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4 友の紹介

 

「本当か?」

「ははっ。疑うなら、黙っとく代わりにコレくれない?」


 疑うつり目の男にオッカムが指したのは、ベルフィーユが持ったままの鱗のネックレスだった。


 拍子抜けした顔をする男達に、オッカムが目を細めて口を歪めるのが見えた。

 ゾクッとするくらい悪そうで魅力的な笑みだ。

 つり目の男はオッカムの表情には気付かなかったのか、気を良くして頷いた。


「おう、お嬢さん方を大人しく連れ帰ってくれるなら良いぜ」

「俺達は何も見ていないからね。俺達が警護兵に何かを知らせる事もできない」


 肩を竦めて、降参するように手を上げるオッカム。

 きっと、何か考えがあるのだろうとベルフィーユは様子を窺うしかない。


「話がわかるな。大丈夫だと思うが、警護兵にチクったら・・・わかるよな?」


 オッカムとベルフィーユを順に見て、ふたりが頷き返すのを確認した後、つり目の男がエンジェーナを離すように仲間に目配せした。


 エンジェーナは掴まれていた腕が汚れたかのようにパッパッと払っていたが、解放されてから男達に何も言わなかった。顔は不快感を隠してないが。

 いつもならば口喧しく文句を言いそうなのにと思っていたら、エンジェーナにむくれた不満顔を向けられた。そのままオッカムに向けて顎をしゃくったのを見て、猫をかぶる約束を実行中なのだと気が付く。律儀に約束を守ってくれるらしい。


「念のため露店は移すが、次に俺らを見たとしても放っておいてくれよ」


 そう言って、男達は簡素な露店をさっさと畳んで消えてしまった。

 撤退が早い。

 最初からベルフィーユの事など相手にしないで、違反販売を止めたフリもできたのでは?そうすれば揉めなかったのに。と怪訝に思っていたら、オッカムに両肩を押さえられた。

 距離が近い!


「ベルフィーユ」

「えっ?は、はい」


 目を合わせると、何やら不穏な笑顔を向けられていた。

 瞳が鳶色に戻っている。さっき赤かったのは何でだろう。

 オッカムのにっこり笑った顔は素敵だが、圧がちょっと怖い。


「何をやっていたのかな?」

「何って、・・・違反販売の通報?」

「うん。男相手に女の子だけで?」

「だって、」

「この場で諌めなくても良かったよね?後から警護兵に伝えるだけで充分だったんじゃない?」


 あ。これ、怒られる感じだ。


「・・・まさか、腕を掴まれると思わなかったから」

「相手の機嫌を損ねたら荒事になるとは思わなかった?」

「だって、悪いことしたのはあっちだよ」

「そうだね。ベルフィーユが奴等に言ったことは間違ってはないと俺も思うよ」

「だったら!あの人達を逃がしたのは何で―――」

「一緒にお友達もいたよね?」

「うっ、」


 オッカムがチラッとエンジェーナに視線をやる。

 確かに、後先考えずに突っ込んでしまったかもしれない。


「まぁ、俺も先に殴っちゃったけど。ベルフィーユ痛そうだったし、相手の強攻手段を防ぐためだからそこは置いといて。ベルフィーユの場合、お友達は身動きとれないようにされていた。男相手に女の子で力が敵わないならば、普通は穏便に済ませた方が良い。確かに、あの場で俺が奴等を絞めるのは簡単だった。なのに逃がしたのは何故だと思う?例えば、お友達を人質や盾にされたら?もしかしたら怪我をさせていたかもね」

「・・・考えてなかった、です」

「うん。でも、次からは考えて動こうか」

「ごめんなさい」


 しょんぼりして謝ると、オッカムに頭を優しく撫でられた。

 会いたかったけど、こんな事になるなら大人しくしておけば良かったと後悔する。

 エンジェーナも巻き込んでしまった。


「エンジェーナ、ごめんね。怪我しなかった?」

「大丈夫よ。ベルフィーユが奴らに言わなくても、私も同じこと言ってただろうから気にしないで」

「ははっ、ふたりとも可愛いのにお転婆だなぁ」


 何だか子供扱いされている気がする。

 可愛いって思ってもらいたかったけど、今のはきっと意味が違う。


 ムッとしてオッカムに目を向けていたら、エンジェーナに服を軽く引かれた。

 振り向くとエンジェーナの表情は一応笑顔だったが、オッカムを見る目付きが鋭くなっていた。


「ところでベルフィーユ。この男は誰?」

「え、ああ。昨日助けてくれた命の恩人の話はしたよね。この人がそのオッカムだよ」

「オッカムです。よろしくね」

「・・・へぇ、この人が」


 既に薄々は気付いていたのだろう。

 オッカムがあの人であった場合、アレを持ってるかもしれない。昨日の恩人だとわかった瞬間に、笑顔を保ったままエンジェーナの周囲の気温が下がった。

 ・・・猫をかぶる約束がどのくらい保つかは謎だ。


「オッカム、この子は私の幼馴染みで友人のエンジェーナ。毎年この時期だけサーリンシーに遊びに来てるの。オッカムもフェスティバル中の一週間ぐらいサーリンシーに滞在するなら、また会うかもしれないね」

「私は基本的にベルフィーユと一緒にいるから、そうそう会わないと思うけどね」

「ふーん、そうなんだ?・・・幼馴染みって事は、ベルフィーユの家族だけ一年前にサーリンシーに引っ越して来たの?」


 エンジェーナが内心「会う気がないからよろしくしない。私と一緒にいるベルフィーユにも会うな」と思っていそうな張り付いた笑顔に、オッカムは気付いた風もなく人の良さそうな笑顔を浮かべ返している。

 でも、さっきみたいに悪そうな笑みをする人が気付かないはずがないよね。わかってて大人な対応してるだけかな?


 しかし、その後に続いた内容は軽い世間話なのだろうが何とも返しづらい。


「ある事情でね。私だけ家族と一緒に暮らせなくなったの。ひとりでサーリンシーに住んでるよ」

「ひとりで?年頃の女の子がひとりで暮らすなんて、余程の事があったんだなー。危ないから普通は親が許さないよね」

「・・・そうだね。あははっ」


 オッカムがあの人だとわからない限り何とも説明できず、苦笑いするしかない。深く追及してこなさそうな様子にホッとした。

 私の斜め後ろにいるエンジェーナの口から「っこの泥棒男が、誰のせいだと思ってんのよ」とかブツブツと呪詛のように漏れ出ていた。小さい呟きでもオッカムに聞こえるから止めて。


「さて、話を戻すよ。さっきの件だけど、後は俺に任せてくれないかな?」

「え?」


 さっきの件とは、つり目男達が露店で売っていた人魚の鱗の件だろう。


「任せるって?あの人達には無かった事にするって言ったのにどうするつもりなの?」

「そうよ。さっき逃がしたからどこに行ったかわからないじゃない。あんな奴等、警護兵に捕まってサーリンシーを出入禁止になればいいのに」


 エンジェーナが責めるようにオッカムを見てため息を吐いた。

 だいぶ失礼な態度だが、エンジェーナにしては抑えている方だ。オッカムは気にしていないのか笑って流している。


「うん、まぁね。俺達は何も見ていないから何もしない。だけど、俺の仲間が何もしないとは言ってないからね」

「仲間?」

「実はあの男達の後を追わせてたりして!ベルフィーユに何するつもりかわからなかったから俺は乱入したけど、仲間はバレないようにずっと見てたからねー。悪いことしてる奴は後できっちり絞めるから安心して」

「それであの場は引いたの?」

「うん。まぁ、仲間がいなくても取りあえず引いたけどね。ふたりの無事を確保してから絞めればいいし」


 余りにあっさりしたオッカムの様子に、こう言った事に慣れているのかと疑問が浮かぶ。

 普通に生活していたら、そうそう遭遇しない場面だ。


 でも、あの露店商人を味方されなくて良かった。

 裏切られた気がしたショックや、怒られてしょんぼりした気持ちが嘘みたいに晴れた。

 昨日初めて会った人間が面倒事を起こしていても、普通は助けてくれない。今も周りで商いをしている人や客がいるが、先程のように見て間ぬフリをする方が多数派だ。


 颯爽と助けてくれるなんてカッコ良すぎる!


「オッカム、昨日だけじゃなく今日も助けてくれてありがとう」

「お礼はハグでいいよ!」


 改めてお礼を伝えたら、オッカムが手を広げて包容アピールをしてきた。

 平凡な私がハグしてお礼になるのか、恥ずかしすぎてできなくて、でもオッカムに少しだけ抱き付いてみたくてぐるぐる考えてしまう。絶賛脳内パニック中だ。


「えっ!?あ、えっと、」

「しなくていいわよ、ベルフィーユ!可愛いベルフィーユにハグして貰おうだなんて図々しいわ!」


 ピシャリとエンジェーナに却下された。

 早くも被っていた猫が脱げてきている。私のハグでお礼になるなら図々しくないと思うけど・・・。


「ははっ、冗談だったんだけど。露骨に嫌がらると地味にショックだなぁ」

「い、嫌だったわけじゃな、」

「ベルフィーユ!―――そんな事より、そのネックレスはどうするの?」


 エンジェーナの殺気がネックレスに向けられた。

 つられたオッカムが不思議そうに視線を動かし、綺麗な鱗がぶら下がったネックレスに注目が集まる。


「ああ、さっきおっさんに貰った偽物?証拠品として俺の仲間経由で警護兵に渡してもいいし、ベルフィーユが欲しいならあげるよ?」

「・・・たぶんエンジェーナが聞きたいのはそう言うことじゃないよ。警護兵に渡したらすぐにわかると思うけど」

「どういう事?」

「アンタ、あの男達を追わせてるのよね?そのネックレスの鱗の仕入れ先も調べられる?」


 ギリリッと歯を食い縛りながらエンジェーナが呟く。

 オッカムの目付きがふざけたものから鋭く剣呑としたものに変わった。

 本当に察しが良い人だ。


 よくできた人魚の鱗の模造品。


 露店商人のつり目男はそう言っていた。

 嘘か本当かはわからないが、適当な業者から仕入れたと。

 ・・・だからこそ、私もつり目の男に考えなしに突っ掛かってしまった。


「この鱗ね、本物だよ」




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