《優しさゼロか!》天之川秀美
「心拍数、血圧、その他もろもろ全て正常。
全く異常なし。
あんたが生物学的には女性だってこと以外はね。」
東京某所のメディカルセンター
ここでは、医療研究を進める一方で、
科学的なスポーツトレーニングを行っていた。
秀美は学生の頃からここで自主トレーニングを積んでいた。
なぜ学生の頃からそんなことが出来たのかといえば、
ここのスタッフの中に彼女の姉がいたからである。
天之川清美。秀美より6つ年上の姉であった。
現在ではメディカルセンターのスポーツトレーナーチームのチーフスタッフである。
礼子はここに就職すると、すぐに秀美をチームに紹介した。
高い素質を持った秀美にはすぐに科学的なトレーニングが課せられた。
その成果があって、世界のアスリート達とも十分に闘える強靭な体を作る事に成功していた。
秀美の金メダル獲得の陰の立役者でもあった。
秀美と同じく茶髪で、切れ長のつり目に眼鏡を掛けて
知的な雰囲気を醸し出している。
身長も168cmと高く、引き締まった細身のプロポーションとしていて
白衣で身を包んだ知的美人であった。秀美を一回り小さくしたような姿であった。
しかし、明らかに秀美より巨大なものがあった。
彼女は大変な巨乳であった。サイズが97cm!
秀美はこの姉が大好きであった。
「…っぐあぁ。実の妹になんたる悪態。ツンデレとしても毒が強すぎ。
優しさゼロか!」
「優しさゼロよ。アンタは羞恥心ゼロだけど。」
「あーん。お姉ちゃん厳しいよう!」
秀美は素早く清美に抱きつく。
豊満な胸に顔を埋めて堪能する。
(ふふふ。フカフカ。
やはりお姉ちゃんの胸はいいのう。)
秀美はこの姉が大好きであった。
天之川清美。常に毅然とした姉であった。
両親は共に忙しくよく家を空けていた。
その分、一緒のときは異様なほど愛情を露にした。
幼い秀美が少々鬱陶しく思うほど。
秀美にとって両親は、年の離れた仲の良い友達のような存在だった。
そんな秀美を厳しく躾けたのは清美だった。
秀美が小さいときから父親がやるべき厳しさで接し、
また挫けたときには母親がやるべき優しさで包んでやった。
秀美が物心ついた時にはすでに巨大だった胸で。
小さいときにはなにかと理由を付けて、その胸に抱きついて甘えていた。
今ではなにかと屁理屈を付けて、その胸に抱きついて甘えていた。
秀美はこの姉が大好きであった。
清美はこの妹が少々鬱陶しかった。
「いやねぇ。人前よっと」
清美は抱きついてきた秀美の頭を腕で抱えて締め上げた。
手首の骨を秀美の頬骨に当てて締め上げた。
「イタイイタイ! お姉ちゃんマジ痛い。
かなり痛い。不当に痛い。あり得ないくらい痛い。
素人がやっちゃいけない締め方してる。
ギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブ……」
悶絶する金メダリスト。
清美は実はなにげに古武術の達人。
喧嘩なら秀美に負けた事が無い。
「それよりもアンタ。レスリング協会には行ってきたんでしょう」
秀美を開放すると、清美が訪ねてきた。
「…あ、うん。」
「どうだった、」
「…泣きそうになった。」
「…そう。」
清美は妙に納得したような顔で頷いた。
秀美、高校時代。
すでにプロレスラーになると決めていた彼女が
レスリングを始めた切っ掛けは、
プロレスの肥やしになろうと言う事だけだった。
しかし、ここでも秀美は圧倒的なまでの才能を発揮した。
レスリング部に入ると半年も立たないうちに部内で敵無しになった。
そんな秀美を、顧問の先生はすぐに知り合いの大学に紹介した。
そこのレスリング部のコーチは秀美の才能の虜となった。
それから三年間秀美に徹底したレスリングの英才教育を施した。
プロレスがしたい秀美にとって、正直少々鬱陶しい存在ではあったが、
レスリングの実力はみるみる上達して行った。
いつしか高校生では全国で敵無しとなっていた。
そんな秀美高校三年生の時、その年はオリンピックがあった。
コーチはレスリング協会に秀美の出場を強く推薦していた。
彼は焦っていた。そして恐れていた。
秀美が高校卒業と同時にプロレス界に行ってしまう事を。
秀美がプロレスラーになりたくてレスリングをしている事に
彼はうすうす気が付いていた。
実際そうゆう選手は過去に何人もいた。男子では。
強い意志も高い行動力も持っている秀美なら
高校卒業後は必ずプロレス界に行ってしまうと考えていた。
なんとかその前にオリンピックに出したかったのだ。
結局もはや決まった選考選手は変えられず、
その年のオリンピック出場はならなかった。
ーーようやくプロレスが出来る。
卒業後のプロレス入りを模索していた秀美に対して
コーチがとった手段は、必死、いや決死の拝み倒しであった。
しかも、一学期の最終日。下校時間を待ち構えた彼は
公衆の面前でやってくれた。
「後四年で良い。レスリングを続けてくれ。
オリンピックに出てくれ。
金メダルを取ってくれ。
頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む…」
もう泣くわ喚くわ土下座するわで、
みっともない事この上ない。
周りはドン引きである。
秀美もかなり引いていたが、
一応レスリングの恩人にいつまでも無惨な姿をさらさせる訳にはいかなかった。
「コーチ、これはちょっとズルですよ。」
「秀美君!」
さらに強い圧力でコーチが迫ってくる。
涙と鼻水をまき散らしながら。
(あと少しでも迫ってきたら水車落しで投げよう。)
そう決意する間にコーチに次の言葉を吐かれてしまった。
一生の不覚である。
「金メダルを取って、世界一になった姿を観てみたくはないか!」
その言葉には不覚にも大きく反応してしまった。
(おいおいそれって、『あの光景』のことかぁ?
まあ確かに世界一を決める大会だからな。)
これまで特にたいして意識していなかったオリンピックに対して
急に興味がわいてきた。『あの光景』が観れるなら、オリンピックも悪くない。
コーチが先生方に、
捕らえられた宇宙人のように連行されそうになったあたりで
とうとう秀美が折れた。
それから大学に入ってからの4年間、コーチは秀美を徹底管理した。
刑務所だってもっと良い環境なぐらいであった。
まず徹底したのは完全な“プロレス断ち”であった。
大学では大学寮に缶詰状態にして、テレビは完全に見せてもらえなかった。
それでも、要領のいい秀美は、はじめの頃はこっそり寮を抜け出してプロレスを観に行っていた。
しかし、それも清美がコーチと出会うまでのことだった。
秀美がメディカルセンターに通っていた事で、
その事に興味を持ったコーチがついてきて、そこで清美と知り合った。
その出会いを切っ掛けに、いつの間にやらコーチは清美を味方に付けていた。
彼女はコーチに対して非常に協力的だった。
秀美の正確なフィジカルデータを取るためには、コーチの提案はむしろ都合が良かったのだ。
清美は秀美の行動を完全に先読みして、無断外出を完全に封じ込めた。
なにか文句を言ってきたら、時にはその胸で甘えさせ、時には暴力でボコボコにしてやった。
この頃は清美に関節技を極められながら寮に連れてこられる秀美の姿が大学寮の名物となっていた。
その結果、秀美の行動範囲は大学と寮と清美の元の間を回るだけとなった。
『お姉ちゃんとコーチのコンビが今までで最も強敵でした。』をのちに秀美は語っている。
金メダルを取ったあとですら。
かくして、秀美の大学時代は完全にレスリング漬けなものとなった。
今に思えば、訴えれば勝てるくらいの監禁生活である。
コーチの思惑通りに、この頃はプロレスからは完全に切り離されて
金メダルを目標としたトレーニングメニューを消費して行った。
こうして秀美は、コーチの期待に応えての金メダル獲得をなし得たのだった。
その瞬間、一番歓喜の声を上げていたのはコーチだった。
「ビィィィャャヤヤヤアァァッッッッッッッッタタタタタタタァァァァァ!!!!!」
ドエライ声を上げての号泣である。
「びぃでみぃぃぃぃい!」
涙と鼻水でグシャグシャになったまま突進してきた。
涙と鼻水でグシャグシャになったまま抱きついてきた。
みっともない事この上ない。
周りはドン引きである。
秀美もかなり引いていたが、
一応レスリングの恩人にいつまでも無惨な姿を、この時はさらさせた。
コーチの好きにさせた。
(コーチ。今までありがとうございます。でも、これが最後です。)
この時、秀美は既にプロレスを始める決意を固めていた。
かくして秀美はレスリングを引退すること。
プロレスを始める事をレスリング協会に告げた。
協会からは、当然のごとく嵐のように反対されて
脅迫じみた非難も受けた。
しかし、コーチだけは一言も反対しなかった。
今に思えば、表彰台の秀美を観たときにはコーチは築いていたのだと思う。
レスリングでは秀美は満足できなかった事を。
周りの罵声を遮り、コーチが静かに語った。
「秀美君。四年間俺の我が侭につき合ってくれて有り難う。
俺はもう十分だ。これ以上無いほど君は私の期待に応えてくれた。
これからは自分のやりたい事をやりたまえ。」
感動的な言葉であった。
秀美は大層感動した。
「有り難うございます。コーチ。
おつき合いした四年間は私にとって大層な宝です。
そしてこれからはきっとお姉ちゃんがつき合ってくれます。」
「……………………………え?」
「私はたまに胸を貸してもらえれば大丈夫です。
あとはコーチがお好きなように使って下さい。」
「コラーー!! お前はなにしゃべくってきてるんだぁっゴラァァ!!!」
「イタイイタイイタイ!!お姉ちゃん逆関節決まってるから!!!
ちなみに本当に「コラーー!! 」とかいう人ってもういないからイタイイタイイタイ!!」
怒りに燃える清美の関節技が決まるたびに秀美の悲鳴が上がる。
「おっ!この悲鳴と骨の鳴る音は。秀美ちゃん来てるの?」
清美のテームスタッフがやってきて、こともなげに語った。
清美に関節技を極められながらお仕置きを受ける秀美の姿は
メディカルセンターの名物となっていた。




