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Starry sky/星くずメダリスト  作者: 最上久太郎
6/11

《ハモるんじゃないよ。》宮原瑠偉

 まだ薄暗く少し肌寒い早朝、規則正しい息づかいが聞こえる。

ピンク色のジャージを着た小柄な少女がランニングをしている。

彼女の名前は『宮原瑠偉』。女子プロレス団体『戦場』に所属するレスラーである。

現在団体最年少の17歳で、

身長150cm、体重50kgと体格は何とも小柄であった。

運動神経も悪くはないが、格段優れている訳でもなく、

大凡、才能とゆうものに恵まれているとは言えなかったが、

負けん気が強く、自分が強くはないと言う事が許せない性格の持ち主である。

そして、彼女の最大の武器は、自分の現状を正確に分析できる観察眼と学習能力であった。

様は頭が良いのである。

今はまだ現役高校生である彼女は、通学する必要上、絶対的に練習量が不足している事を感じていた。

だから毎日誰よりも速く起きてきて練習を始めていた。特に早朝ランニングは休息日なども関係無しに毎日続けていた。

他人より才能が無い自分は、他人よりより良い練習を大量にこなす必要があると感じていた。


「…ふう。」

ランニングを終えた宮原が『戦場』の寮に帰ってきた。

彼女は今は『戦場』の寮に住み込んでいる。新人は入団して三年は寮住まいが義務づけられている。

今ここには宮原と浅川が生活していた。

エースの冴木やギガント達は自宅から道場に通っている。

廃倉庫を一つ道場に改造して、二階の空きスペースにいくつかの部屋を作ってそこを寮代わりにしている。

広さは4畳半くらいだが、いつでも道場に行けるこの環境を宮原は気に入っていた。

宮原にとって、変に気取った飾りよりも実用的な部分を優先するほうが大切だった。

これからまずは朝が弱い浅川の奴を叩き起こして、練習の負担にならないくらいの軽い食事をして、

それから道場でダンベルなどの準備をしてから、冴木さん達が道場入りするまでにウォーミングアップを済ませておく、

本来はそれで良いのだが、宮原はそれにスクワットなどの筋力トレーニングも加えている。

なぜか浅川もヘラヘラしながらもつき合ってくれた。


しかし、今日はもう一人加わってきた。


道場の前をうろついているデカイ女がいた。

「あれ? 」

うろついている。

うろついている。

写メ取り始めた。

楽しそう。

「…ってゆうか、あれ金メダリスト?」

(昨日来るって言ってたけど、もう来たの。)

「ちょっとちょっと、あなた! 天之川…秀…美…さん?」

「ハイナー! お早うございます。天之川秀美です。

あなた宮原瑠偉さんね。昨日はご迷惑かけちゃってスミマセン。

本日は厚かましくも一緒に練習させていただきに来ました。」

「お早うございます。でも、練習は二時間も後ですよ。」

「練習の準備とかお手伝いしようと思って、早目にきました。」

(なるほど。筋は通ってる。この人、思ったよりちゃんとしてんだ。)

「私の方が年下なんだから、敬語はいいですよ。

これから朝飯してから練習ですけど、一緒にどうですか。」

「そうか、現役高校生だもんね。

じゃあ朝ご飯作るの手伝うよ。ところでさ…」

「ん」

「一緒に写真撮ってイイですか?」

(プロレスファンってのはガチなんだ。)

「敬語はいいですって。」

「じゃあ宮原さんって呼んで良い?」

「宮ッチでイイよーーーー!」

突然、寮の二階から元気のよい声がした。

寮に住んでいる浅川が起きてきた。

(ああ、起こす手間が省けたわ。でも勝手に宮ッチとか呼ばせんなよ。)

「オハヨー! 浅ポン。来ちゃったよーーー。」

「ヤホー秀ミン!待ってたよう! 入って入って。」

浅川が軽快な音を立てて階段を下りる。

秀美が宮原をの方を向いた。満面の笑顔で。

「じゃあ行こうか。宮ッチ。」

(もうあだ名かよ! 早ぇし!)

肩をすくめて宮原は道場の扉を開けた。

「『戦場』へようこそ。ちなみにこう見えてウチは結構武闘派ですよ。」


「…で、秀美さんがもう来ています。」

「もう来たのか。早いなぁ。」

宮原が冴木に電話していた。

とりあえず秀美の訪問を伝えることにしたのだ。

「練習に参加させていただくのだから、準備の手伝いをするって言ってますよ。筋は通ってます。」

「いや、まあそうなんだが…。」

「とりあえず朝食済ませたら器材の準備してもらいます。」

「オイオイオイ。金メダリストに雑用させるのか。」

「問題ないと思います。」

「いや、しかし。」

「問題ないと思います。」

「…お前は度胸あるな、相変わらず。」

「向こうが礼儀を尽くしているのに、こちらが変に遠慮する必要は無いでしょう。」

「判った、時間まではお前に任せるぞ。私も今日は早く行く事にする。」

「判りました。それまでは面倒見ておきます。」

「面倒って…。お前は。」

電話の向こうで冴木が苦笑しているのが判った。

宮原は電話を切ると台所を見る。

秀美と浅川が大騒ぎしている。

(朝飯くらい黙って作れないのかよ。騒がしいのが二匹になっちまった。)

三人のうち二人が大猿と小猿になってしまった。

面倒見れるのは自分だけのようだ。

(しょうがないか。面倒見るって言っちゃったしな。)

ため息を一つつくと台所へ向かう。

「おおおおお! 炊飯器デケーッ! スゲー! 良いなぁ。」

「いいでしょー! 20人前は炊けるぞ! 飯炊く? た~んと炊く?」

「よっしゃ! 研ぐよ。米研ぐよ。バ~ンバンいこう。バンバン!」

宮原が駆け出した。

「朝飯は軽めって言ってるだろーが!」

予想より大変そうである。


「秀ミンさぁ。目玉焼きってさ、半熟でゴハンの上に乗せると、簡単に丼一杯食べれるよね。

卵掛けご飯より味が濃くなってちょとオイシくなるの。」

「しかし浅ポン。アタシはさらにおかかフリカケをトッピングして、味に深みを加えてみます。」

「じゃあコッチは筑前煮も乗せちゃおう。この汁もゴハンにかけて甘みもアップ。」

「…なかなかやるわね。これはもう一杯頂く必要があるわね。」

(無えよ! 頂く必要無えよ! ってゆうか軽めの朝食って言ったよな。何杯食うつもりだよコイツら。)

「ちょっと、これから練習なのに食い過ぎだよ。

バクバクバクバク出された分だけ食いやがって、テーブルの上がゴチャゴチャして

サファリパークみたいになっちゃってるよ。

練習中ゲロ吐いても知らないよ。」

宮原が毒を吐く。

「いやいやこのくらい全然平気。」

「まさしく朝飯前。」

「大丈夫。」

「大丈夫。」

「「大丈夫。大丈夫。」」

「ハモるんじゃないよ。なに息ピッタリなのよ!」

「でもさ、宮ッチ。」

秀美が箸をこちらに向けてきた。行儀悪い。

「レスラーはガンガン食べてなきゃ。」

(いや、練習前に食い過ぎだっつってんだよ! 内臓鋼鉄で出来てんのかよ!)

「そうだよ宮ッチ。ガンガン食べて大きくならなきゃ。」

(アンタだって小せぇだろ。浅川! 私の倍は食ってるくせに!)

「アタシは金メダリストだから、このくらいはすぐ消化しちゃう。」

(金メダル関係無ぇだろ。胃袋まで世界一かよ。)

「私もこれくらいす~ぐエネルギーに変換しちゃうよ。むしろガンガン練習出来ちゃう。」

(そう言うのは燃費悪いってんだよ。少しは胸にでも栄養回せよ。)

「だからアタシはいっぱい食べても大丈夫。」

「もっちろん私もいっぱい食べても大丈夫。」

「大丈夫。」

「大丈夫。」

「「大丈夫。大丈夫。」」

「ハモるんじゃないよ。なに息ピッタリなのよ!」

すると浅川がサラッと聞いてきた。

「むしろ宮ッチはそんな少しで大丈夫?」

 宮原の左手には小降りの茶碗があった。

秀美と浅川が不安げな視線で宮原を見ている。

(…あれ、なんか私が間違っている感じな空気?)

まじまじと見ている。

(私の方が絶対正しいはずよね。大食いどもが数が多いから正しい体な感じになってるだけ。

それなのに、なんで私が気にされてんの。数の暴力って驚異的だわ!)

「でもさあ、浅ポン。人にはそれぞれあるし…。」

「そうだね秀ミン。宮ッチは自分のペースで良いんだよ。ウンウン。」

「楽しく食べるのが大事よね。」

秀美と浅川がその場を明るく取り繕った。

カチン!

(なんでアンタ達が折れた体になってんのよ!なめんじゃないわよ!)

突然、宮原は立ち上がると、茶碗を大降りの丼に変えて、

無言で飯を山盛りにしていく。

(私だって、このくらい全然普通に食えるわよ。それに…)

宮原はチラリと薄目で秀美を見る。

(すごいレスラーは常識破りなモノだしね。)

山盛り丼飯に目玉焼きとおかかと筑前煮、さらにマヨネーズをタップリかけて

猛然とかき込み始めた。

「オー!」

「オォーー!!」

「「オオォオオオォォーーーーーーーーーーーー!!!」」

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。

二人が感銘と拍手で宮原を讃えた。

「ハモるんじゃないよ。なに息ピッタリなのよ!」


ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。

宮原、浅川、秀美が円になって向かい合いスクワットを黙々とこなしていく。

(…な、なんだよ。私全然練習出来るじゃん。あれぐらい食ったからって

全く問題無いわ。ちょっと腹筋のトレーニングが地獄のようだっただけよ。

もうちょっと動けば腹もこなれるわ)

宮原が鬼気迫る気合いでスクワットをこなす。

いつもはただただ過酷に感じられる筋力トレーニングも、今日はパンパンにふくれあがった腹をへこます貴重な手段だ。

なんとしてもスパーリング前にはまともな案配にしておきたい。

ギガントの104㎏がのしかかって来たときの事など今は考えられない。


「フンフンフンフン~♪」

秀美がスイスイとスクワットをこなす。鼻歌混じりで楽々とこなしている。

(コノヤロウ。なに平然と練習こなすんだよ。まがりなりにもプロの練習なのに。体力あるな。)

宮川はいつの間にか睨みつける様に秀美を見つめていた。

「うん?どうしたの宮ッチ。」

「ハァハァ…さすっ…が、金メダリストは、ハァハァ…体力ありますね。オリンピックかっ…ら、半年も立ってるのに全っ…然ブランクハァハァ…感じらせませんよ。」

「ブランクは無いわよ。アタシってばオリンピックから帰ってきた日からすぐに新しいトレーニングメニュー始めたから、」

「新しいメニュー?」

「プロレスラーになるための肉体改造さね。アスリートの体のままじゃ強くてもプロレスやるにはスタミナが足りないからね。」

「で、でも、そんな簡単にハァハァ…肉体改造って…」

「アタシの姉ちゃんはそうゆうの明るいのよ。知識も施設も完璧。

メディカルセンターでね、実の妹を使って人体実験してるの。こまったもんよ。」

「そんなにハァハァ…体力あるんだから、人体実験はハァハァ…成功してるんじゃハァ…ないですか。

実験と言うより改造ってかんじですけど。」

「ア~ン。宮ッチきびしいよう~。」

秀美がヘラヘラと笑ってる。ロクに息切れもしていない。たいしたものだ。

(ハァハァ…才能にも、環境にも、家族にも、そしてチャンスにも恵まれているって訳か。

羨ましいことだ。クソッタレが。)

秀美がヘラヘラと笑ってる。宮原は汗だくで苦しくてとても笑えない。

宮原の反骨心がうずく様にジワジワと熱くなり始めた。
















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