幻影のレギオン ~仲の良かった義理姉妹と婚約者を勇者に取られたオレは、倒されると寿命の縮まる魔法の幻影騎士と戦い抜く~
「きゃっ、ちょっと!」
「あー、悪い悪い。尻触る気はなかったんだ、たまたまだ、許してくれ」
長い金髪を後ろで結んだ、顔の整った鎧の男が軽い調子で謝る。
「もう! 何するのよ……」
「そんなことより集中だ。つっても」
その男は、赤面して尻を押さえる剣士風の女性の前に出て、長剣を構える。
「まあ、そうね。私たちの敵じゃないわ」
「お姉ちゃん来るよ! 結構多いから気をつけて」
気を取り直した女性剣士の横で、黒いローブを羽織い杖を持った少女が、責めるような口調で警告する。
「何言ってんだよユリア、お前という心強い大魔法使いもいるし、お前の姉ちゃんのサニアだって、すごい剣士だ。あと」
金髪の男が余裕ぶった口調でニヤリと笑う。
「私という聖女もおりますしね」
白い神官風の女性が優しげな微笑みを携え立っていた。
「そうだな、リーン。オレという勇者がいる限り、お前たちは絶対に守る」
「レオン……」
「さすがレオンさん」
「勇者レオン様、さすがですわ」
三人の美しい女性が、勇者と呼ばれる男を褒め称える。
彼らが立ち向かうのは、一面を覆う魔物の群れだ。
「へっ、いくら数を揃えようが。食らえ、ブレイブスラッシュ!」
勇者レオンが光る魔力を剣から放つ。
それは巨大な竜の姿を描いて、魔物の群れに炸裂した。数多の魔物が細切れになり吹き飛んでいく。
「さすが勇者レオン! 私たちも負けてらんないわね!」
女剣士が二つの剣を構えて走り出す。襲いかかる魔物を全て一刀で切り捨てていった。彼女が歩みを進めるたびに、道ができるかのように蹂躙されていく。
「極大火炎魔法!!」
魔法使いの少女が呪文を唱えると、魔物の群れの後方が爆発した。
「さあ、殲滅するぜ、リーン、付与を頼む」
「かしこまりました! 女神の加護を!」
神官の女性が祈りを捧げると、空から仲間たちに光が降ってくる。彼らの体が輝き始めた。
「魔法力と攻撃力増強の魔法ですわ!」
勇者たちが魔物たちをバッタバッタと倒していく。
実力もあり顔つきも整っている勇者レオン。
美しい女剣士サニア。
可憐な女大魔法使いユリア。
気品すら感じさせる麗しき聖女リーン。
彼ら勇者パーティがいる限り、人類に負けはない。
「いくぜえ! オレたちの力を見せてやる! いくら数を揃えようと、無駄なんだよ!」
勇者レオンが啖呵を切る。
凶悪な人殺しの魔物たちは、ただのカカシのごとく、勇者たちに倒されていくだけだった。
というのを、後方で荷物運びをしながら見ているのが、伯爵家嫡子のオレである。
「……数は大事だと思うけどな」
オレは隣で大きな木箱を運ぶ半透明の騎士に愚痴った。
だがそこから返事はない。
当たり前だ。こいつはオレが持つ唯一の能力『幻影騎士創造』で作った、実体のある幻に過ぎない。
「いいのですか、カイさん?」
隣で一緒に荷物を運ぶ優しげな後輩が心配してくれた。可愛い顔をしてる男の後輩だ。
「いいんだよ」
「いや、よくないでしょ……剣士のサニアさんはあなたの義理の姉さんで、仲良かったそうじゃないですか」
「そうな」
「魔法使いのユリアさんは、あなたの義妹で」
「そうだったかな」
「聖女様と呼ばれるリーンさんだって、あなたの婚約者でしょ」
「そうだったかもしれないな」
「魔物殲滅した後、みんな勇者と抱合って喜んでますよ?」
「……オレにゃ何も見えねえよ」
涙で滲んでな。
「いいんですか?」
「しゃーないだろ……。オレにゃこの幻影騎士を呼び出す魔法しかないし、これだって倒されたら、オレの寿命が一年縮むらしいんだぞ」
何か知らんが、オレはこの創造魔法しか使えない。膨大と言われるぐらい魔力を持ってるが、宝の持ち腐れでしかねえ。
「そりゃ、そうですけど……伯爵家嫡子ですよ、あなたは」
「そうだなぁ。でも今は荷物運びだ」
幻影騎士と二人並んで、木箱に入った軍事物質を運ぶだけが、オレにできることだ。
これだって、婚約者や義理の姉妹を心配したから、無理矢理ついてきたもんだ。
本来なら、伯爵家嫡子たるオレが、魔王軍と戦うために、こんなところまで出てくる必要はない。
「あー、つっかれた。ちょっと数が多すぎたぜ。風呂でも入りてえが、こんな場所じゃあなぁ。軍も数だけ揃って使えねえなぁ」
男の面倒くさそうな声が聞こえる。
勇者パーティがいつのまにか、軍の野営地まで戻って来てた。
荷物運びをするオレたちの横を、偉そうな勇者レオンが歩き去って行く。
「サニア義姉さん、おつかれ」
「あれ、カイ……あんた、まだ荷物運びしてるの? 遅いわねえ」
茶色い髪を結い上げた彼女が、オレを困ったような顔で見ていた。
「お兄様、そんなことばっかりして、勇者様を見習わなくてもいいですから、もっとしゃんとして下さい」
「頑張るよ、ユリア」
義妹の方はといえば、窘めるように文句を言ってくる。
知ってるか、みんな。
実はこれ、父の後妻の連れ子だ。昔はカイ君カイ君お兄ちゃんお兄ちゃんと仲良かったんだが、今じゃこんな扱いだ。
「カイ様、お疲れ様です」
笑顔で挨拶して、偉そうな勇者の後を追いかける聖女リーン。
「はい、おつかれさん」
ある意味、彼女が一番塩対応だ。挨拶に婚約者の義理しか感じねえ。
「あ、待ってよレオン」
「しょ、食事ですか、レオンさん! 一緒に食べましょう!」
義理の姉妹も慌てて追いかけていく。
もう諦めた。
もうっていうか、かなり前に諦めている。
勇者レオンはすげえ強い。女神の加護らしい。
剣を振るえば魔物が真っ二つ。雷系の広域殲滅魔法も使えて、遠近両方で強い。
そんな彼について、サニアとユリアとリーンは魔王軍と戦っている。
オレたち王国軍は、そのバックアップが役割だ。というか、それしかできない。
他の女性陣もまた、元から女神の加護によって強い力を持っている。鍛えなくても強い。
だから雑兵が戦うより、彼らを前面に立たせて戦った方が消耗も少ない。
魔王軍の魔物たちは強力で、一番弱そうな狼の魔物ですら、オレたち一般兵は五人ぐらいで当たらないと殺されてしまう。
しかし、彼らには冒険者がゴブリンを倒すのと変わらないらしい。
いや、実際はそれ以下だ。動く雑草を刈り取っているようなものだそうだ。
「……良いんですか、カイさん」
勇者たちの背中を見送りながら、後輩が心配げに問い掛けてくる。
「知らねえよ」
オレは吐き捨てるように言い放つ。
荷物を運ぶことしかできない幻影騎士創造の魔法。
これが戦って倒されたら、寿命が一年縮むそうだ。
伯爵家嫡子としては、簡単に死ぬわけにもいかない。
あーあ。
なんかもう、全てがめんどくせえなぁ。
夜になって、勇者パーティ様方が、風呂に入りたいと仰せになられたそうだ。
オレたち王国軍は必死になって土を掘り返し、石を敷き詰め、お湯を沸かした。
数時間頑張ったおかげで、何とか一つの湯船が完成し、それらを覗かれないよう天幕で覆ったわけだ。
「デカッ、これ、何でできてるのよ、リーン!」
「きゃ、もう、触らないでよサニアさん」
「……大きさなんて関係ないんです、形なんです」
勇者パーティの女性陣が中で騒いでいる。
他の王国軍の兵は近寄らないようにし、女性兵士とそれを指揮するオレだけが、周囲に控えている状態になっていた。
何でオレは大丈夫かって?
一応義理の姉妹と婚約者だからな。問題が起きてもお咎めがないかららしい。女性兵士たちに隊長格はいないので、オレが責任者だ。
しっかし、贅沢なことだな。
オレたち一般兵は、もう何日も風呂にすら入れてない。
どんどん前進していく勇者たちを追いかけ、野営地を作るために移動を繰り返している。
一応、勇者たちが撃ち漏らした魔物も退治しなければならないので、死人だって出ている。みんな疲れ切っていた。
だが、女神の加護がある連中には、そんなのは関係ない。
鍛錬せずとも強いし、体力だって常人とは比べものにならないのだ。
……うーん。父上は、常に普通の民の目で見て、判断は上からしろと繰り返していた気がするんだが。
どうにも義理の姉妹には覚えてもらなえかったようだ。
聖女リーンも高貴な家の出だ。あんな調子で大丈夫なんだろうか。
「きゃっ、レオン!?」
「おっと悪い、まだ入ってたのか」
何だと!?
ビビるわ! 勇者が女性たちが入浴している時間に入ったのか?
オレも男なので、少し遠くから指示を出しているだけだ。女性兵士が通してしまったんだろうか?
し、しかし間違いなのだ、仕方あるまい。
すぐに出ていけば、まだ……。クソ。
嫌な予感しかしねえ。
「脱いじまったし、寒いからオレも入って良いかー?」
良いわけあるかー!
オレは慌てて駆け出して、
「失礼します!」
と叫び乱入した。
我が王国軍が一生懸命作った湯船に三人が浸かり、背中を向けている。何とかタオルで隠そうとしているようだ。
そこに近づこうとしていた勇者レオン。
「何だお前は?」
こちらに気づいて、一糸まとわぬ男前がオレに近寄ってくる。
「勇者殿、それはいけません!」
「何言ってんだ、彼女たちはオレの仲間だぜ。裸の付き合いも大事だろ」
そんなわけあるか。
「お、お兄ちゃん?」
「ちょっとカイ! 何入って来てるのよ!」
「カイ様!」
女性陣がなぜかオレにだけ厳しい。
極力見ないように、レオンの裸を凝視しているオレの身にもなれやチクショウ!
「か、彼女たちはいずれも貴族の家の娘たちで、未婚です。裸を見られるようなことがあれば」
とりあえず頭を下げながらお願いする。
だが、勇者は気にくわなかったのか、
「ああん? 何だお前」
とドスの効いた声を出してきた。
「ちょ、ちょっとカイ! レオンにケンカ売っちゃだめでしょうが!」
「お兄ちゃん、弱いんだから、引っ込んでて」
「ああ、カイ様……私たちは気にしておりませんので」
女性陣からの擁護が聞こえる。
「てめえだって入って来てるだろうが。女の裸見ようと思って乱入してんじゃねえぞ」
そう言って、レオンがオレの顎を殴った。
軽いパンチのつもりだったんだろう。
しかしオレたち凡人にゃ凶器だ。
簡単に外まで吹き飛んだ。
意識が遠くなる。
タオル一枚で勇者に駆け寄る女性陣の顔が、ぼんやりと見えた。
そこからの記憶はない。
「はっ!? て、痛え!!」
目を覚ました瞬間、頬に強い痛みを感じて抑える。
歯がグラグラしており、抜け掛かっているようだ。
「大丈夫ですか、カイさん」
後輩が優しい声をかけながら、オレの顔を覗き込んでくる。
「そういや、勇者に殴られたんだっけか……」
「私にできる限りの治癒魔法をかけましたが、その、聖女リーンほど回復力は高くないので……」
この後輩は良いヤツだ。ちょっとナヨっとしたところがある女みたいなヤツだが、気が利くし仕事も真面目だ。
もう男でも良いやと思えてくるのは、現状のせいだと思いたい。
「いや、助かったよ。ところで勇者たちはどうなった?」
「聖女リーンに諭されて、とりあえずは下がりました」
「あ、そう……」
なんかホント、どうでも良いなぁ。
椅子から立ち上がろうとするが、まだ治りきっていないのか、ふらつく。
「だ、大丈夫ですか?」
支えようとしてくれる後輩を手で止め、
「幻影騎士創造」
と唯一の魔法を使う。
足元から淡く光る幻の鎧騎士が湧いてきた。
「抱えてくれ」
幻影騎士がオレの足と肩に手をやり、下から抱え上げてくれる。
いわゆるお姫様だっこというヤツだが、この際仕方ない。
「勇者様たちは?」
「その、次の戦場に出ていきました」
「じゃあ、追いかけて野営地作らないとな……」
「良いんですか?」
「良いも何も、仕事だしな……」
「あんなことされたのに……」
少し怒っているのか、頬を膨らませている後輩の顔が可愛らしくて困る。
「行こうぜ。オレたちは王国軍だ。んでオレは貴族の嫡子だし、王国の民のために、ちっとは役に立っておかないとなぁ」
幻影騎士がオレを抱えて歩き出す。
「あの、カイさん」
「ん?」
「良かったら、これを」
後輩が鎧の首元から、金の鎖でできた首飾りを取り出した。
「なんだこれ?」
「うちの家に伝わる、守護の首飾りです。身を守ってくれるらしいです」
「いいのか?」
「えっと、はい……あまり効果は期待できませんが……それでも、身につけている間は老いた方でも健康でいられたそうです」
それ、健康のお守りじゃね? と野暮な突っ込みは控える。
なぜ頬を染める後輩。どきっとするだろ。顔が可愛いんだから。
もう男でもいいかも。この子、優しいし。
「でも、ただで貰うわけにもいかないなあ、家に伝わる宝なんだろ?」
「父が私の身を案じて渡した骨董品だと思います」
「そりゃぁ、尚更……」
「良いんです、カイさんが持っててください!」
「わ、わかった。でも、戦争が終わったら返すよ」
「え、でも」
「一応、幻影騎士だっているし、勇者様方が漏らした魔物だって、一匹ぐらいなら何とかやれるさ」
「わ、わかりました。なら、戦争が終わったら、必ず返しに来てください。できれば、私の父に」
なぜか頬を染める後輩。やめろ、惚れる。
「わーったよ。世話になった後輩だしな。生きて帰ったら、親父さんも交えて杯を交わそうぜ」
オレが軽い調子で言うと、可愛い後輩が一瞬驚いた後、すごく嬉しそうな顔を浮かべ、
「は、はい!」
と大きな返事をした。
「じゃあ、借りてくな」
オレは幻影騎士に抱えられたまま、天幕を出る。
「さてと、勇者様たちを追いかけないとな」
前方を見る。
広い草原だ。ここを魔王軍から取り戻せたなら、畑にでも転用できるだろう。そうすれば、かなりの国民が助かるはずだ。
少し遠くに、今から出発する勇者たちが見えた。
オレたちの仕事は今から野営地を片付け、彼らの後を追うことだ。
本当は嫌だが、仕方ない。貴族の嫡子として生まれた身だ。義務ってもんがある。
ふと、向こうの勇者がオレに気づいたようだ。
そして幻影騎士に抱えられたオレを見て、腹を抱えて笑っている。
彼の近くにいた女性陣も呆れたような顔を浮かべていた。
……仕事だしな。仕方あるまい。
「じゃあ、片付けて追いかけるぞ」
オレは部下に号令を出す。
このときのオレたちは気づいていなかった。
勇者たちの力が強すぎて、かなり突出した形になっていることに。
勇者たちが魔物たちをなぎ倒して、どんどん進んでいく。
周囲の空が暗い。魔王の本拠地が近づいている証拠かもしれない。
「まあ、いつもどおりか。いやちょっと魔物の数が多い」
広い平野とはいえ、尋常ではないぐらいの数が集合しているように見えた。
それでも勇者パーティは疲れた様子もなく、敵を殲滅しながらズンズン進んでいく。
ふと、勇者たちの動きが止まった。
「あれは」
人間の五倍はあろうか巨人がいる。頭に角を生やしていた。
「よくぞここまで進んできたな、勇者よ」
「何だお前は!」
「私か、私はギニョル。魔王だ」
「何だと、お前が魔王か! 城を出てここまで来たのか!」
「これ以上、魔物を減らすわけにはいかん。一番強い私が出るのが当たり前だ」
巨人が魔王らしい。マジかよ。確かに強そうだ。
「お前を倒せば、オレは英雄だ」
「ほう? 倒せる気か、この魔王を」
「そうさ。そんで褒美に貴族の位を貰って、ここの仲間たちを嫁にして、贅沢をしながら楽しく暮らすんだよ」
おい?
「だが倒せるかな、この魔王が」
「倒すぜ。オレは勇者だ。いくぜ! ブレイブスラッシュ!」
すごい俗っぽい夢が聞こえてきたが。
こうして、女神の加護を受けた勇者と魔王の戦いが始まった。
とりあえず戦闘は略すが。
勇者たちは勝った。
楽勝だった。
いかに巨人の魔王とはいえ、広域殲滅魔法を使える勇者と魔法使い、それらをカバーする優秀な女剣士、そして強力な回復と防御を司る聖女の前には、敗れるしかなかった。
「やったー! 私たち、魔王を倒したのね!」
「やったよ、レオン!」
「やりました! 辛い旅もこれで終わりなのですね!」
女性陣が勇者と抱合いながら喜んでいる。
……終わったのか?
しかし周囲にはまだ大量の魔物がいる。
いつもよりかなり多いのだ。
魔王が戦っている間は、余波に巻き込まれまいと遠巻きに見ていた。
嫌な予感がする。
「はっ、女神の加護を貰ったオレたちの敵じゃなかったな!」
勇者レオンが得意げに胸を張る。
しかし強い彼らと違い、オレたち王国軍は一般人の集まりだ。
周囲を囲む大量の魔物の数を警戒していた。いつでも撤退できるように、手信号で部下や仲間たちに合図を送る。
そのときだ。
空を覆う分厚い雲から光が差し、勇者たちの前に降り注ぐ。
「勇者たちよ、ご苦労様でした」
そこには、光輝く美しい女性がいた。
「あなたは、夢に出てきた女神様!」
勇者が喜びの声を上げる。
あれが本物の女神なのか。
確かに綺麗な女性だ。
魔物たちですら、女神に平伏している。異様な光景だ。
「勇者たちよ。本当にありがとうございました。これで魔物たちも魔王の支配から逃れられました」
「いや、綺麗な女性の役に立つのは当たり前だ」
「ありがとうございます。さすが私の見込んだ勇者です」
優しく微笑む女神に、勇者が照れていた。
だが凡人のオレたちは、何が起きても良いように、周囲を警戒しながら少しずつ後ずさりを始める。
「私の力では相性が悪く、魔王を倒すことができませんでした。しかし、あなたたち人間が振るうことにより、無事に消滅させることができました」
「大したことはしてねえよ」
「魔物たちは本来、自然の摂理に従い生きる自由な生き物。魔王の魔力に支配されていましたが、私の加護を得たあなたたちの力により、自由になることができました」
「そうか。そりゃ良かったぜ。まあ、オレもあなたの加護があったから、簡単にやれたんだ、お互い様だ」
余裕ぶった勇者が答える。
……何かもう、嫌な予感がビンビンするんだけど。
「ですので」
「ん? 何だ?」
女神が笑いながら、
「もう加護の力は不要でしょう。返してもらいますね」
と、のたまった。
「は?」
勇者だけじゃない。他の三人の体からも光が漏れ出し、まるで水のように動いて女神の元に集まっていく。
「加護の力、しかと返してもらいました。それでは、勇者レオンと仲間たち。本当にありがとうございました」
空から降り注ぐ光が消え、それと同時に女神の姿も消えていく。まるで最初から何もなかったかのようにだ。
剣士のサニア姉が剣を落とした。
勇者も呆然と立ち竦んたまま、手から剣を離した。
加護がなくなり、鎧や剣の重さに耐えきれなくなったのだろう。
「本気かよ」
思わず声が漏れる。
女神が去り、周囲の魔物たちは自由になった。
そして、そこには獲物がいる。
人間というか弱い獲物が。
オレは振り返って、力の限り叫ぶ。
「全員、撤退だああ!!」
唖然としていた王国軍の兵士たちも我に返り、一目散に撤退を始める。
後輩はどこか探す。
あ、いた。とりあえず幻影騎士をもう一体呼び出して張り付かせておく。
倒されたら寿命が縮むが、オレの一年より、アイツの一生のが大事だしな。
そして今度は、前方で動けなくなっていた勇者パーティの元へ走り出した。
「おい、勇者たち、逃げろ! サニア義姉! ユリア! リーン!」
幻影騎士を動かして守らせながら、彼らの元に近寄ろうとする。
「だ、だめ、加護がホントになくなっちゃった。ひ、疲労が一気に」
サニア義姉が倒れ込む。
「ご、ごめんなさい、私も」
義妹のユリアまで後ろ向きに倒れた。
「申し訳ありません……調子に乗っていたようです……」
杖に捕まり腰が抜けたように座り込む婚約者リーン。
「お、おい、マジかよ」
剣さえ持てなくなった勇者に、ネズミのような魔物が襲いかかる。
小型の魔物だ。今までのレオンなら、手で払いのけるぐらいで即死しただろう。
「ぎゃっ」
しかし、大して鍛えたこともない加護頼りの男では、兵士よりも弱い。
体当たりを食らって倒れる。
そこに加護を持っていたときのような力強さは一切ない。
次に狼型の魔物がサニア義姉に襲いかかった。彼女は倒れ込んだままだ。
くそっ。
「幻影騎士よ!」
オレは義姉の近くに光が現れ、もう一体の幻影騎士が現れる。
サニア義姉を守って攻撃を受け止めたが、横から襲いかかった他の魔物に倒された。
一定以上のダメージを食らうと、オレの幻影騎士は消えてしまう。
そして胸に鋭い痛みを覚えた。
「くっ」
これが寿命が減った痛みらしい。
「お、にいちゃん……」
義妹のユリアが何か言おうと手を伸ばす。
「カイ様……」
婚約者のリーンが苦しそうに名前を呼んだ。
クソが。
ああ、クソったれが。
散々バカにしやがって。
「何が今更、カイ様だチクショウが」
そう良いながらも、オレは幻影騎士を六体呼び出した。
何とか勇者パーティを守る。
だが周囲の魔物は無数と言える。
こんなものじゃ逃げることすらできない。
「がっ……く、くそっ」
すぐに一体が倒された。
心臓を太い針で刺されたような痛みが走った。
家族と婚約者が女神の加護を得たときのことを思い出す。
最初は女神の加護を得たなんて言われても、誰も信じてくれなかった。
だがオレは家族の言うことだ。嘘だろうと思っていても、信じた振りをした。
勇者レオンが現れて、義理の姉妹と婚約者は勇者についていった。そうせざるを得なかった。
だから辛いだろうと思い、何かとフォローした。
次第に周囲に認められ始めた彼女たちは、勇者レオンとどんどん調子に乗り始める。
仕方ないことだと、それでもフォローした。結果として、王国の民を守ることにもなる。
これでも伯爵家の嫡子だ。義務があるんだ。
正直に言えば、何度もこいつら見捨てて帰ろうかと思った。
幻影騎士しか使えず、これを倒されたら寿命が減る。伯爵家の嫡子として、簡単に死ぬわけにもいかなかった。
「た、助けて」
「幻影騎士!」
それでも今は、何度倒されても呼び出す。
魔物を殺しても殺しても、数が減った様子はない。
思い返せば、自分が悪かったところもあるだろう。
仮にも家族と婚約者だ。諫める必要があった。
だがいずれは帰ってくる者たちだ。無駄に嫌われる必要もないとスルーした。
「でもさぁ!」
幻影騎士をまた呼び出す。
もう何体倒されたかわからない。
これだけは言っておいてやろう。
「バカにしすぎだろ! お前ら!」
もう、なんていうか。
そりゃ加護のあった勇者レオンは強かったし、男前だよ。
でも、もうちょい考えて行動しろよ。
オレだってムカついたりするんだよ! クソが。
「だからなぁ、お前達が大事だから助けてやるんじゃねえぞ、サニア、ユリア、リーン!」
レオンは知らん。野垂死ね。
もうどんだけ幻影騎士を呼び出したかはわからん。
やけに可愛い後輩から貰ったアクセサリを思い出す。
アイツの親父とやらに、この家宝とやらを返しに行かなきゃならん。
それに。
逃げ出した部下たちの方も、魔物たちが襲いかかり始めていた。
「なんつーか。あれだ、ムカついたからだ! ムカついたから! もう! オレの寿命がここでなくなろうが知ったことかぁ! お前らはそれで助けられて、そして今まで加護に頼って何も鍛えず調子に乗った自分たちを省みて」
オレの寿命はあとどんくらいとか、数えてる余裕もねえ。
「このオレが、ここで死んだことを、自分たちの浅はかさと思って、生涯、後悔しながら生きやがれ!」
そして、最後に盛大に魔法を使う。魔力だけは多いんだ。何体でも呼び出せる。
だからまとめて呼び出してやる。
「来い! 幻影のレギオン!!」
周囲を埋め尽くすほどの、幻影の騎士が湧き出てきた。
彼らが勇者たちを守り、部下たちを守り、倒し倒されながら、魔物たちと戦う。
「す、すごい」
リーンが呆けたように周囲を見回して呟いた。
こんな数を見せることないからな。
一体倒されたら、寿命が縮まるんだ。沢山出すなんて自殺行為だ。
「でもやっぱ、戦いは数だろ」
その証拠に、軍団の一体が減るたびに、心臓に太い針が刺さるような痛みが走る。
もう立っていられない。
「ぐっ、クソ!」
目がかすむ。膝をついた。
願わくば、オレの寿命が消えてもレギオンを維持してくれ。
幻影騎士四体を動かし、倒れていた勇者パーティを抱えさせて、この場を脱出させた。
勇者なんてお姫様だっこだ。オレを笑った罰だクソが。
「ぐっ、痛ぅ……」
あまりの痛みに力が抜ける。
このままじゃ、後輩に借りた家宝は返せねえや。お前は無事でいろよ……。
それだけが心残りだ。
「ああ、ほんとごめん……くそ……ったれが」
そのまま前に倒れ伏し、オレは瞼を閉じるのだった。
その荘厳な光景は、今でも王国兵士たちの語り草になっている。
軍に荷物持ちとして参加した伯爵家の嫡子が、寿命すら削って魔法を行使し、幻影の軍団を作り出した。
光り輝く軍団は、魔物たちと勇敢に戦い撃退していった。
加護を取り上げられ力を失った勇者たちどころか、王国兵士たちすらも守り切り、幻影の騎士たちは消え去った。
残ったのは、草原のど真ん中に倒れていたカイという男。
彼は英雄だった。
勇者たちよりも称えられた。
己の寿命と引き替えに、多くの人命を守った男だった。
「だから何で生きてんだオレ、と思わないでもない」
そういう話らしい。
実家の自室にいつのまにか戻っており、オレはベッドに座ったまま小首を傾げていた。
幻影の騎士を倒されるたびに、オレの寿命は一年経る。
倒された数は、覚えてるだけでも五十体超えてた。
オレが二十歳前だとしても、寿命を迎えて死んでたはずだ。
ふとベッドサイドに置いてある首飾りを見つけた。
倒れたときに下敷きにしたのか?
すんげえボロボロになっている。
「これ……返さないとな」
可愛く優しい後輩も生きてるって話だ。奇跡的に死者はないって聞いてるからな。ケガ人はいたが、それも命に別状がないぐらいらしい。
でも、こんなボロボロで大丈夫かな? 怒んないかな、アイツの親父さん。
「お坊ちゃま、失礼します。お客様がいらっしゃいました」
ドアの向こうから執事が声をかけてくる。
「マジか。誰だ?」
「それが……」
言い淀む執事。
何だ? と思っていると、ドアが開く。
「入るぞ、カイとやら」
部屋にずかずかと足を踏み入れたのは、王冠を被った中年の男だった。
王冠?
やべっ。
オレは慌ててベッドから降りて、片膝をついて頭を垂れる。
「苦しゅうない。表を上げよ」
「はっ、ありがたき幸せ」
許可を貰って頭を上げる。
王様なんて久しぶりに会った。嫡子として正式に認められたときの謁見以来だ。
「うむ、此度の戦、ご苦労であった」
「いえ、全ては国王陛下と民のためでございますれば」
「お主のおかげで勇者たちも無事であった。それに多くの王国軍兵士の命を救った。これは全て、お主の働きのおかげだ。ところで」
国王陛下がニヤリと笑う。
嫌な予感しかしない。
「はっ、何でございましょうか?」
「こいつがお主に用事があるらしい」
国王陛下が横に避けると、その後ろに可愛らしい顔立ちの女性が立っていた。
光沢のある白いドレスを来て、美しい髪を結い上げたその姿は、正しく王族だ。王女殿下というわけか。
ん……?
可愛らしい顔立ち?
「お、お久しぶりです、カイさん」
少し照れた様子で、頬を染めている……。可愛い。
しかし、王女殿下は初めて見たはずなのに、そうじゃない。
よく見なくても、よく見知ってる顔だった。
「こ、後輩じゃねえか……ぶ、無事で良かった」
それしか言えねえ。無事だとは知っていたが、ホッとしたのも確かだ。
国王陛下が王女殿下の後ろに回り、恥ずかしがる彼女の両肩を押す。
「勇者たちの活躍を見てみたいと言っての。こやつは男装して、ついていっておったのじゃ。万が一に備えて、持ち主の命を守る国宝を渡してな」
「えっ」
オレは思わずベッドサイドのボロボロの首飾りを見る。
「そ、そっか。オレはこの首飾りのおかげで助かったのか。国宝だもんな……」
さすが国宝。オレが幻影騎士を失ったときの負の効果からも守ったのか。
でも国宝、壊しちゃいました。やべっ。
「すまん。大事なものだったのに……じゃねえ、いや、申し訳ございませんでした、王女殿下……」
「い、いえ、良いのです。結果として、カイさんのおかげで皆が助かったのです。そして、私も……」
「そ、そうか。いや、そうでしたか……」
「寿命が縮むという幻影騎士をわざわざ私につけて守ってくれましたし……」
「そ、そうだったな。いや、そうでした」
不敬のオンパレードだ。やべえ。ビックリしすぎてて、貴族的態度ができない。
心配になって、チラリと国王陛下の顔を覗き見る。
怒ってない。というか、めっちゃニヤニヤしてる。
「カイよ、何でもお主、この国宝を儂の元に返しに来て、杯を交わすつもりだったらしいな?」
言った。
そんなこと言ったよ。
でもオレ、王女殿下のこと、可愛い後輩だと思ってたもん。もう男でもいいやと思い始めてたのは認めるが。
「では、体が治り次第、儂と杯を交わそうぞ。そこでな、色々と話がある」
色々、という部分を強調された。
嫌な予感しかしねえ。
「カイさん」
王女殿下に声をかけられる。
こっちもなんかめっちゃ笑顔だわ。
「王女殿下……?」
「楽しみにお待ちしておりますね?」
何を!?
嫌な予感ばかりだ!
それでも彼女の笑顔は可愛らしくて、オレを虜にするには充分だった。
こうして何やかんやで、伯爵家もとい侯爵家嫡子のオレの話が一つ終わる。
幻影のレギオンという禁じ手を持って、大量の魔物を殲滅し、最終的には王女殿下の婚約者に昇格した。彼女自身も、真面目に腐らず働くオレを見て、良いなと思ってたらしい。マジで嬉しい。
義理の姉妹?
ああ、アイツらは、普通に働かせることにした。
あんなままじゃ、昇爵した侯爵家の家族として表に出せない。
「か、カイ、許して」
「お兄ちゃん、ごめんなさい……」
許すか、バカめ。とりあえず町工場で働いて世間を知るが良い。
「カイ様、申し訳ございませんでした……」
婚約者、もとい元婚約者のリーンは、そのまま神官として奉仕活動に従事するそうだ。何でも父親に、この先もずっと結婚することを禁じられたらしい。
そりゃそうかもしれん。
ずっと影で支えてくれた婚約者をないがしろにし、最後は加護を取り上げられ、死にかかったところを、婚約者の寿命を犠牲に助かったんだから。
今じゃ山奥の神殿で世俗を離れて、慎ましく暮らしているそうだ。
まあ、どうなろうとも知らん。
勇者?
ああ。
なんか過去の栄光に縋って酒浸りになり、あっという間に詐欺師に騙されて報奨金を使い切り、金を稼ごうとしてスライムに挑んで溺死した。
この間、わずか三ヶ月。落ちぶれるの早すぎだろ。
というわけで。
オレは王城のバルコニーで、国民に対し笑顔で手を振っている。
英雄として、あちこちから賞賛の声が聞こえる。特に兵士たちが熱烈な声を上げていた。仮にも戦友たちだ。それがとても嬉しい。
頑張って良かった。
「カイさん? どうされました?」
オレの腕に手を回した王女殿下が、こちらを覗き込む。
ホント可愛らしい顔だ。男じゃなくて良かった。いや、男でも惚れてたよ、オレ。
優しかったもん、この子。
「いや、幸せだなって」
「そうですか。でも、もうあんな無茶は駄目ですよ?」
「もうしないさ。可愛いお嫁さんのためにね」
そうして、オレは元後輩、今は嫁の頬に口づけをする。
国民たちの祝福とやっかみの怒号が聞こえてきた。
はははっ、何とでも言うが良い。
頬を染める嫁から口を離し、国民たちの方を見る。
「じゃあ、これからも頑張るわ。みんなもよろしくな!」
もう嫌な予感はない。
とりあえず、さっくばらんに手を振って、幸せアピールをしまくるのであった。
っていう感じの話を読みたいんだけど、誰か書いてくれませんか?
鎧の魔王のファンタジアもよろしくお願い申し上げます。