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06

とりあえず更新。

 風に身を膨らませた帆が突如その形を歪ませると、船足ががくんと落ちた。急ブレーキと歪に引っ張られる帆によって船の傾きは大きくなっていく。

 悲鳴と共に幾多の水柱が上がり、やがて小型の帆船はその腹を見せて横転した。


「本日、三回目か。今回は派手にいったな。」


 岬の先からその沖の光景を眺めて八艘は淡々と感想を述べた。狼牙族特有の長い髪を潮風に遊ばせているその武士はこの航海訓練の責任者である。今起こった事にも慌てる様子は無い。


「昨日は、転覆を含めて13回だったか。」


 幽夜がそう尋ねるが、訂正される。


「いや11回だ。一昨日が14回だな。まあ日々少なくなっているのだから良いことだ。」


「あの、大丈夫なのですか。」


 そののんびりした会話に笑みを少し引きつらせた笑福が入ってきた。彼の問いに顔だけ向けて八艘はのんびりと答える。


「まあ、大丈夫だろう。あれでも七面倒くさいクエストの報酬品だ。どんな荒海にも耐えるアルヴの遺産らしいし、多少ひっくり返ったぐらいじゃあ問題はないさ。」


「いえ、そっちではなく巻き込まれた人のほうなんですが……。]


 どこかズレた答えを平然と返す八艘に笑福は質問を訂正するが、その返答もあっさりとしたものだった。


「それも平気だろ。今の俺達の体は頑丈だし、マストの天辺から落ちて海面に叩きつけられても死ぬ事はない。まぁ、例え死んでも神殿で復活できるし、やっぱり問題はないな。」


 訓練を再開するための労力の方が大変だとぼやく八艘に、笑福は疲れた笑みを返した。気の利かない仲間をフォローすべく口を挟む。


「一応、回収要員は待機していますし、回復職も控えているんでその場で復活できますから。」


「はぁ、そうですか。」


 念話で次の指示を飛ばす発想と私を交互に見た彼はその一言ののち沈黙した。




 ギルド<快走!七福宝船団>の航海訓練が行なわれているのは、ナカスからやや離れたいくつかの湾とその沖合いを含む一帯だった。別に非公開とか極秘というわけでもないのだが心情的にあまり見られたくないため外部に対しては微妙にぼかしてある。


 その訓練を見学したいと願う笑福の相談を受け、幽夜はマスター代理に伺いを立てた。だがその返事はあっさりしたものだった。


「幽夜くんがいいと思ったらいいよ。」


 これは信頼なのか、それとも責任を押し付けられただけなのかと悩みながらも笑福の頼みを承諾する。同行を希望したはくしゅに召喚笛を貸してやり、私は笑福と共に呼び出した<銀尾翼竜(ワイヴァーン)>に相乗りして訓練場所へと向かった。


「そういえば幽夜さんて、以前は<調教師>だったとか。」


 道中、笑福はふと思い出したように聞いてきた。


「ええ、一時期は冒険そっちのけで捕獲と育成に取り組んでいました。前のギルドにいたときも訓練の合間にギルメン用の騎乗生物を調教してましたし。」


 一端そこで言葉をきり、前方を確認してから再開する。


「最もこのギルドに入ってサブ職業も変えてしまいましたし、育てていた連中の大半も船の資金のために手放しました。そういえばそのときにお世話になったのが<第八商店街>でしたっけ。」


 あの時は高値で引き取って頂いてありがとうございましたと話すと、いえいえこちらこそと彼も笑みと共に返す。


 そのような会話を二十分ほど続けながら飛行すると目的地へと到着した。本日の訓練責任者である八艘に笑福を紹介するが、はくしゅは浜に立てられたテント内で水着に着替えると、他数人と共に波と戯れ始める。


 現実に比べればこの辺りの気候は温暖で、今の自分たちの体は寒さにも強い。とはいえ春の気配を残した海の水はまだ冷たく、海水浴には早いと思う。まぁ、時折浜辺にやって来るモンスターを吹き飛ばしながらもはしゃいでいる彼女達にはいらぬ世話だろうと放っておくことにする。


 しばらく三人で湾内のヨットや沖の帆船などの訓練風景を眺めた後、八艘に頼んで私も参加させてもらう事にした。もともと鬱屈したギルドメンバーのストレス解消のために希望者を募って始めたのもなので途中参加も帰還も可能なのだ。笑福さんを誘う事は出来ないが、もともとそんな気もなさそうだった。


 私の現在のサブ職業<船長>は海洋系に属する航海系の上位職業である。主に航海時のボーナスやスタータスの強化のほか、海図といった特殊な地図の作成が可能な簡易マップ生成技能も取得している。

 下位職業の<船乗り>に比べてボーナス等の強化率は低いが、PTメンバー全員にボーナスが入り低レベルの航海系技能も与えられるためこのギルドではそこそこ有用であった。

 

 しかしそれはあくまでもゲーム時代の話である。現状においては自分も他のメンバーと同じ素人にすぎない。


 ゆえに私はその後の訓練で三度転覆に巻き込まれ、その倍の水柱を産み出す事になった。




「話には聞いていましたが、それ以上に苦労していますね皆さん。」


 すっかり濡れ鼠をなった私を笑福さんが出迎える。すでに日も落ち始めそろそろ撤収する時刻だ。


「一応、ボートやヨット程度ならば航海系ボーナスが無くても数日ぐらい練習すれば乗れるみたいなんですが。戦闘と同じで体が覚えているようなので。」


 これは訓練を開始して間もなく分かった事だ。現在、戦闘の特技は頭の中に特技リストを呼び出してそこから選択する方法以外にも、体の感覚に従って発動させる事が可能だと分かっている。

 それと同じように航海系技能がなくても体の感覚によってヨットなどならばある程度は操れる。もし航海系技能があれば乗りこなす事も可能であった。


 そしてだからこそこの航海訓練も実施できるのである。一部のヨット経験者を除けば大半が素人でしかない自分達でも船を動かす希望が持てるからだ。いくらなんでもゼロから航海技能を身に付けるのは無謀でしかない。


 とはいえ問題もある。一般に脳内一覧からの特技発動に比べ、体感からの発動は不安定で難度が高い。それと同様に船も動かすだけではなく乗りこなすのはかなり難しい。


 また知識がなく個々の感覚に頼って動かすため、複数人の協力が必要となる帆船ではその難度がさらに上昇する。統制を取ろうにも知識がないため何と言って指示を出せばいいかも分からないのだ。

 結局試行錯誤を繰り返して少しずつ身につけていくしかなかった。


「まぁ、それでもなんとか動かせるようにはなってきていますし。徐々に訓練の成果は出ているんでもう少し待ってくれるように皆さんに伝えてください。」


 私の言葉に笑福さんは苦笑して言った。


「ああ、やっぱりバレていましたか。ええ、今日見学をお願いしたのもマスターや皆に頼まれてのことなんです。」


 そこで言葉を切った彼は視線を海の向こうへやると、疲れた口調で言葉を継いだ。


「現実へは無理でもせめてアキバにいる仲間のところには合流したいという気持ちは分かるんですが……。」


 おそらく彼の本心も混ざっているのであろう。笑顔を絶やさないこの青年には珍しく、疲れた表情を浮かべている。


 予想通りだった。ここ数日の訪問ラッシュの用件と同じである。だが、その期待を裏切られた表情は何度見ても慣れないだろう。


 ナカスはヤマトサーバー西端にある後発のプレイヤータウンだ。そのため街のプレイヤー人口も多くは無い。人が多く、大規模ギルドがいくつも存在しているアキバやミナミの方が安心を得られると考えている人も少なくない。

 またナインテイルは生産系や納品、お使いなどの非戦闘系クエストが豊富な上、一部海外サーバーのアイテムも取引されている。そのため街の人口の半数近くはアキバやミナミといった他の街からの訪問者で占められていた。


 彼らの大半は自分達の本拠への帰還を望んでいるのだが、現状では<都市間転移門>も使えず、<妖精の輪>も何処に飛ばされるか分からない。ゲーム時代の主な移動手段が使えない以上、自分達で直接向かうしかなかった。


 しかし地理的には2分の1で再現されているとはいえ、旅には困難が予想された。ミニマップ機能が使えないため迷いやすく、またモンスターの遭遇といった不測の事態も予想される。


 もともとこの街を訪れるプレイヤーは戦闘を不得手としているものが多く、その難度はさらに高くなる。そもそも今の日本で周辺を警戒しながらの野宿をするといった経験のあるプレイヤーはほとんどいないだろう。


 空を飛べる騎乗生物を使えばその危険も大分軽減できるが、それらは希少で値段も高い。また一日に使える時間も限られており、運べる人数も限られるため少数ならばともかく多人数の移動手段としては使えない。


 それでも少数の人たちがミナミやアキバを目指しナカスから旅立っていったが、その大半は道中で死亡して神殿送りとなるか、もしくは耐え切れなくなって帰還呪文で戻ってくる。

 いくら頑強な肉体を持っていたところでその精神はゲーム好きの一般人でしかない。慣れない旅で疲弊し、満足な休息も取れずに神経を磨り減らしてモンスター相手に不覚を取ったり、道に迷ったりすることも多いのである。


 そんな彼らが期待を寄せているのが船であった。一度に多くの人員を輸送できてしっかりとした設備も内部に備えている。今までは過去の遺物としか見られていなかったそれらを複数保持している自分達のような希少な海洋系ギルドが注目を集めるのも当然であった。


 しかし現状は見ての通りで、満足に船を動かす事もできない。彼らの望みが果たされる日もまだ遠いと思われた。


「結局、少しずつ手探りでやっていくしかないんですねぇ……。」


 笑福はそう呟くとため息をついた。その珍しい様子には彼の報告を待ちわびている仲間達になんと伝えればいいのかという悩みが見て取れた。


「いっそ、NPC(大地人)に頼んで船で運んでもらうというのはどうでしょうか?」


 大災害初日にみた光景を思い出して言ってみた。確かにゲーム時代にはそういったクエストもあったが他の街へ行くものは無かった。

 ゆえに本気ではなく、彼の心労を軽くするための冗談である。だが脳裏にははくしゅとの会話と船で雇っているあの大地人の少女のことがよぎった。


「あはは、そうですね。まぁどうしようもなくなったらそうしてみます。」

 そういって彼も笑ったがその笑みから影は消えていなかった。




 撤収の準備が整ったと八艘が伝えに来たのはすでに日も大分傾いたころだった。笑福から本日の見学について礼を貰って、内心照れている彼に向かって言葉をかける。


「じゃあ、私は笑福さんを送って一足先にナカスへ帰る。悪いがはくしゅを乗せて行ってくれるか。無論こき使ってくれてかまわない。」


 私の言葉に分かったと返事をして撤収の指示を出した八艘に、ふと疑問を思いついた笑福が言葉に出して聞いてきた。


「あれっ。そういえば帰るってどうやって。まだあの二隻の帆船は満足に動かせないはずですよね。そもそも皆さんどうやってここまで来たんですか。」


 最もな疑問に八艘は話してなかったのかといった表情に私のほうを見た。


「ああ、そういえば言ってませんでしたっけ。そうですね口で説明するよりも見てもらったほうがいいでしょう。少し出発を遅らせますが良いですか。」


 私の提案を受けた彼を岬の先へと連れて行き、八艘は皆が集まっている湾へと戻っていく。

 沖合いに泊まる二隻の小型帆船は夕日に染まって赤くなっているが、その甲板には幾つものボートやヨットが揚げられており、乗せ切れなかったものは船尾よりたらされた太綱に繋がれていた。


 一方岬から見える浜では最終確認を終えた一部のメンバーが集い始めている。


「そろそろですね。」


 そういって向けた視線の先で彼らの中の十人ほどが膝まで海へと入り、手に持った召喚笛を吹き鳴らした。赤く染まる空に重奏が響いて消えた後、沖の向こうから何かが薄赤の飛沫を立てて高速で湾内に入ってくる。

 水深が浅くなるにつれて徐々にその姿を現したもの達を見て笑福が驚きの声をあげる。


「あれは<大海蛇(シーサーペント)>と……<古代巨亀(アーケロン)>ですか。」


 いまやほとんど全身を顕わにして召喚主に擦り寄る彼らを見ながら、肯定した。


「ええ、そうです。どちらも海洋専用の騎乗用召喚生物です。結構珍しいでしょう。」


「はい。海洋系の騎乗生物はゲーム時代だと使いどころが限定されるので使っている人も滅多に居ませんし。このゲームをやって三年ですが初めて見ました。」


 確かに彼の言うとおり海洋限定の召喚生物を持っているのは相当な物好きかウチのような海洋系ギルドぐらいなもので、お目にかかるなぞ滅多にないだろう。実際使い所も多くは無かった。


 しばし海洋系の召喚生物について会話が交わされている間に、当のもの達は浜に残っていたメンバーを分散して沖合いの船まで運んだあと、その前方に集まった。その様子を見て笑福にもこれから何か起こるかが分かったようだ。


「つまり、馬車のように彼らに船を引かせるんですか。」


「はい、その通りです。大体一隻につき二、三匹で引っ張っていく感じですね。召喚可能時間は三時間なので往復を考えると遠出は無理ですが、これなら操船が出来なくても移動できます。」


 海洋系召喚生物達に引き綱を固定する作業を眺めつつ、正解を射た彼の言葉を補足する。


「まぁ、大型の海洋系召喚生物と頑丈な船体あってのことなんですが。」


 そう言葉を継いで笑う私に彼は質問をしてきた。


「あの、一々、港に帰るよりもここに停泊させておいて遠征してくる方が楽なのではないですか。」


 なるほど当然の考えである。だがその答えはすでにあった。


「参加メンバー全員が空中用や海洋系の騎乗生物を持っていない事もありますが、この近くは夜になると<鋼鉄大蟹(アイアンクラブ)>や<船食い鮫(シップイーター)>が出没するようになるんですよ。いくら頑丈といってもモンスターの攻撃に無傷というわけにも行きませんし、一晩中護衛するぐらいなら多少面倒でも港にもって帰った方が安全なので。」


 一度試したところ、ボートやヨットに被害が出て、船の耐久力もかなり削られたため諦めたのだと肩をすくめながらも話した。一応夜の護衛が面倒だったという事は伏せておく。


「まあ、そんな訳で日が暮れる頃には港に帰るようにしているんです。この場所いがいだと<水棲緑鬼(サファギン)>が群れを作っていたり、<放電海月デンキクラゲ>が大量発生したりと中々良いところが無くて。」


「うーん、それは厄介ですよね。私も一度現実で刺されて、それ以来クラゲを見るのが嫌いになりました。まあ、食べるのは好きなんですが。」


 そう言って微笑む笑福に私も同意を返す。


「ええ、おいしいですもんね。まあここでは見た目だけの味なし、食感もなしですが。それはともかく、あれも一応訓練の一環なんですよ。陣形乱すと船足が途端に鈍るのであんな声を掛け合ってあわせるんです。」

 

 その言葉と共に沖合いの船から風に乗って声が聞こえてきた。最初のころは下手なスイカ割りの声かけみたいにバラバラだったのだが、今ではそれなりに様になっているようで、滑らかに船は進んでいた。


 徐々に速度を上げつつ小さくなっていく帆船と、それを迎えつつも段々赤さの中に暗さを増していく海と空。それらの光景をしばし眺めた後、幽夜は笑福に声をかけた。


「では、そろそろ私達も帰りましょうか。もう日も大分落ちて夜が近づいてきましたし。」


そろそろ戦闘シーンに挑戦しようかな

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