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08

戦闘シーン。ちょっとご都合主義があるかも。

 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。いつまで逃げられるかも。だがそれでもマイムは必死に抵抗を続けていた。


 先程追い詰められそうになったときもそうだ。逆に相手に突っ込み、その腕を強引に掴んで遠くに放り投げた。強引に連携を崩した後は<ファントムステップ>や<ソニックリープ>等の移動系特技を駆使して突破し何とか逃げる事に成功した。

 その代償として少なくないダメージを追ってしまったが、少しは距離を空けることができたはずだ。


「今の内に帰還呪文を、いやそれほど時間は稼げていないし、それよりも回復を優先して……。」


 そんな事を呟きながら私が森の中を駆けていると、少し開けた場所に出た。木々が途切れ、直径十五メートルほどの広場になっている。辺りには苔むした倒木が転がり、明るい月の光が静かに差し込んでいた。吹き抜けて空に昇る風が汗に湿った肌を優しく撫でていく。


「きれいだなあ」


 逃亡の最中だと言うのにそんな感想が漏れた。どうやら少し気が緩んだようだ。月光を頼りにバックを探り回復薬を取り出すと、すこし速度を緩めてポーションを飲みながら広場を横断しようとした。


 地面から白い鎖が立ち上り私の足を絡め取ったのはそのときだった。


「きゃあ。」


 悲鳴と共に前に倒れこむ。同時に少し離れた前方の木の裏からフードを被った影が姿を現した。


「まったく、面倒をかけてくれる。」


 無関心な口調で私を一瞥したロープ姿の男は木の葉を払いながら、広場へと入ってきた。私から少し距離を取った場所で歩みを止めた彼は、睨む私を飛び越えて後ろの闇の中へと声をかける。


「言われたとおりに拘束しておいたぞ。報酬は忘れるなよ。」


「おおっ、ありがとう。なかなか諦めが悪くて捕まえられなかったんだ。助かったよ。」


 その声と同時に拘束された足に白い光刃が突き刺さった。その刃はすぐに消滅するが、出血と共に足の感覚が鈍くなる。軽い痛みと気の抜けた足を叱咤して振り向いた先には予想通りの顔があった。


「さーて、そろそろ鬼ごっこは終わりだ。そろそろ諦めて俺達に付き合ってくれないかい。」


 へらへらと空虚な笑いを貼り付けた<盗剣士>の男はそういって月光に照らされた私の全身を舐め回すように見た。後ろに続いた<格闘家>と<神祇官>の男達の暗い視線もそれに混じる。


「このっ」


 それに耐え切れず嫌悪感に任せて立ち上がり殴りかかろうとした私の背に無数の氷片が突き刺さった。倒れこむ寸前に後ろを見ると、つまらなそうな顔をしたロープ姿の男が杖をこちらに向けている。


 地に伏せた私の体を背に突き刺さった氷の破片から送り込まれた冷気が凍えさせ、感覚がさらに遠くなる。

 <妖術師>の呪文<フロストスピア>だ。基本的なその氷の攻撃呪文は威力はたいした事はないが、その冷気によって相手の動きを鈍らせる。

 装備によって強化されているのであろう。その効果にやられた体に力を入れ、なんとか立ち上がった。だがその時には前後を封鎖されており、すでに逃げ場所は無かった。


「おいおい、あまり傷つけるなよ。できればきれいなほうが楽しめるからな。」


 格闘家の男が獣のような形相に笑いを乗せて言った。それに対しロープを纏った妖術師の男はそっけなく返す。


「知ったことか。逃がすと面倒だからだ。用があるならとっとと済ませたらどうだ。」


「ふざけないで。こんな真似をしてただで済むと思っているの。」


 私の頭越しにかわされるその会話に耐え切れず、声を荒げて叫ぶ。その語気と睨みつける視線の強さを真っ向から浴びた格闘家と神祇官の二人は気圧された様に少し後ずさるが、盗剣士の男は壊れた笑みを浮かべたままだ。それどころか逆に私のほうへ近づいてきた。

 その手に握られた大降りのナイフが冷たい光を夜に冷たい光を返している。


「やれやれ、まだ血の気が多いみたいだ。もう少し抜いておこうかな。」


 その言葉が終わらないうちに男は二度手を閃かせてその中の刃を飛ばし、私の両腕に深い傷を刻み込んだ。腕から流れた血が滴り落ち、足元の草や土を黒く湿らせる。


 その様子を見ていた妖術師の男が呆れた口調で言った。


「用があるならとっとと済ませたらどうだ。いいかげんここにいるのも飽きてきた。」


 足をしばる拘束魔法を更新しつつ、私に向けられた視線には何の感情も込められていない。


「まあまあ、人間何事も楽しんだ者勝ちだよ。たとえどんな状況だろうとね。さてもう夜も更けてきたし、そろそろお楽しみといこうじゃないか。」


 そういい終わるや否や、盗剣士の男は雷光のごとき踏み込みで一気に距離を詰める。その手の中にはいつの間にか濡れたような刃を持つ奇怪な短剣へと持ち替えてられていた。


 なんとかかわそうとするが足の拘束と未だ残るBS(バットスタータス)によってその動作は鈍い。故に男の刃は苦も無く私の体を切り刻んだ。それも手足の傷を重点的に狙ってである。


 私を襲う斬撃の嵐は、身にまとう鎧の布すらも切り裂き、その下の肌を夜気へと露出させた。露となった肌に感じる夜の冷たさよりも身の奥から出でる恐怖に身が凍らされる。

 それに抗い私はなんとかその刃から身を退いたがそこまでであった。すぐに全身が痺れその場に崩れ落ちてしまったのだ。


 ステータスを確認すると新たにマヒのBSを示すアイコンが点滅しているのが見えた。おそらくあの短剣固有の能力だろう。高レベルのマヒを与えるらしく、体に力が入らない。


 絶体絶命。今の状況を端的に表すのならばその一言だ。その認識が弱った手足をさらに萎えさせる。そんな私に男達が距離をゆっくりと詰めてきた。動けない獲物を前にして遊んでいるのだ。


 それに負けないように歯を食いしばり、諦めない気持ちを意地でも奮い立たせる。そうして力の入らない体で距離を取ろうとした。

 今の私に出来る精一杯の抵抗。だがその行為でさえも目の前の男達にとっては歪んだ笑みを深める材料にしかならない。


 罠に落ちた獲物がもがき苦しむ様を楽しんでいた男達の上から、冷たく静かな笑い声がかかる。彼らが無力となった私を笑っているのだろうか。だがその考えは笑みを止め、訝しげに辺りを見回す男達の様子から否定された。


(あいつ等の仲間じゃないの……)


 その疑念を裏付けるかのように男達の困惑は増し、<盗剣士>の壊れた笑みも心なしか崩れてきた。どうやらこの笑い声は彼らにとっても想定外のものらしい。ならばこちらに取っては逃げるチャンスになるかもしれない。その一瞬を見逃さないように私は特技の一覧を呼び出しつつ、機会を待つ


 木々に反響する音量は決して大きいものではなった。だがその笑いはどうやら男達に向けられているようだ。味方ではないのかもしれないが彼らの敵ならば今はそれで十分だった。


「何?」


 その笑いに気を取られた<妖術師>が驚きの声を上げる。更新したばかりの<アストラルバインド>が打ち消されたのだ。

 自由を取り戻した私はその隙に何とか特技を発動することに成功し、男達と距離を取る。だがすぐに体に力が抜けてバランスを崩し倒れてしまう。

 それを見た男達はすぐに私を追おうとする。たがその足を止めたのは、先程よりも大きくなった笑い声だった。


「誰だ!出て来いよ。」


 いまやはっきりと男達をあざ笑うその声に笑みを崩した盗剣士の男が叫ぶが、その言葉はむなしく夜の森の中に消えていくだけだ。そして嘲笑は相変わらず広場に響き、男達に降りかかっている。

 

「くそ!、何処にいやがる。」


 その笑い声に堪えきれなくなったのか悪態をついて狼牙族の男が数歩森に近づいたときだ。近くの木の陰から何かが飛び出してきた。

 全身を黒いもやのようなもので覆ったその影が硬直する<格闘家>に滑るように近づくと響いていた嘲笑が急に途絶えた。代わりに冷たく静かな声が闇の中より放たれる。


「……<デスサイズ>。」


 その言葉と共に黒い影の一部が変化し、大鎌の形を取ると目の前の<格闘家>に振り下ろされた。澄んだ音と共に障壁が砕け、さらにそのHPにも二割ほどダメージが入る。


 だが攻撃と共に黒いもやも晴れその正体を月光の元にさらけ出した。半透明な風船のようなシルエットに浮かぶ子供の落書きみたいな顔のパーツ。日の光の下ではユーモラスな印象を与えるであろうそれはしかし、夜の森の暗さの元ではかえって不気味に見える。


 派手に響くラップ音が笑い声に重なり、にわかに辺りが騒がしくなる。その音の重なりは男達の行為をあざ笑い、責め立てるようにも聞こえた。


「不死系の従者、<幻霊(ファントム)>……<召喚術師>か!」


 その正体を看破した<妖術師>が声を張り上げ、呪文を発動しようとするがその時にはすでに<幻霊>は森の中の暗がりへと姿を消していた。


 手にナイフを構えなおした<盗剣士>の男は森の闇を警戒し、<格闘家>は一歩下がって背に<神祇官>を守って広場の中央に移動する。<神祇官>は私から少し離れた場所で注意を私と森に振り分けているようだ。


 その間にも<幻霊>はうるさい音を連続しつつ、警戒を煽るようにそのシルエットを木々の向こうよりチラチラと見せている。


「くそっ、女は後回しだ。先に舐めた真似をしてくれたハンパ職(召喚術師)の方を片付けてやる。」


 彼らは無力化された私よりも姿を見せない新参者へ注意を向けるようにしたらしい。<格闘家>の男がいらついた口調で叫ぶ声が聞こえた。


「だが森の反響と、耳障りなラップ音のせいで術者が何処にいるのかが分からない。そっちはどうだ。」


「魔法の発光も見えない。どうやらご丁寧に演出も最小にして(エフェクトも切って)いるらしい。向こうが仕掛けてくるのを待つしかないだろう。」


 <盗剣士>の問いに<妖術師>の男が冷静に返す。その最後の言葉が消えないうちに右手の木の後ろから先程と同じように影が飛び出してきた。まっすぐに向かう先には<妖術師>が居る。


「させるか!」


 <盗剣士>の男が叫び、手に持ったナイフを放つ。その一撃はかわされたが、飛び出した<格闘家>がその進路に割って入る時間を稼ぐのには十分だった。気合と共に放たれた一撃がその風船のようなシルエットを打ち抜く。


 召喚呪文で呼び出される従者はゲームバランスの都合上、能力が制限されている。ミニオンと称されるそのランクは一般的なノーマルランクに比べると三分の一ほどの能力しか持たない。ノーマルランクは同レベルの冒険者の平均以下の能力に設定されているため、さほど攻撃力が高くない<格闘家>の一撃でも十分なダメージが与えられる。


 さらに<幻霊>は回避力と魔法抵抗力は高いが、他の不死系従者と同じように物理に対する防御力は弱い。そのため<幻霊>はその一撃で一気に瀕死へと追い込まれ、続く連撃によって消滅した。同時に森の中から響いていた笑い声も消える。


「よしっ、次は……。」


 先程受けたダメージの返礼をした狼牙族の男は次に闇に潜む術者を探そうとするが、次の瞬間少し離れた木々の間から黒いもやに包まれた影が飛び出て<盗剣士>に襲い掛かる。だが<幻霊>の消失に気を取られていた<盗剣士>にはその攻撃をかわせない。


 先程よりも大きい黒いもやは、またその一部を漆黒の鎌へと変化させると一気に振り切った。その寸前に<盗剣士>の前面に障壁が展開するが、黒い刃はやすやすとそれを打ち砕く。その威力は高く、<盗剣士>のHPが半減する。


 一度限りの不意打ち効果を発揮して薄れるもやのなかから現れたのは先程とは別の不死(アンデット)モンスターであった。

 骨のみで動く<白骨馬>にまたがり、黒い大剣と鎧を身にまとう騎士。だがその鎧の上にはあるべきものが存在しない。


「<首無の騎士(デュラハン)>か。こっちが従者だとするとさっき消滅した<幻霊>は短時間召喚で呼び直したものか。」


 してやられたとどこか嬉しそうに叫ぶ<妖術師>に向かい、骸骨の馬が駆ける。間に合わないと判断した<妖術師>の男は回避を選択した。だがそれを見越したように森の中より指示が飛ぶ。


「右に向いて奥に。」


 その言葉に従い<首無し騎士>はその馬首を途中で返し、少し離れた場所でメンバーの回復をしつつも私を監視していた<神祇官>へとその進路を変更する。


「まずいっ。」


 間一髪で振るわれた大剣を駆けつけた<格闘家>が受ける。振るわれた刃を体で受け止め、ダメージと引き換えに相手の動きを止める。

 お返しに蹴りを入れるが、上位の不死系従者である<首無し騎士>を倒すまでには至らない。だが少し距離が空いた瞬間を狙って<妖術師>が魔力の鎖でもって拘束した。


「捕まえた、逃がさずに潰せ。」


「よしっ、<ダンスマカブル>。ついでにその他もろもろもおまけだ。くたばれ!」


 <妖術師>の声に、回復魔法を受けてそのダメージから立ち直った<盗剣士>が刃を放つ。次々と放たれた無数のナイフには先程攻撃を受けた怒りと共にありったけのダメージソースが乗せられていた。

 横合いから放たれるその過剰な攻撃は、魔力の鎖で縛られた<首無し騎士>にまっすぐに向かう。


 そして<首無し騎士>の居た場所を何事も無く通過した。


「なっ消えた。」


 攻撃に巻き込まれないように少し距離を取っていた<格闘家>が驚きの声を上げる。ナイフの群れが当たる直前に<首無し騎士>の足元に一瞬魔法陣が展開され、次の瞬間には一緒に消失したのだ。そして何も無くなった場所を通過するナイフの群れの下、別の魔法陣が展開される。


 一拍遅れ、魔法陣の消失と共に現れたのは鋭い角と長いたてがみを持つ<一角獣(ユニコーン)>であった。召喚された勢いのまま、駆けた<一角獣>は硬直する<格闘家>を踏み台にして<神祇官>の頭の上を飛び越えると、倒れたままの私に近づいた。警戒に身を固くする私は森の中からささやくような声を聞いた。


「背中に乗せて森の中へ駆けろ。」


 風にまぎれるような小さな声は強化された聴覚でも聞き取れなかったが目の前の獣には聞こえたらしい。<一角獣>は鼻をひとつ鳴らしたかと思うと口で私の襟首をくわえる。そしてそのまま一気に空中へと放り投げた。


「ひゃあ」


 あっけに取られた男達の顔がちらりと下に見える。一瞬高くなった視界はすぐに下がり、私は腹から落ちた。だが落ちた先は土の地面ではなく、汗ばむ<一角獣>の背中である。

 私の体から落下の衝撃が消え無いうちに<一角獣>は一声鳴くと走り出した。落ちそうになった私は咄嗟にたてがみを掴み、振り落とされないようにする。


 その頃になってようやく男達が反応を見せるが、すぐに<一角獣>は荷物のように私を背負ったまま森の中へと駆け込み、木々の向こうへとその身を走らせている。

 どうやらこの<一角獣>の主人は私をこの場から逃がそうとしているようだ。それがどんな思惑であれ、関係は無かった。まだBSが残るこの体では満足に動けず、このまま運ばれ続けるより他にあいつ等から逃げるすべはない。


 目の前を大地が流れ、男達の声が遠くなるのと聞きつつ、ただこの機会を逃さないことだけを胸に、私は必死にたてがみを掴み続けていた。


主人公ではなく従者の戦闘シーンでした。次回こそは主人公の出番を。

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