。
「ところで、ベルフィーユ達は何で鱗を濡らしてもないのに本物だとわかったのかな?」
「え?そ、それは・・・」
突然の追及に狼狽えてしまった。
まさか、話がそこに戻るとは思わず油断していた。
オッカムは最初からベルフィーユやエンジェーナの審美眼や鑑定力を疑っている訳ではなさそうだったから、それに関しては流してもらえると思っていたのだ。
ベルフィーユの狼狽を気にした風もなく、オッカムが信じられない事を言い出した。
「俺さ、実は数日前から灯台の展望デッキに通うベルフィーユを見てたんだ」
「え?」
・・・数日前から、私を見てた?何故?
疑問符が浮かぶ私の顔を見たオッカムが警戒を解くためか、あっさり自分の事を話し出す。
「実は俺、サーリンシーには仕事にかこつけて知人に会いに来たんだ。昨日も言ったけど普段は王都勤めしてるから、今は臨時で水夫の手伝いしてるんだよ」
「・・・そう、なの?」
確かに王都は水辺に接していないから水夫の仕事はないだろう。何故すぐに気付かなかったのか。
兎に角、オッカムが水夫じゃなかった事に安堵した。
これで諦めなくて済む。
・・・ん?何を諦めなくて済むの?
パッと浮かんだ思考の途中でオッカムの声が続いて意識を切り替える。
「でね。その知人が行方不明でさー」
「え?行方不明!?」
「うん。それでセイレーン誘拐事件に巻き込まれた可能性もあるから調べてたんだ」
「・・・巻き込まれた?」
「この事件、裏で人身売買とかと繋がってるって噂もあってね。セイレーン以外にも見目の良い娘達がサーリンシーで消えてるらしいんだ」
「セイレーン以外にも!?そんな噂聞いたことないよ?」
ベルフィーユがサーリンシーに住んでまだ浅いが、それなりに仲良い人はいる。
近所の人やよく話す市場の噂好きなおばちゃんから聞いたこともない。職場である食堂でも、店長やお客さんの間で話題になっていたりしたら耳に入るはずだ。
初耳な噂に首を傾げると、オッカムがエンジェーナに視線をやった。
「・・・そっちのお友達は知ってたみたいだね」
「え?エンジェーナ、そうなの?」
ベルフィーユもエンジェーナを見ると、オッカムに鋭い目を向けていたエンジェーナが渋々頷いて返した。
「チラッとだけよ。だから昨日からできるだけベルフィーユにくっついてたのよ!ベルフィーユは可愛いもの!」
「・・・私より遥かに可愛いエンジェーナに言われてもね」
「ははっ、ふたりとも可愛いから気を付けないとね」
「えっ、わ、私は平凡だから大して可愛くなんて、」
「ベルフィーユは可愛いんだから!自己評価が何故か低いけど」
「そうみたいだね。で、俺の知人も可愛い女の子でね」
頭が一瞬真っ白になった。
オッカムの知人が――――可愛い女の子。
話の流れから薄々は気付いていたが、はっきり言われると胸が急にキュッと絞まった様で苦しい。
「オ、オッカムの知り合いは、か、可愛い女の子な、の?」
内心の動揺で声が震える。
語尾が裏返ったかもしれないが何とか笑顔で言葉を続けた。
知人。恋人でも婚約者でも妻でもない。
まだどういう知人かわからないのだから動揺するな私!どうか笑顔が引きつってませんように!
一方オッカムはベルフィーユの動揺を気にした風もなく、さらっと頷いて笑顔を返してくれる。
「そうなんだ。行方不明になってから誘拐事件について知ったから、直ぐに情報収集をしたんだけど。調べてる内にトリノアが海面近くに上がってきてから毎日展望デッキで双眼鏡を覗く怪しい人物がいるって知ったんだ」
えっ!?
それが私だったから、オッカムは誘拐犯かもしれないって見てたの!?
ロマンチックな理由なんて期待してなかったけど、まさかの犯罪を疑われていたなんて・・・
「ま、紛らわしくて申し訳ないけど、私は犯人じゃないよ!?」
「うん。いつもわくわくしながら覗いてて、見つからなくて唸ったり、ガッカリしてるから純粋に人探ししてるのかなって思った。探してるのがセイレーンだったとしても、誘拐目的じゃなくてただ純粋に好きなんだなぁ、としか見えなかったから今は疑ってないよ」
疑われなかったのは大変ありがたい。
でも、客観的に見ても怪しすぎる過去の自分が恥ずかしい。しかも、つい昨日までの!羞恥が直近過ぎる!
あぁ~!!もうっ、あの人が本当にオッカムだったらどうしよう。恥ずかし過ぎて死ねるわ。
貴方を探してましたなんて言えないよ!!
しかも―――
「す、好きっ!?」としか見えなかったなんて!
真っ赤になっているであろう顔で狼狽えた声が口から漏れていたらしく、オッカムがきょとんとした顔で首を傾げた。
その表情が何だか可愛くて胸の辺りがキュンッてなる。
さっきと違う胸の締め付けに訳がわからない。
「違うの?」
「えっ、うぁ――――ち、違わない、のかな?」
・・・あぁ、もしや私はオッカムに惚れてしまったのでは?
あの人かもしれないからとか、あの人にそっくりだからとか、正直訳からないけど、今目の前にいるオッカムの動きや態度に一喜一憂する私ははっきり言って正常ではない。
「疑問系なの?可愛いベルフィーユにあんなに熱心に探してもらえるなんて羨ましいなぁ」
「や、えっと・・・」
オッカムの笑顔や笑い声が素敵過ぎてどうしよう。
嘘でも私が魅力的みたいに言ってもらえて喜んでしまう。
「昨日はまさか空から降ってくるとは思わなくて焦ったけどね。偶々ベルフィーユがセイレーンと会っていたって情報を得て、接触してみようと近付いた時で良かったよ。じゃなきゃ流石に間に合わなかった」
「・・・そ、その節は、本当にありがとふっ、ございまふた」
噛み噛みでさらに恥ずかしい!
オッカムが肩を震えさせながら笑いを堪えてる~!
穴があったら入りたい!!
「ははっ、あれに関しては役得だったし、面白かったから気にしなくて良いよ。まぁ、そんな訳でベルフィーユを見てたからこその疑問」
さっきからオッカムに敵愾心を向けるエンジェーナをチラッと見てからまた私を真っ直ぐに見据えた。
エンジェーナさんの猫が何処にもおりませんが、私はそれどころじゃありません!
「俺が純粋にベルフィーユに興味があるから聞くけど、食堂で普通に働く女の子がどうして本物のセイレーンの鱗を見分けられたのかな?」
あ。私が食堂で働いてるって覚えててくれたんだ。昨日の今日だけど忘れ去られてなくて嬉しい。
しかも興味を持ってもらえた!?
―――っじゃなくて、どうしよう。何て答えようか迷う。
オッカムもある程度自分の事を話してくれたが、裏付けされた証拠や証言がある訳ではない。
エンジェーナがこちらに向ける目は話すなと言っている。信用できないと。
ベルフィーユ個人だけならば迷わず話しただろうが、ここから辿り着くのはひとりの問題ではない。
勝手に話せない以上上手く説明できる自信がない。
「何でベルフィーユが態々説明しなきゃならないの。事件との繋がりも、その鱗が本物であるなら十分な証拠になるでしょう?第一、アンタが言ったことは信用できないわ。さっき言ってた仲間とやらも本当にいたのか私達では確認できないもの」
エンジェーナが喧嘩腰でオッカムを睨み付けた。
対するオッカムは爽やかな笑顔でにっこり。
「事件を追う上で公開できる情報と、そうでないものは分けないといけないからね。例えば・・・君がセイレーンだから、とか?」