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捏造設定が多数あります。ご注意ください
ギルド<快走!七福宝船団>はヤマトサーバーでも有数の海洋系ギルドである。
海洋系ギルドとは基本的には船舶の護衛や漁村を襲撃するモンスターの討伐といった海に関係するクエストをこなしたり、海産物などとも呼ばれるアイテムの採取や生産を主として活動するギルドのことを指す。
3番目の拡張パック<銀のオデッセイ>によって海洋系のコンテンツが大量に実装され、それらを攻略するのに有利な<海賊>や<船乗り>といったサブ職業が人気となった。
後に「総海賊時代」と称されることになる一大海賊ブームである。そのブームに乗じ、多くの海洋系ギルドが結成され、幾多のプレイヤー達が海へと乗り出していった。
しかしブームの終焉と共に海に関係するサブ職業の人気は低迷し、多くの海洋系ギルドも泡と消えていった。海洋関係のコンテンツなどはその後も追加はされていたのだが、多くの場合再びこれらのギルドが盛り返すことはなかったのである。
そんな逆境にも負けず、メンバーを減らしつつもしぶとく存続していた希少な海洋系ギルドのうち、ヤマトサーバーで最大のギルドが<快走!七福宝船団>である。もっともその構成人数は現在総勢200人にも満たず、最盛期の半分以下なのだが。
周囲を海に囲まれているヤマトサーバーの地理条件や、各地を巡る事の多いギルドメンバーの習性から小規模な拠点を各プレイヤータウンに分散して置いており、倉庫と商業用設備を多く備えたアキバ支部、かつての本拠であり、現在は生産系設備が充実しているミナミ支部、そして各町の支部を統括し、ギルドの運営やイベント企画、メンバーの交流などを行うナカス本部が<七福宝船団>の主な活動拠点となっている。
複数の拠点を持つがゆえに同クラスのギルドに比べてギルドホールの規模が小さく、締め付けもさほど厳しくは無いため、主な連絡事項やイベントの告知などの多くは外部のホームページなどを利用して行われていた。
ギルド主催のイベントへの参加も強制ではないこともあり、ギルドメンバーの面々が一同に会することなど滅多になかったのだが……。
「厄介な事になったなあ。」
普段は閑散としているギルドホールのエントランスが、人であふれている光景を眺めながら幽夜はそう呟いた。
自分が<七福宝船団>に入って一年と少しになるが、その間に一同にメンバーが会することなど記憶になく、この光景は初めて見る。
さっき話した古株であるサブマスターの海老鯛さんも7,8年ぶりに見る光景らしい。もっとも前回とは違い今回は深刻な状況下での集まりである。
現在の状況と今後の方針を発表するための緊急集会が各拠点で開かれることになり、ここナカスに集まったおよそ70名近くのメンバーがその開始を不安げな表情で待っている。人数の少なかったアキバやミナミではすでに集会は始まっているようだが今のところは深刻なトラブルもなく、なんとか進めているらしい。出来ればここナカスの集会もそのように進んで欲しいと思うが現在のギルドを取り巻く状況を考えれば波乱はあるだろう。
「あー、船長。準備が出来たようです。集会を始めてください。ほら、暗い顔すると皆不安になるから笑顔で頑張ってくださいよ、進行役。」
その暗い顔をさせる元凶の一因であるておぱるどが、そう言って私の背を押しやった。
自分のような無名のプレイヤーよりは、ギルドの内外でそこそこ名前を知られている人のほうが進行役にふさわしい。そう言って私をサブマスター達に推薦し進行役を押し付けたと聞いたときには、正直その首を絞めてやりたくなった。
確かに何度か小規模なイベントで進行役をやった事もあったが、それはあくまでもディスプレイとマイク越しのことである。はっきり言って大勢の前に立ってその注目を一心に集めながら話すのは苦手なのだ。
とはいえ苦手であっても一度引き受けると決めた以上は全力を尽くすしかなかった。最後にもう一度ておぱるどを一睨みすると、覚悟を決めてエントランスに降りていく。
途中に置かれた木箱の上に立ち、手を叩いて一同の注目を集めればもう後戻りは出来ない。無数の視線が自分を向かってくるのを感じながらも、自身を鼓舞する意味合いをもって声を大に発言した。
「えーながらくお待たせしました。これよりギルド《快走!七福宝船団》ナカス本部の緊急集会を始めます。なお諸事情により今回司会進行を務めますのは私、幽夜となります。」
その発言に疑問と懸念の視線がさらに押し寄せてくるが、笑顔を崩さずに向き合う。しかし内心では後悔と弱気の嵐を必死に抑え続けながら、ここに至るまでの過程を思い返していた。
あの後、ておぱるどに連行された先の執務室で知ったのはギルドマスター他運営メンバーの大半が不在という事実とそれによって生じていた大混乱であった。
急遽マスター代理として事態に当たることになったサブマスターの海老鯛さんによれば、マスターは家族旅行のために昨日はログインしていなかったらしく、他の半数の運営メンバーも何らかの事情でログインしていなかったり席をはずしていたらしい。
また残りの半数もその大半が数日後に予定されていたイベントの準備で出向いたミナミ支部で異変に遭ったらしく、合流は出来ないそうだ。
そのため、現在ナカスにはサブマスターを含めて運営メンバーは3,4人しかいない事態になっている。
当然人手が足りないため、とある事情でギルド内の有志が集まって結成された運営支援組織に身を置いている私やておぱるどにも声がかかったわけだ。
かくして私は臨時体制の構築や今後の運営方針の立案と決定、そして他ギルドとの情報交換に忙殺される彼らに代わって司会進行役を引き受けることになった。
責任がひしひしと胃を締め付けてくるが、必死の表情で事態に対処しようと西へ東へ奔走する様を見せられてしまえば、断ることはできなかった。
多少開始を遅らせても準備に時間をかけたためか、集会はなんとか進んだ。
流石に「何が起こっているのかも何が起こったのかもほとんど不明」という状況や「ギルマスを含む運営メンバーの大半が不在もしくは分断」といったギルドの現状が伝えられた時は混乱が起き、一時はエントランスが恐慌数歩前までに陥って集会どころではなくなった。
しかし臨時メンバーを加えた暫定体制や、複数の他ギルドとの連携の確立や情報収集班を編成しての調査などを含んだ今後の活動方針が速やかに発表された事もあってか何とか事態を乗り切る事に成功した。
それにはマスター代理として台上にあがった海老鯛さんによる希望的観測と楽観的予測をそれ分からないように巧みに織り交ぜられた演説や協力者によるある程度の情報の漏洩、混乱を広げないための根回し工作なども関係しているだろうが。
下手をすればギルド崩壊もあった状況を乗り切ったのは、衰退しながらもこのギルドを長年支え続けた幹部達のおかげである。メンバーに十分な冷静さを持たせてひとまず危機を乗り切ったその手腕には感心するしかなかった。
各支部のメンバーの分断と、<都市間転移門>の使用不能などで即時合流が困難な現状が伝えられ、また緊急時に対応するために各支部を半独立状態に置きつつも情報の交換と物資の支援を通じて連携を強める事が外交担当者より告げられると、一通りの連絡事項は終了した。
次いで今後の活動方針に移り、先に述べた情報収集班の新設や外交や企画などの既存の部署の再編成とそれに対する協力、参加要請が出されるなどこちらは特に問題もなく進んでいた。
しかし最後に設けられた質疑応答の際に一波乱が起きる。
切っ掛けはある猫人族の吟遊詩人の発言であった。大型の弦楽器を背に負った黒い毛並みの猫人族は淡々とした声でその疑問を投げ掛けたのである。
「ギルドが保有している港と船はどうなっているのか。教えてほしい。」
少なくないメンバーが顔を上げ、その答えに関心が集まった。
長い歴史をもち、各サーバーごとに特色のある〈エルダーテイル〉には膨大な数のアイテムが存在する。その中には入手に多大な労力がかかる割にはイマイチその有用性が低いといういわゆるロマンアイテムも多数存在した。その中でも最もロマンにあふれるものが『船』である。
海賊ブームも下火になりつつある時期に一部のサーバーで試験的に実装されたそれは一言でいえば「海上を移動できるギルドホール」であった。
実装された当時はまだ〈妖精の環〉があまり多くなく、そのネットワークも広がっていなかった。そのため陸上では馬車が、海上では船がそれなりに注目されていたのである。
しかし入手と維持には膨大な量の資材とお金が掛かる上、ネットワークの普及に従ってその存在価値は下降の一途を辿る。船を持つよりも街にギルドホールを構えて各地に向かうほうが維持費は遥かに安く、入手に必要なクエストがかなり手間がかかることもあって現在ではほとんど忘れ去られた存在であった。
そんな過去の遺物を今でも多数保持している希少なギルドの一つが〈快走!七福宝船団〉であり、その魅力に取り付かれた一部の変人たちは船に乗り込んでは海へと漕ぎだしていく日常を送っていたのだ。
その中には自分達の船を入手する者達もいた。彼らはギルドに管理を維持費の一部を負担してもらうのと引き換えにその船をリースしたり運営に手を貸したりして上層部と強固な関係を結んでいる。
その多くは船主会という寄り合いに参加し、運営部に協力しながらこのギルドを影から支えてきた。私もておぱるどもその一員であり、だからこそ真っ先に協力を要請されたのである。
その質問を受けたマスター代理であり、船主会代表者でもある海老鯛さんはちらりと私のほうを見やった。この集会の準備中に同様の質問をして、実際に偵察にいかされた迂闊な連中(つまり私やておぱるどである)に説明しろと言いたいようだ。
アキバと異なりミナミ支部やナカス本部は街とギルドが借りている港が近いため確認に行くのはそう時間はかからない。
また実際に街の外に調査に出た山風達からの情報によればゲーム時代と同様に街周辺には低レベルのおとなしいモンスターしかいなかったらしい。
レベル差があれば彼らは近寄ってこないため、危険は少ないように思われた。
しかし視野が狭くなったり、特技の選択に手間取ったりと戦闘に関してはかなり難度が上がっているため、迂闊に外に出たり長居するのは避けたほうがいいと同時に忠告もされていた。
そこで山風に協力を仰ぎ、自分やておぱるどを送り届けてもらうことにした。おかげで無事に港に着くことができたのである。
しかしまだ危険が無いとは言えず集会の準備もあったため、長居はせずに早々に街へと引き上げてきた。港の様子や泊められていた一部の船の船名確認だけを済まし、後日改めて調査隊を出すつもりだったのだ。
強い視線に晒されながらももそれらのことを何とか言い終えたときには、すでに内心は一杯一杯であった。しかしそんな自分にも容赦なく彼らは次々と質問を浴びせ、中には調査隊への同行を希望するものまで現れた。このままでは収集が付かないと思い、海老鯛さんに視線で助けを求める。
「では調査班を明日朝に出しましょう。同行希望者は三名まで受け付けますが、危険を考えてレベルは90限定です。また戦士か回復を推奨します。それ以外の方は安全が確認されるまで待っていてください。最後に言っておきますが何が起こるかわかりませんのでその事は十分気をつけるように。」
マスター代理の言葉に一応その場は収まった。心の中で感謝の言葉を送りつつ、これ幸いと締めに入る。
「えー、他に質問はありませんね。ではこれでナカス本部緊急集会を終わります。調査班同行希望の方は解散後この場に残ってください。しばらくたったら呼びますので。それでは解散。」
私の言葉を皮切りにエントランスには人の流れが生まれた。一角に集って話あったり、ギルドが用意した臨時の宿泊所に向かう者達がいる中で、十人ほどがその場から動かずにいる。
そんな彼らを見て近くにまでやってきたておぱるどが言った。
「思ったより多いですね。もっと少ないんじゃないかと思ってました。」
「まあ、危険を冒しても自分の目で一刻も早く確かめたいんだろう。それよりも調査班ていったい誰が行くんだ。」
なにしろ出すこと意外は何も決まっていないのである。ほとんどマスター代理のアドリブに過ぎない。そんな私の疑問にておぱるどはあっさりと答えた。
「そりゃあ、間違いなく私達でしょう。多分編成も丸投げでしょうね。マスター代理たちは再編やら何やらでこれから大忙しでしょうし。」
見れば少しはなれた場所から海老鯛さんを含めギルドの臨時運営メンバー数人が手招きしている。また厄介ごとかと肩を落とすも、その招きに応じない訳にはいかなかった。
書き上げる→セルデシアガゼットが更新される→書き直す。
嬉しさと悲しさが半々です。