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久方ぶりに投稿。手直しが多すぎで困る。

「何のことでしょうか。おっしゃる意味が分からないのですが。」


 少しの沈黙の時間を経て、首をかしげながらマルシェはそう私に問い返した。その顔に浮かんでいるのは見慣れてきた淡い笑み。それを無視するように私は言葉を継ぐ。


「今回、あなたが扱っていた商品のことですよ。事前に伺っていたものの中から最大の商品が抜けていませんでしたか。私たち<冒険者>という商品が。」


 その問いかけに彼女は私の意図がつかめないというように首を傾げる。全く心当たりがない、というかのようなその仕草の裏に隠されたものを引きずり出すため、私は話を続ける。


「覚えていますか、マルシェさん。今回の依頼であなたは商品を守るための護衛以外にもわざわざ輸送のための船を求めました。それも破格の報酬と引き換えに。それはなぜです。」


「それは船の手配が間に合わなくて……。」


 私の問いかけにマルシェは答えた。そのさも疑問し、困惑しているような声で紡がれた言葉をすぐに私は強い口調で否定してやる。


「違う。もしかしたらそれも嘘ではないかもしれない。ですが本当の狙いはより多くの<冒険者(私たち)>を<ナカス>から引っ張り出すことだった。そうでしょう。」


「いいえ、幽夜様。考えすぎですよ。私にそのような意図はありません。」


 苦笑と共に出された反論の言葉にはしかしわずかに困惑があった。身に覚えのないことを言われたというよりは思いがけない展開への警戒心を感じさせるものだ。それを唯一の揺らぎと信じ、私はそのまま話を続けた。


「ここ最近、私たち<冒険者>はずっと街から出ず、引きこもっていた。当然<大地人>から出されていた依頼にもほとんど手を付けておらず、遠方ほどその需要は高まっていたはず。あなたはそこに目を付けた。」


 そこまで話したところで一度言葉を切って反応を窺ってみる。すでに笑みすらもひっこめた彼女はただじっと私を見ていた。その意図を感じさせない視線の裏にあるものを見定めようと私は話を再開する。


「緊急性の高い討伐や交易路の安全確保の依頼が多く出されている場所を選んで、その依頼を一手に引き受ける。そして護衛と称して依頼にあった場所を巡って私たちにその問題を解決させる。あるいはここ〈ヒュウガ〉の領主にしたように一時的な戦力として貸し出して見返りを得る。多分そんなところでしょう。」


 もしかしたら笑福と同じように自分にとってより有益となるように依頼の内容や報酬を変更させたのかもしれない。思いつくのは報酬で得られる経験値やアイテムを特産品などの商品として利用しやすいものに変えるといった方法だろうか。同じ<大地人>の商人ならばそのための交渉も容易いだろう。


 だがある程度危険度を調整できるとはいえ、これはかなり危険な選択だ。何せ自分の命を使って私たちを危険地帯へと引っ張り込まなくてはならないのだから。


 ゲーム時代であっても受けたクエストのすべてが達成されたわけではない。時には放棄されたり失敗することも少なくはなかった。もし途中でそのような事になれば、非力な大地人である彼女に抗う術はないだろう。

 そうなれば行きつくところは一つ。そして死亡しても神殿で復活可能な私たち〈冒険者〉と違い、彼女達に「次」はないのだ。


 だがマルシェは私の指摘を受けてもただ静かに笑うだけだった。それも今まで見せていた対外用の笑みではない。どこか虚ろで寒気を感じさせるものだ。

 私たちを利用していたのではないかと言われてもただ笑っている。その平然とした態度と寒々しい笑みに私の心は押され、怯えの声を上げようとした。


 もう私の目の前にいるのはただのNPCでも今までの日常にいた人でもない。死地に突撃してでも前へと進もうとする存在。今まで私が遭遇したことのないものだ。その未知の存在と今、対峙しているという事実が私の心に恐怖の波を起こし、嵐を呼ぼうとしている。


(落ち着け)


 荒れそうな心の中でその言葉を強く唱え、揺らぐ視線をしっかりと留めて前を見る。恐怖から目を背けることも背を向けて逃げることも簡単だ。だが大抵の場合、恐怖とは、恐れとはそんなことでは消えてくれない。


(そうだ、落ち着いて前を見ろ。そしてその正体をしっかりと見据えて真正面から向き合え。そうやってここまで乗り切ってきた。)


 それはあの<大災害>から、いや現実の頃から何度も実践してきた方法だ。一時的に目を背けても、避難してもいい。だけどそのあとは必ず向き合って原因を突き止める。それが私の知る恐怖を克服するための唯一の方法だった。そしてそれはこの状況でも、そしてこれから幾度も必要になるもののはずのものだ。


 そのまま静かに無言の時間が流れていった。はたから見れば仲良く睦みあう男女に見えるかもしれない。だがその視線のやり取りは真剣で、互いの隠している心の内を探ろうとするその攻防は張りつめた空気となってこの場を満たしている。


 今不利なのは彼女を崩しきれない私の方だった。今までの話は所詮私の仮説にすぎず、それを証明するものを私は持っていないからだ。


 もしかしたら先程ちらりと見た羊皮紙の依頼状らしきものを詳しく調べることが出来ればその証明も可能かもしれない。しかし出港まであまり時間がないこの状況でよく知らない<大地人(彼ら)>を相手にそのような物証が容易に得られるとは思えなかった。


 とはいえ正攻法が期待できないなら搦め手で攻めればいい。故にこの状況を好転させるため、私は最後の切り札を切る事にした。


「先程〈ナカス〉にいた友人から知らせをもらいました。あなたの所属するという商会について。」


「……その友人さんはなんと。」

 

 再び口を開いた私の言葉に彼女は明確な反応を示した。静かな口調も、顔に浮かべた笑みにも変わりはなかったが、わずかとはいえその身は揺らぎ、手に力が入ったのを見る。

 注意していなければ見逃していたであろうその変化は確実に彼女の平静が揺らいだ証左だった。


(ああ、やっぱりこれが急所か。なら悪いがそこをつつかせてもらう。)


 その決意をもって私は友人からの最重要情報を口にする。


「<ナミノハナ>商会というものは<アキヅキ>の街には存在しない。それが彼の答えでした。」


「それはそのお友達の勘違いでは。私は確かに<ナミノハナ>商会の……。」


「わざわざ<アキヅキ>の街まで出向いて見かけた商人に片っ端から聞いて回ったそうです。そして全員が全員<アキヅキ>はおろかこの<ヤマト>にもそんな名前の商会はなかったと答えたそうです。いくら何でも勘違いなんてことはない。」


 私の言葉にマルシェは反論しようとする。だがせっかく掴んだこの主導権を逃すわけにはいかない。下手に言い逃れをされる前に一撃でもって叩き潰す。


「そろそろ誤魔化しはやめて本音を話してくれませんか。ねえ、<シオサイ>商会の若手幹部が一人、マルシェさん。」


 私のその言葉は彼女が顔に張り付けていた笑みをさらい、その後には諦観が濃い、疲れた感情のみが残っていた。




「……乙女の秘密を暴くのはどうかと思うのですが。」


「謎と未知の探索は<冒険者>の本分だ。それに気になる女性について知りたいと思うことは別におかしいことじゃない。」


 外向けの表情を崩したマルシェが私の行為を咎め、対し私もこれまでの丁寧な対応を捨てて答える。ここからは互いにある程度とは言え本音をさらして話そうという事を共通認識に会話を再開した。


「……私の事情、どこまでわかっていますか。」


 ため息一つと共にマルシェはそう問いかけてきた。もはやこちらへの警戒を隠そうともしていない。彼女が前提としていた条件(・・)は崩れ、今私と彼女はようやく同じ土俵に立った。故に私も同じように答えを返す。


「取りあえず<シオサイ>商会の先代の会長があなたの母親でだということ。あなたが属する先代派があなっの叔父が率いる現会長派と対立しているということ。そしてその現会長と取り巻きの無計画な運用のせいで商会が破産寸前ってところか。」


 そこで一度言葉を切り、それからその知人がもたらした重要情報について言及する。


「さらに付け加えて言えば、昨日現会長派が夜逃げをして今はあなたの兄がその代理になっていることと、いよいよ商会の命運が尽きそうと街の噂になっていることだな。」


 彼女の属する内情に加え、おそらくはまだ彼女も知らないであろう情報を明かされたマルシェは星空を一度仰ぐと、肩を落として私に向き直り口を開いた。


「やれやれ、私の取り巻く状況はおろか最新の情報まで掴んでくるとは。どうやら<冒険者>の皆さまが距離を選ばずに遠方の仲間と会話できるという話は本当だったのですね。わざわざ出発を前倒しにした意味がありませんでしたか。」


 そう彼女は後悔するようにいった。やはり八艘が睨んでいたようにマルシェが出発を急かしたのは自分の事情を探られないためだったらしい。


 元々は八艘から頼まれた調査だったが、それが役に立つとは思ってもいなかった。依頼をただ遂行するのにその背景はあまり関係がなく、よっぽどの変人でもなければいくら変則的とはいえ今回のようなよくある護衛クエストの裏をわざわざ調べようとはしない。


 そもそも頼まれたときには時間的な制約から無理だと思っていた。それでも準備に追われる中、捻り出した僅かな時間で情報収集を任せられる知人の選定と説得を成し遂げて調査の段取りをつけた過去の自分を誉めてやりたい。


 代価として少なくない素材アイテムを要求されたが、それ以上の価値はあった。懸案だった報酬分も仲間の予想以上の頑張りのおかげでどうにかなりそうで、どうやら八艘の取り分を丸ごとむしり取らなくてもすみそうだ。


「正直、もう少し時間が欲しかったというのはあるな。」


「いえいえ、吹っ掛けるだけ吹っ掛けてみましたが、まさか本当にあんなに早く出発出来るとは思いませんでした。流石は<冒険者>様です。」


 そんな出発前の騒動を思い出しながらぼやく私にマルシェは苦笑を浮かべて言った。それは私たちの奮闘を称賛する内容だったが、残念ながら今はもうその言葉を素直に受け取ることはできない。


 そのことを察したのであろう。さて、と前置きした彼女はそのままの笑みで問いかけてきた。


「幽夜様、私の抱える事情も目的もあなたがおっしゃる通りです。ええ、その通り。私は皆様<冒険者>を謀って取引の材料としていいように動かした悪い女です。その悪徳商人をあなたはどうなさいますか。」


 今度は私が沈黙する番であった。少なくない金と資材をつぎ込んでこの<ヒュウガ>の地まで来てしまった以上、今更依頼の放棄をするという手段はできれば避けたい。すでに彼女の目的は大半が達成され、後は<ナカス>への帰還と<アキヅキ>までの輸送を残すのみである。後者は<ナカス>に残った仲間たちが引き受けてくれるため、私たち遠征船団は帰りの事だけ考えればいいのだが……。


「どのみち、私たちは<ナカス>へ帰らなければならないし、ここまで来て報酬を捨てるのも無理か。」


「ええ、ご安心ください。私と商品を<アキヅキ>まで送りとどけて下されば、約束した報酬は必ずお支払いします。商品をさばいてからなので、少しの猶予はいただきますが。」


「やっぱり空手形だったか。通りであれだけ報酬も高額だったわけだ。」


 予想はしていたが、やはり報酬は今船に積んでいる商品の取引で得た利益から出されるらしい。いくら多量とはいえそのアイテムは〈冒険者〉にとっては低いレベルの使いどころに困るものが大半で、例え〈第八商店街〉に頼んだところで大した金額にはならないだろう。つまり予定の報酬額を得たいならば目の前の商人に頼るしかないのだ。


 しかしそれを正直に言うのも業腹である。なので少々意地悪に聞いてみた。


「一つ聞くが、やっぱりあなたを許せないということになったらどうする。それに報酬を受け取った後で危害を加えるかもしれないが。そのことについての覚悟はあるのか。」


 言葉と同時にロープをひらめかせ、腰のホルダーから取り出した魔導書を開く。加えてさらに<戦技召喚:彷徨える炎(ウィル・オ・ウィスプ)>を発動させた。ゆらゆら揺れる青白い炎の塊が四つ私の周りを取り巻いて月明りよりもはっきりと二人の顔を照らし出す。


 この召喚特技は術者に対する命中率の低下と召喚中の<不死>系従者の能力を向上させる支援型の特技であり、攻撃力は全くない。それでも不気味な衣装と暗く人気のない浜辺という状況、そして精神に作用する青い炎の重ね合わせは相手の恐怖を呼び起こすのには十分過ぎるだろう。


 最もそう見せたとはいえ別にそんな度胸も覚悟もなく、実際はただの脅しでしかない。だが対するマルシェは笑みを消さずに何でもないように答えた。


「ええ、構いません。どのみち素性を知られてしまった以上、逃げ隠れもする気はありません。私の望みは今回の交易の達成と商会の建て直しだけです。それが果たされた後ならば煮るなり焼くなり好きにしてください。」


「……へっ?」


 あっさりと受け入れられてしまい、逆に私が固まってしまった。心なし周囲の青い炎も困惑のあまり小さくなってしまったように感じる。聞き間違いかと思い彼女の顔を見るが、そこには恐れも強がりも浮かんではいなかった。


「え、えーと。随分あっさり言ってくれたが、本気か。」


 恐怖を煽るはずの演技を止め、内心の動揺を隠せないまま問いかける。だがマルシェは諦観交じりの声で答えた。


「ええ。身元を突き止められてしまった以上、もはや皆さまの怒りから逃れられるとは思いませし、逃れたいとも思いません。ただその怒りはどうか私ひとりに留め、商会の仲間には向けないでいただけませんか。それだけはお願いします。」


 そう言って深々と頭を下げた彼女はまるで閻魔の裁きを待つ罪人かまな板の上の鯉のように大人しかった。一時、その態度も言葉もこの場を乗り切るための方便かと思ったが、どうやら本気で言っているようだ。


「……なぜ。」


「はい?」


 思わずもれでた内心の欠片に彼女は顔を上げて問い返した。思考が混乱していることもあったのだろう。素直な疑問が阻まれることもなく口を通して夜に放たれる。


「なぜ、そこまで出来る。なぜそんなにあっさりと命を投げ出せる。」


 問いの意味がすぐには分からなかったのだろうか。マルシェは少しの間不思議そうな表情を見せた。だがすぐにそれは暗く寂しげな笑みへと取って変わられる。


「それは私が<大地人>だからです。」


 彼女は静かに答えを返した。その口調は淡々としていて、ただ事実を事実として語るかのように言葉を紡いでいく。


「私たち<大地人>は皆さま<冒険者>のように強くもなければ、不死でもありません。皆様からすれば気にも留めることない弱き者たち。そんな私たちが何か為そうとするならば、命を懸ける以外に何の方法があるというのですか。そして何より……。」


 そこで一度言葉を切った彼女は私を真っ向から見据えて言い放つ。


「私は商人です。身命を賭し、お金と商品を武器と代えてこの危険な世界を渡っていく、その事を心に刻んだものです。故にこの一世一代の大勝負に対し、惜しむ命などありません。」


 堂々と胸を張って己の天職を誇るマルシェの姿を見返せず、私はその強い視線から逃れるように目を反らした。




「それではそろそろ私は商館に戻って残りの仕事を片付けに行きます。幽夜さまはお船にお戻りですか。」


「ああ。いや、まだ少しここに残って夜の海でも眺めてから帰るよ。」


「そうですか。それではまた明日。お休みなさい。」


「……ああお休み。マルシェさん。」


 そのやり取りを最後にマルシェは街へと戻っていった。念のため護衛に付けた<幻霊>と共にその小さい背中が堤防の向こうに消えていくのを見届ける。そこでようやく全身を縛っていた緊張の糸が途切れた。ホッと息がもれ、肩から力が抜ける。


 そのまま砂浜に座り込み、ただじっと私は海を見ていた。穏やかに寄せては返す波に合わせて心の内の荒波を鎮め、その原因を口より引っ張り出す。


「ああヤバい。どうする。面倒ごとを片付けるはずが更に厄介なものが出てきやがった。」


 率直というよりは心中ダダもれというのが正しい言葉が夜の海に響く。やがて叫びは波間に消えていったが、その大元は重みを増して隙あらば心の中へと戻って嵐を起こそうと画策している。


「<大災害>や元の世界への帰還。<ナカス>の街の勢力図変化や航海他の問題で手一杯だったとはいえ、いきなり予想外の方向からぶん殴られた気分だ。ようやく一歩前進かとおもったらとんだ落とし穴が掘ってあったとか、いきなり難度が上がり過ぎだろう。」


 藪をつついたら蛇が出た。というよりは次々積まれていく面倒事の山を見据えてようやく登り始めようとしたら、いきなり足をすくわれたというほうが正しいか。


「いや、それは確かにおかしいとは感じていた。嫌われていたとはいえ、船で雇っていた<大地人>の子の様子をそれなりの期間見ていれば、NPCや友好度なんてもので考えるのは無理があるなんてことは。はくしゅに指摘されるまでもなく、おかしいとは思っていた。」


 恐らく私だけではなく、皆薄々とは気が付いていたのだ。この世界が自分たちの良く知る<エルダーテイル>そのものではないことは。たとえ似ていても非なるものであると分かっていたのだ。

 そしてそれを認めなかったのは他に対処するべき問題が山積みだったから、というよりも唯一感じていた拠り所を失うことを恐れたからだろう。


 人は得体のしれないもの、未知のものを何よりも恐れる。だが逆に言えば例え何か一つでも知っているものがあればその恐怖に向かいやすくなる。そう私が<不死>をあくまでもゲームに設定された種族の一つだと思い込もうとしたように。多少強引でもそんな方法でしか混乱を乗り切る術はなかったのだ。


「でもそれもそろそろ限界か。これ以上それにすがるのは逆に危ないだろうしなぁ。」


 苦々しい思いで私はそれを口に出して認めた。いつまでもその認識に捕らわれていればたやすく足元をすくわれると先程マルシェによって思い知らされたばかりだ。そして今回の件は彼女だけが特別だったから起きたと考える事は出来ないだろう。


「意思をもって人を謀るのは人だけか……。ああ、そうだろうな。それ以外の存在を生憎と私は知らない。己の都合で積極的に他者を騙そうとする。そんなことを出来る奴がNPC(人形)のはずがない。」


 私が発した言葉は<大地人>への認識の更新以上に、それと向き合うという決意が必要となる意味をも持っていた。


「……逃げないなら立ち向かうしかない、か。」


 この世界でより強固となった信条をもう一度口に出して確かめる。その言葉通り、今こそ見ないようにしていたものに目を向けるときなのであろう。しかし……。


「とはいえどうやって対処すればいいかは全く分からない訳で……どうしよう。」


 立ち向かう決意が出来たところでそれを乗り越えられるかはまた別問題である。


「……そもそも私は頭で考えるよりも先に動いて場当たり的に対処するタイプだしなぁ。」


 夜の海に向かってそう言葉をもらす。


 なにせ昔から深く考えるよりも先に体が動く性分でそれはゲームであっても変わらなかった。流石に何時までもそれでは不味いと感じてからはなるべく考えてから動くよう心掛けてきてはいたが。

 しかし残念ながらそれは主に軽率に動き出すことを止めるブレーキよりも走り出した背を押す理屈を捻り出すアクセル方向に発揮されることが多かった。


 それでもレイダー時代ではその割りきりの早さと勘の良さに支えられた緊急時の対処能力を買われていたのだからそう悪いことではないのかもしれない。


 しかし他に認められた状況対処力をもってしても、今回の件は手に余る。かといって自分で引っ張り出した手前、今更見ないふりなどはできない。となれば……。


「ああ、そうだ。昔の人は言った。『一人で出来ないことは他人を頼れ』、『三人寄れば文殊の知恵』と。……というわけだから隠れている奴ら、直ぐに出てこい!」


 他人に押し付けもとい協力を得ると決めると、私は月明かりに照らされた夜の海から破損の目立つ堤防や浜に点在する岩などへと視線を転じて話しかけた。

 確信を込めた呼びかけだったが、しかしその響きが消えても返事はなくただ波の音が聞こえてくるだけである。


 それでも構わずに言葉を続けた。


「言っておくが、いるのは分かっているぞ。頼れる従者が親切にも教えてくれたからな。」


 その言葉と共にラップ音が響き、隣に護衛から戻った<幻霊>が現れた。とぼけた風貌の従者はその短い手で崩れた堤防の隙間や浜辺に点在するガレキや岩の内の数ヵ所の影を指し示してくれる。なるほど私の指示を越えたその行動は意思あるものの証左となるかもしれない。


 そんなことを考えながらも私は教えてもらった場所を確認する。不死というあやふやな存在との付き合いの経験と冒険者として強化された感覚が、そこかしこから湧き出た動揺の気配をばっちりと捉えた。

 しかし指摘されても潜んでいるはずの連中が出てくる様子はない。果たして高をくくっているのか、それともこっそりと逃げようとしているのか。


 故に私は実力行使に移ることにした。


「出てこないなら隠れているところに魔法を撃ち込む。10秒以内だ。いーち。にー。」


 最後通告と共に鞄より二冊の魔導書、<死神の名鑑>、<怨念の緋文>を取り出し吸血鬼の姫による強力な一撃を放つ準備をする。当然わざとゆっくりと数えて相手の焦りを掻き立てることも忘れない。

 それに根負けしたのか、カウントが4を超えたところで堤防の壁に影が二つ立ち上がり、両手を上げて砂浜を歩き出した。


「分かった、分かったよ。隠れて聞いてたのは謝るから、その物騒なカウントを止めろ。」


 ざくざくと大きな足音を立ててやってきたのは旧友の山風である。その後ろにはばつの悪そうな顔をしたコマチも続いていた。


「……山風とコマチか。ろーく。なーな。」


「おい、カウントを止めろ。出てきただろ。」


 二人が出てきても私はカウントを続行し、並行して特大の一撃のための詠唱を始める。それに慌てた山風が静止の声をかけてくるが、あいにく私にその気はない。


「まだ、隠れているのはバレているんだ。はーち、きゅーう、じゅ……」


「ああもう。分かりましたよ。出てくればいいんでしょ、出てくれば。」


「ちょっとお茶目な冗談じゃないかー。そんなに怒らなくても。」


 発光する両手の魔術書に私の本気を見たのか残りの隠れて覗き見していた連中も観念して出てきた。堤防を乗り越え、岩陰から立ち上がって浜へと集まってくる面々の顔ぶれを見てため息をつく。


「ておぱるどにはくしゅ、せーでんき当たりは居るんじゃないかと思っていたが、まさかカシスにロスタイムエース、それにドリュー、弾雨もか。他にも何人か。お前らあれか。そんなに私の事が気になるか。」


 パーティーメンバー全員と見知った<ワイルドハント>の友人たち、それに慰労会の参加者を含めて二十に近い人数が今、浜辺に影を作っている。その光景に呆れた声を出す私に答えたのは早々に開き直ることにしたらしいはくしゅだった。


「えー。だって慰労会抜け出して真面目な顔でどこに行くのかと後をつけてみたらさ、マルシェちゃんと一緒に連れだって夜の海辺に向かうんだもん。それは気になるでしょー。」


「……でみんなに念話して一緒に覗き見していたと。」


「あ、あははははー、……ごめんなさい。」


 とぼけた声と笑顔で押し切ろうとするはくしゅをじろりとにらむ。しばらく愛想笑いで抵抗を試みた彼女は、しかしすぐにあっさりと音を上げて素直に謝ってきた。今回ばかりは軽率だったと思ったのかもしれない。


 とりあえず気まずそうな一同に目線を送り、それからため息を一つ置く。そうして皆をこの場に留めておいた後、私は再び口を開いた。


「……まあいいか。これだけ尾行されていることに気が付かなかった私も私だ。今回は許そう。」


 その私の言葉に覗き見をしていた面々はあからさまにホッとした表情を見せた。最も私と付き合いの深い連中はこれからの展開を察したのか固い顔をしたままだが。


「あー。じゃあ幽夜の許しも得たことだし夜も遅いから、今夜はもうお開きにしようじゃないか。なあみんな……。」


「いや、ちょうど皆集まってくれたし、盗み聞きをしていたなら説明する手間も省ける。という訳で解散はなしだ。せっかくだから全員で<大地人>という新たな面倒事についてどうするかみんなで話し合おう。」


 強引にこの場をこの場を終わらせようとした山風の言葉を封じ、私は月夜のディスカッションを提案する。


「せ、船長。またですか。自分の手に余ったら周囲を巻き込んでほいほい面倒の爆弾を投げ渡すのはやめましょうよ。」


「独りで抱え込んで爆発させるよりマシだろ。いつも面倒な厄介事を引き受けているんだから手伝え。」


「あっ、そういえば私後片付けしているアンナちゃんとスミトモさんを手伝う約束があったんだっけー。悪いけど先帰るねー。」


「何、しれっと逃げ出そうとしているんだはくしゅ。たまにはトラブルを解決する方に回ってみろ。」


 にわかに騒がしくなった浜辺で、私たちは新たな局面に立ち向かうための一歩を模索し始めた。




マルシェ「嘘は言っていません。詳しく話さなかっただけです。」


以前の心情で言っていたのは「<大地人>相手には真摯でも信頼できない<冒険者>にはその限りではない」ということです。


ご都合主義成分が多すぎたかも。後で見直します。


とりあえず次回から波乱万丈の帰還編へ。

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