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間をおかずに投稿。

 翌日になっても嵐は一向に止まなかった。風の方は多少落ち着いたようで、揺れも心なし小さくなったようだが、雷雨の方は未だ衰える気配を見せない。


「この分だと明日もここに足止めか。」


 船尾に設けられた船長室の窓から外をのぞきつつ私は呟いた。もう昼に近いというのに、空は暗くまだ明かりを手放せない。


「昨晩はけっこう激しい音がしてましたけど、船の耐久度は大丈夫なんですか。」


 部屋に居ても暇だからと押しかけて来たておぱるどが床に敷いたクッションに寝転がりつつ聞いてきた。そこには珍しく心配げな声色が含まれている。


「定期的にデータを監視しているし、見回りも欠かしていない。それに嵐によるダメージは微々たるものだ。念のため補修用の資材も確認ておいたが、充分だった。あと数日波にもまれていても問題はない。」


 今朝から数えて何度目かになるその質問に対し、私はなるべく自信たっぷりに聞こえるように答えた。


 激しく叩きつけてくる雷雨に不安定かつ不規則に揺れる船内。例えデータ上は問題ないと分かってはいても全員どうしても不安は抑えられないのだろう。

 今の私の言葉でもそれらを完全に拭い去ることはできない。


「それより問題は期日のほうだろう。」


 突然、部屋の隅のほうから声が発せられた。そこに吊るしたハンモックの上で昼寝をしていたはずのロスタイムエースが会話に入ってきたのだ。私とておぱるどの視線を向けた彼はしかし意にも介さずに言葉を続ける。


「確か依頼の期限は明後日までだろう。それまでに<ナカス>に戻って<アキヅキ>の街まで品物を輸送しなければならないんじゃなかったのか。あの商人はなんて言っているんだ、船長。」


 その言葉に私は顔を渋くする。




 今日の朝早くに旗艦で行われた船長同士の会議は嵐が収まるまでこの場所に留まってやり過ごすという方針で決着がついた。


 私たちの使っている<冒険者>専用の船は非常に強靭で、テキストにもどんな荒天にも負けずに乗り越えていけるとまで記されている。それにゲーム時代では突発的なイベントとして嵐の中の航海というのも低確率ながら存在していた。その場合、大抵はバット方向のランダム結果を受け入れてそのまま船を走らせていたものだが……。


(今の状況でそれをやったら間違いなく沈んで終わりだろうしなぁ。)

 

 もうゲーム時代とは違うのだ。あの頃はおそらく達人と呼べるほどの熟練の業とそれを十二分に扱える高い能力で乗り切っていたのだろう。それでも船の耐久度や乗員のHPが減少するといった被害を受けることは少なくなかった。

 となれば体に残る感覚と曖昧な知識に頼ってなんとか船を操っている今の私たちでは船を沈めたり、全滅したりするなんてことも起こりうるかもしれない。


 例え死亡したとしても私たちは<ナカス>の神殿で蘇生されるからまだいいが、船に関してはそうはいかない。


 ゲーム時代なら耐久度が全損した船は自動的に本拠に設定された港へと戻り、修復が終わるまでは航行不能となっていた。しかし今ではそういった措置はもう存在しないと小型ボート等を使った実験で証明されている。ついでに言うと<ナカス>から遠いこの地でサルベージなどという離れ業はほぼ不可能である。つまりここで沈んでしまえば、この船も積み込んだアイテム類もすべて海の藻屑と消えてしまうのだ。


 こういった事情もあり遠征船団の船長会議はこの場での待機して嵐をやり過ごすことを選択した。例え期限切れで依頼が達成できなくなるとしても稀少な船やせっかく得たアイテム類を失うよりも良いと判断したためだ。


 幸いといっていいのか笑福や収集班の活躍により、予定よりも遥かに多くの素材アイテムが得られたこともその判断を後押しした。急遽倉庫を増設しなければならないほど予想外に得られたアイテムをある程度売却すれば、例え高額の報酬がもらえずともその補填は十分可能だと試算がなされたためだ。


 特に異論もなく支持されたこの結論はしかし<冒険者(私たち)>にとっての最善であって、<大地人(マルシェ)>にとってはそうではなかった。




「……そうですか。お話は分かりました。仕方ありませんね。」


 会議の後、私はすぐに決定された今後の船団の方針を伝えにマルシェの元へ訪れた。黙って私の言葉を聞き終えた彼女はしかし感情を消した硬い声と口調でただそう言って受け入れた。


 彼女と彼女が守りたかったものの破滅を意味する勧告をされても、彼女は取り乱さなかった。裏で荒れ狂っているであろう感情を押し潰し、私たちに対しても平静に見せようとする。その態度は一昨日の晩に明らかになった私たちとの溝を如実に示しているように感じた。


 だからだろうか。あんなことを言ってしまったのは。


「……今のところはそういう結論に落ち着きましたが、今後天候が変わればすぐにでも船団は出航する予定です。できるだけ期日には間に合わせるつもりなので……。」


 思わず口から出てしまった言葉はしかし途中で消えしまう。今の彼女にとってはただの気休めにすらなれないと分かってしまったからだ。案の定、マルシェも表情を少し緩めて見せただけだった。


「お気遣い、ありがとうございます。……すいません、酔ってしまったのか少し気分が優れないので、お話はこれで。」


 明確な拒絶の意思をこめたその言葉とともに私に向けられたのは薄く貼り付けたような微笑。それを見た私の背に寒気が走る。


 そこにあったのは<大災害>後に見慣れたもの。すなわち<ナカス>の街を今も蝕んでいる絶望と諦観に満ちた顔だった。




 それが数時間前のことだった。そのときのやり取りを思い返した私は小さくとも重いため息をつく。


(全く、<大地人>を私たちと同じように”人間”として扱うことに決めたとはいえ、そのきっかけが疑心や負の感情にあるというのはどうなんだか。)


「どうしました船長。浮かない顔をしてますよ。もしかして船酔いですか。」


 自分のひねくれ具合を嘆く私を見とがめたのかておぱるどが尋ねてくる。なんでもないと私が言うよりも早くロスタイムエースが口を出してきた。


「いや、船には強いってさっき言ってただろう。食べすぎじゃないか。ジョナサン号に積み込めず置いてくはずの分も、この船の構造をいじって無理やり増設した倉庫に詰め込ませたし。船長権限を使ってそこからから勝手に何か持ち出して一人で食べてたとかな。」


「うわー、それはひどいですね。ロスさんを酷使して作らせた秘密倉庫のものに手をつけるなんて。いやでも船長はああ見えて結構体は丈夫ですからね。やっぱり精神的なものじゃ。恋の病とかだったらおもしろいんですが。」


「ほう、それはいいな。さてさて相手はいったい誰だろうか……。」



 勝手な憶測を続ける二人をじろりと睨み付けることで黙らせる。さらにこれ見よがしにため息をついて追い討ちをかけていると、不意に部屋の扉がノックされた。


 部屋の中の人に来訪を知らせるというよりも、自らの存在を全力でアピールするかの連打である。その実行者に見当をつけ、私はその名を呼んでやる。


「うるさい。開いているから入って来い。何か用か、はくしゅ。」


「ん、じゃあおじゃまするねー。……あれ、てお君とロス君も来てたんだー。」


 私の許可に応え、部屋に入ってきたのはやはり騒がしい女神官であった。ゆったりとした派手な色合いのワンピースにサンダルといったラフな格好をした彼女はだらしない姿勢の二人に軽く手を振って挨拶の言葉をかける。


「どうしたんですか、はくしゅさん。何か船長に用ですか。」


「ふむ、相談か。なら俺たちは席を外そうか。」

 

 だらけた姿勢のままておぱるどとロスタイムエースは口を開いた。二人とも彼女に対しては外面を取り繕う努力をすでに放棄している。当然私もふかふかの椅子に体を沈みこませたまま、来訪の理由を尋ねた。


「で、何だ。」


 内心では面倒な用件は止めてほしいと思いつつ、その一方で今までの経験から判断すればそれが儚い願いに過ぎないだろうという予感が頭に浮かんだ。それを知ってか知らずか彼女は簡潔に自らの望みを口にする。


「うん、そうそう。お願いがあるんだー。って訳でさ、幽夜。しばらくこの部屋を貸してー。」


「はぁ?」


 あまりに予想外の言葉に私は椅子からずり落ち、他の二人もギョッとした顔で発言者を見つめる。


「おい、何だって……。」


「いやー、くつろいでいるところ悪いんだけどねー。ちょっとやりたいことがあって部屋を探してたんだー。でも船室だと狭いし、かといって食堂を占拠するのはみんなに迷惑でしょー。でいろいろ考えてたらこの船長室のことを思い出して。広さもそこそこあるし、みんなにも迷惑かけなくてちょうどいいかなーって。でっ、どう。この部屋、貸してくれるー?」


 私の言葉を遮り、用件を一息にまくし立てた彼女は最後に許可を求めてきた。その強引な攻めにおしきられまいと体を起こした私はひとまずその具体的な内容を聞こうとする。


「……貸すのは別にかまわないが、一体何に使うつもりだ。」


「うん。それはねー……。」


「ちょっと、はくしゅ。そっちはどう。許可は取れたの?」


 はくしゅが応えようとした寸前で部屋の外より声がかけられた。やがて入ってきたのはせーでんきだが、その手には大き目のバスケットを二つほど抱えている。その開いた口からは果物や色とりどりの飲み物が入ったビンなどが詰められているのが見えた。


「うん、大丈夫。快く許可してくれたよー。」


「いや、待て。まだ貸すとは言っていない……。」


「あらそう。じゃあ、早速使いたいから悪いけど三人とも出て行ってくれるかしら。……ああ、カシス。クッションはもって来てくれた?」


 明るい声で返されたはくしゅの勝手な返事にすぐに私は待ったをかける。しかしせーでんきは軽くはくしゅに礼を言うと、続く私の言葉は笑顔で無視する。さらにそのまま遅れて入ってきたカシスへと話しかけた。


「持ってきた。これでいい?」


「ええ、ありがとう。」


「おーい。持ってきたけどこれはどこに置けばいいんだー。」


「あっ、それはこっちに置いて、春二番ちゃん。」


「ちょっと、前を空けて下さいな。扉の前で立ち止まられると入れないのですが……。」


「御免、メイヤー。すぐにどくから……。」


 せーでんきに応えながらカシスは腰の魔法鞄より色とりどりのクッションを引き出してみせる。その後からもサイドポニーの<妖術師>と長身の<守護戦士>が部屋の前から声を投げ入れて来た。中に入ってきた彼女達も鞄の口を開けては小物や食器などを取り出して並べ始めた。


 楽し気に騒ぎながらこの船に乗る女性メンバー全員はやりたい事の準備に入ってしまった。もう部屋の前居者を気にもしていない。同じように部屋の隅へと追いやられたておぱるどが諦めを含んだ声で話しかけてくる。


「船長。諦めたほうがいいみたいですよ。止めようとするだけ無駄です。」


 そう言って肩を叩いてくる彼の視線の先ではせーでんきの指揮のもと、アンティークの机やお気に入りの椅子などがはくしゅやカシスらの手によって脇へよけられていた。


 家具などを壁際に押しやると、せーでんきは広くなった中央に立って周りを確認するように部屋の中を見回した。そこで部屋の隅にいた私やておぱるどの姿を認め、言った。


「あら、二人ともまだいたの。これからしばらくここは男子禁制よ。ほらほら、出てって出てって。」


 その言葉と共に私たちは部屋の外へと追い出される。その先の廊下では先に出ていたロスタイムエースがハンモックを片手に苦笑していた。


「……私はこれでも船長なんだが。なのに船長室を追い出されるって。」


「まあ、所詮はサブ職業ですし。この船の船長にしたって結局は管理を押し付けられただけでしょう。」


 出ていった途端にバタンと閉められた扉を前に私は恨めし気につぶやいた。一方、隣のておぱるどはその言葉をバッサリと切り捨ててくれた。

 無慈悲な共同出資者を無視し、私は目の前の扉に手をかけてみる。しかしすでに中からはロックがかけられていた。どうやらはくしゅやせーでんきに預けていた管理権限を行使したようだ。この船で共同生活を送るためには必要だったとはいえ、いざ締め出されると軽く凹んでしまう。


 かくして先程まで快適な部屋の中でくつろいでいた男三人は訳も分からずに追い出され、今は薄暗い廊下に立ちすくんでいた。何度かドアをノックして声をかけてみるも返事はなく、すっかりと途方に暮れてしまう。


 ロスタイムエースはさっさと見切りをつけて自分の船室に引き上げていったようだが、居室を追い出された私はそうはいかない。

 とりあえず食堂に避難するか、それともここで根気よく待って彼女達の企みを知ろうとするのか私は決めかねていた。ておぱるども部屋の中で起こる事に感心があるのかしばらくは私に付き合うようだ。


「一体、何をするつもりなんでしょうかねえ。」


「さあな。結局聞く暇もなく追い出された。いっそ船長権限でもって強引に押し入るか。」


「それをやるなら船長一人でお願いしますね。後が怖いので私は絶対に参加しませんよ。」


 そんな会話をしつつ、どうしようか決めかねていると突然扉のロックが解除された。すぐに開けられた扉から出てきたのははくしゅだが、その後ろから見える室内は僅か数分の間に変貌していた。床に敷かれた清潔なシーツと中央に置かれた丸テーブル付近に集められた食器や飲食物。その周囲には大小のクッションや座椅子が散らされているようだ。


「じゃあ、ゲストを連れてくるねー。」


 その言葉を部屋に放り込んで扉を閉めたところではくしゅは廊下に残っていた私とておぱるどを見つけ、首を傾げた。


「あれー。二人ともまだここにいたの。」


「いたも何も、何をするつもりなのか具体的な内容を聞く前に追い出されたんだが。とっととやりたい事とやらの詳細を洗いざらい話せ。さもなしと強権発動で強行突入するぞ。」


 不思議な顔で問いかけられ、私は怒りよりも先に脱力を感じた。何とか語調だけはそのままに呆れた表情で問い返す。


「あれー、まだ説明していなかったっけー。」


 のんきな顔と声でとぼけるはくしゅに対し、私は鞄の口を開けて手を入れる。口から魔導書を覗かせたところで、はくしゅは素直に話し出した。


「ほ、ほらー。昨日も言ったでしょ。マルシェちゃん誘って女子会やるってー。」


「……まだ諦めてなかったのかそれ。今朝の方針の事もある。また昨日みたいに断られるだけだろう。」


 はくしゅの答えに鞄から手を放しつつ、私は無表情に言い返した。今朝の件で決定的といっていいほどに関係を断裂させてしまったのだ。今更親睦を深めたいという誘いにのってくるとは思えない。

 しかしそんな私の考えをあっさり否定するようにはくしゅは言い放った。


「うーん。昨日はバタバタしてたから時間が取れなかったけど。今は嵐で足止め中のせいで時間は暇をもてあますほどあるからねー。朝から何度も誘ってみたらさっきオッケーしてくれたよ。」


「……いや、それはあまりにしつこい誘いに根負けしただけでは。」


 堂々と宣言されたストーカー行為にておぱるどがボソッと口を突っ込むもはくしゅは笑ってごまかした。明後日の方を向いて言葉をやり過ごした後で、はくしゅはふとその笑顔の明るさを落とすと話し出す。


「いや、ほらさ。幽夜が一昨日言ってたじゃない。『人を謀ろうとするのは人だけ』だって。でもそういう負の関係が出来ちゃうならさ、逆に友情とか信頼とか、そこまではいけなくても正の関係の端っこぐらいは結べるんじゃないかと思ってね……。」


「……。」


 いつものノー天気なそれとは違う声に私もておぱるども黙ったまま身を固くする。内心に浮かび上がってきた思いを知ってか知らずかはくしゅは再び笑顔の明度を最大にすると、前の言葉によって引き出された重い雰囲気を吹き飛ばすかのように言った。


「どうせならみんな仲良くいきたいでしょー。幽夜も。マルシェちゃんんもー。」

嵐のせいで足止め。船内なので逃げ場もなし。結果、先送りしていた問題に向き合うことに。とりあえずまだまだ災難は続きます。

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