3 朝の露店
「ベルフィーユ、おはよう!」
今日もエンジェーナが朝から会いに来てくれた。
結局、昨日中には手続きや仕事の関係で忙しい両親に会えなかった。
けれど、灯台で色々な事が起きすぎたので、両親が帰るまでに一目会えれば良いかと少しホッとした。
「朝早いねエンジェーナ。おはよう」
借家の扉を開けながら挨拶を返すと、艶やかな黒髪を背中に垂らしたエンジェーナが私の胸に飛び込んできた。
「当たり前よ!少しの間しかベルフィーユに会えないのだもの。もっと、一年分話したいことがあるのよ!」
「うん。ありがとう」
「・・・後、昨日の話もじっくり聞かせてもらわなきゃね」
何やらエンジェーナから不穏な空気が漏れてくる。
何故か背後に黒いものが見える気までしてきた。
「えっと、エンジェーナ何か怒ってる?」
「ふ、ふふっ、怒ってなんかいないわ。あの泥棒男にベルフィーユが奇跡的に助けられて、運命のような再会していても怒るわけないでしょ?」
「ち、違うから!まだ本当にあの人かわからないからね!・・・う、運命だなんて、」
昨日、あの後エンジェーナと合流した時に、灯台でオッカムに会った事を軽く伝えてすぐ別れたのだ。
夜は仕事があったので、じっくり話している暇がなかった。
一年前。ベルフィーユが助けたあの人に髭は生えておらず、頬に傷痕もなかったし、瞳の色もはっきりは見ていない。
顔立ちはオッカムにかなり似ていると思うが、一度見たきりの記憶だけでは確証を得られない。
色々聞くことができなかったのが悔やまれる。いや、王都に住んでいて、仕事で一週間はサーリンシーにいる事がわかっただけ良い方かもしれない。
しかし、まだ確証があるわけではないので、オッカムについてはあの人かもしれないと、可能性を伝えただけなのだが・・・エンジェーナは人の話をきちんと聞いていたのだろうか。
決定事項のように言われると、ベルフィーユまでオッカムがあの人だと勘違いしてしまいそうだ。
赤い顔で否定しても説得力に欠けるとは思うが、エンジェーナはベルフィーユの言葉など聞いていないらしく、歯をぎりぎりと鳴らしながら地団駄を踏んでいた。
「可愛いベルフィーユを私達から奪った泥棒男が憎い!水夫っぽい格好してたのよね?水夫じゃないの?水夫ならアレを返してもらっておさらばよ!!」
「秘密って言われたから、本当に水夫かわからないよ」
「何よ!秘密って!?そいつ、何様のつもりかしら!」
大変ご立腹の様子である。
ベルフィーユがアレを失った元凶であるあの人が相当気に食わないのだろう。
「まぁ、落ち着いてよ、エンジェーナ。よく考えたら、初対面で自分の事をペラペラ話す人の方が逆に怪しいから仕方ないよ」
「何言ってるの?可愛くお願いしたら男は簡単に喋るわよ!」
エンジェーナが自信満々に言い放った。
確かに、守ってあげたくなるような可憐な美貌を持つエンジェーナにお願いされたら、男でなくともあっさり喋ってしまいそうだ。
女のベルフィーユから見ても、長い付き合いの友人でなければドギマギしてしまいそうなくらいエンジェーナは魅力的だ。まぁ、流石に見慣れているので、今さら何とも思わないが。
とは言え、その戦法が有効なのはエンジェーナだからであって、ベルフィーユには関係ない話だ。
「それはエンジェーナが可愛いからだよ。私の平凡顔でやったらどん引かれるよ」
「そんな訳ないでしょ!!ベルフィーユはとっても可愛いわよ!」
「身内贔屓はいいよ。それより今日の予定は?私は昨日会ったオッカムを探して調べようかと思うけど、エンジェーナはどうする?」
「一緒に行く。泥棒男をこの目で確かめるわ」
ブスッとして返された。
そんな顔も可愛いのだからズルいなぁと呆れてしまう。
「・・・オッカムの前で泥棒とか言わないでね。勘違いだったら迷惑過ぎるから」
「わかってるわ。猫かぶっとくから安心して」
「うん。よろしく」
オッカムに会えるといいな。
少しでも可愛く見られたくて、お気に入りの淡い黄色のワンピースに着替えてからエンジェーナと出かけた。
エンジェーナには「泥棒男に見せるのは勿体ない!」と、ちょっと不機嫌になられてしまったが。
エンジェーナとぶらぶら歩きながらお喋りに花を咲かせていると、あっという間に大きな市場や通りを一通り見終わってしまったので、少し細い路地やそこまで大きくない広場の露店などを覗く事にした。
「そこの可愛いお嬢さん方!これなんかどうだい?」
突然、露店を開いているつり目の男が、ベルフィーユにネックレスを突き出してきた。
きらりと光る半円の物がぶら下がっている。
思わず受け取ってしまい、それをマジマジと見て驚く。
「これ、人魚の鱗?」
「そうそう!綺麗だろ?お嬢さんに似合うと思うぜ!」
つり目の男はニヤリと笑って商品をすすめてくる。
もう一度商品を確認して怪訝に思い、横にいたエンジェーナに目を向けると無言で頷かれた。
「・・・おじさん知らないの?鱗とかの模造品や本物の加工品は、本物のセイレーン誘拐事件のせいで紛らわしいから今年は販売禁止のはずだよ?」
今年は夏海フェスティバルの少し前から、サーリンシーを出入りしていたセイレーン達が誘拐される事件が続いている。
サーリンシーの警護兵が必死の捜索、調査を行っているが未だに犯人は捕まっていない。
それに伴い、外部からサーリンシーへの出入りチェックが厳しくなった。事件捜査をする警護署から商人へ、鱗等の本物の加工品、類似の模造品の販売は紛らわしいので捜査をスムーズにするために販売禁止を通達。
チェックを受けた大きな商会のみ販売許可がおりた。
ここのように大きくない路地の露店では販売許可は取れず、販売禁止とされている。
よって、知りながら売るのは明らかに違反なのだ。
「まぁまぁ、固いこと言うなよ。確かにそうだが、もう入荷しちまったから売らなきゃ損だろ?」
「でも、」
「それに、毎年買いに来てくれる客が多いんだ。買ってくれないならほっといてくれ」
面倒だと追い払おうとしてきた。
どうやら、店を畳む気はなさそうだ。
「・・・止めないなら違反で警護兵に知らせるから!」
「はぁ!?そりゃないぜ、お嬢さん。ちょっとこっちで話そうか?」
つり目の男が焦ったようにベルフィーユの腕を掴んできた。
「ちょっ、痛い!」
「ベルフィーユを離しなさいよ!―――きゃっ!?」
ベルフィーユを助けようとしたエンジェーナまで、横で露店を広げていた男に羽交い締めにされてしまった。
よく見ると、隣の露店にも鱗のペンダントやブレスレットが並んでいる。つり目の男の仲間だったのだ。
「何するの!」
「商売の邪魔はしちゃいけねぇよ、お嬢さん方」
「販売禁止なのに売ってるおじさんが悪いよ!」
「まぁまぁ、痛い目見たくないなら見逃してくれよ」
先程から掴まれている腕が痛いと口を開こうとしたら、別の所から声が飛んできた。
「さっき、痛いって言ってたよね?」
「何だっ!?」
突然目の前に割り込んできた壁に視界を遮られた。
ゴッ、と何かを殴る音がしたと思ったら腕が解放され、訳がわからなくなる。
「え?」
よく見ると壁ではなく人の背中。
逞しい背中の上に視線をやると、そこには青みがかった黒髪。
チラッとベルフィーユを振り向いた顔は面白そうに笑っていた。
「やぁ、ベルフィーユ」
「オッカム!?」
驚いて名前を呼ぶと、庇うように引き寄せられた。
ベルフィーユの腕に残る掴まれた痕が赤くなっているのを見て、オッカムの頬がピクリと動いた。
次に露店の男達へ向けられたオッカムの顔は、口は笑っているのに目が笑っていなかった。
しかも、鳶色の瞳が赤くなっている気がする。
「ねぇ、おっさん。女の子に乱暴したら駄目じゃないかな?ベルフィーユの綺麗な腕がおっさんのせいで赤くなっただろ?・・・そっちの奴も、俺が笑ってる内にその娘を離しといた方が良いと思うけど?」
右頬を真っ赤に張らしたつり目の男がふらついている。
さっき、オッカムに殴られたのだろう。急に殴られたせいか、イラついたようにオッカムとベルフィーユを見比べている。
すぐ横でエンジェーナを捉えている男が、つり目の男に目配せしていた。どうやら、大人しくエンジェーナを離してくれないようだ。
「ちっ・・・何だお前?知り合いなら大人しく黙らせて連れ帰ってくれ。腕を掴んだのは、そのお嬢さんが営業妨害するからだろ。殴られたのでおあいこにしてくれや」
オッカムの体格の良さからやり合うのは不利と判断したのか、つり目の男がやや距離を取りながら口を開いた。
「へぇ、営業妨害?」
「そうだよ。皆やってる事なのに、ケチつけやがったんだ」
話の内容には興味のなさそうなオッカムの返事。
つり目の男は、ここぞとばかりに自分は悪くないと主張し出した。
何て奴だ。違反は違反に違いないのに!!
まさかとは思うけど、おじさんに味方されたらどうしよう。
オッカムの表情からは何を考えているのかわからず、昨日会ったばかりでは価値観もわからない。
「違うでしょ!?おじさんが違反販売してるから悪いんじゃない!私は警護兵に知らせるって言っただけなのに、焦って止めるってことは自分で悪いことしてる自覚があるんでしょう?」
「だが、お嬢さんには関係ないだろ?警護兵にもバレてないなら捜査の邪魔にもなってねぇし、放っておいてくれれば良かったんだ!」
確かにこういった場合、自分に被害がない限りは見てみぬフリをする人の方が多い。現に、今だって周りの人は我関せずというように、此方の騒ぎに見向きもしない。
端から見たら、ベルフィーユのやっている事は態々面倒事に首を突っ込むお節介だろう。
不安になってオッカムを見上げると、興味なさそうに露店の商品を見ているところだった。
「ふーん。違反、ね・・・あぁ、本当だ。これは人魚の鱗?」
「適当な業者から仕入れた偽物だが、本物にかなり似せれてるから綺麗だろ」
「そうだね、本物みたいだ。でも、いくら良い品でも偽物にしては高くないかな?」
「あ、あぁ。仕入れで吹っ掛けられたみたいでよ。そんくらいじゃないと利益がでねぇんだ。本物よりかは安いから別に良いだろ?」
「・・・良いよ。見逃してやるから、そっちの黒髪のお嬢さんも離してやってくれよ」
オッカムの言葉に、信じられないものを見る目を向けてしまう。
裏切られた気がした。
ぐだぐだ考えていても結局、ベルフィーユは何の根拠もなしに、オッカムならベルフィーユの味方をしてくれると期待していたのだ。
地味にショックが大きい。
悔しくて、何とかしたくて、言い訳がましくオッカムの腕を掴んでいた。
「で、でも。オッカ―――っ!?」
(しっー。合わせて)
「え?」
耳元で囁かれた言葉に思考が停止する。
どういうことだろうか。面倒事を流す為にしては、ベルフィーユへ向けられたオッカムの表情が好戦的過ぎる。
オッカムの鳶色の瞳をマジマジと見ると、まだ赤いままだった。
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