表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

20

一ヵ月ぶりの更新。ちょっと暗めの話。

(私は何をやっているのでしょう……。)


 女神官はくしゅの後ろに続きながらマルシェはぼんやりと思った。小柄な彼女よりもさらに頭一つ分は低い先導者にされるがままに歩いているが、握られた手を解こうとする気は起きない。


 今朝方告げられた船団の方針転換はそのままマルシェへの破滅宣告になった。相手が天候に至ってはマルシェにはどうすることもできず、かといって他の手段など存在はしない。結果として破滅がくるのを分かっていながらその時が来るのをただじっと待つだけしかできないのだろう。


 (まあ、相手が<冒険者>様ですから、どのみち振りほどくのも、ここから逃げ出すのも不可能でしょうが……。)


 そんな思いとともに明るい金髪がゆれる小さな頭を見下ろした。子供の体格ほどしかない若いドワーフの女性とはいえ、相手は<冒険者>。例え熟練の騎士であっても<大地人>の敵う相手ではない。それが非力な女商人であるならばなおさらだ。現に今も、大きく揺れた廊下をものともせずに歩き、よろめいて転びそうになったマルシェを支える余裕すら持っている。


「大丈夫ー、気をつけてねー。」


「は、はい。ありがとうございます。はくしゅ様。」


「いいの、いいの。気にしないでねー。」


 助けてもらった礼を言うも軽く流すはくしゅにマルシェは戸惑いを感じる。もう何度目か分からないこの感覚を受けるたびに、自分の描いていた<冒険者>像が崩れ、塗り替えられていく。


 『<冒険者>は閉鎖的で、<大地人>の事情には積極的に関わろうとせず、また関心も持たない。戦闘能力が高くても無機質な人形みたいな存在。】


 これが一般的な<大地人>の認識だ。実際、この航海に出るまではマルシェ自身もそう思っていた。


 そしてだからこそ今回の計画を思いついたのだ。この強大にして遠い隣人たちは例え大地人の依頼であってもその達成するべき内容や報酬にしか興味を示さず、その裏にある事情や展開にはほとんど興味を持たない。

 故に高い報酬で釣り、よくある護衛の依頼で表向きを装ってしまえば、後は依頼主であるマルシェが何を企んでいても気がつかれないだろうと思っていた。


 もちろんここ数週間の<冒険者>の様子がおかしい噂になっていたことは知っていた。しかしそれも向こうの混乱に乗じて計画をやりやすくするための絶好の機会ぐらいとしか思わなかった。事実、その揺らぎのおかげで当初の予想よりも多くの<冒険者>を引っ張り出すことに成功したのだ。


 しかしそこから先は思惑通りとはいかなかった。間近に接した彼らは決して無機質でもなければ周囲に無関心でもないと知ったからだ。マルシェの見たところ、価値観や習慣の違いは少なくないとはいえ<大地人>と決定的に断裂しているほどでもなかった。


 その事実はマルシェにとって幸運であり、また同時に不幸でもあった。今まで同じ<大地人>相手に培ってきた交渉術などが転用でき、彼らをより要望にそって動かしやすくなった反面、マルシェの計画が露呈する危険性も高まったからだ。


 今のところ彼らは自分たちの抱える問題に手一杯のようで、マルシェを含む<大地人>への関心は低かった。しかしだからといっていつまでもいい様に使われているのを許してくれるほど愚かでははない。故にマルシェは慎重に彼らと接することに徹し、なるべく必要がなければ接触は避けるように努めた。


 しかしもともと彼らの無関心、不干渉を前提に立てた計画だ。修正するにも限度があり、ついに一昨日の晩に面と向かって問われてしまう。

 当然、マルシェは白を切りとおそうとした。しかし……。


(やはり、甘く見てはなりませんでした。)


 隠しておいた事情を探り出されてしまった時点でマルシェには依頼を守る以外の選択肢は残されていなかった。当初より得られるお金は少なくなるが、それでも商会の延命には足りるだろう。懸念だった会長一派も消え、例えマルシェがいなくなっても後は大丈夫だと思えた。

 なので後は依頼が終わるまでなんとか生きて耐えればいいと密かに覚悟も決めていたのだ。


 しかし悲惨な予想に反して、彼ら<冒険者>の対応は穏やかなものだった。翌朝悲壮な決意とともに部屋を出たマルシェに対して以前と同じように接してきた。


 多少のぎこちない雰囲気や警戒の混じった声などからマルシェの計画が知られたのは分かったが、それだけだった。依頼の完了まで命までは奪われないまでも、それなりの報復はあるものだと覚悟していた身にはかえってこの対応は不気味に映る。


 以前マルシェが思っていたように無関心というわけでもなく、かといって面と向かって罵倒されたり、悪意をぶつけられたりと直接関わってくるようなこともない。


 彼らの意図は読めず、対応も中途半端。この事実はマルシェを安堵と不安の狭間に放り込み、困惑させた。


(……まるで<冒険者>様が<大地人(わたし)>を恐れているようです。)


 ふとそんなことを思う。しかしすぐに苦笑してその考えを振り払う。強大な力を持ち、不死である<冒険者>が非力でか弱い<大地人>の一体何を恐がるというのだろう。結局はまた彼らに対しての解けない謎が一つ増えただけだった。


「あれ?マルシェちゃん。いきなり笑い出してどうかしたのー。」


「!。いっ、いえ。何でもありません。気にしないでください。」


 マルシェの苦笑を聞きとがめたのか、突然はくしゅが歩みを止めて振り返った。その顔に浮かんでいた気遣いの表情にまた内心の疑問を深めつつ、適当に誤魔化す。


「?。ふーん。そっかー。」


 あたふたとしたマルシェの答えだったが、はくしゅは深く追求することなく一言だけを残してまたその歩みを再開した。その女神官の揺れる頭を見下ろしながらマルシェはさらなる謎に思いを馳せる。


 予想以上に軽いとはいえ、彼ら<冒険者>が警戒や疑念を向けてくるのは分かる。しかしマルシェに利用されていたのを知った上で、一部とはいえ友好的な態度や気遣いを向けてくるのだけは分からない。

 

 特に目の前の女神官や背の高いエルフの<森呪遣い>、気の良さそうな赤鎧の戦士といった<ヒュウガ>周辺の村や町を共に巡った、つまりもっともマルシェの勝手な謀の被害を被ったはずの面々がなぜかマルシェのことを悪く思ってはいないようなのだ。


 おまけに計画を暴いた張本人である幽夜船長もその一員であるらしい。今朝船団の指針を伝えに部屋を訪問してきたときも、気が進まない様子で船団の意思を伝え、気遣いの言葉までかけてきた。


 一昨日の晩にマルシェの首根っこをつかんで脅迫をしてみせたかと思えば、その翌々日にはすっかりと友好の方へと態度をかえている。一体なぜなのか、その理由などマルシェには想像のおよびもつかない。


 そして今、マルシェはその筆頭である小柄な女冒険者に誘われ(どう頑張っても断りきれなそうだった)、”女子会”なる宴に招かれている。


(はくしゅ様のお話では女性限定の身内だけの集まりとの事でしたが、それならわたしを呼ぶ意味がわかりません。一体何の裏があるのでしょう。)


 沸きあがる疑念に動かされ、そっと前を行くはくしゅの様子を伺ってみる。しかしその背中からはとても楽しそう以外の情報が得られなかった。


 同じ<大地人>相手なら真っ先に思い浮かぶのは気安い集まりを装った尋問か懐柔だろうが、彼ら<冒険者>がわざわざそんな配慮をしてくる必要はないはずだ。

 往路の昼食会ではこちらの思惑を探ろうとしていたようだが、すでにその企みは明るみになっており、今更そんなことをする理由もない。


(だめです。やっぱり読めません。ううっ、こうなったらその女子会とやらで相手の思惑を探るしかありませんか。向こうの狙いが全く分からないのは不安ですが、商会の未来のためです。何とかやってみせましょう。)


 マルシェが心の内で何度目かの決意を固めたとき、はくしゅの足が止まり、つないでいた手が離された。気がつけば二人は船尾の中層、その最億の部屋につながる扉を前にしている。その取っ手に手をかけたはくしゅはマルシェの方へ振り向くと笑いながら言った。


「お疲れ様ー。ついたよー。」


「ここは船長室でしょうか。」


「うん、そう。幽夜たちをちょっと追い出して借りたんだー。もう準備は整っているから入って入ってー。」


 言葉を終えないうちに扉を開けたはくしゅはマルシェの手を再び取ると、部屋の中へと誘う。その招きに心を決め、マルシェは覚悟と決意と共に足を踏み入れた。





「ねーねーマルシェちゃん。彼氏はいる?」


「いえ。まだまだ修行中の身ですから忙しくて……。」


「あら、そんなことを言っていると一生独り身よ。もっと出会いには貪欲にいかないと。」


「……命短し恋せよ乙女。とりあえずうちの男たちはどう?」


「そーそー。そうだ幽夜なんてどうかなー。見た目は怖そうだし、謎そうだけど、中身は結構扱いやすい性格をしてるよー。」


「そうね。一緒に旅した仲だと一番付き合いやすいかもしれないわね。なんだかんだで頼みごとをしても引き受けてくれるお人よしだし。」


「すいません。でも私、できればもう少し頼りがいのある人のほうが良いので……。」


「そっかー。じゃあさ、てお君とかどうかな。気がいいし、イケメンだし。なにより<守護戦士>だから頼りがいもあるよ。」


「ロスタイムエースもいいかも。ちょっと無愛想だけど優しいから、何かあったらすぐに飛んできて守ってくれそう。」


「そうね。その二人なら頼りがいがありそうね。」




「なんて会話をしているんでしょうかねえ、今。」


 テーブルに手をつき、ておぱるどがぽつりと呟いた。


「……お前が女子会についてどんなイメージを持っているのかはよく分かった。あと話題のチョイスに悪意が混じっているだろう。」


 その呟きを聞き流すことに失敗し、私はテーブルの向こう側へと口を挟んだ。ついでに手元のマグカップの中身をちらりと確認する。幸か不幸かカップの中身はほとんど残っていなかった。


「せ、船長。冗談ですよ。暇つぶしの勝手な想像です。そんな本気にならなくても……。」


「果たして今の内容を後でアイツラに伝えても、そう受け取ってもらえるかな。楽しみにしておけよ。」


 私の苛立ちにきがついたのだろう。慌ててささいな冗談にしようとするておぱるどへとぼそりと釘を刺す。少し太すぎたのか、ておぱるどは顔を青くして震えた。


 その様子にやりすぎたと内心反省し、代わりに机上の水差しを引き寄せて中身をカップへとそそいで口をつける。


 船長室を追い出された私とておぱるどがやってきたのはこの人気のない食堂だった。昼食は当の昔に終わり、夕食までにはまだ大分時間もある。その中途半端な時間のせいか食堂はガランとしていて、私とておぱるど以外の人はいない。


 嵐の中、特にすることもないため皆、自分たちの船室に篭って思い思いに過しているのだろう。今船長室を乗っ取って騒いでいる女子メンバー5人+1人と彼女たちに追い出された私たちは例外としてだが。


「んっ、どうしたんだ。」


 少し席をはずしていたロスタイムエースが戻ってくるなり尋ねてきた。一度は自分の船室に引き上げたものの、小腹が空いたと食堂にやってきたところで再会したのだ。


「あっ、ロスさん。聞いてくださいよ。船長がひどいんですよ。」


「なんでもない。ておぱるどが勝手に秘密の花園についてアレコレいうのを止めさせただけだ。」


「……そうか。」


 ておぱるどと私の言葉を肩をすくめて受け流した無口な格闘家は、さっさと自分の席に座り、置き去りにしていたマグカップを手に取ると言った。


「すまない、船長。そこの水差しをとってくれ。」


「分かった。ほいっ。」


「あのー、二人とも何もなかったかように流さないでくださいよ。……いえ、いいですけどね。でも船長、少しピリピリし過ぎじゃないですか。」


 気にせずに水差しをやり取りする私とロスタイムエースからの扱いをため息一つついてうけいれたておぱるどだが、しかし不意に言葉を重くして私に問いかけてきた。


「そうか。別にそんなことは……。」


「あるだろう。確かに少し気が立っているように見える。」


 反射的に出た否定の言葉はロスタイムエースによってすぐに打ち消される。思わず詰まった私に畳み掛けるようにロスタイムエースは言った。


「まあ、確かに気になるのは分かると思いますけどね。でも今はどの道待つしかないと思いますよ。下手に行動してもまた面倒なことになるだけでしょうし。」


「……ああ、そうだな。仕方ないか。早めに部屋を返してもらえるのを祈るしか……。」


「そっちじゃないだろう。気にしているのは。」


 鋭いところを抉られ、苦し紛れに言葉を吐く。しかしそれもすぐさまロスタイムエースに砕かれた。さらに逃げ場を絶つかのようにておぱるどが言葉を放つ。


「船長が気にしているのはマルシェさんですよね。」


「……。」


 鋭く投げ込まれたその言葉に私は沈黙するしかなかった。図星だったからでもあるが、それよりもどこまで見透かされているのか知るためでもある。代わりに視線だけで続きを促すと、ておぱるどもその誘いに乗ってくる。


「単刀直入に聞きますけど。船長がマルシェさんを気にしているのは一昨日の晩の一件で船長が彼女を問い詰めるために取った手法についてでしょう。」


 私はその言葉に表情を歪めながらも頷いた。正確に言えばその反応をするだけで精一杯だった。のだ。あの晩、心の奥に沈ませた不快と嫌悪の感情を浮かび上がらせないためには。


「……、別に攻めようと言うわけじゃない。」


 ここまで会話をておぱるどに任せていたロスタイムエースが口を挟んだ。どうやらフォローが必要だと思われるぐらいに酷い顔をしているらしい。続くておぱるどの言葉がそれを証明する。


「そうですよ、船長。別に攻めるわけじゃありません。あの時点では彼女が何を企んでいるのかははっきりとしていませんでしたし、かといってそれを知るための時間も手段もなかった。そんな状況で最悪を想定して打てる手なんて他にあるなんて……。」


「分かっている。……それでもあれは最低の手段だった。」


 ておぱるどの言葉を遮り、私は沈めていたはずの感情を吐き出した。苦々しさと重く心にもたれるその感情は罪悪感だ。


 あの晩、私がマルシェに投げた言葉に証拠などない。証明なんてもってのほかだ。はっきり言ってただの言いがかりと言われても仕方ないレベルだ。

 マルシェにはそれが分かっていたから付け込まれないように下手な反応を見せず、ただ静かに笑って流そうとしていた。


 そして私もそうなるだろうとは予想していた。


 あの言いがかりの内容はさほど重要ではない。いくつか思いついた想定の中で一番ありそうな話をもっともらしく語っただけだ。

 あの薄っぺらな追求の目的はただ一つ。彼女に私たち<冒険者>が軽くない疑念を持っていると知らせる、ただそれだけだった。


 そしてその上でマルシェの本当の素性と彼女の抱える事情を暴露して見せた。家族構成、所属に状況。知っていること、知らないことも全て、彼女が守りたいと思っているであろうものを声高に並べ立ててぶつけた。


「……あれは脅迫だった。それも最低の部類の……。」


 今思い返しても酷い手段だ。一方的な言いがかりを投げつけた上での相手の急所を握っての脅し。吐き出して少しは軽くなったように感じていた罪悪感がまた重みを増す。


 再びその感情を心のそこに沈めた私にロスタイムエースが話しかけてくる。口数が少ない分、はっきりとした言葉を好む彼には珍しく、歯切れが悪い問いかけだった。


「あー。幽夜船長。その、一つだけ聞かせてくれ。……本気だったのか。」


 何がとは口に出せなかったのだろう。それでも私は濁された言葉を理解した。対する私も名言はできず、曖昧に返すことしかできない。


「一方が薄いなら、もう一方は重くしないと脅しにはならない。行動の縛るための恐怖だってなくなってしまう。……つまりはそうゆう事だ。」


 あくまでも最後の手段だった。私の詰問に彼女が何らかの反応があればそれなりの確証になるんじゃないかという期待もあった。しかしそうはならず、結果としてブラフだけでは足りなくなったのだ。


 幸いマルシェはすぐに私の狙いを察してそうそうに白旗を揚げた。その上で依頼を守ることを確約し、それでも収まりきらないならば自分の身で全て受け止めるとも。


(おかげで私は即席の覚悟を試されることは無くなったとはいえ……、やっぱりこれは借りって事になるだろうな。それもかなり大きめの。)


 結局私が彼女に対して抱いているのは、利用されたことへの憤りより、悪質な手段で脅しつけたことへの罪悪感と大きな借りがあるという心苦しさのほうが大きい。


 いっそ相手がただのNPC(にんぎょう)だったほうが良かったと思ってしまうこともある。そうであったならば心に棘のように突き刺さる罪悪感にも悩まされることもなかったのだから。


(いや、これもただの逃げか。結局、向き合うしか解決できない問題だろうし。)


 何度目かのため息ですっかりと重くなってしまった空気の流れを変えようとておぱるどが話題をに変化をつけてきた。


「えーと、そうだ。ところで船長。船長が思いついた最悪の想定ってどんなものだったんですか。」


 ておぱるどの質問は今となってはほとんど意味のないものだ。そのため、私も今までに比べれば幾分かは楽に応えることができた。


「そうだな。真っ先に思いついたのは依頼を達成しても報酬は支払われずにそのままドロンって展開だった。」


「あー、大金のもらい損ねも痛いですけど、それ以上にこの遠征航海に変なケチがついちゃうかもしれないのが怖いですね。今後のアキバ、ミナミ遠征計画にも影響がもしれませんし。」


「いや、<七福宝船団>の動向は<ナカス>の各勢力も注目しているんだ。今回の計画だって今頃は広まっているだろう。もしそうなったら危うい均衡だって崩れるかもしれない。」


 ておぱるどのロスタイムエースの見解はおそらく外れてはいないだろう。閉塞した状況から一歩を踏み出すためのこの遠征航海で、最初から変に躓いてしまえば後に続くはずだった計画にも見直しが入る。そしてその事実が<ナカス>の街に少なくない波紋を広げるのは想像に難くない。


「まあ、とりあえずそういった面倒なことにはならずにすみそうだ。……別方面で出てきたが。」

「<大地人(そっち)>はどう手をつけていいのか分かりませんよね。ほとんど不意打ちみたいに出てきたものですし。しばらく距離を置いてまずは身内の安定を優先するべきかと。」


「そうだな。ともあれ、まずはこの嵐がやんでくれなければ始まらないが。」


「そうですねえ。いつまで続くんでしょうね。この天気は。」


 意識的にだろうか話題は嵐について移った。ようやく苦しい話題から脱してほっと一息ついた私はしかしこれ以上は無理だろうと判断し、この場から一時退避を決める。


「さて、少し早いが船内を見てくるか。じゃあ、行ってくる。」


 残りを飲み干したマグカップを鞄にしまいながら私は席を立って、そのまま出入り口の方へと歩いていく。


「……幽夜船長。蒸し返すようで悪いがこれだけは言わせてくれ。」


 ロスタイムエースが声を後ろからかけてきたのは私の手が戸にかかった時だった。扉に手をかけたまま固まる私にドワーフの青年は静かに言葉を続ける。


「気にするなよ。」


「……。」


 返事はせず、顔だけを向けるように振り返った。彼は手元のカップを眺めたまま言った。


「もう一度言っておくぞ。気にするなよ。」


 言葉一つで悩みが軽くなるはずがないと分かっているのだろう。これは私を見ない。言葉も短い。

それでもその中の気遣いだけは十分に感じ取れた。


「……ありがとう。」


 その言葉を置き去りに私は仄かな明かりが揺れる暗い廊下へと足を踏み出した。その足取りが心なし軽くなったのだと今は信じていたかった。 

あまり進みませんでしたが嵐の夜はまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ