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02

さて、2話目になります。

 結局、あの後にもまた数人の着信があったため、街に足を踏み入れたときにはすでに日は高く上っていた。お互いに混乱を抱えていたことに加えて状況も良く分からないため、少なくない時間がかかってしまったのである。しかも時間と精神的疲労に対し、得られた情報はあまり多くは無かった。


 それでも本部たるギルドホールに行けば誰かしら居るだろうし、ある程度まとまった情報も落ち着いて状況を考える場所も手に入る。そんな期待を胸に抱えて急ぎ町の中央にあるギルド会館を目指す。だがホールへと向かう足が速くなるのはそれだけが原因ではなかった。


 例えばそれは道の脇に座り込み、何事か呟きながら地面にのの字を書き続けている獣人の青年。


 例えばそれは虚空に向かって言葉にならない叫びを上げ続けている短矩の男性。


 例えばそれは壊れたように笑いながらビルからビルへと飛び移る長身の女性。


 目に付く人たちが一様に抱えている困惑と不安、恐怖。街の空気に溶け込むそれらが重石となって自分に降りかかってくる。その重みが増すにつれ、そこから逃げ出すように歩く速度も早くなる。


 じっくりと精神に荷重をかけてくる街の空気は呼吸すらも満足に出来ないように思わせた。 




 徐々に暗く沈みつつある自分を呼び止める声がしたのはある十字路に差し掛かったときであった。ギルド会館や銀行を始め、多くの施設が集中する街の中心部まであと少しというところだ。


 振り返れば手を振りながらこちらに駆け寄ってくる武者鎧が一つある。所々に鬼の意匠が施された黒い鎧と背に負う分厚い大刀が目を引く耳長の青年は金属音を軋ませながらも軽快にこちらへと向かってきた。


 その彼を軽く睨むように意識を集中させる。一歩の距離を詰める間に青年が持つ情報が視界に浮かび上がった。


 (山風、種族はエルフの<武士>。レベルは90と。聞き覚えのある声だと思ったけどやっぱりそうか。)


 ここに来るまでに何とか扱えるようになった情報の読み取り能力は、目の前に走りこんできた若武者が友人だと教えてくれた。相手もこちらの情報を読み取ったらしく、一息ついた後に確認するような口調で尋ねてきた。


「幽夜か?」


「そうだ、山風。見ての通りだ。」


 頷きと共に返した言葉に友人はしばらくこちらを観察するように見てから言った。


「どうやら、なんともないようで何よりだ。さっき連絡した時の様子から獣かなんかに取りつかれたんじゃないかと心配したが。」


「…………。」


 どうやら自分の記憶が飛んでいる間に連絡をくれたらしい。なんと受け答えたのかは分からないが、目の前の友人が心配しているところをみればかなりひどかったのだろう。


「ああ、うん。ちょっと取り込み中だった。もう大丈夫だ、心配ない。」


 彼の心遣いへの感謝と、そのことに触れないで欲しいという願いをこめて答える。さらに話題を転換してそれ以上の追求を防げば完璧だ。


「もう笑うしかない状況なんだが、何が起こったのか分かるか?。」


 発言の裏に隠された意図を理解したのかしてないのか不明だが、山風は苦笑しながら応じた。


「いや何が起きたのかも、あるいは起きているのかもさっぱりだ。とりあえず皆にはここのギルド会館のロビーに集まるようにといっておいたが。」


 苦笑する山風の言葉にふと違和感を覚える。


「あれ、きみのところの本拠はアキバだろう。何でナカスにいるんだ?」


 目の前の彼がマスターを務める<ワイルドハント>は大規模戦闘(レイド)を主軸として活動するギルドである。 

 <エルダーテイル>において複数のパーティーを束ねて、二桁を超えるプレイヤーが協力して挑むレイドは一人でプレイするソロや最大六人で連携して冒険するパーティーよりも上位に位置づけられていた。

 そのハイエンドコンテンツに挑戦するするための人員やアイテムを揃え、またそれを制覇するために錬度と連携を高めるための集まりが大規模戦闘系ギルドである。


 かつて自分も所属していた大規模戦闘系ギルドが故あって解散した後、一部のメンバーがその遺産を引き継ぐ形で立ち上げた経緯があるため、彼のギルドには知己も多く何度か共に大規模戦闘に参加したこともある。


 規模こそ中堅クラス以下だが、中核のメンバーがそれなりに名を馳せていた上、ここ一年ほどで高い功績を残していることもあってアキバでは有望株の一つに数えられていたはずだ。


 そんな彼らが本拠のアキバではなくナカスに、それも少なくない人数がいるのである。この異変に巻き込まれる前にこの近くに用でもあったのだろうか。


「ああ、拡張パックで追加されるレイドに備えてもう少し補給をな。ついでに天神様にも挨拶してさて帰ろうかとしたらこの有様だ。」


 アイテムに耐久度が設定されている<エルダーテイル>において、アイテムの修理にはそのランクに応じた修理素材が必要となり、また大規模戦闘で大量に消費される高レベル消費アイテムの生産にもレアアイテムが必要になる。

 そしてそう言った希少アイテムの多くはレイド産のものが多く、大抵の大規模戦闘系ギルドはアイテムの補充を目的として手ごろなレイドを周回する。

 目の前の友人も拡張パックで追加されるまだ見ぬ高難度レイドのために物資の補充にきたのだろう。


 だが彼が言う天神様こと火雷公はこの近辺のダンジョンのボスである。ヤマトを代表する怨霊を討伐する高難度レイド《新皇の帰還祭》の舞台の一つでもあり、当然その攻略難度は非常に高い。

 大願を持って彼に挑む『願掛け』は以前耳にしたことがあるが、だからといってせっかく補充したアイテムを消費するのはどうなのだろうか。


 物は要ったが結構気前が良かったといって笑う友人に対し、それじゃ本末転倒だろうとため息で返す。

 このようなやり取り自体は前にもよくあったが彼の笑いにはやや影があり、その軽口も少々切れが鈍いと感じた。このような状況で笑えるのは流石といえるが、それでも内心は平静ではないようだ。

 まあ、記憶が飛ぶほど混乱した自分よりははるかにマシなのだが。


「ところで、そろそろ本題に入らないか。何か情報を掴んでいるなら教えてくれ、こっちも出来ることはするから。」


 願っても無い申し出であるが、その結果はあまり芳しくなかった。それでも全く無駄だったというわけではない。少なくとも友人にとって都市間転移門が使えないというのは深刻な問題のはずだ。

 彼らの本拠たるアキバに帰れず、当面はこの街に居ざるを得ないのだから。


「こっちはギルドの拠点の関係でヤマト各地に分断されて混乱中なんだが、そっちは全員この街に居るのか?」


 そう尋ねたが、苦い表情を浮かべて山風は答えた。


「いや、生産主体の連中が本拠に残っている。ほかにあとで合流するはずだった奴もあわせて十人ぐらいは向こうだ。とりあえずギルドホールで帰りを待つようにいったが、ゲートが使えないんじゃすぐ帰るのは無理か……。」


 少し考え込んでいた友人は、ややあって苦笑と共に言った。


「仕方ない。知り合いのギルドに面倒見てくれるように頼んでみよう。さて、俺はこれからギルド会館で仲間と待ち合わせだが、お前は?」


「こっちもホールに行く途中だ。良かったら一緒に行こう。」


 誘いに二つ返事で了承をした友人に笑顔で答え、止めていた歩みを再開する。




 ナカスの街はその名の通り川の中州にある。水をイメージしてデザインされたのか、町中いたるところに水路や噴水が存在し、日中は常に虹がかかっている明るい街であった。

 特に町の中央広場にある噴水はこの街の名物とも言うべき存在で、アキバやミナミほどではないがそれなりの賑わいを見せていた。だが……。


 広場は混沌としていた。


 悲嘆、混乱、焦燥、恐怖といった負の感情がそこかしこで産み出されては集まり、拡散している。

 そうして撒き散らされた重い感情は広場に沈殿して、新たな負の感情を発生させる温床となるため、広場の雰囲気は際限なく沈んでいく。

 その空気に押しつぶされたのか名物の大噴水も勢いが無く、その上にかかる虹も何やら煤けて見えた。


 負の悪循環でその重みを増していく広場の雰囲気を前に、思わず逃げ出したくなる。しかし、隣にいる友人の存在感や、彼に対する見栄といった前に進むための動機その他諸々を必死にかき集めて踏みとどまった。


「大丈夫、別にとって食われるわけじゃないし問題ないさ。」


 自分と同じく雰囲気に当てられて足を止めた友人に笑顔と共にかけたその一言は、同時に自分の背を押す一言であった。


「行こう。」


 決意の一言と共に広場に足を踏み出す。不運にもギルド会館は広場を挟んで反対側だ。直径100メートルも無い広場を横断するのにそう時間はかからないはずだった。

 しかし駆け足になる心とは裏腹に、重く苦しい空気は粘りつく水のように足を絡めとってその速度を鈍らせる。そうしてじわじわと体の中に染みこんで来る感じがする。


 少しでもその空気の侵略を防ごうとしたのか、自分も友人も横断中は口を開かず、周囲に目もくれない。ただ目標を見据えて進むことだけを考え続けた。


 体感として長い重い時間を過ごした後、古く厳しい扉を開いて会館の中に入った私と友人はほっと一息をついた。

 ほぼ同時だったその行動にお互い苦笑を交わしていると、ロビーの片隅の一団が視線をこちらに向け、次いでその集団がこちらに向かって移動を始めた。それに先立って一人の少女が駆けてくる。


 ドワーフ特有の小さい体躯を古めかしい巫女装束で包んだショートヘアの少女は機敏な足取りで人ごみを抜けてこちらに向かう。コマチの名を持つ彼女もまた私の古い知り合いであった。


 駆け寄ってきたコマチは私への挨拶もそこそこに隣の山風に対し歓喜と安堵を示す。友人の方も自身の頼れる副官との再会に笑みを浮かべて、その無事を喜んでいた。


 除け者になった私は早々に立ち去ることに決めて二人に別れを告げると、近づいてくる集団の中の知己にも声をかけてから、自分の所属するギルドホールへと階上へ向かう。


 古めかしい扉が一様に並んでいる光景に、本日何度目かの困惑を感じながらも目的のものを見つけてドアノブを回した。


 空間自体が切り替わるような感覚と共に、ギルドホールのエントランスに踏み込むと、そこにはすでに少なくない人だかりがあった。ちらほらと知り合いと思しきプレイヤーも見える。


 さて、誰に話しかけようかと辺りを見回していると、ちょうどエントランスに出てきた一人のプレイヤーと目が合う。


 血を思わせる真紅の金属鎧と太陽を思わせる赤毛を羽根付きの額当てでまとめた青年は駆け足でこちらにやってくると、大袈裟なほどの喜びもあらわにこちらの手を取って言った。


「船長、船長じゃないですか。やっぱ船長も巻き込まれていましたか。」


「そうゆうお前もか、ておぱるど。とりあえずお互い無事で何よりだ。」


 この<守護戦士>とはこのギルドに所属してから知り合い、数人と良くパーティーを組んでいた。また彼と他の数人で資材とお金を出し合って共有しているアイテムも少なくない。

 フレンドリストは後で調べる予定だったため、彼の名前は確認していなかったのはうかつだった。 


 それはともかく、再会の喜びにしては彼の態度は大袈裟すぎる気がする。この状況下で頼りになる友人(自称)の私に会えたのは確かに喜ぶべきことではあるだろう。しかしだからといってここまで歓迎のはおかしいと思う。

 その疑念を補強するように私の手をがっちりと掴んだておぱるどは満面の笑顔でホールの奥へと私は引きずっていった。


「おい、どこへ連れて行く気だ。とゆうか私をどうするつもりだ。」


 振り払おうとするも、貧弱な魔法攻撃職の<召喚術師>と頑強な戦士職の<守護戦士>では力比べになるわけが無い。抵抗は無駄だと諦めておとなしく連行されるしか道は無かった。


「いやーちょうど良いところにきてくれました船長。人手が足りなくて足りなくて。これで少しは楽になります。いやいっそお役御免かも。」


 先程と同じように笑顔で、しかし疲れた口調で話す彼に嫌な予感を憶えた。




 結果としてその予感は見事的中した。

 

あんまり話が進んでないなあ。

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