95、《冬麗大作戦》
●【No.095】●
ここは "バイオメドリグス" の国の "森の宿屋" にて。
その "森の宿屋" の外の裏側に、受付の男ポグルスとカラスクイーンアテナ&ゲル=パンサード・オレンジと協力者ヴァグドゥルスがいる。 勇者マイカたちに夜襲を仕掛けるカラスクイーンアテナに対し、受付の男と協力者の二人が彼女の前後を挟み込む形で待ち伏せする。 彼女は特に驚いた様子は見せないけれど、かなり不機嫌な顔をする。 実際に虚を衝かれた形になるからだ。
そんな彼女もある疑問が生じた。
「なんで…私がここに来ることを知っていた?」
「ああ、それはコイツに教えてもらったからさ」
「?」
すると彼の左肩から、あの魔物がヒョコと現れた。
「お、お前は…ブルームスライムッ!?」
「やあ!」
「そうだ、あのブルームスライムだ。
どうやらコイツだけは…なんともなかったようだな。 俺のことも覚えていたみたいだぞ。」
「まさか…そんなバカなぁ…っ!?」
「このブルームスライムには、ある特殊な能力があるらしく、アンタの術にはかからなかったようだ。 俺も最初は疑ったけど、主が夜襲をかけるのに、ワザワザ知らせる必要がないからな。 コイツの能力を知ればわかるはずだ。」
「くっ、そんなことがぁ…っ!?」
「へっへっ、そういうことだよ」
ブルームスライムも会話に交ざると、すぐに彼女が詰め寄る。
「何故、私を裏切った?」
「えぇーーっ、何言ってんの?
いつアンタの手下になったと思ったの?
ボクはそもそも精神なんてモンはないんだ。 恩を受けた人のことは絶対に忘れないよ。 他のモンスターと違ってね」
「……らしいな…」
「ちっ、やっぱりスライムに私の術は通用しないのか? それで騙されたフリをして、私の夜襲をコイツらに知らせたのか?」
「へっへぇ~、そういうことだよぉ~♪」
「なるほど、確かに凄いな」
得意気なブルームスライムがドヤ顔になる。 スライムに精神がないというのも初耳だが、そもそも精神がなければ洗脳もされないということか? それはそれで凄いことだ。 つまり、ブルームスライムだけは彼女の洗脳が通用しなかったことになる。
今度は協力者が会話に入り、ある疑問を彼女にぶつける。
「それにしてもよくもまあ、単身で攻めてきたな?」
「………」
「それはコイツの部下が勇者マイカたちに倒されて、今は再起不能だからだよ。 つまり、今の状態でマトモに動けるのは、コイツだけ…」
「へっへぇ~、残念だったねぇ~♪」
「へぇ~、それはまた残念なことで…」
「だからと言って単身で夜襲とは……相当焦っているみたいだな。」
「………」
「まったくだ。
ここまで来ると自殺行為だな」
「ふん、私には……もう時間がない……」
「えっ!?」
「……時間がない……?」
「ッ!?」
森の奥からまた謎の声が聞こえて、彼女が驚いて声のした方向を見ると、そこにいたのは、なんと熟睡しているはずの勇者マイカだった。 その彼女の左肩には、ナビゲーション・スライムのミドリが乗っている。
「やあ、ミドリィ~♪」
「やあ、アオォ~♪」
ミドリとブルームスライムは同族ということもあって説得されて、すぐに打ち解けた。 それはミドリのお陰で、スライムだけは勇者マイカを裏切らないということか? ちなみに「アオ」とは、ブルームスライムの名前。 マイカが名付け親。 もともとブルースライムが進化した姿なので、[ブルー=青]となる。
彼女の姿を見て、カラスクイーンアテナが驚く。
「な…何故……っ!?」
[何故…勇者マイカが、そこにいる?]―――と言葉にできない程の驚愕ぶり。
「ふふふ、驚いているようね。
それはこの子のお陰よ」
すると彼の左肩に乗っていたブルームスライムが、今度はマイカの右肩に飛び移った。 なんと彼女の右肩にブルームスライム。 左肩にナビゲーション・スライムが、それぞれ心地良さそうに乗っている。
「ま……まさか……っ!?」
「そう…そのまさかよ。 この子は私のスライムなのよ。 この子はね、ポグルスと出会う以前からの知り合いなのよ。」
「ッ!!?」
「ふふふ、正直…俺も驚いている。
俺とは、とある大魔王の居城に近い塔のダンジョンで知り合ったけど、それ以前から、そのスライムは勇者マイカと知り合っていたらしい。 でも…考えてみれば、なるほど…って話さ」
「確かに……な」
「なんだとっ!?」
「俺たちは未来からこの時代にやって来た。
勇者マイカは俺たちにとって100年以上前の存在。 まさに伝説の勇者…。 そのブルームスライムがどのぐらいの寿命があったのか、または分裂して子孫を遺していたのか、俺には解らないけど、そいつは勇者マイカのことは記憶していた。 俺たちと―――アンタと出会う以前から会っていたからだ。 だから…そのスライムは、アンタの術にはかからなかったんだよ。」
「ッ!!」
「………」
「それは一体どういうことだ? ポグルスよ」
「カラスクイーンアテナはブルームスライムと俺との関係しか知らない。 それ以前に勇者マイカとブルームスライムが出会っていても、アンタはその事を知るすべはない。」
「あっ、そうか!」
「ッ!!」
「そうだ、カラスクイーンアテナよ。
アンタもまた……俺たちと同じ……未来から来た存在なのだからな!」
「くっ!」
「なるほど、ようやく解けたぜ」
「なるほど、そういうことね」
[※基本、魔物はテイムされない限り、誰のモノでもない]
なんとポグルスやヴァグドゥルスだけでなく、あのカラスクイーンアテナも実はこの時代の存在ではなく、未来から来たという事実を知る。 さすがはポグルスだ。 ある程度の情報は入手していたようだ。
ここでいうカラスクイーンアテナが仕掛けた術とは、ポグルスと仲間モンスターとの絆を引き裂いて離反させることにある。 ブルームスライムやゲル=パンサード・オレンジたちも例の塔で出会っていて、カラスクイーンアテナもその事は知っていた。 しかし、それ以前にもし勇者マイカと出会っていたなら、それはカラスクイーンアテナにも知らない事実。 そしてブルームスライムだけは彼女と、ポグルスやカラスクイーンアテナも知らないはるか昔に出会っていた。 だから…カラスクイーンアテナの術は、彼女には通用しなかったのだ。
そこで彼が一計を案じた。
たとえ自分のことを忘れて裏切ったとしても、あのブルームスライムだけはマイカと出会っているならば、自分ではなく、彼女の方になびくはず。 あのカラスクイーンアテナの術さえ遠く及ばないはるか昔に出会った…あの頃の関係に賭けたのだ。
それこそが、ポグルスの奥の手の秘策《冬麗大作戦》なのだ。