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10 記憶の夢

 

 ―――朧気な記憶。


 これは、いつも夢に見るけど。

 夢から覚めるとはっきり思い出せなくなる私の記憶。


 去年の今頃から、ずっと見続けるあの人との出逢いの日。


 ―――何故、はっきり思い出せないのだろう。





 月明かりが微かに照らす暗闇の中、一隻の客船が大きな海賊船に襲われている。


 耳障りな怒号。

 激しく剣がぶつかる高い音。

 泣き叫ぶ子供の声。

 大人達の悲鳴が聞こえる。


 突然、何かが弾けたような轟音。


 その直後、海賊船に火の手が上がった。

 不自然な程に勢いよく燃え広がる炎が海上の空気を熱くする。冷えきった夜の潮風が熱せられ、炎に焼かれた熱い風とともに焦げた臭いが辺りに漂う。


 たぶん、襲われた船には炎を扱える魔術師がいたのだろう。

 炎に巻かれた海賊達が次々と海に落とされていく。

 否、それ以外でも炎に巻き込まれまいと自ら海に飛び込む者もいるようだった。


 しかし夏とはいえサーリンシーの土地とは違い、夜の海は冷たい。特に今年は夜の気温がぐんと下がる日が多く、海の中は凍える程冷たいはずだ。

 海面でバシャバシャと泳いでいた者達の動きが、次第に緩慢になって行く。

 そして徐々に動きが止まり、冷たく黒い海中に沈んでいく。


 偶々近くの海上に浮かぶ岩場で夜空を見ながら散歩をしていた私と友人は、凍え溺れていく船員や海賊達をただただ静観していた。


 ―――私は内心、海賊なんて船ごと沈めば良いのに。と思っていた。隣では友人が「良い気味ね」と笑っている。


 私の一族は海賊が嫌いだ。海を汚し、一族の者を拐ったり傷付ける奴等を赦すことはない。海賊は敵だ。

 客船の船員に関して嫌悪はないが、態々助けるほどの関心も興味もなかった。

 そもそも、私達が陸地へ行って助けを呼ぶにも間に合わないだろう。客船の人が船上に引き上げなければ助からないほど、海は急速に熱を奪う。


 私達が歩いている岩場が満ち潮で段々と海に沈み始めた。

 そろそろ一族の住まう家に帰ろうと小舟に踵を返したら、友人が足を止めた。


「ねぇ!あれって、おちびのマヒィじゃない!?」


 突然友人が叫び、私もハッとして海賊船と客船の板が渡されている甲板に目をやる。


 そこには、先日から一族の捜索隊が探していた、一族で一番幼い少年マヒィがいた。見つからなかったのは海賊に囚われていたからかと頭から血の気が引く。

 マヒィは熊のように大柄な海賊に腕を捕まれ、何を言っているのかわからないが怒鳴られ、脅えている。恐らくは魔術師によって上がった火の手を押さえるように恫喝されているのだろう。


 一族の者は皆、力の差はあれど水を操る術に長けている。

 海賊はその力を狙って一族の者を拐っていくのだ。見映えが良ければ慰みものや売り物へ、悪ければ波を操る手足として。幼いマヒィの場合、状況を見るに後者だと思われる。


「マヒィを助けないと!」

「待って、こんな冷えた海に入ったら危ないわよ!?それに船を見て。客船の方に警護兵がいるわ。マヒィに気づいたみたいだからこのまま助けてもらえるわ」


 岩場から飛び出そうとしたら、友人に止められた。

 友人の言うように船の甲板で警護兵達と海賊達が対峙している。だが、マヒィが人質になっている為に上手く対処できないようだった。


 何もできない自分をもどかしく思いながら様子を見ていたら、突然客船から剣を携えた男が飛び込み、マヒィを捉えていた海賊の楯になっていた海賊を次々と倒していった。警護兵達も男に合わせて海賊達を倒していく。

 海賊が斬られた拍子に、ぶつかったマヒィが甲板から落ちそうなる。そこに、まだ死なずに動けた海賊のひとりが追い撃ちをかけるようにマヒィに斬りかかった。


「あっ!?」


 その時男が間に入り、海賊からマヒィを庇い斬られながらも反撃した。海賊の首をはねながら落ちそうなマヒィの腕を掴んだ男は遠心力を活かしてマヒィを船の上に放り投げ、自身はその拍子に甲板から海へと落ちていった。


 男が落ちた場所は海賊船の炎からは離れた位置なので、男の影が黒い海と一体化して見えなくなる。

 何故かそこから目を離せなくて、男が沈んだ飛沫の白い泡立ちを息をつめて窺う。


 船上から警護兵や、男の仲間らしき者達が悲鳴を上げるのが私の耳に鳴り響いた。


 ―――っどくり。


 耳の鼓膜に心臓が大きく脈打つのが煩く、見知らぬ男が死ぬ事に不思議と焦燥にかられる。

 漠然とした、苦しく嫌なものが私の中に渦巻く。


 隣にいた友人が「残念ね」と男が落ちた場所から目を逸らし、海上の騒ぎ背を向けて小舟へと歩き出す。マヒィが警護兵に保護されたから、一族の大人達に知らせに帰ろうと促された。

 私もいつもならばそう思っただろう。


 けれど、この時は何故かそう思えなかった。


 ここは陸から距離がある。

 たとえ即死や深い怪我を負っていなくとも、凍えるほど冷たく黒い海に呑まれた男が自力で浮けない限り、仲間は男を船に引き揚げれない。

 更に、今の潮の流れは陸とはやや逆方向に流れている。流されて海岸に辿り着くこともないだろう。

 仮に、仲間が男を助ける為に海に入っても、普通の人間は冷たい海に呑まれ1分と持たないで溺れる。自殺行為だ。


 普通の人間ならば。


 今夜の海は例年になく暗く冷えきっている。夜の砂漠は昼間の暑さが嘘のように寒いと聞くのでそれと同じだろうか。

 普通の人間より遥かに泳ぎが得意な私達一族の中で、一番泳ぎが得意な友人でも寒さに凍え上手く泳げるかわからないほどだ。

 それもあって友人は諦めたように目を逸らしたのだろう。マヒィを助けてくれた男だ。友人だって海の条件さえ悪くなければ助けただろう。

 実際、ただの事故や難破船の人を気紛れに助ける場合も過去にはあった。


 それらを踏まえた上で、私は目を逸らせなかった。


 海に馴れ親しんだ私達一族の仲間内でも、私だけ特異体質だったのもある。私だけ普通より体温が少し低いせいで、暑いのは苦手だが寒いのはある程度平気だったのだ。

 それでも、この冷えた海に長時間入るのは危険な賭けだ。


 しかし男の沈んだ海面から飛沫や泡が消えた瞬間、


「先に戻ってて!」


 ――――私は友人に言い捨て、迷わず海に潜っていた。


 海上の岩場から友人の慌てて制止する声が聞こえた気がするが、私は構わず潜り進んだ。


 男が沈んだであろう場所目指して暗く冷たい海中を。


 あの男を助けられるのは私だけ。


 海中に漂う海賊の亡骸や船の縁などの破片を避けて泳ぐと、意識を失った男を見つけた。海流が予想より激しかったらしく、船からそこそこ流されていた。


 男の腕を掴み、肩を組むように支えて泳ぐ。

 だが、いくら寒さに耐性がある私でも、夜の海のあまりの冷たさに泳ぐスピードが上がらない。逆に、徐々にスピードが落ちていると言った方が正しいだろう。


 先程までいた岩場はもう直ぐ沈んでしまうから、友人も私を心配しても待ってはいないだろう。むしろ、私が家に戻らなかった時のために大人達に知らせに急いで帰っていそうだ。


 正直、このままでは意識のない男がどのくらい持つかわからないが、海岸の地形を頭に浮かべながら一番近い陸地を目指す。

 この時に出せる全力のスピードで、何とか一番近い海辺に男を引き揚げた。


「ねぇ、生きてる?」


 声をかけても、頬を叩いても男は目を覚まさず返事がない。

 口許に手を当ててみると呼吸もしていなくて、間に合わなかったのかと、ただてさえ冷えきっていた身体が凍りつく。


 そっと胸に耳を寄せると、男の心臓はまだ微かに動いていた。


 少しほっとしたが、男の身体は体温がかなり下がっており、普通より体温が低い私以上に冷たくなっている。このままでは本当に危ない。


「・・・どうしよう」


 私は男の青みがかった黒髪を見て、もしかしたらと思い付いた。

 自分の首もとから細いチェーンに丸い石の付いた物を外し、慎重に男の首にかける。一族に伝わる言葉を紡ぎ、精悍な顔付きの男の唇にキスを落とす。

 すると、チェーンに付いている石が淡い光を放ち始めた。


 途端に男が咳き込み、苦しそうに海水を吐き出した。

 海賊からマヒィを庇った際斬られた傷口がじわじわと塞がり、痕も残さず消えた為に裂けた服と血の染みが残された。


 その様子を見ていると、先程の魔術師の乗った客船が近付いて来た。男の仲間が迎えに来たのだろうか。


「―――きゃっ!?」


 突然船から熱い風が吹いてきて、冷えて蒼白くなっていた男の血色が良くなり、皮膚が日焼けした健康的な色を取り戻していく。


 意識を取り戻したのか微かに開いた瞳が私に向けられ、唇が震えるように動いた。


 よかった。もう大丈夫そうだ。


 もう少し回復するまで男と一緒にいたかったけど、魔術師が起こしたであろう熱い風は特異体質の私には耐えられない熱さだったので、男を残してその場から急いで去った。


 浴びた熱に身体が焼けたようでふらつく。

 近くにあった冷えた洞窟で身を休めてから帰ろう。そう思った私は疲れた身体を丸めて、そのまま洞窟で一夜を明かしてしまった。


 そして、明くる朝。

 目覚めてから家族や友人のもとに帰ろうとして気が付いた。



 ―――あの石を無くした私はもう、(いえ)へ帰れない事に。




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