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Starry sky/星くずメダリスト  作者: 最上久太郎
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《なんか違うね…》天之川秀美

「ヒョッ!」


気合い一閃。『最強のレスラー』を肩に担いで一気に持ち上げる。

体重を出来るだけ逃さない様に、しっかり固定すると、思い切り勢いをつけて落とす。

天之川秀美が放つ渾身の『水車落とし』。彼女の得意技であり。

会場が揺れるような重低音をたててリングが揺れる。

「ガァッハッ…!」

『最強のレスラー』の身体が大きく弾む。

『最強のレスラー』としてあるまじき苦痛の声が漏れる。

リングの周りを幾重にも囲む観客から津波の様な歓声が生じる。


(…っつあぁ。いいように殴りやがって。)

秀美は美しい茶髪の髪を振りながら、背後を確認する。

そこには苦痛でのたうつ『最強のレスラー』冴木晶がいる。

背中を強打してリングに這いつくばっている。必死になって息を整えている。

秀美の顔に怪しい笑みが浮かぶ。

(いよぉっし! いけてるいけてる。通用してるよ。効いてる効いてる。

まぁ、これでこちとら一息つける時間が稼げるわな。もうちょっとそこでのたうっててね。)


「冴木っちゃん! 大丈夫か!」

(ギガントさん。やっぱ冴木さん贔屓だよな。なんだかんだ言って。)

「冴木サン! 悶エル姿ガチョット色ッポイヨ! チ○コ元気出チャウヨ! 人気出チャウヨ!」

(Riccaさんはちょっと黙ってて下さい。)

「秀ミン大丈夫か! そろそろ乱入するか? バット要るか!』

浅ポンがリングサイドでなんとも物騒な事を叫んでいる。

なんとも頼りになるセコンドである。

「バット要る! ちょうだい!」

秀美が叫ぶ。

「ゴメン! 無理! バット無い!」

「浅ポンの嘘つき!」

場内が笑いに包まれる。なんとも頼りになるセコンドである。

「秀ミン遊んでる場合じゃないだろ! 今がチャンスだ! 攻めろ! 休むな!」

宮ッチがリングを叩きながら大声で叫ぶ。こっちは本当に頼りになるセコンドである。

(宮ッチのおっしゃる通り。まったくその通りなのですが、右腕と右足に蹴りを喰らいすぎてジンジン痛むわ痺れるわ。もうちょっと動かんのですよ。さすがは『最強のレスラー』冴木晶。阿修羅の様に蹴りまくってくれたわ。いやいや効いた効いた。)

「大丈夫よ宮ッチ。一息ついたら元気いっぱいになるから。」

「そんときゃアキラさんも元気いっぱいになってるだろーが! 

「でも宮ッチ。良い運動には良い休養も大事だよ。」

浅ポンが的確なつもりのアドバイスを宣う。なんとも頼りになるセコンドである。

「今、良い休養してどうすんだよ! すくすく健康に育ってる場合かよ! 全然良い休養じゃないよ。」

宮ッチが大声でツッコむ。本当に頼りになるセコンドである。

「よし、こうなったらボクが行った方がいいかな?」

「そうゆうのを乱入ってゆうんだこのアホ。たまには脊髄じゃなく脳みそ使って物をしゃべろ!」

「浅ポン。チャントツッコンデモラエテ羨マシイデス。見タ目『男ノ娘』ナノニツッコマレル方デスネ。」

「Riccaさんはちょっと黙ってて下さい。」

私が言いたい事もちゃんと代わってくれる。本当に頼りになるセコンドである。


秀美は大きく呼吸をしながら、周りを見渡す。

大きい体育館。大声で歓声を開ける。

その真ん中にはリングがあって、女性が二人して闘っている。プロレスをしている。

彼女らはプロレスラーである。


(とりあえずここまでちょっと良い様に攻められすぎた。隙を作るために攻めさせたけど、これじゃ割にあわないねぇ。)

まずは息を整えてダメージを回復させる。

(それにしても我ながら会心の水車落し! 巧くいったよ。形勢逆転ってやつだ。)

それはそうだ。

相手はまぎれも無く『最強のレスラー』と呼ばれる、

強くて無敵で『妙に可愛げのある』女だが

私だって天下の金メダリスト。世界の頂点に立った女だ。

彼女も大概に強いが、私だってべらぼうに強い。

これで面白くなってきた。

(早く立って『最強のレスラー』。お客さんも待ってるぞ。)

もっと凄まじい闘いで魅せよう。誰も他の事が考えられない位の。

『あの光景』が観れるように。


とか言ってる間に秀美の手足のしびれが多少回復してきた。

「OK! 宮ッチ、浅ポン。だいぶ回復した。まだ闘える!」

「行けるか秀ミン!」

「任せて浅ポン!」

「だからご心配しなくとも大丈夫。」

「だからバットがなくとも大丈夫。」

「大丈夫。」

「大丈夫。」

「「大丈夫。大丈夫。」」

「ハモるんじゃないよ。なに息ピッタリなのよ! 回復してんならさっさと攻めろ!」

宮ッチがリングを叩きながら大声で叫ぶ。こっちは本当に頼りになるセコンドである。


「…なめるなよ金メダリスト!」

会場が吹き上がるような大歓声に包まれる。

『最強のレスラー』はよろめきながらも必死に立ち上がってきた。

その精悍な顔つきを苦痛に歪めながらも、鬼を観るような目で睨みつけている。

見下ろすような目ではない。相手を仕留めんとする目だ。

(おおぉぉ…。怒ってる怒ってる。怖ェ。)

あれはオリンピックで腐るほど見てきた、死にもの狂いで勝利を拾わんとする目だ。

誰もが度肝を向かすような凄い試合はこんな相手でないと生まれない。


秀美は大きく足を踏みならして客を煽る。

(よーしよし。いいぞ『最強のレスラー』! 立ってこい。いくぞいくぞ。でも怖ェ。)

まだまだ闘いは終わらない。



9ヶ月前。


(なんか違うね…)

多くのものが望んで手に入らぬ世界の頂点で

天之川秀美は軽い飢餓感を感じていた。

そこには彼女が観たい『あの光景』はなかった。


東京オリンピック女子レスリング72kg級優勝。金メダル。

その競技を志すものにとってこれ以上ない頂点。最高の成果

そこは至高の舞台のはずだったのに。

秀美はここならばなによりも憧れ、切望した『あの光景』が観れると思っていた。

全てが一つになった『あの光景』。

しかし、実際にそこから観える光景は

驚喜する日本人の応援団。

失意にくれる相手国の選手団。

客席には日本人が金メダルを取った事に対してブーイングする者

(…っあっれー。なんか「打ち上が」ってこないのう。)

せっかくなので、愛想笑いの一つも浮かべてみたのだが、頬が微妙に引きつる。

皆、利己的でバラバラでだ。

どうにも得心がゆかない。何か引っかかる。どうしても興が醒めて行くのを感じていた。

(…やっぱ、ここじゃなかったみたいだのう。)


学生時代


天之川秀美は特別な存在だった。

とにかく目立つ娘だ。

その背丈は女性にしては大きく、170mmを超えていた。デカイ。

見た目は決して太っていない。むしろ骨太であった。馬の様な骨格をしていた。

そして、その骨太な身体は引き締まった筋肉で覆われていた。

手足は長く、しなやかに動かすことが出来た。

当然、その姿からは弱々しさは感じられない。

むしろ、多少の威圧感すら感じられた。

ところが、彼女と少し話をすれば

その明るさと人なつこさで誰もが魅了された。

常に明るい陽性な雰囲気を放っていた。

物事にも積極的で、いつでもジッとしている事が無く、

団体の中に入れば、いつの間にか先頭になって他者を引っ張っていた。


学業の成績は常に優秀だった。

教科書や参考書は読めばその中身を理解できた。

まるで地図を読むように俯瞰的に要点を読み取ることが出来た。

しかし、それ以上に運動では非凡な才能を示した。

ほとんどの競技では誰よりも良い成績を上げることが出来た。

それゆえ学園生活のほとんどの事が

彼女にとって苦難の対象とはならなかった。

学業では彼女の好奇心は満足できなかった。


しかし彼女の生活は退屈なものではなかった。

一心不乱に夢中になれるものはあった。

それを彼女が知ったのは、5歳の誕生日だった。


その日は秀美の誕生日であった。彼女の父親は誕生日のお祝いにショッピングに連れて行ってくてた。

たらふくごちそうを食べて、そしてイベントに連れていってくれた。場所は日本武道館。

それが彼女と『プロレス』の出会いだった。


今に思えば、5歳の女の子をお祝いと言って、プロレスに連れて行くと言うのもおかしなものである。

いささか常識的観点に問題のある父親である。

ようは『バカ』なんだと秀美は今でも思っている。

しかし、誰よりも秀美を理解している人物でもあった。

彼は『うちの娘は絶対にプロレスに夢中になる。

そしたら親子でプロレス観戦ツアーをするんだ。

プロレスを通じて円満な家庭を築く。最高じゃないか!』と思っていた。

他人が聞いたらタチの悪い妄想である。

ところが、秀美はハマった。

この娘もまた大概なものである。

父親の思惑通り、いやそれ以上にハマった。


その日のメインイベントは特別に面白い大熱戦であった。

会場が揺れるほどの大歓声のなか、頭で理解するよりも体で感じた。

総毛立つような興奮を感じ、腹の底から大声を上げていた。

体が空に打ち上げられるような感覚を覚えた。

どんな闘いがあって、どっちが勝ったかなんて覚えてなかった。関係なかった。

全てがもの凄いと感じた。

皆が光り輝いていた。


闘っていた者たちも。

闘いを裁く者たちも。

闘いを伝える者たちも。

隣で叫ぶ者たちも。


本当に何もかもがもの凄かった。

全ての意思が一つになっていた。

皆の思いが夜空に打ち上がり

何よりも光り輝く幾万の星となっていた。

それは錯覚なのかもしれないが

秀美は確かにそれをを感じていた。

そしてそれは、秀美にとって永遠に忘れられない『あの光景』となった。


『プロレスラーになりたい。』


その日のうちに彼女の将来の目標が決まった。

この娘もまた大概なものである。









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