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2 港の灯台

 

 カンカンカンッ。


 ベルフィーユが鉄製の階段を登る度に、サンダル裏の金具と当たり音が鳴る。


 サーリンシーには、港ができた頃から建つ古い灯台がある。

 少し高台に位置するその灯台は、建物の補強や改装は繰り返しているが骨組みは古く、別段観光などに人目を引く建物でもないので人の出入りは少ない。

 夜間は灯りを出す為に管理者の出入りがあるが、昼間は灯台内部に関係者以外は入れないように施錠されている。


 唯一、外階段から登れる灯台上の展望デッキは一般解放されている。

 サーリンシー全体が一望でき、人探しにもってこいな場所である展望デッキに通うのがベルフィーユの日課となっていた。


「さて、今日はどうかな?」


 展望デッキの鉄柵に近寄り、持参した双眼鏡を両手で支えながらサーリンシーの人々を観察する。

 夏海フェスティバル中なので人が多い。

 その中から、黒髪又は黒髪に近い濃い頭髪の人物を探す。


「う~む。女の人はいるけど、男の人はいないなぁ」


 ひとりでブツブツ呟く姿は、不審者に見えかねない状態だ。

 しかし、ベルフィーユは気にすることなく双眼鏡越しの視界を動かす。


 エンジェーナに言われた事を考えながら、灯台直ぐ近くの港を見回して水夫や漁師を見ていく。

 日射しが強いせいか、帽子やタオルを頭に巻いている人が多く、中々髪色がわからない。

 もっと近くで見れば揉み上げや髭などから探しやすいかもしれないが、荒くれた男ばかりの船着き場に若い女の身で行くのは躊躇われた。


「ん?」


 今日は展望デッキから探すのを諦めて、市場を開いている港を歩いて探そうかと双眼鏡を下ろした時、此方に歩いて来る人影が見えたのだ。

 ベルフィーユのいる展望デッキの真下。鉄製の外階段の昇り口に向かって歩いて来ているようだ。


 珍しい事もあるものだと、その人影に合わせて双眼鏡を動かすと、展望デッキの鉄柵に腹部が寄り掛かるかたちになった。


 ――――バキンッ。


 金属の割れる嫌な音と震動が腹部に伝わる。


 下の人影を双眼鏡越しにとらえるが、ベルフィーユは自分の脚が展望デッキを離れ、宙に浮いてしまうのを感じてそれどころではない。


「うっ、きゃあああぁぁーーーーー!!」


 灯台は少し高台に位置するため、高さが三階建てぐらいと灯台にしてはあまり高くない。あくまで灯台としてはの話だ。

 しかも、周りに緩衝材となる草木はない。人の身で落ちれば無事で済む筈がない。


 ベルフィーユは咄嗟に目を瞑り、地面にぶつかる衝撃に備えて歯を食い縛る。

 が、感じた衝撃は予想より軽かった。


 予想より軽く済んだのは、何かに巻き取られる様にくるまれ、衝撃を逃がすように地面をゴロゴロと転がっているからだった。

 膝や足首が転がる度に地面にぶつかり痛むが、不思議な事に他の部分は何かにくるまれているお蔭なのか痛くない。

 落ちた時点でベルフィーユには何が起こったのかわからず、ただ転がり終わるのを待つしかなかった。


 やっと勢いがなくなり、止まったのがわかる。


 今更ながらに心拍数が上がり、心臓の音が耳まで伝わる。

 落下による驚きと恐怖。死ぬかと思った。

 普通は良くて即死。

 悪くて重傷。の筈だった。


「な、んで?」


 そっと目を開けると、ベルフィーユの下に人がいた。

 頭に布を巻いた、水夫なような格好をした30歳ぐらいの男だった。

 痛みに顰められた顔には、左頬にうっすらとした傷痕。黒い顎髭と合わさりハンサムな顔付きに凄みが加わっているが、不思議と怖さは感じなかった。


 たぶん・・・いや、間違いなくこの人が私を抱き止めてくれたんだよね。あの高さから?


 上を見上げると、かなりの高さにある展望デッキ。落下原因である折れた鉄柵が端にぶら下がっていた。

 落下の衝撃を逃がすために、ベルフィーユを抱えて転がってくれたのだろうが、普通なら受け止めようなどと思う高さじゃない。


 私なら間違いなく避ける。私じゃなくても避けるよ。


「―――いててっ」


 呻きながら男が目を開けた。

 鋭い鳶色の瞳がベルフィーユを捉え、不躾な程にマジマジと顔を見てくる。

 まだ頭が混乱しているベルフィーユは瞬きを返すしかできなかった。

 その様子に何を思ったのか、男はニッと笑った。


「役得だな」

「え?」

「いやいや、こっちの話。それより怪我はない?」


 男の視線がベルフィーユの身体に走り、自分がまだ男の上に乗ったままだと気付いたので慌てて横に退く。

 重いとか言われる前に気付いて良かった。


「ご、ごめんなさい!助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。あっ、脚怪我してる。庇いきれなくてごめんね」


 男が上半身だけ起き上がり、地面に座ったままベルフィーユの脚を指さす。

 言われて見ると、膝が擦りむけ出血しているのに気付いた。痛いわけだ。


「庇ってもらわなかったら死んでたかもだし、これくらい大した事ないよ。そっちこそ怪我は?」


 聞きながら男の身体に怪我がないか見る。

 水夫らしき服は長袖を肘まで捲ったシャツに、草臥れたベスト、黒いズボンに足首覆うブーツを履いている。

 捲ったシャツからのぞく逞しい腕を少し擦りむいている事しかわからなかった。


 男は肩や腕、足を動かして異常がないか確かめて満足したのか頷く。


「大丈夫みたいだ。お嬢さんが軽くて良かったよ」


 あの高さから落ちて軽いわけがないが、男はお世辞を言いながら精悍な顔に笑顔を作る。

 びっくりするくらい素敵な笑顔だった。

 傷痕と髭のせいで30歳ぐらいかと思っていたけど、皺の無さからもっと若いのかもしれない。

 しかし、庇われたベルフィーユより庇った男の方が怪我がなさそうな様子が解せない。いや、怪我はない方が良いのだけど。


「本当に大丈夫?我慢してない?」

「ははっ、大丈夫、大丈夫」


 地面を転がった時に男の服に付いたであろう土を手で払いながら痛がらないか確認してみるが、男は軽く笑うだけで痛そうな素振りはない。

 どうやら、本当に怪我してないようだ。

 男が頑丈な身体で良かった。

 土を払った時に触った感じ、鍛えているのか筋肉が凄かったので、上手く筋肉が盾になってくれたのかもしれない。


「俺よりお嬢さんの脚を手当てしよう」

「え?これくらい大丈夫だよ」

「いやいや、女の子に傷が残ったら大変だからね。脚の怪我診ても良い?」

「うん。でも、ほら。大した事ないよ?」


 土で少し汚れてしまった水色ワンピースのスカートを捲って、膝上まで見えるようにする。

 擦りむいた膝や足首から少し血が出ているが、傷は浅いので直ぐに治りそうだ。

 男が困ったように頬の傷痕をかきながら苦笑いしていた。


「こらっ、若い年頃の女の子が男にそんなに脚見せたら駄目だよ」

「そんなに?でも、怪我診るって言ったのそっちでしょ?」

「いや、そうだけどさ。恥じらいとか・・・」


 男が「う~ん」と唸りながら首を捻る。

 どうやら男に、はしたないと思われたようだ。普段なら何とも思わないが、今は何故かもやっとした。


「この辺は風強いからスカート捲れるし、生足サンダルの人多いからこれくらい気にしないよ?」

「そっか。王都の令嬢とは違うよなー。じゃあ、良いのか」


 何に納得したのか、男がうんうんと頷いている。別にベルフィーユがはしたない訳でわないと思ってもらえたようだ。よかった。

 それよりも今、さらっと王都の令嬢とか言い出した?

 この人、普段は王都で令嬢に囲まれる環境にいるの?・・・ここからだとかなり遠いな。


「王都から来たの?」

「そうだよ。サーリンシーには去年一回来ただけだから忘れてた。こっちの女の子は露出高めで眼福だな~」

「そう言うエロい目で見たら殴られるよ」

「失敬。ついね」


 随分と気さくで軽いノリの話しやすい人だった。

 助けてくれたし良い人だと思う。


 ・・・但し、服装から少し警戒しないとね。


「ねぇ、その服装。貴方水夫なの?」

「俺の仕事?ん~、秘密だよ」

「は?」


 にっこり笑ってはぐらかされた。

 否、堂々と秘密にされた。

 明らかに作り笑いとわかる表情に、聞いてはいけなかったのだろうかと少し気落ちする。

 まぁ、いきなり空から降ってきた女だ。赤の他人どころか不審者なベルフィーユに教える必要もないから仕方ないだろう。

 そう思いつつも不満げな顔になっていたらしく、それを見た男が面白そうに笑った。


「ははっ、先ずは自己紹介でもする?俺はオッカム。普段は王都に住んでるけど、仕事の関係でわりと留守にしてるかな。サーリンシーには今年も仕事で来たんだ。一週間ぐらい滞在するからよろしく」

「・・・私はベルフィーユ。昨年からサーリンシーに住んでるよ。普段は街の食堂で働いてるけど、フェスティバルの間は夜しか営業しないの」

「へぇ、美しい女性(ベルフィーユ)か。綺麗な君にピッタリな名前だね」

「あ、ありがとう。オッカムも良い名前だね」


 鳶色の瞳が優しげに見てくるから、少しドキッとした。

 一族の中でも大してパッとしない容姿のベルフィーユにとって、名前に負けてる感が否めないが、オッカムにお世辞でも褒めてもらえて嬉しかった。

 頬を染めるベルフィーユを見て、オッカムは眩しそうに目を眇て視線を逸らした後、切り替えるようにパンッと手を打って注意をひいた。


「さぁ、手当てするよ。うん。軽く汚れだけ落としとけば大丈夫そうだな。ちょっと沁みたらごめん」


 オッカムは腰に下げていた水袋を外し、頭を巻いていた布を取って濡らしていく。その濡れた布でベルフィーユの膝や足首を優しく丁寧に拭ってくれた。

 まだ血の滲むところには、布のきれいなところを裂いて包帯の様に巻いてくれてる。

 大変ありがたいが、ベルフィーユはオッカムの髪を見て固まってしまった。


「う、嘘・・・」

「どうかした?他に痛いとこある?」


 ベルフィーユの呟きにオッカムが顔を上げ、心配そうに見てくる。

 その顔をマジマジと見て、どうして直ぐに気が付かなかったのだろうかと愕然とする。


 頭に巻いた布が目深くてわかりづらかったとはいえ、ずっと探していたのに!・・・いや、まだ決まったわけじゃない。


 一年前に一度見ただけの記憶は朧気だ。


「ねぇ、頬の傷痕はいつ、」


 言いかけたところで、呼び声が響く。


「オッカムさん、遊んでないで早く戻って下さい!」


 振り向くと、高台の下からオッカムと同じような水夫らしき格好をした優男が此方に手を振り急ぎ足で来ていた。


「あーあ、時間切れか。仲間が来たから戻んないと。またね、ベルフィーユ」


 オッカムがベルフィーユの頭を撫でてから、仲間の男の方へ去って行ってしまった。


 艶やかな青みがかった黒髪を靡かせて。


 ベルフィーユはオッカムの後ろ姿を見ながら、この短時間の間に起きたことに茫然とした。


「・・・まさか、オッカムがあの人?」




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