《しかしコイツ、華があるなぁ。》SH・レイコ
「ほら!気合い入れな! もうすぐ客が入るから、最後にペース上げるよ」
興行前のリング上で沢山のレスラーが修練を積む中、ひときわ厳しそうな女性が、
若手レスラー達に檄を飛ばす。
彼女こそ女子プロレス団体『シャイン』でナンバー2の存在にして
悪役レスラー軍団『TOKKAN』のリーダー、スレッジハンマー・レイコであった。
178cmの長身と銀色に染めた髪、そして鋭い三白眼が特徴的で、
元ヤンキーゆえの乱暴な振る舞いが相成って、周囲にはかなり威圧的な雰囲気をまきちらしてた。
しかし、実は姉御肌で後輩の面倒見が良く、気が回る性格のため
若手を鍛えるコーチ役、そしてケアする教育係を兼任していた。
「よーし、ここまで! 試合ある奴は控え室にいって準備しな。後はリング屋の手伝いだ。
客が入ってくるから急げよ!」
レイコは若手に指示を出すと、自分も控え室に向かった。
「やっほーレイコさん! チャオチョオ~。今日も精が出るねえ。」
控え室に入ると、何とも気の抜けた声での歓待を受けた。
「おうHIKARU。いつ来た?」
「へへへへ…。たった今!」
完全な遅刻だ。
だがそれを責めるつもりは無い。
なぜなら遊んでいた訳ではないのだからだ。
朝早くから地元スーパーのイベントに参加して、
その後には地元FMラジオに出演していた、
いずれもこの興行のチケットを売るための営業活動であった。
「大丈夫か? 最近休んでないんだろ。」
「~~~んんん。大丈夫だよう。レイコさん。」
クシャクシャと頭をかきながら答える。
「アタシ営業キライじゃないし。それに…。」
不意にレイコに目を合わせて
「エースだからね。」
女子プロレス団体『シャイン』の絶対エース、HIKARU。
『最高のレスラー』の異名を取る実力者であり、
現時点では最も知名度の高いレスラーである。
彼女を抱えた『シャイン』は今、最も人気のある団体であった。
とはいえ現在の女子プロレス界は、決して勢いのある業界とはいえず、
大衆的な人気も得られず、一部の熱心な支持者に支えられているとゆう状態。
正直マイナーな存在であった。
最大大手の『シャイン』の興行でさえ1000人も集められれば大成功で、
地方では100人も集められないときもある。
だから試合開始前の会場は、客もまだまばらで閑散をしているところを
大音響のBGMでごまかしすのが常だ。
しかし、この日は違った。
「HIKARU。もう自分の控え室に戻れ。悪役とエースが同じ控え室じゃ体裁が悪い。」
「ハイハイ。レイコさんとおしゃべりにきただけだから。今夜は優しくしてね。」
「…お前ナァ…」
レイコが呆れて手を左右にひらつかせて、HIKARUを追い払おうとすると、
ウォワオオオオオオオオオオッッッッ!
会場からどよめきが起こっていた。
まだ試合前のはずなのに
(…なんかあったのか?)
レイコの背筋に冷たいものが走る。
まさかお客同士のトラブルが起こってしまったのかもしれない。
喧嘩などになっていたら興行に悪影響が出て、『シャイン』のイメージダウンだ。
客足が遠のいてしまう。
「大変です。レイコさん!」
控え室に秋山が飛び込んできた。
レイコの愛弟子でダッグパートナーでもある。
ちなみに『シャイン』で一番の巨乳である。
キャリアはまだ2年だが、レイコを完全に崇拝していて
今では『TOKKAN』の切り込み隊長的な役割を任している。
「なんだ秋山!なにがあった。」
「客席に、来てるんです。」
「どうした?誰が来た!」
「あ…天之川秀美です!」
「あまの…あの金メダリストか!」
秋山はバネ仕掛けのように何度も頭を振って答える。
「そうですそうですそうですそうですそうですそうですそうですそうです
…しかも」
「しかも?」
ガクガクとわななきながら秋山が答える。
「…客を煽って、会場をあっためてます……。」
「どうもー! 4年ぶぅぅぅりに天之川秀美がブロレス観戦に戻ってきましたーー!
今年で22歳だから、前には出来なかったビールとカツサンドで観戦するよ!
でも、酒飲む前からプロレスにメチャクチャ酔ってまーーーす。
キミはどう! アナタはどうだい! みんな酔ってる~~~!」
特別リングサイド最前列でデカイ女が大騒ぎしていた。
「ウォォォ! 本当に天之川だ!」
「すげえ!本物だ!」
「もちろん俺も酔ってるぞ~!」
それに答えてデカイ女が大きく手を叩いて答える。
「いいよー! プロレス最高!!」
「うるさいよ秀美さん」
隣の巨乳美人が動き出した。クキッと。
「あれです。レイコさん!」
秋山が指差す先でデカイ女が大騒ぎしていた。
「本当だ…金メダリストだ。」
レイコは呆然とながめた。
(…たしかレスリングは引退するとか噂があるけど…。)
すると脇からヒョイとHIKARUが顔を出してきた。
「あの娘って、前は良く会場に来てたわよ。
最近来てなかったけど、金メダル取っちゃったんだね。」
すると、秋山が意外そうな顔をして答える。
「そうなんですかHIKARUさん。私は観た事ありませんが。」
悪役軍団『TOKKAN』に所属している秋山だが、HOKARUが『シャイン』のために費やしてる努力を思うと、どうしても敬語になってしまうのだった。
「チャオチャオ秋ちゃん。今日も巨乳さんだね。
でも、ここはもう会場だから、悪役はエースにはケンカ腰でね。」
「…っあっ。はい。ってゆうか『巨乳さん』はやめて下さい。
ドサクサにまぎれて何行ってるんですか!」
「ケンカ腰で。」
「…………何ふざけた事言いやがる。」
「はいOK。で、あの娘だけど良く観に来ていたのは4年前位だから
秋ちゃんとは被らないわね。
なんだか前よりも賑やかさがパワーアップしてる感じね。
会場を勝手にあっためてくれて助かるわ。」
会場ではデカイ女が巨乳美人に腕関節を極められて悲鳴を上げている。
会場大爆笑である。
「隣の人、メダリストに関節極めてますよ。あの人の方が強いんじゃないですか?」
「やはり『巨乳さん』同士通じるものある?」
「だから『巨乳さん』はやめて下さい」
「ケンカ腰で。」
「…………ざけんなバカヤロウ。」
レイコが助け舟を出してくれた。
「OK、秋山。続きはメインイベントでやろうぜ!
HIKARU。お前もそろそろ行きな。」
「優しくしてね。」
「…お前ナァ…」
レイコが呆れて手を左右にひらつかせて、HIKARUを追い払った。
今夜のメインイベントは
『HIKARU&甘城翔子vsスレッジハンマー・レイコ&秋山優香』
『シャイン』のエースにして『最高のレスラー』の二つ名を持つHIKARUと
悪役レスラー軍団のリーダー、スレッジハンマー・レイコがタッグで激突する注目のカードであった。
しかし、注目は『秋山優香』であった。
なぜなら
「アキパン! ガンバレーー!
アキパン! アキパン! アッソレ ア・キ・パ・ン! シュビデュバー!1」
何が気に入ったのか秋山に秀美は全力で声援を送る。
勝手に変なあだ名をつけて…。
大騒ぎで変な声援を送る金メダリストに会場は釘付けである。
リング上では選手が何事も無いように試合を続けている。
特に秋山は冷静に試合を続けている。
必死に黙々と試合を続けている。
なぜかこめかみが引くついていた。
彼女の忍耐の限界が近づきつつあった。
「…ックッ、…プッ」
レイコは必死に笑いを堪えていた。
客がどんな風に選手を応援するかはあくまで自由である。
ましてや悪意の無い応援ならむしろ歓迎すべきだ。
それが選手に取って歓迎されるかはまた別の問題である。
「アキパンってなんだよ金メダリスト!」
秀美をイジろうとして、観客からヤジが跳んできた。
「いや、だって…」
秀美はどこにいる観客からでも観えるように
席から立ち上がり、
両手で大きく秋山を指さし、
「アキ…」
両手で大きく胸の形をなぞり、
「パン!」
「ウルセーぞ金メダリスト!黙ってりゃ何言い出すんだコノヤロウ!」
耐えきれなくなった秋山が顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
「何って応援よアキパン!
頑張れ頑張れアキパン!
負けるな負けるなアキパン!
皆も応援して!ア・キ・パ・ン!」
秀美が大きく両手を叩いて観客を煽る。
「いいぞ金メダリスト!」
「秋山に眼を付けるとは、さすがお目が高い!」
「俺も今日からアキパンと呼ぶぜ!」
観客は煽られて大『アキパン』コール。
「えっ…あっ…アホかーー!!」
秋山は完全に舞い上がっている。
「…ックックックックックッ、…プッ」
レイコは必死に笑いを堪えていた。膝の屈伸をして笑いをごまかす。
反対コーナーではHIKARUも下を向いて笑いを堪えていた。膝の屈伸をして笑いをごまかす。
『シャイン』のエースと悪役リーダーがリングの両端で異様に膝屈伸している。
(駄目だ。今夜は完全にメダリストに持って行かれたな。
しかしコイツ、華があるなぁ。)
レイコにとって、天之川秀美は相当なインパクトを与えていた。