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何とか予告通りに投稿しました。前より字数は少ないですが。というわけで久方ぶりの戦闘シーン。
いいように暴れる主人公たちの活躍(?)をお楽しみください。
海竜の群れが<ヒュウガ>沖合に現れたのは翌日の午後遅く、大分日も傾いた頃であった。青黒い体表を青い空に時折さらし、長い身をくねらせて波を立てながら近づいてくる集団にはおよそ30匹ちかい小型種と、十数体の中型種のほか、数体の新種らしき大型も混じっている。
魚のヒレのような四肢と蛇のような長い体、そして鮫のごとき鋭い牙を備えたこのモンスターは、ゲーム時代では<ヒュウガ>の街の北方のフォーランドとナインテイルの間の海域を主に出現していたが、ここ付近の海ではあまり見られなかったはずだ。
「ふーむ、拡張パックによる出現範囲の増大のせいか、それとも何か他の要因があるのか。お前はどう思うよ、幽夜。」
その海竜の群れを迎え撃つために港から出港した大型ボートの舳先に立ち、山風はそう呟いた。その小舟の後ろに続くのは十を超えるボートの集団だが、それに乗り込んでいるのは2,3人であり定員を大幅に割っている。
「……港とそこに停泊する船に被害を出さないために海上での迎撃をするのはいい。そしてそのための足場として耐久力の高い大型ボートやイカダを足場にするという案も悪くはない。悪くはないんだが……なんで私が漕がされているんだ。」
山風の呟きを無視し、必死にオールを操りながらも文句を言う。だがこの非力な<召喚術師>に対し、山風は殴りたくなるような笑顔で言い放った。
「うん、昨日言っただろ。貸しだぞって。なにせ秘蔵の装備まで引っ張り出して覚悟を胸に向かってみたら何もなかったんだからな。俺は貸し借りはすぐに精算する性質だし、ちょうどボートを動かす人員も足りていなかったからちょうどいいと思った訳だ。それにお前の従者も頑張っているんだ、なら術者のお前が怠けていてどうする。」
言葉と共に指で示した先には、海竜の群れの間を飛びまわる白い半透明の風船のようなものが見えた。その従者<幻霊>を時折、波間の間より長い首を起こした海竜が牙による噛み付きや水弾を放って追い払おうとしているが、それにも負けずにその周囲をぐるぐると回りながら群れの注目を一身に引き付けている。
「よーし、フィールドはこんなもんでいいだろ。おい、幽夜。あの白風船に指示出してこっちに連れてこい。」
健気な従者が群れの進行を遅くする間に戦場を整えた山風は私にそう言い残すと船尾へと移動して後方を向く。そして追走する己の仲間たちに声をかけた。
「おーし、お前ら。久しぶりのまともな飯と溜まりに溜まったストレス解消のためだ。存分に暴れるぞ。日が暮れるまでには片付けるから、そのつもりでいろよ。」
その言葉に応える威勢の良い声を後ろに聞きながら、私はここまで頑張った従者を呼び寄せる。当然、それを追って海竜の群れもやって来る。
白い波をたてて向かってくる群れに最初に切り込んだのは山風をはじめとした<戦士職>の面々だ。彼らが己の担当区域に入った海竜たちに片っ端から挑発特技をかけ、その群れを準備された戦場に引き込んだところで、他のメンバーが攻撃を開始した。
海竜が攻撃するために海上へと顔をだす瞬間を狙い撃ちにして魔法や矢が飛び、それを潜り抜けた水弾がボートに命中する。損傷を受けたボートを次々と乗り換えながらも案山子役は海竜の注意を引き付け、回復職の乗るボートとの距離を適度に変えながら、戦闘を続行していく。
「ぶわ。ぺっ、ぺっ。塩辛れえ。そろそろやばいか。おーい。回復頼むわ。」
「おっと、呼ばれたか。おい、回復呪文かけるからあっちの船に寄せてくれ。」
「待って。ついでにあそこの連中に止めを刺しておきましょう。喰らいなさい、<ラピッドショット>。」
「悪いな。俺たちの飯とうっぷん晴らしのために消えてくれ。」
相手のレベルは大半が30台後半から40台前半で、強力な個体でも60台に届かない。なので陸上ならば容易に全滅させることは可能だろう。しかし足場が悪く、その長い体の大半を海の下に隠すことが可能な海戦においては楽な相手ではなく、メンバーも奮闘していた。
「ふふふ、ついに私の時代がきたわね。嵐を呼べないのは残念だけど、<ライトニングフォール>。」
「<ラティスシンタックス>に<サーペントボルト>。ははは、他愛無い。あっという間に全滅ですか。」
「おっと、そこで通行禁止だ。<スパークショット>。」
「ヒャッハー、大漁だぜ。さあ、次だ<プラズマフィールド>。」
その中でも目立っていたのはせーでんきを含んだ電撃系の魔法や武器を使う者たちである。縦横無尽に放たれる様々な雷が次々と海上に顔を出した海竜を打ちすえていく様は、さながら現実で禁止されている電撃漁法のようだ。おそらく今海中に落ちたら巻き添えとして相当ひどい目にあうことになるだろう。
とはいえその効果は絶大で、群れは次々とその数を減らしていった。
一方、別の意味で目立つのは山風であった。波に揺られる小船の反動や<浮舟渡り>などの自在な歩法を駆使して次から次に海竜の背やボートに乗り移っては手にした大太刀で即座に海竜の首を狩っていく。
「うわっと、あぶな。おーい、それ撃つときは気を付けろよ。っと<飯綱切り>、さらに続けて<旋風飯綱>!」
「よし、交代して。<エクスターミネーション>!」
今も飛来する雷を避けて飛んでは、空にいる間に刃に衝撃波を纏わせて斬撃を飛ばした。それが向こうで仲間を狙って水弾を放とうとしていた海竜の頭を真っ二つにすると当時に、密集した群れの中心いた大型海竜の背に降り立ち、即座に周囲に衝撃の嵐をまき散らす。
さらにその嵐を生き残った大型へと山風と入れ替わりにカシスが飛び込み、身の丈を超える白い大剣を振り下ろして止めを刺した。
「……やる事がないな。」
彼らに比べれば私の働きは地味であった。何せ海上戦闘で海のモンスターを相手取るのに適切な従者が<幻霊>一体しかしない。しかしある程度宙を自在に飛べるとはいえ攻撃力の低い風船もどきではあの雷の攻撃網の中ではかえって邪魔になるだけだろう。
かといって他の直接攻撃型の従者達では多数の電撃を撃ち込まれる海中に放りこまざるを得ない。そうなればおそらく数秒と持たずにやられてしまうのは明らかだ。
遠距離攻撃可能な精霊系従者もいるにはいるが、相性の関係で海竜を相手するのには向いていない。契約している<戦技召喚>も基本は従者強化系と必殺系がほとんどであり、火力の上乗せ用のものは今の状況では使いづらかった。
故に<幻霊>に海竜が包囲から逃げ出さないように監視させたり、<一角獣>を飛び込ませて回復の手伝いをこなしたり、時折<戦技召喚:風の精霊>を使ってボートに近づく海竜を追い払ったりと私は補助に徹するぐらいしかやることはない。
「これなら、マルシェの方についていったほうがよかったか。」
今、マルシェは明日からの旅のための準備を整えるためにはくしゅを引き連れて街を回っているはずである。しかし護衛は一人で充分と言われていたのだからどのみち出番はないかもしれない。
そんなことのんきな事を考えることが出来るぐらい戦況は圧倒的に優勢であった。
群れの討伐が完了したのは日が落ちる少し前だった。討ちもらしがないかの確認や破損した舟の曳航などを行い、港へと戻る準備を進める。
「おっ、これ見たことないな。新アイテムか。」
「うんどれどれ。おお、それっぽいな。後で確認してみようぜ。」
圧倒的な勝利や整理していたドロップの中に新アイテムを見つけたことでその場にいたメンバーは皆、浮かれていたのだろう。故に誰一人として海中深くから私たちを見る瞳に気が付いたものはいなかった。
翌日も山風達は港の防衛のために元気に出撃していった。一方、私を含むパーティーはマルシェの護衛として今日から彼女について村や町を共に巡ることになる。昨日、一昨日のわずかな時間で商談と隊商の準備をやってのけた彼女は、出港予定日前日の明後日までこの<ヒュウガ>の地には戻らない予定だという。
朝、まだ日も高くないうちから出発した一行は数台の馬車と共に村や町を通過しつつ、南下していった。
良く晴れた空の下で、両隣の花畑の色を楽しみながらのんびりと村や町を巡っていく。事前に予想していたその考えはしかし、見事に打ち砕かれることになった。
「っつ、右前方から来る。警戒して。」
もはや聞きなれた<灰色狼>の警戒のうなりとせーでんきの声に私たちのPTは頭から準を取って戦闘態勢へと移行した。
隊の先頭を行く馬車からまずておぱるとが飛び出してそのさらに右前方へと位置を取り、その少し後方でまで上がってきたはくしゅとカシスが各々の重量のある音を立てて各々の武器を構える。一方、後方ではロスタイムエースがいつでも加勢できるようにとその自慢の足を溜めているはずだ。
中央の馬車に座るマルシェが隊列を止めると、せーでんきがその後ろに下がり、<一角獣>に飛び乗った私が前に出て守りにつく。
いつでも駆けだせるようにしながらその身を縮めた隊列を中心に先程モンスターの襲来を予告した大型の狼がぐるぐるとその周囲を回っていた。
「来た、カマキリが3匹に、ミミズが1体。フォローをお願いします、二人とも。」
敵の姿を見つけたておぱるどが言葉を残して前進すると、花を散らして疾走するカマキリの斧をその赤い盾でしっかりと受け止めた。わずかにHPが削れるものの、その直前に投射されたはくしゅの反応起動回復呪文がすぐにその分を取り戻す。
目の前の一体もろとも左右から襲ってくるカマキリ達に<シールドスイング>を放ってその足を止めたておぱるどはさらに<アンカーハウル>を重ねた。
周囲の敵の注意を引き付けるこの特技によってておぱるどは<花冠蟷螂>三匹とその横を通り抜けて後ろに攻撃を仕掛けようとした<巨大口ミミズ>の敵愾心を自身に向けさせて前線を固定する。
頭に花を生やした体高3メートルを超える薄紅色のカマキリ三体と体長7メートル超の暗褐色の丸太のような大ミミズに囲まれたておぱるど。だがしかし彼は冷静にその攻撃を受け、あるいは反撃の槍を放ってモンスターの群れに立ち向かった。
盾の一撃による行動不能から立ち直ったカマキリの攻撃を盾で受け止め、無数の棘のついた鋭い手斧を振りかざした別の一体の腹へと赤い槍と突きこむ彼の後ろから、大ミミズがその巨大な体躯の先端の口を大きく開いて襲いかかった。
二重に並んだ円状の牙がうごめく口はしかし、獲物に達する直前に走りこんできたはくしゅの大鎌によって阻まれた。
「えいやー。」
やや気の抜けたような明るい声と共に自身の数倍を誇る大ミミズを上から叩き落とした小柄な女神官は、すぐさま仲間の名前を呼ぶ。
「カシスちゃん。お願いー。」
「了解っ!」
呼びかけに答えた女勇者が陽光を照り返す白亜の大剣を頭上に掲げると、花弁と土を巻きあげて花畑の上をのたうち回る大ミミズに渾身の一撃を放った。土と花の雨を切り裂くかのように放たれた<エクスターミネーション>は頭から大ミミズを真っ二つに断ち、そのHPすべて消し飛ばす。
その轟音に気を取られた1匹のカマキリの注目を引き戻すべく<タウンティングブロウ>を乗せた一撃を放ったておぱるどに残る2匹が棘付きの鎌をもって襲い掛かって来る。
自身の身長の半分にも匹敵する大鎌の連続攻撃により、ておぱるどのHPは反応起動回復でも追いつかないほどのダメージを受けた。だがておぱるどは慌てずに赤い光を纏った片手用突撃槍を目の前にさらけ出された右手のカマキリの腹へと突きこむ。
その<スカーレットスラスト>の一撃は2倍に近いレベル差もあって残りのHPを0にする。同時に槍を包んだ赤い光が脈打って戻り、削られたておぱるどのHPを回復した。
盾を利用した高い防御力による被ダメージの軽減能力とHP吸収能力を備えた槍や特技の組み合わせによって、ておぱるどは長時間前線に立ち続けることを可能にしていた。
その仲間の戦いぶりを十数メートルほど後方から観戦しつつ、<アストラルバインド>を用いて残るカマキリ達を拘束していた私の耳に新たな狼の唸り声が聞こえてきた。続いて響いたせーでんきの声がさらなる詳細を知らせてくる。
「後方45度。<虹色蝶人間>四体を確認したわ。高速で接近中よ。」
同時に殿を任されていたロスタイムエースが<クイックムーブ>でその進路上に割り込むと、<ワイバーンキック>を発動してその中へと飛び込んだ。
「落ちろ。」
虹色の粉をばら撒きながら向かってくる人型の蝶の群れ。その先頭の一体を踏み砕いたロスタイムはそれを足場にして上方へと離脱した。数瞬遅れてまき散らされた毒紛の雲を悠々と飛び越えた彼は近くにいた一体の蝶人間に踵落としをしかけてその片羽をちぎり、置き土産としてその輪の中から一度離脱する。
飛翔の手段を失い地面に落下する仲間の上を乗り越え、離脱する彼を背後からその口から伸ばした鋭い管で攻撃を仕掛けようとした蝶人間に不意に小さな影が落ちた。そして攻撃をする間も与えずに晴天に一点浮かんだ黒雲から落ちた雷がその下のモンスターを打ち据えて、黒焦げにする。
最後に残った無傷な一体に背後から襲い掛かったのは三つの首と蛇の尾を持つ黒犬であった。私が唱えた<戦技召喚:三頭犬>により呼び出された子牛ほどの体躯を持つその大型犬は、頭と尾の八つの瞳で獲物の姿を捉えるや怒涛の連続攻撃によって蝶人間を四つに引き裂く。
その後、地に落ちた残りの一体にロスタイムエースが止めを刺すころには、拘束されていたカマキリも残りの二体のあとを追っていた。
「よーし、戦闘終了。少し気を抜いていいぞ。」
土に汚れた花畑に沈んだ躯が四散し、狼の警戒のうなりが消えたのを確認した私は警戒のレベルを落とすように皆に告げた。同時にほっと張りつめていた緊張がなくなり、緩んだ空気が周囲に戻って来る。
私は様々な花の香りを含んだ空気を一杯にすって気を静めると、ため息をついた。
「みんな、お疲れさまー。」
「ああ、暑い。いやむしろ熱いですよこの兜。さらに密閉空間で花の香りで息もつらい。ちょっと装備変えます。」
「うう、剣が土やら花弁やら体液やらでドロドロに。誰か雑巾もってきて。」
ドロップアイテムを回収し終えた前の三人がぶつくさいいながら戻って来るのに合わせ、私も元の位置へと戻る。後方の二人も馬車に乗り込んだのを確認すると、中央の馬車へと近づいた。
「終わりましたよ。隊を出しても大丈夫です。」
その言葉に馬車の御者席の後ろから顔を出したマルシェはうなずきを返すと笛を鳴らして再び隊列を進めるように促した。それに合わせ、私も下の従者を促して歩き出させる。
隊が元の進行速度を取りもどしたころになって、マルシェが話しかけてきた。
「お疲れ様でした。流石は<冒険者>。見事な戦いぶりでしたね。」
そう言ってにこりと笑う彼女に私はやや憮然とした表情を受かべて聞いてみる。
「……さっきの村を出て一時間もたたないうちにもう5回も襲われたんですが、いつもこんなにモンスターが出てくるんですか。
当てが外れたなどと思う私の内心をしらずに、彼女はしばし宙を見て思考をした彼女はやがて表情を少し暗くしたのちに答えた。
「ええと、2年前に訪れた時にはほとんど襲われませんでした。<ヒュウガ>の街の同業者の話ですと、この交易路に現れるようになったのはここ10日ほどの事だそうです。どうやらつい最近モンスターの勢力図が大きく変わったみたいで皆さん難儀しているとため息をつかれていました。」
そこで言葉を切った彼女は私の顔を見て苦笑しながら言葉を続けた。
「私たち商人は皆さま<冒険者>や騎士団の方々のように戦う力を持ちません。そのために護りの施された街道かあるいはモンスターの勢力図の境目を辿って各村や町を回るんです。ですからモンスターの分布が急に変化するとどうしても交易は滞りがちになってしまって……。」
だから皆さんのような強い護衛を頼りにさせてもらうんです、と微笑するマルシェの態度にふと私は疑問を抱く。だがそれを口に出してぶつける前に、後ろから獣のうなりとせーでんきの報告が聞こえた。
「後方から蝶人間が10体接近中。さっきの奴らの仲間みたい。まだ大分距離はあるわ。」
その声を聞いたのか前の馬車の後ろからはくしゅが顔を出す。
「えっ、また戦闘。ようやく剣をきれいに拭いた後なのに。」
「ちょっ、ちょっと待ってください。まだ代わりの頭装備を決めてないんですが。」
他の二人の慌てた声を背に、仕切り板に頬杖を突いた彼女は私の方を見ながら言った。
「後ろからで距離があるんでしょー。なら、足を止めなくてもいいかもね。幽夜、とっととフーちゃんだして焼き払ってきて。」
「人の従者に勝手に名前を付けるな。ああ、分かった。すぐに行くからせーでんきはこっちと代われ。隊列は止めずにそのまま行く。ロスタイムはそのまま最後尾で待機だ。」
大声で前と後ろに叫びを返すと、マルシェに向かって音量を落としながら言った。
「後ろからなので隊は止めずにそのまま進んでください。ではこれで。」
「はい、分かりました。頑張ってくださいね。」
笑顔と共に向けられたその言葉に見送られ、私は襲い掛ってくる危険を排除するべく後ろへと向かった。
取りあえず明日も頑張って上げてます。調子がよかったらその次もいけるかもしれません。
なお、ここで主人公たちのターンは終了となります。次回からは相手のターンに。