勇者になっちゃった!?
「ようこそ異世界へ、勇者様方!」
真っ白な布に金色の刺繍を施した如何にもお偉いさんといった出で立ちのつるっ禿げのおっさんが、満面の笑みを浮かべ両手を広げて声高らかに叫んでいた。
その瞬間、俺は悟ってしまう。
「俺ってもしかして、勇者?」
♦︎♢♦︎♢
桜の花が咲き誇り、暖かな日差しが降り注ぐとある日。私立白ヶ崎高校では入学式が執り行われていた。
「新入生代表、天光裕輝」
「はい!」
緊張など一切感じられない落ち着いた声が体育館に響き渡る。
最前列から席を立ったのは黒髪黒目で、新入生とは思えないほど大人っぽい色気を感じさせる青年だ。
そこらのアイドルとは比べ物にならない程の整った容姿に、何処からともなくほう……と惚けるようなため息が聞こえる。
彼は壇上に上がると、視線を真っ直ぐ前に向け、新入生挨拶を始めた。
「本日は私たちのためにこのように盛大な入学式を催して頂き、まことにありがとうございます。暖かな日差しと美しい桜の花や春の花々が、私たち新入生を祝福しているように感じられました。
〜
これから3年間、自分自身の可能性を広げ、そして人間的に成長できるよう精進していきたいと思います。以上をもちまして、私の宣誓の言葉とさせて頂きます。」
カンペを一切読まず、言葉が途切れることもなく堂々と成した彼に、会場中が感心の目を、女性がうっとりとした目を向ける。
そして、盛大な拍手が送られた。
♦︎♢♦︎♢
俺の名前は天光裕輝。今日から高校1年生の15歳(仮)だ。何故、(仮)かって?信じられないような話なのだが、俺はいわゆる前世の記憶というものを持っている。
前世といっても、剣と魔法の世界で無双したわけでも、SF的世界でエイリアンと戦ってたわけでもない。俺は日本で生まれ死んだ、ちょっとオタクが入ったただのサラリーマンだった。
どうやって死んだかは覚えていない。ただ、ぞっとするほど冷たくて暗い死んだという感覚は覚えている。
神様に会った記憶もない。
ただただ、俺は前世と似たこの世界に転生したのだ。
♢♢
俺が前世のことを思い出したのは5歳の誕生日の時だ。前世が蘇った瞬間、知恵熱でぶっ倒れた。両親曰く、生死を彷徨うくらい危険な状態だったらしい。
ともかく無事身体子ども頭脳は大人になった俺は、何か特別な使命があるのではないかと考えた。
「俺が主人公だ(キリッ)」
いや、我ながら気持ちの悪い発想だとは思う。しかし当時は、無駄にオタク知識があったせいか、転生!チート!ハーレム!と思考が誘導されていったのだ。
そういうわけで5歳の俺は、精神年齢がアレなのにも関わらず、厨二病を発症した。
厨二な俺がまずやったことは、身体を鍛え、知識を身につけることだった。とりあえず強くならないと、と考えたわけだ。
身体を鍛えるといっても、前世の俺は圧倒的インドアだったためにそういう知識はなかった。
が幸い、同じ幼稚園に剣道の道場の息子がいたため、両親に頼んでそこに通わせてもらった。両親は初めは俺が怪我するのではないかと渋っていたが、
「ママ、パパ、いきたい!おねがい!」
と、5歳児感を前面に出してワガママを言って通した。
知識については、ひたすら本を読み漁った。
母親が大の本好きなため、家の書斎にはここ図書館?と思ってしまうくらいに大量に本がある。
書斎に引きこもって本を読んでいても、
「流石私の息子!」
の一言である。気持ち悪がられらどころか、5歳でこんなに読めるなんて天才!とはしゃがれた。
そして身体を鍛え知識を身につけいる間に――俺は厨二病を抜け出していた。
能力
チート
だとか、使命だとかの妄想を忘れてしまうくらい、他のことに忙しかった。
1つ目に自分磨き。
これに関しては、本当に夢中になり過ぎた。
転生後の高めの身体スペックに、子どものスポンジのように何でも吸収する頭脳が合わさり、まるで育成ゲームをしているかのように成長が感じられたのだ。
鍛えるのも勉強するのもめちゃくちゃ楽しい!、自分磨き最高!と、そうしている内に手段
自分磨き
が目的になってしまっていた。
余談だが、身体を鍛えることに関しては、身体を動かすことにシフトし、ありとあらゆるスポーツに手を出すようになる。
2つ目に、人間関係。
人間関係といっても、悪い方向のものではない。
ただただ、俺からすればずっと幼いはずの子どもとの関係が楽しくなってしまったのだ。
前世を思い出すまでは、年相応にわあわあと遊んでいた。だが思い出してからは、何も考えずにそう振る舞えるわけがない。
結局、喧嘩しているのを見れば止めに入る、輪に入れない子どもが入れば一緒に遊ぶなど、ついついお節介を焼くようになってしまった。
俺は子どもたちの面倒を見つつも、一方でそれまでと変わらず彼らと全力で遊んでいた。正直楽しかった。
……精神に肉体年齢の影響が出ていたのだろう。そのはずである。
そうした結果、俺は頼りになるしっかり者かつ人気者というポジションを得ることになる。
幼稚園から高校までエスカレーター式のところに入学したこともあり、そのポジションは小学生、中学生になってからも変わることはなかった。
周囲で起きる喧嘩だったりイジメだったりを解決していき、中1で生徒会に入り、中3の時には生徒会長にまで就任していた。
♢♢
そんな俺は、まあモテる。
自意識過剰ではないぞ。
前世では比べようがない程に優秀な頭脳および身体のスペック。そして今世の両親から受け継いだ容姿。自称がつくが、爽やか系イケメンである。
ありがた恥ずかしいことに、中学では幼馴染と並んで2大イケメンと呼ばれていた。告白だって結構な頻度で受けていた。独身で魔法使いになりかけていた前世とは大違いである。
しかしいくら可愛いJCやJKから告白を受けようが、俺の中身は40歳を越えた独り身おっさん。
転生してからも女の子との距離感がイマイチ分からず、未だ彼女を作ったことはない。
そこ、ヘタレと言うんじゃない。
今世の俺はそれなりに高スペックのつもりだが、上には上がいる。
我が幼馴染様方である。前世の記憶というズ
ル
をした俺とは違い、本物の天才で才色兼備を地でいく奴らだ。
1人目は俺の親友にして、2大イケメンの片割れである藤堂獅郎。
実家は俺も通う剣道の道場で、本人も全国大会個人の部で3連覇を成し遂げるくらい高い実力を持っている。見た目は硬派な男といった感じで、性格もそれに違わず無愛想だが真面目で頼りになる奴だ。
2人目は白ヶ崎玲奈。白ヶ崎という苗字の通り、俺らが通う学校の創始者の一族の愛娘である。
まさにお嬢様ではあるが、それを鼻にかけるような真似はせず、誰にでも優しく、素直で天然が入った性格の少女だ。
外国の血が入っているらしく、ふんわりとしたグレーの髪と碧眼が特徴的な非常に可愛い容姿をもつ。
3人目は加賀美遥。
こちらは玲奈とは違い、どちらかというと綺麗という表現が似合う少女だ。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の目が特徴的。
遥は世界的に有名なモデルを母に、同じく世界的に有名な俳優を父にもつ芸能一家の娘だ。本人も将来は芸能界に進むつもりらしく、幼い頃から子役やモデルの活動を行っている。
性格は強気で天邪鬼、ツンデレ。
玲奈と遥はその可憐な見た目から、2大女神と呼ばれていた。
彼らとは幼稚園で知り合い、仲良くなった。前世の記憶が無ければ、彼らは俺に目を向けることさえ無かっただろう。
前世の記憶に感謝。
♦︎♢♦︎♢
俺はこれから1年間を過ごすことになる教室に向かっていた。
入学式のあと理事長に捕まっていたため(「娘をよろしくね」といい笑顔で言われた。まあ小さい頃からの仲だし、友人として仲良くやってくれという意味だろう)、皆よりも遅れてしまった。
生徒会長なんてやっていた奴が言うことではないが、元来俺は目立つのが苦手である。新入生挨拶をしてから、しかも遅れて1人で教室の中に入るのは少し緊張する。
教室に近づくにつれ、がやがやと騒がしい声が聞こえて来た。高校からの入学生がいるとは言え、基本的にエスカレーター式の学校だ。同じクラス内に友人や知り合いが居ても可笑しいことではない。
ドアを開けて教室内に入る。……ものすごい視線を感じる。俺の顔を見ながらこそこそと話すのはやめてくれ。前世のトラウマが蘇るだろう。
視線にたじろぎながらも(ちなみにその様子は外には一切出していない。伊達に生徒会長をやっていた訳ではない)、友人がいないか教室内を見渡す。
と、こちらに近づいてくる3人の姿が見えた。
「裕輝、新入生挨拶見事なものだった。高校でもよろしく頼む」
「ゆーきくん、また同じクラスになれたね!」
「挨拶悪くはなかったわ。腐れ縁は続くみたいだけど……まあよろしくしてあげる」
話しかけてきたのは、順に獅郎、玲奈、遥の我が自慢の幼馴染たちだ。
「ありがと。みんな同じクラスで安心したよ。またよろしくな」
なんと4人とも同じクラスである。これは小中9年間ずっと続いていたことでもあり、否が応でも権力の力を感じてしまう。いや、まさか、ねえ?
玲奈に目を向ければニコニコと心底機嫌が良さそうに笑っている。かわいい。
そのまま彼らと談笑していると、教室の前方のドアが音を立てて開かれる。1人のまだ20代前半らしいスーツを着た若い女性が入ってくる。
どうやら彼女が俺らの担任のようだ。彼女が教壇に上ると同時に、各々が出席番号順に並べられた席に座る。
ちなみに、俺は出席番号1番。最前列右端の席だ。
「はい、皆さん初めまして!私はこれから1年間、皆さんの担任を務める佐伯有沙です。新任で慣れないところもあるけど、よろしくね。」
佐伯先生というのか。赤縁眼鏡を掛けた童顔の可愛らしい女性だ。そして巨乳である。健全な男子高校生として、つい視線が胸元に釣られてしまう。
ふと、寒気がした。同時にじとっとした視線も感じる。……俺の気のせいだろう。女性の胸をじっと見るのは良くない。気合いで視線を逸らす。
「じゃあ早速だけど自己紹介をしましょう。出席番号順で、天光くんからよろしくね」
予想はしていたが、トップバッターか。地味に緊張する。
「天光裕輝です。中学では生徒会長を務めていました。身体を動かすことが好きです。これからよろしくお願いします」
最後に笑顔を作って締めくくる。無難すぎる気もしたが、最初から飛ばしすぎるのも続く人がやり辛いというものだ。
まあぶっちゃけ俺にはこれが限界なだけですけどね。
「加賀美遥です。芸能活動をしているため、欠席や遅刻早退が多くなるかもしれません。その時はフォローしてくれると嬉しいです。これから1年間よろしくお願いします」
「白ヶ崎玲奈と申します。中学では茶道部に所属していました。高校でも続けられたらと思ってます。皆さん、よろしくお願いします」
「藤堂獅郎です。剣道部に所属したいと思っています。よろしく」
遥の猫被りは完璧だし、玲奈も普段より50%増しでお嬢様している。獅郎は相変わらず愛想がない。笑いすらしなかったぞ。
しかし彼らは高校でも変わらずモテるようで、自己紹介時は教室中の熱い視線が集まっていた。
とりあえず男子の中でいやらしい視線を玲奈と遥に向けていた奴は要チェック。しっかり監視しておかないとな。
そのままぼんやりと自己紹介を聞き流していると、最後の1人の番が来ていた。38人目。大トリも嫌だよな。
目を向ければ、地味めであまり目立たない感じの男子生徒だ。
「渡瀬和也です。よろしくお願いします」
……それだけ?随分情報量の少ない自己紹介だな。
にしても、渡瀬か。彼とは初対面のはずなのだが、何か引っかかる。喉に小骨が刺さったような微妙な感じ。何だ?
それにしても……。静かだ。拍手が妙に少ない。どの自己紹介の時にもパチパチとしっかり聞こてくるくらい音は鳴っていたが、彼のは圧倒的に少ない。
というか、拍手してるの高校から入学してきた奴らがほとんどじゃ?
不思議に思って周囲を見れば、女子は関わり合いたくないと示すように目を背け、男子諸君は嫌な目を向けている。
そこに映る感情は……嫉妬?何故に?ぱっと見た感じ容姿は普通だし、能力も特段優れているとは聞いたことがない。
ふと、その時玲奈と目があう。
「あっ」
『わたらせくん』か!思い出した!一時期、玲奈が熱を上げていた人物だ。そう、あれは確か中3の時だ。
♦︎♢♦︎♢
中3の委員決めで、玲奈は図書委員になった。
クラスから委員はそれぞれ2名ずつ選出される。図書委員は最低でも週1の昼休みと放課後を拘束される上に、図書室で静かにしていないということで、全く人気のない委員だった。
幸い1人はすぐに決まった。毎年図書委員になっている文学少女の本谷さんだ。
「もう1人誰か出来ないか?」
教師はそういうが、誰も手を挙げない。目を伏せたり、近隣の席の人と会話したりと誰もやろうとはしなかった。
黒板の『図書委員 本谷』の字が心なしか寂しげに映る。
そんな中、挙手したのが玲奈だ。
「はい、私がやります」
玲奈のことだから、先生が困ってるしみんな出来なそうだから私がやろう、とでも思ったのだろう。
人気者の玲奈が地味な図書委員になるということで、クラスがざわついていたな。
それから1週間後。
その日は大きな仕事(各委員の引き継ぎなど)がひと段落したということで、生徒会は休み。獅郎も玲奈も遥も特に用事がない。中3になってから、初めて4人揃った昼休みの時のことだ。
玲奈がふと俺の顔を見つめたかと思うと、悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、『わたらせくん』の話をし始めた。
「昨日ね、わたらせくんに助けてもらったんだ」
「わたらせ?助けて……って、玲奈、何かトラブルに巻き込まれたのか?」
「えへへ、心配し過ぎだよ。ただね、図書委員のペア決めがなかなか決まらなくて、ちょっと嫌な雰囲気になっちゃったの。それでその時にわたらせくん、えっと隣のクラスの『わたらせかずやくん』ね、が解決してくれたんだ」
「大丈夫だったか?」
「しろーくんもありがとう。わたらせくんに助けてもらったし、大丈夫だよ」
「ふーん……。どうせ玲奈にカッコいいとこ見せようとしただけでしょ」
「遥、どうどう。玲奈はそう思ってないんだろ?」
「ちょっと祐「うん。わたらせくん優しい人だよ」って玲奈ぁ!」
「……優しい人、ね」
「お前がそんな顔をするのも珍しいな。何だ、嫉妬か?」
「獅郎、からかうなよ……」
とまあ、こんな会話があった。
それからしばらく玲奈の口から『わたらせくん』がよく話題に上るようになった。
俺は少し『わたらせくん』に思うことがあって、彼のことを詳しく知ろうとはしなかったが、獅郎や遥は興味をもって直接話しかけに行ったらしい。
しかしある日突然、『わたらせくん』の話題は無くなった。確かーー
「それでね、わたらせくんがーー」
「玲奈は本当にわたらせが好きなんだな」
「……ゆうきくんのばか」
うん。こんな会話をしてからだ。
確かにあれは俺が悪かった。まだ中学生といっても女子だからな。幼馴染とはいえ男の友人が踏み込むには、デリカシーが無さすぎた。
それから恥ずかしくなったんだろう。玲奈から『わたらせくん』の話を聞くことはなくなったし、自然と俺の頭からも彼のことは消えていった。
♦︎♢♦︎♢
なるほど、彼が『わたらせくん』か。
とすると、男子の嫉妬の原因は玲奈に好意を持たれたことにか?女子はさしづめそんな男子の雰囲気に関わり合いたくとでもいったところか。
ううん、あまり良くない傾向だな。これから1年間共に過ごすことになるんだし、何とかしないとな……。
佐伯先生も空気を察したのだろう。困ったような表情を浮かべた。
「みんな疲れちゃったのかな?ちゃんと最後まで自己紹介は聞くように。じゃあ、これからの予定を説明するね。プリント回すから、各自1枚ずつとってね。
〜
じゃあ今日はここまで。明日から授業が始まるから、遅刻しないように!では、また明日会いましょう」
今日は入学式ということもあり、午前でおしまいだ。まだ時間があるということで、これから遊びにいこうとする人も多いんだろうな。
親睦を深めようと、佐伯先生に話しかけている生徒もいる。
幼馴染たち(あいつら)はどうするのかな、と目を向ければ、玲奈が渡瀬に話しかけているのが目に入る。そしてそれを凄い目で見る男子たち。
渡瀬は居心地が悪そうだ。
「何とかしないとだな……」
こんな雰囲気の中1年間を過ごすのは嫌だし、玲奈がお世話になったという渡瀬を放っておくのも義理にかける。
しかし、俺自身は渡瀬の人となりを知らない。『優しい人』らしいが、玲奈の話をそのまま信じるわけにもいかない。
あの時遥が言った通り、玲奈のことを狙っての行動かもしれないしな。玲奈は人の感情に敏感だから、ほぼあり得ないことではあるが……でも……。
「とりあえず、話してみるか」
色々考えるのは後回しだ。
渡瀬と話して、自分の目で確かめればいい。それで本人がどう思っているのか、どうしたいのかを聞き出そう。
渡瀬の方へと足を一歩踏み出した、その時だった。
教室中を、白い光が包み込む。
あれ、床に、何か模様が浮かんでいる……?
白い光はどんどん眩しくなっていく。
あたまがまっしろになる
いやだ
いやだいやだいやだいやだ
死にたくない
♦︎♢♦︎♢
「続いてのニュースです。昨日午後9時、大型トラックに20代会社員の男性をはねられ、男性が死亡いたしました。トラックの運転手は飲酒運転をしていたと見られーー」
♦︎♢♦︎♢
「ゆうきくん!ゆうきくん!」
「……え?」
気がつくと、玲奈が俺に抱きつき、遥が俺の袖を引っ張り、獅郎が俺の肩を手を乗せていた。
3人とも心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。
なんだ?
「ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたいだ。というか、ここは……?」
えっと、そうそう。白い光が急に現れたんだよな。
にしても随分と不安げだな。まるで、このわけ分からない状況よりも俺のことに動揺しているみたいな……。
いや、こんな状況で俺が呆然としてれば心配にもなるか。
俺があの時何を考えていたのかはなぜか
分からないが、今はいいだろう。
思い出すべきではない。
今の状況を整理しよう。
最初に目につくのは、床に描かれた不思議な赤色の模様だ。あの光が現れた原因であろう教室の床の模様に似ている。
どうやら、俺らはヨーロッパの大聖堂のようなところに居るらしい。ステンドグラスが非常に神秘的な雰囲気を醸し出している。
間違っても、それまでに居た教室の中ではない。
そして、佐伯先生を含めてクラス全員がここに居る。1番後ろからだと把握しやすい。
ん?後ろ?あ、ぼーっとしてる間に獅郎に引っ張られたのか。
うーん、それにしても計39人をあの一瞬でここに移動したというのか?現実的じゃないな……。
「集団誘拐よりかは、神隠しかの方がまだ現実味があるな」
「祐輝、あんた……。いえ、いいわ。神隠しね。あたし、オカルトは一切信じてないんだけど」
「はるかちゃんは怖がりだからねー。ゆうきくん、このままぎゅっとしてていい?」
「なっ、玲奈!?」
「2人とも結構余裕そうだな……。獅郎、この状況どう思う?」
「色々言いたいことはあるが、まあ後でだな。この状況か。説明するまでもないだろう。神隠しの実行犯が、直接教えてくれるようだ」
そう言って獅郎は視線を後ろに向ける。それにつられて見れば、この室内に実にマッチした荘厳な扉が開かれるところだった。
中に入ってきたのは、神官らしき服を着た人たちと、騎士のような格好をした人たち。
その中で一等偉そうな服を着た男が前に進み出てきた。嫌な目だ。
見た目はつるっぱげなおっさんだが、実に腹黒そうである。
「ようこそ異世界へ、勇者様方!」
ハゲ神官は満面の笑みを浮かべると、両手を大きく広げ声高らかに、俺らに向かってそう叫んだ。
勇者……ゆうしゃ?
その瞬間、忘れかけていた前世のオタク知識が蘇る。
嫌な予感がする。
ざわつくクラスメイト。パニックになって泣き出す女子生徒。逆にオタク知識でもあるのか、異世界と聞いてニヤつく数名の男子生徒。
ぎゅうっと俺に抱きつく玲奈、いつのまにか恋人繋ぎで手を握っている遥、肩に乗せた手に力を込める獅郎。
それらをまるっと無視し(いや、幼馴染の行動は非常に気になるが)、視線を横に向ける。
俺が居るのは、教室で言う最後列の左から2番目。隣の席は、渡瀬だ。
渡瀬は動揺しているようだが、静かに怪しむような目でハゲ神官を見ている。
『集団転移。異世界。影の薄い、もしくはいじめられっ子の平凡男子、しかし美少女に好かれてるやつが主人公。一見外れっぽいチートを得るが、いずれ最強。ハーレムも築く。』
外見は悪くはないがあまり印象に残らない。
能力も詳しくは知らないが、突出したものではないだろう。
しかし、『優しい人』と玲奈に好かれている。
うん、間違いなく主人公要素満たしてるな。
『クラスの中心人物で高スペックなイケメン。しかし異世界ではかませ勇者で、基本的にろくな目に合わない。』
あれ。
これ。
「俺ってもしかして、勇者?」