05
遅れました。ごめんなさい。
「では、本日はこれで。マスター代理さんにもよろしくお伝えください。また後日伺わせていただきますが、その時には良い返事を期待させていただきます。」
ここ数日で毎日のように聞かされた言葉を最後に客はホールの扉を出て帰っていった。エントランスまで笑顔で見送ったあと、うんざりした顔で元の部屋へと戻る。
ソファーと机が置かれた応接間を通り過ぎ、中央を仕切る衝立を抜けると紙と物に溢れた机が出迎える。六つ並べられたその内の一つに座るが、他の席は空いていた。
全員外回りや休みなどで不在のため今この部屋にいるのは幽夜だけである。誰もとがめる人がいないのをいいことに机の上のものを押しやって空間を確保すると、そこに突っ伏して目を閉じた。
朝から立て続けに三件も来客を相手にほとんど実りの無い会話を繰り返して、いい加減疲れたのである。自分の担当は午前のみなので少し早いが休んでいても問題はないだろう。
そう心に決めて、そのまましばらく机の感触を楽しみながら忍び寄ってきた眠気と周囲の積み上げられた報告書や要請などからの圧力を無為に戦わせていた。
しかし扉が開く音と共にその戦いは終わる。顔だけ起こすと、衝立の向こうから一人の女性が顔を出した。
ドワーフ種族特有の小さな体を南国風の派手なワンピースで包み、長い金髪は白いバンダナによってまとめている。
少し遅れて視界に浮かんだ情報から読み取ったプレイヤー名ははくしゅ。彼女はレベル90の施療神官であり、自分の友人でもあり、そして私が管理している船の客分でもあった。
両手に食べ物が乗ったトレイを持った彼女は、だらしない様子の私を見るなり叫びを上げる。
「ああ、幽夜がサボってるー。私を馬車馬のごとく働かせて、自分は居眠りとかひどい、ひどすぎる。こうなったらこの昼食にとっておきの唐辛子粉を仕込んで激辛に……。」
「止めろ、居候。そんなことをすると船から追い出すぞ。あと今の私はサボっているんじゃない、目をつぶってこれからの事を思案していただけだ。分かったらさっさとそのトレイの上にあるものをよこせ。」
面白そうに騒ぐ彼女にきっぱりと言ってやる。「ひどい、横暴だー。訴えてやる」などと笑う彼女からトレイを受け取る。ついでにとりあえずここまで持ってきてもらった事への礼を言った。
その言葉を自分への謝罪という事にしたらしい彼女はあっさり騒ぐのを止めると、自分も昼食にするべく応接間の方へ移動した。後に続いた私が彼女と机を挟んで向かい合うように座ると、ここ数日で少しくたびれたソファーが軋んだ音を鳴らす。
本日の昼食はサンドイッチに肉の浮かんだスープである。見た目は食欲をそそられるが、その味は酷いものだ。
大災害後、まもなく食料アイテムに味が無い事は判明していたが、当初その事はあまり重く見られてはいなかった。大災害そのものや、この世界の状況、現実への帰還方法などといった他のことに比べれば些細な問題だと思われていたのである。
しかしそれが1日三食、一週間も続けば話は別である。無臭でもそもそとした食感といい、いい加減うんざりしてくる。いっそ食べない方が精神衛生上はいいのかもしれないが、そうなると今度は空腹が酷くなり、肉体的にも問題が出る。 涙をのんで食べるしかなかった。
「相変わらず不味いねー、これ。ここ数日は野菜も果物も無いから余計にそう感じるよー。」
「一応、ダガさんも頑張っているみたいだけどなあ。このサンドイッチも薄塩、甘め、チリペッパーと味付けを変えてあるし。」
若干目の光を欠いたはくしゅがもそもそとサンドイッチを食べながら漏らす不満に対し、日ごろから努力を続けるギルメンの料理人をスープという名前の胡椒汁に口を付けながらフォローした。
会話にもあったようになぜか野菜や果物といった素材アイテムには味がある。そのため最初の数日にはそれらが付いていたのだが、ここ数日は品薄であり一昨日を最後にその姿を消していた。そのまま生で食べられる素材アイテムもそう多くは無く、街の外に出て採集するにも限界があった。
「倉庫から卵でも貰ってこようか。最近は割って飲むのが流行っているらしいが。」
昨日、ダガさんから聞いたことを提案してみるが「やだ。」の一言で一蹴される。
体に栄養を与えても、心にはくれない食事を終えるとはくしゅが腰のバックから水筒と湯のみを取り出して、中身の白湯を注いで出してくれた。水も全て水道水のような味がするのだが白湯にすれば幾分口当たりがまろやかになる。
彼女に礼を言って一口飲むが、この食後の一杯のみが食事時の唯一の楽しみとなりつつあった。
彼女も午後は仕事が無いらしく、しばらく休んだら寝泊りに使っている船へと戻るつもりのようだ。自分も今日の担当は午前だけなので引継ぎが終わったら、彼女と一緒に港に行こうと考えていた。
交代が来るまでにはまだ時間があったので、それまで彼女と雑談して時間を潰す事にした。
「それで、あの大地人の子供たちはどうするか決まったの?」
食後の話題にはくしゅが選んだのは先日港で出会った子供達についてであった。
「ああ、あの船にいた子供達か。一応昨日の話し合いで大体決着が着いた。そのうち通達もあるはずだ。」
あの後も次々と同じような子供が見つかって大騒ぎとなったのである。結局二十人近い子供が見つかり、その大半は十歳前後で中には5,6歳と思われる者も混じっていた。
その全てが大地人、すなわち<エルダーテイル>におけるNPCだったのだが、身を寄せ合ってこちらに怯える様子といい、その前に立って守るように睨み付けている様子といい、自分達と同じ生きた人間としかとしか思えなかった。街で見た悲嘆にくれるプレイヤー達の姿と重なって見えたのかもしれない。
話を聞いてみると彼らはモンスターの襲撃などで家族や故郷を失った身寄りの無い孤児らしく、船や港に住み着いていた事が分かった。種族や年齢などで街などに居られずこの港にやってきたと言う。
流石に船の内部にまでは入れなかったようだが、船上の大型の木箱や港の片隅の廃墟に住み着いて生活していたようだ。
「とりあえずは港の一画に小屋をいくつか建ててそこに住んでもらうことになった。かわりに雑用なんかを請け負ってもらう事になったが、まあほとんど形だけだな。どうなるかしばらく様子を見ておきたいって意見も多かったし。」
ギルド内では彼らの扱いについてすこし揉めたのだが、結局は支援をすることになった。
一応ゲーム時代にも大地人による街の名声や友好度が関係するクエストはあったので、渋る連中の説得はそれほど難しくは無かった。しかしそれが拡張パックで港に新たに追加されたのか、それとも街の大地人同様にただ増えただけなのか判別が付かず、様子を見ることになったのである。
本当のところは大地人とはいえ彼らの幼い容姿と、この状況下で問題が大きくなるのをギルドが嫌った事が大きかったと思っている。
彼らの内で比較的年長の子たちとの話し合いで形としてはギルドが彼らを雇う事になった。
かくして港や船のあちこちには彼らの姿が見られ、それなりにギルドのメンバーも交流を持っているらしい。今のところトラブルは無いが何かあったらすぐに報告するように彼らには言っておいたし、念のため監督役も持ち回りでやっていた。
「まあ、こんな状況で見た目が幼い子供に手を出すような奴がメンバーにいるとは思えないけど、一応。自分は港にはあまりいけないかもしれないから、はくしゅも注意しておいてくれると助かる。これ以上の問題は正直ごめんだ。」
後半、少し本音が出てしまったのを愛想笑いで隠す。今のところは臨時の体制も安定しているとはいえ、抱える問題は多い。あまりそっちには目をかけられない。
「ああうん、分かったよ。しっかし大地人かー。うーん。」
何か気になることがあるのかはくしゅが腕を組んで考えるポーズを取った。
「どうかしたのか?」
気になったので尋ねてみたがその返事は要領を得ないものだった。
「うん、ちょっと気になっていたんだけど、本当にここってゲームの世界なのかなーって。システムも見た目もそうなんだけどどうしても違和感があるんだよね。」
確かにここはゲームの世界ですと言い切るには自分もおかしいと思っている。なにかしっくりこない違和感は皆感じ取っているのだ。あまり注目されないのは、それを具体的に説明できないのと、今唯一ともいっていい既知の拠り所がなくなるからだろう。
今後、情報が増えればその辺の疑念も解決するかも知れないが現状、一抹の不安は拭いきれない。
「確かに、そうは言いきれないな。個人的にはゲームの世界だった方がありがたいんだが……。」
「何で。何かゲームじゃなきゃ問題があるの?」
ふと漏らした言葉にはくしゅが食いついてきた。しまったと思ってももう遅い。出来れば話したくないのだが、目の前の相手はこの手の追求がしつこい。誤魔化しきれるだろうか。
「いや、特には。ただ<エルダーテイル>の世界じゃなかったらここは何処なんだろうって不安が……。」
「いや、そうじゃないよね。他に何かあるんでしょー。それも個人的なことで。ほらほら、さっさと話す。話した方が楽になれるよー。」
相手の弱みを見つだすのが上手いはくしゅ相手に粘ったのだが無駄だった。まあ、人から見ればたいした事じゃないし自分が笑われれば済むことだと諦めて口にする。
「あー、出来れば笑わないんでほしいんだが。えーと、ほらここがゲームの世界ならモンスターもただのデータの集まりに過ぎない。見た目が怖くてもお化け屋敷と同じで、まあどうにか受け止められるとは思う。でももしここが現実だったりすると<不死>もふつうに存在する事になるから、つまりリアルホラーな場所な訳で……。」
そこまで聞いたはくしゅは爆笑した。そのあまりの遠慮の無い態度に抗議するが、彼女の笑いは収まらない。
「ちょ、ちょっとまって。幽夜って死霊系の召喚術師でしょ。<不死>のエキスパートでしょ。それなのに自分の呼び出すものが怖いってそれはどうなのさ。ってゆうかそれがゲームであって欲しい理由なの。」
彼女の言う事も最もなのだが、だからと言って平気なわけではない。
そもそも自分が死霊系を選んだ理由は初めて手に入れたレアアイテムがそれ向からで別段たいした理由ではない。長年使っているからそれなりの愛着はあるが、だからと言って<不死>好きのマニアではないのだ。
別にホラーが嫌いなわけではない。だが画面越しに見るのはともかく、実際に体験したいとは思えない。大体得体の知れないもの相手にどう振舞えと言うのか。
「本能的なものなのだから仕方が無いだろう。一応、デフォルメされた<幻霊>あたりなら何とかなるんだが他のはちょっとな。克服できないわけじゃなさそうだから慣れるようには努力しているんだが……。」
「まぁ、どうにかなりそうだったら特に言う事はないよー。いつか役立つときまでにこの胸にしまっておくから。それにしても召喚術師が召喚したものを怖がるって。」
「言っておくが自分だけじゃないぞ。知り合いの中にもやれ、<森林熊>が怖いだの<操り人形>が不気味だので呼べなくなった奴もいる。おかげで頑張って克服するか契約を見直すかで余計に悩んでて大変なんだ。」
召喚術師は従者を呼び出して戦うスタイルが基本なので、呼び出せないあるいは満足に指示できないと戦闘能力がガタ落ちする。この状況下での戦力低下は無視できないため何かしらの対策は必須となるのだ。
しかし彼女にとっては友人をいじるネタにしかならないらしい。まあ、本当に深刻な問題ならそうはしないはずだから、一応何とかできるとは思ってくれて入るのだろう。だが、些細な事と言われたようで少々不満に思った。
「しっかし、いろいろと問題はあるんだねー。そういえばこの前……。」
話題は変わったが、彼女の笑みは消えることはなかった。
しばらくの間そうやってはくしゅと話していると部屋の戸がノックされた。
「うん、もう交代の人が来たのか。少し早いような気もするが。」
疑問を覚えつつも返事をして、扉を開けるが、そこにいたのは待ち人ではなかった。
「すいません。少しお話させて下さい。」
そう断って頭を下げた青年を認めたはくしゅが声をあげる。
「あれ、笑福さんだ。ひさしぶりー。でも、今日はどうしたの。とりあえず中に入って、入って。」
笑福を呼ばれた青年はその言葉に一礼を返すと部屋の中へと入った。はくしゅが移動して彼のために空場所を空け、彼女自身は私の横へと腰を下ろす。
対面に座った彼にはくしゅがバックの中から再び飲み物を取り出して置くと、私と彼女の分に注ぎなおす。
ゆったりとした古めかしい神官風の衣装を纏い、常に笑顔を絶やさない彼は、隣に座るはくしゅとは異なり<快走!七福宝船団>の正式な食客である。
本来の所属はアキバに本拠を置く生産系ギルド<第八商店街>なのだが、所要で数人の仲間とナカスを訪れていたときに大災害に巻き込まれてこの街に取り残された。
彼と友誼があったておぱるどや私がマスター代理の海老鯛さんに頼み、彼らを食客として迎えてもらったのである。その代わりに運営メンバーが不在で人数も少ないアキバ支部を<第八商店街>が庇護する事を彼のところのマスターであるカラシンが約束した。
ちなみにそのアキバ支部の暫定代表者に選ばれたのが大災害当日に連絡してきた夢うたかたであった。彼女との連絡も自分の担当となったので、ほとんど毎日報告という名の愚痴を聞かされることになった。
しかし連絡役を務めてくれる彼が来たという事は何かアキバ支部にトラブルでもあったのだろうか。昨日の報告では特に深刻な問題は無かったと聞いていたのだが。
「ええと、何かアキバ支部のほうで問題でも?」
「いいえ、夢うたかたさんは良くやってくれているとうちのギルドマスターから聞いています。そうではなく本日は幽夜さんに頼みがありまして。」
念のために聞いてみたが、あっさりと否定された。とりあえず友人がトラブルに会ったわけではない知って安心する。しかしそれならば頼みとは一体何だろうか。
「今日の午後はあいてますし、お世話になっている分出来る限りの協力は惜しみませんが、頼みとは何でしょうか。」
私の問いに彼は多少困ったような笑顔でその頼みを口にした。
「はい、出来れば〈七福宝船団〉の航海訓練の様子を見せて頂きたいのです。」
もう少しへたれさせたほうがいいかなあ。