04
とりあえず上げ。
あくる日の朝、私達はギルド会館前に集合していた。あの後、ておぱるどの予想通り本当に全てを丸投げされてしまったため、急ぎ調査班の編成をする羽目になったのである。運営側からは私とておぱるどのほか森呪使いの女性が同行することとなった。
今、私の後ろでておぱるどと話をしている彼女は自分から同行を希望した変わり者である。
せーでんきという気の抜けた名前と20歳前後ののんびりとした外見とは裏腹にかなり攻撃的なスキル構成をしていた。従者<森林熊>などを前面に押し出しつつ、嵐を背に後方から<ライトニングフォール>や<ヘイルウインド>などで攻撃する様は<嵐を呼ぶもの>の名に相応しい。
最も山風からの情報ではこの世界では本当に嵐を呼び出せるらしく、雷が苦手らしいておぱるどは先程から攻撃は他に任せ回復に専念して欲しいとしきり懇願していた。
長期耐久型のておぱるどと準火力汎用型の私に回復と攻撃を両立させた彼女が調査班の中核となる。
一方の参加希望者は十人を越えたのだが、正直長々と選抜に時間をかける気はなかった。そこで戦闘の難度上昇と恐怖などを繰り返し語って充分に脅かした後、戦士枠、回復枠、その他枠に分けて各自ジャンケンで決めてもらう。選にもれた人は後日安全が確認されてからということにした。
幾度の熱戦を経て勝ち残ったのは、狼牙族の格闘家と猫人族の神祇官、そしてエルフの暗殺者となかなかバランスがいい構成になった。
昨日の内に各自の紹介や戦闘スタイルの申告などは済ませておいたので、簡単に予定を語り、最後にもう一度確認を済ませた上で出発する。
一同はぞろぞろと朝の街中を歩き出した。
陰鬱な空気を濃く残す街の中を進みながら、気分を変えようと思ったのかせーでんきが同行者三人に尋ねる。
「ねえ、何でこの参加しようと思ったの?もしかしたら危ないのかもしれないのに。」
面白そうだからという理由で参加を決めた人が言う台詞ではないが、確かに気になるところであった。
一応昨日見た限りでは危険は無いはずだが、現状を考えれば何が起きても不思議は無いのである。昨日の希望者たちもそうなのだが、わざわざ危険を犯すほどの価値があるとは思えなかった。
彼女の問いにしばし考えた三人はそれぞれ答えた。
「ええと、私はあそこに船を置いているのでどうなっているのか確認しておきたいなぁ、と。それに街に留まっていても気が滅入るので少し気分を変えたくて。」
暗殺者の少女が答えると、猫人族の男性も同意した。要はモンスターに襲われる危険よりも息が詰まる街中に居るほうが嫌らしい。
格闘家の青年はミナミにいる友人に頼まれたと言っているが、やはり街の中心から離れるのが嬉しそうに見えた。
街の外に出ると昨日と同じように暖かい陽気と柔らかな潮風が私達を迎える。陰鬱とした気分が少し晴れるのを感じながら、心に警戒の二文字を残し海へと続く道をゆっくり歩く。
昨日は何事も無く辿り着けたが、今日もそうだとは限らない。念のため呼び出した従者を先行させて警戒させたが、しかし特に問題も無く目的地へと到着した。
河口からやや離れた廃港を改造して造られたこの港にはギルドが管理している船が大小10近く浮かんでいる。しかし対岸を挟んで少し離れた位置にある別の港に比べると人気が無く、港全体が見捨てられたようにひどく寂れている印象を受けた。
古びた埠頭や崩れた防波堤がさらにその印象に拍車をかけている。
昨日は船名の確認や港の様子を探る事だけだったが、今日は各自で手分けして内部を調べるつもりであった。
とりあえず小型船は彼ら三人にまかせ、ておぱるどとせーでんきの二人には向こうに泊められている大型船を担当してもらう。残った自分は中型船を調べるべく港の中を歩き出した。
向かった先は港の端に隠れるように止められている一隻の中型船だった。三本のマストに灰色で塗られた船体はゲーム時代と同様だったが、サイズは大違いであった。おそらく全長30メートルを超すであろうその船はいたるところに古びたカンテラが下げられており、火をすっかり落としたそれらが風と波にゆらゆら揺れている。
この船こそが自分が他の仲間と組んで手に入れた船である。当初は「紺青」という船名があったものの、去年ギルド主催のハロウィンイベントでやった幽霊船風の仮装が評判だったため、それにちなみ<幽霊船メアリー>と呼ばれるようになった。
しゃれでつけた名前とはいえこうしてこの目で実際に見てみるとどこと無く虚ろな雰囲気を感じる。
古びた渡し板を使って船に乗り込むとその印象はますます強くなる。甲板には樽や壊れた木箱などが転がり、散乱としていた。人気が無い事もあわせて確かにこれは幽霊船と呼んでも差し支えはないかもしれない。
足元に気をつけながら甲板を歩いていると船尾近くに下へ続く階段を見つけた。おそらくここから船内に入るのだろう。階段下にあった扉に手をかけるとギルドホールと同じく進入確認表示が出てきた。
どうやら中は別空間になっているようだ。
そのまま中に入るが意外と内部は荒れてはおらず設備もゲーム時代と同じままだった。一通り歩き回ったが物が多少落ちているだけで特に変わったところも見あたらない。
最後に船尾の操舵室へ向かうと、中央に据えつけられた木製の舵輪を手に取ってみる。
これがゲーム時代ならばこの位置に立てば、画面は航海用のものへと切り替わり船は自動的に走り出した。
しかし今手の中の舵輪はピクリとも動かず、ただその重たい感触を返してくるだけだった。
(やっぱりか)
まあ、碇も上げておらず帆も張っていないので当然といえば当然なのだが。とはいえどうやら戦闘同じようにゲーム時代では自動で行なっていた事も手動で行なわなければならないらしい。つまり現実と同じように動かす必要があるのだろう。しかし……。
「誰も船の動かし方なんてしらないよなぁ。」
いくらなんでも帆を張って舵を握っていればそれでOKなどというほど簡単なものではないだろう。ギルドメンバーの中には船さえあれば他の街の仲間とも簡単に合流できると考えているものも居るようだが、動かせなくては話にならない。
それもほぼゼロからのスタートである。
「動かすにしてもこれは相当時間がかかりそうだ。それでもまあ、必要なら頑張るしかないか。」
そう呟いて最後に舵輪を一撫ですると、他の仲間の様子を見るべくその場を後にした。
大型船の探索に手間取っているておぱるどやせーでんきと連絡を取りながら甲板に出た時、何かが転がるような物音がした。続いて駆ける様な足音が複数聞こえる。
咄嗟に念話を打ち切って警戒体勢を取った。
「誰だ!」
内心の動揺を押し隠すように声を上げるが、帰ってきたのは風に遊ばれるロープの唸りだけであった。
物音の正体を確かめるべく階段から船上を伺うが特に動くものは見られない。それでも良く注意して見てみると船首左舷側に並べられていた木箱や樽が転がっているように感じた。
先程の物音はおそらくこれだろうが小さいとはいえ風や波で倒れるほどの大きさではない。
間違いなく誰かが動かしたのだ。
(問題は誰が動かしたかだ。今この船に居るのは自分だけのはず。仮に他のメンバーが自分が下に居る間にこの船に乗ってきていたとしても返事を返さないのはおかしい。)
いくらこの船が幽霊船と呼ばれているからといって本当に幽霊が出てくる事は無いはずだ。いやもしかしたらこの世界には居るのかもしれないが当然それはモンスターである。
(流石に昼間から不死が出てくる事は無いだろうし、海洋系モンスターか?)
ゲーム時代にはここらには出没しなかったはずだが今でもそうとは限らない。そもそも海なのだから港の外からやってきて船べりから上がって来る事もできるだろう。
とりあえずもう一度甲板を調べてみようと思うが、自分でやるのは少々怖い。そこで意識を集中して特技を選択する。
「<従者召喚:幻霊>」
派手に鳴り響くラップ音と共に呼び出されたのは半透明の風船のようなものであった。不死系召喚従者の<幻霊>である。あまり戦闘には向いていないが囮としては有用で、偵察役としても悪くは無い。
ここに来るまでにも一度呼び出してみたのだが、PTメンバーから不気味だと怖がられて拒否されたため諦めた。
昨日の夜に倉庫に眠っていたアイテムを使って見た目をデフォルメしたのだが、派手に音を鳴らしつつ辺りを飛び回る存在に我慢できなかったらしい。デフォルメした顔もかえって不気味だと評された。
まぁ、昨日の<動く骸骨>を呼び出した時のことを思えば無理もない。そもそも自分もまだ慣れたとは言えないのだ。
結局そのときは代わりに回復能力を持つ<一角獣>を呼び出して護衛とし、警戒はせーでんきの<灰色狼>に任せたのだが、今はそれは出来ない。
「船上に怪しい奴が隠れていたら知らせてくれ。」
ゲーム時代における警戒行動を言葉で指示すると、<幻霊>は返事の変わりに空気を鳴らしてから辺りを飛び回り始めた。
しばし船上をうろついていた<幻霊>だったが、船首近くで動きを止めると大きなラップ音を連続で鳴らして位置を知らせてきた。そこは甲板より一団下がった場所で遠めにも大樽がいくつも並べられている様が見えた。
「思ったよりも役立つなあ。……まだ少し慣れないけど。」
感心しながらその場所へと向かう。<幻霊>が浮かんでいるすぐ下の樽には確かに何かの気配がした。
何か出てきても対処できるようにするべくその樽の蓋を開けて中を覗きこむ。
次の瞬間、ばっちり中のものと目が合った。次いでかん高い悲鳴が樽の中より発せられる。
「うわっ、何だ。」
驚いて飛びのくがそれは中にいた存在も同じのようだ。ボロをまとった小柄の生き物が衝撃で横倒しになった樽より脱兎のごとく逃げ出した。しかしその前方に回りこむ影があった。
警戒を指示されていた半透明の<幻霊>が盛んにラップ音を鳴らしながらその進路を塞ぐ。
前を<幻霊>に抑えられたボロを纏ったそれは別方向へ逃げ出そうとするが、追いついたそのボロの裾を掴んでその目論見を阻止した。
その正体に気が付いたのはボロの持ち主がこちらを振り返って動きを止めたその瞬間であった。ボロ布の下にあったのは涙を浮かべた幼い少女の顔だったのだ。
まだ十を超えるか超えないかというところだろう。あわてて意識を向けて情報を読み取るったがどうやらプレイヤーではないらしい。
「なんで、子供がこんなところに?そもそも誰だこの子。」
困惑しながらも手を離さない私と音を響かせながら周囲を回る<幻霊>に恐怖が最高潮に達したのか少女はその場にへたり込んで泣き出した。
その行動に困る私がそれでも声をかけようとした時、今一番聞きたくない声が周囲に響く。
「船長、急にチャットが切れたんのは何かあったんですか。って一体何やっているんですか、あなた。」
「幽夜、さっきから変な音が響いているけどどうしたの?ってちょっと何女の子を泣かしてんのよ、あなた。」
突然念話を切った事を心配してきたであろう彼らが口々に非難の言葉を私に浴びせかる。同時にておぱるどがその背に負っていた真紅の馬上槍と盾を構え、せーでんきが杖を掲げて嵐を呼び出そうとする。
なるほど端から見れば年端も行かない少女を掴む怪しいロープ姿の青年とその少女を脅かす半透明の<幻霊>による挟み撃ちの構図である。しかしだからといってその不名誉を受けるわけにはいかない。
少女から手を離し、攻撃態勢に入った二人への説得を始める。
「誤解だ、とりあえず私の話を聞け。」
必死の叫びは少女の泣き声と共に空しく空に響いて消えていく。それでも何とか事態を説明し終わった時には少女は泣きつかれて眠り、私は深い精神的疲労を負っていた。
しかしまだ厄介ごとは去っていなかった。突然念話が入り、混乱した口調の暗殺者の少女の声が聞こえる。
「大変です、ふっ、船に子供が入り込んでいて。どうしましょう。」
混乱の一幕は太陽が天上を通過して傾き始めるまで続いた。
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