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夏が過ぎ、秋も終わって年が明けてしまった。とりあえず久しぶりの投稿です。
翌日、朝一番に訪ねてきたマルシェにマスター代理が依頼を承諾する意を伝えた。
その言葉を聞いた彼女はほっと一息ついたのかその表情を少し緩ませたが、すぐにその笑みを固く戻すと具体的な内容について話を進める。
驚くべき事に彼女はすでに大まかな計画を用意していた。航路の選定から航海の日程、さらに必要となるであろう物資の一覧に充分に余裕をもって見積もられた輸送量などを記した計画書などが次々と机の上に乗せられていく。
「随分手際がいいですね。何時もこんな感じでしたっけ。」
思わずそう問いかけてしまうほどに彼女はこの航海についてのしっかりとした計画を立てていたのだ。
聞けば当初は大地人の船団を仕立てて航海に望むつもりだったという。だが一週間前に予定航路で大地人の大船団がモンスターの攻撃を受けて壊滅し、その後も付近の海では襲撃が相次いだらしい。
陸のほうでもモンスターの襲撃頻度が増えて隊商の危険は増したらしいが、海路の危険度はそれ以上だと
みなされ人も船もろくに集まらなかったと彼女は溜め息混じりに話した。
しかし今回の航海のためにかなりの資金と労力を費やしてきた以上今更止める訳にもいかず、さりとて無理に船を出して壊滅されでもしたらしゃれにならない。そこで最近良く見かける冒険者の船を利用する事を思いついたのだそうだ。
「クエストの発注の時間も惜しかったので直接訪問して頼み込むことにしました。」
とは彼女の言葉である。
(大まかにとはいえすでに日程が組まれているとか。ちょっとばかり都合が良すぎないか、これ)
目の前に詰まれた資料を一枚手にとりながら、そういった疑念が心に浮かんでくる。しかしよくよく思い返してみれば別におかしい事ではないのかもしれない。
そもそもゲーム時代のクエストも基本は向こうからの指示や要求によって進めていたのだ。ゲーム時代も護衛などのクエストは専用の船に乗り込んでいた憶えがあるし、別段気にする必要もないかもしれない。
とりあえずはそうゆうものなのだと思っておくべきなのだろう。
とはいえいくら良く出来た航海計画といえどそのままでは使えない。ゲーム時代ならばともかく今の自分達の操船技術では出来なさそうな事も多いからだ。まして大地人である彼女に<冒険者>の事情が分かるわけもなく、ところどころに調整が必要であった。
その多くは微修正程度で済んだが中にはそうはいかないものもあった。例えば出発日の問題である。
「それで、いつごろ出発が可能になりますか。」
「収納用のコンテナの積み込みに船内部の改装、それに遠征メンバーの選定と振り分けに必要な物資の調達。その他諸々を含めてまあ5日後ってところだろう。訓練の引継ぎやらもあるし。」
真剣な表情で聞いてくるマルシェにこの遠征の責任者になった八艘は答えた。昨日よりも迫力を増し、鬼気迫るといった風の彼女であったが、その威圧さえもこの武士は飄々と受け流している。
「5日ですか……。」
淡々としたその答えにしばし虚空を睨みつけるように何かを計算していたマルシェだったがやがて少しうつむいたかと思うと何事かを呟きだした。
「……期限まであと……。往復にアキヅキまでの輸送時間を……。だめ、少し足りないかも。」
ややあって顔を上げた彼女は強い口調で聞いてきた。
「もう数日早くできませんか。出来れば二日、せめて一日だけでも。何か必要なものがあればこちらで手配しますから。」
「随分と急いでいるようですが、何か事情でも?」
机上に身を乗り出して懇願してくるマルシェに私は聞いてみた。何かしらの背景があるのはこの依頼を持ち込んできた時から感じていたが、なりふり構わない態度は一世一代の勝負に対する意気込みというよりもどこか追い詰められたもののそれに似ていた。
「……ええ、計画の変更や見直しで時間を取られてしまいましてあまり余裕がないのです。どうにかなりませんか。お願いします。」
しばらくもめたが結局彼女に押しきられ、物質その他の提供と引き換えに出発を3日後の早朝にする事が決まってしまった。こちらとしても早いほうがありがたいとはいえ、昨日よりも焦りを隠しきれないその様子には違和感を覚える。
それは八艘も同じだったようで心身ともにフラフラになってギルドホールを後にするマルシェを見送りながらポツリともらした。
「かなり切羽詰まっているな。何の事情なのか少し気になるんだか。」
「確かに気にはなっている。だけど調べている時間はないぞ。改装はすぐ終わるだろうが、参加メンバーの割り振りや物資の積み込みに航海計画の修正に万が一のときの対応策。これらを全て今日、明日でこなさなければいけなくなったんだから。背景も確かに気にはなるが、それよりもやるべきをこなさなけりゃ出港だって出来やしない。」
「厳しいのはわかっている。だがどうしても気になる。」
何か引っかかると言った表情で八艘は言葉を続けた。漠然と妙な感じがするがそれが何かわからないといった様子である。
「何せ今回の件は始まりからいつもとは違う。だからできるだけ情報は集めておきたい。ウチのメンバーは二つの遠征航海の準備で忙しいだろうから、調査は外の知り合いに頼むしかない。だけど航海訓練にかかりきりだった私よりお前のほうがギルドの外には顔が広い。という訳で何とか頼むぞ。」
そのまましばらく問答が続いたが、これで時間を取られるのも面倒なので結局私の方が折れることにした。八艘が感じている漠然というには生々しい違和感にはなんとなく心当たりがあるからかもしれない。
「いい加減しつこい。分かった、分かったよ。誰か知り合いに頼んで調べてもらう。頼んでみるのはいいが今の状況でアキヅキだったかそこまで足を運んで調べてくれる奴がいるかは分からないぞ。それでもいいな。よくなくても知らないぞ。」
とりあえず頼むだけは頼んでみるということでそのことには決着が着いた。つい忙しくて忘れてしまうかもしれないがまあ勘弁してもらおう。
気を取り直して目の前に立ちはだかる問題へと取り掛かる。まずはメンバーの選定である。遠征班の陣営は八艘と私の他、今は港で船の状態を調べているはずのスミトモさんやアンナ他数名の船主の協力があるから何とかなるだろう。
メンバーの参加希望はすでに募っているが、他にも組み入れなければならない枠があった。危機に対処し遠征班を守る護衛戦力である。船を動かす人員とは別に船を守る戦力は別に用意して置いたほうが危機に際しても速やかに対処できるからだ。
もっともその問題は少しのやりとりと過去の友情と貸し借りの清算で解決した。
「同行してもらう護衛の件だけどさっき山風から承諾の返事が来た。少し報酬はかかったけどウチのメンバーで戦闘をするよりは安心だ。」
<七福宝船団>のメンバーの大半は戦闘訓練よりも航海訓練に力を入れていたため、戦闘に関しては不安がある。それに遠征の間は手薄になる港の護衛も疎かにするわけには行かない。
そういう意味では戦力として信頼でき、他の勢力からもそれなりに距離を置いている<ワイルドハント>の協力を得られたのは幸運だった。
「とりあえず、遠征には2PTを選抜して、残りは港の警備についてくれるそうだ。一応こんなところでいいか。」
その問いに八艘は了解の二文字を返してきた。すぐに山風に念話を繋いでそのことを伝えると同時に遠征メンバーの選抜とその名簿を早く送ってくるように要求しておく。
なるべく早くとの約束をして山風との念話と切り、念のため仕事の早い副官にも同様の要請を伝えたから遅くとも明日の朝までにはかえってくるはずだ。
「ああそうだ。さっきマスターから連絡があって笑福さんも同行することになったから。」
一仕事終えた私に八艘が声をかけてきた。その内容に一瞬思考が停止する。すぐに戻して聞き返した。
「何だって。笑福さんが同行する?短期のほうじゃなくてこっちにか。ちょっと待て、本当かそれ。」
今回行なわれる航海遠征は一部を除いて外部には内密にしている。ただでさえ面倒な状況下で余計な干渉を避けるためだ。今朝一番に航海遠征については公表されたがまだその詳細は一部のものにのみで留められている。
流石に食客となっている笑福たちには短期の航海遠征計画についてはもう少し詳細に知らされているだろうが、こっちのヒュウガ遠征については知らないはずである。。
「ああ、本当だ。なんでも本人直々にマスター代理に頼んできたらしい。カラシンから自由行動の許可も得たらしいし、それならばと同行を認めることになったとさ。昨日の今日で一体何処から聞きつけてきたのやら。」
そう呟く八艘をよそに私の頭の中にはその情報提供者である二人の影が躍っていた。
(間違いなくアイツラだ。この期に及んでさらに面倒事を増やすとは。あとで取っちめてやる。)
そんな決意を心の内に秘め、八艘にまとめた資料を渡して確認してもらう。
「まあ、こんなところだろう。じゃあ丁度呼ばれているし、これマスターに渡してくる。悪いがその間にから各所への連絡と要請を頼むぞ。なんとか上手く協力を取り付けてくれ。俺の名前を出せば半数ぐらいは協力してくれると思う……多分」
「なんでこっちに面倒な役割をまわすんだ責任者。とりあえずやってみるが期待するなよ。」
何せ初の遠征であり何が起こるか分からないのだ。資金不足解消のためとはいえ、普通のプライヤーならばしり込みするだろう。
ギルド主導の短期航海遠征の実施も関係している。外部に対しこちらの船主主体の遠征の隠れ蓑とするためだが、多くのギルドメンバーは危険の高いこちらよりも期間も距離も短い向こうのほうを選ぶ傾向があった。
思ったよりも慎重なメンバーが多いのは、おそらくこの現状における危険と安全の境界を図りかねているからなのだろう。
したがって困難になりそうなこちらの遠征に参加を希望してきたのはこの状況でも危険を恐れず冒険心を忘れない、言い換えれば一癖も二癖もあることで有名な連中ばかりである。
つまり人手を望めない中で明後日までに準備を整え、暴走するであろう連中の手綱をしっかりと握り、良く分からない大地人商人達一行の護衛をこなしつつ遥か遠くのヒュウガまで行って帰ってこなければならないのだ。
これからのことを考えると頭が痛いが、他に人は居ない。そもそもの原因の一人であるから投げ出すわけにも行かず八艘他数名と共に何とか頑張るしかなかった。
「ああ、確認取ったらあとでその計画の概要を<筆写士>に頼んでコピーしてもらってくれ。後で山風に届けたいから。秘密は守らせるからいいだろ。」
とりあえず目の前の事から始める。時間に余裕はなくやる事は多い。だがきついとはいえ久しぶりに明確な目標がある作業からか苦には感じなかった。
<大災害>と呼ばれるようになったあの出来事から二週間。今の今まで現状確認と事態把握、次々に起こる問題への対策などに追われ、元の世界への帰還はおろか他のプレイヤータウンに分断された仲間との合流もままならずにいたのである。
今回の遠征はそれらの事態の解決に向かっての一歩というには大げさすぎるかもしれないが、それでもようやく停滞しつつある現状からの脱却につながる歩みのはずだった。
そのためには何としても成功させたい。その思いを原動力に、まずは今までよりも少し厄介な目の前の障害を越えていく。
私たちの頑張りが実ったのか、航海の準備は驚くほど早く整っていった。マルシェの持ち込んだ航海計画を利用できたことも大きいが、一番の要因は元々船の多くが即時出港可能な状態で港に留め置かれていたからであろう。
そもそもゲーム時代では船の耐久度の残りを確認するぐらいで船を出していたし、<大災害>後は訓練船数隻を除けば宿か倉庫代わりにしか使っていない。そのため航海に必要な修理資材や予備の部品などはほとんど手付かずであった。
またゲーム時代に気が付かなかったが食料や水を保存するための区画も備えられており、<魔法鞄>と同じく劣化しない機能があるその倉庫の中のものも使用可能な状態なのは確認済みである。
輸送区画を増やすための改造もなぜかゲーム時代と同様に短時間でこなせた為、装備や在庫の確認ぐらいしか手がかからなかった。
むしろ生鮮食品や個人の荷物など追加で何を積み込むかの方で揉めたほうが多かったぐらいだ。
多少のトラブルはあったものの出港は予定通りになった。まだ薄闇の残る港を小舟に曳かれた数隻の船団が静かに進む。
モンスターの侵入を防ぐためか複雑に入り組んだ水路を抜け、一時開けられた水門から湾内へと出ていくそれらを目撃する人の数は早朝ということもありさほど多くはない。
だがその見送りの中に一際小柄な人影が数人混じった集団があった。最も外側の防壁の上に立ち、手を振ってこちらを見送っているその一団の前列にいるのは大地人の少女ミナである。その隣にも最近ようやく警戒を緩めてくれたのか挨拶ぐらいはするようになった雇いの大地人の少年少女が数人見えた。
船の舳先に立って他の船との距離を監視していたはくしゅがそれに気が付き、笑い声をあげて手を振り返す。
「幽夜、右の防波堤の上。ミナちゃんやトーノくんたちが見送りに来てくれているよ。」
「ああ、そうみたいだな。舵を取るので忙しいておぱるとの分まで振ってやれ。でも自分の仕事は忘れるなよ。ここで沈没事故でも起こしたらしゃれにならないから。」
港を囲うように巡らされた防壁のうち中型船以上が航行できる大きな切れ目は現在この船が通り抜けようとしているこの水門だけ。
なのでここで下手を打って立ち往生でもしたりすれば後続の船や残留組が難儀することになるため気は抜けない。
今もはくしゅや他の見張りから警告が発せられていないか注意しつつ、後ろで舵を握るておぱるどや甲板の人員に指示を飛ばしているためそれなりに忙しい。とはいえ少しは手を振り返す時間を作ることはできたようだ。
ゆったりとした速度で水門を抜けたのち、曳舟を外したこの船、<幽霊船>は帆を少し広げて湾の外へ出ると先行していた中型船<海魔>が足を止めてこちらを待っていた。
ておぱるどに慎重に舵を取るようにと指示をしたのち、<海魔>船長の八艘に念話をつなぐ。
「取りあえず第一関門はクリアできそうだな。あとどれくらい関門があるかは知らないが。」
「そうだな。だが朝早くから見送りまでしてもらったのだ。最後まで何とかうまく切り抜けて戻ってくるしかないだろう。」
どうやら八艘もあの応援と祈りをもらったようである。力強いその言葉の裏には少しの照れと強固な意志が感じられた。
「幽夜船長。後続の二隻も水門を抜けた。まもなく合流する。特に問題もなさそうだ。」
八艘との念話を切ると、頭上より声が降ってきた。展開しつつある帆に遮られて見えないが、メインマスト上部に設けられた見張り台につく女性暗殺者の声だ。この遠征に当たりこの船に配置されたギルドメンバーの一人で、この航海の間は寝食を共にすることになるであろう仲間である。
「分かった。そのまま見張りを頼む。何かあったらすぐに知らせてくれ、カシス。」
風の音に負けないように大声で指示を出す。それを受け取った頭上のカシスは返事の代わりに威勢のいい笑い声で了承の意を伝えてきた。
通りのいいはっきりとした声は高所にあっても勇ましく、彼女のサブ職業<勇者>を表しているかのようだ。
合流した船団は隊列を組むとその進路を東に向けた。先頭を行くのはこの遠征航海の責任者、八艘の船<海魔>。戦闘に耐えられるように高い耐久力と広い甲板を持つこの船団の旗艦である。
今回の航海に当たってはさらに耐久力と速力を強化し、この船団の中で最も沈みにくく、戦闘向きの船であるが、反面アイテム等の搭載量は低下していた。
乗り込む人員も護衛として参加した<ワイルドハント>を除けば最も戦闘力の高いメンバーで構成されている。
次に続くのが私が船長を務める<幽霊船メアリー>号。全身に飾られたランタンと黒い船体はそのままだが、ボロボロだった帆は新しいものに取り換えたため、その印象は大分違って見えるはずである。
このメアリー号はゲーム時代は多人数が長期に渡って拠点として利用できるように厨房や工房などを備え、部屋も輸送量も多い汎用型の中型船だった。
同じ中型船のカテゴリの中でも最大サイズのこの船は、今回の遠征に当たり倉庫を増設して魔法鞄と同じ機能を持つ大型コンテナを限界まで詰め込んでいる。予想ではこの一隻でマルシェの要求した量を賄える輸送量を持つはずであった。
また同行するマルシェのために船室の一室をゲスト用に改装していたりとこの船団の中では最も改修をされた船だ。
さらにその後方には輸送量に優れた小型船<渚のジョナサン>がついてきている。こちらも居住性と搭載量の向上が図られており、船団の補給資材も大量に積み込まれていた。
また増加した積載量を生かし、帰路では<七福宝船団>や他の協力ギルドのためのアイテムを運ぶことになっている。
この三隻の両脇を固めるのが女海賊アンナ率いる海賊船<ジョーカー>と古参のスミトモを頭に抱く高速船<銀カジキ>である。前者は耐久性が、後者は速力が高く船団の護衛としての役目が与えられていた。
この小型二隻と旗艦の<海魔>には予定よりも増員された山風やコマチといった<ワイルドハント>のメンバーが分乗している。
乗員の練度を鑑みてやや相互距離を広めに取りながら進む遠征船団は明るさを増しつつある空の下、北東よりにその進路をとっていた。
<ゲンカイ>の海から陸伝いに進み、<ツーゲート>海峡に差し掛かるころにはすでに日も高くなっていた。元の世界では関門海峡の名で知られるこの細長く曲がった海は、この世界と同じようにヤマト本土とナインテイルを分ける役目を果たしている。
「さて、第二関門だ。」
海峡の手前で船団は一度帆をたたみ、その船足を止める。点検と突破のための準備が完了すると同時に八艘より念話がかかってきた。
「どうだ、調子は。」
「今のところは問題ない。他の船も同様だ。それよりこれからが問題だろう。」
私の返事に八艘は少しの間沈黙する。再度口を開いてよこした言葉はこの関門の壁の高さについてだった。
「狭い海路に早い潮の流れ。さらにその向きは日に何度も変わるときている。おそらくこの航海最大のヤマ場だ。」
これから挑む海峡の困難な要素を淡々と数え上げる彼の声の裏には珍しく緊張が見られた。ハーフサイズのこの世界では現実の海峡に比べて距離も半分になるはずだが、幅も半分となるためその厄介さはむしろ増しているかもしれない。
おまけに夜になるとこの海峡の近海には昔の海戦で沈んだという本物の幽霊船が団を組んで彷徨いだし、近くの港や通行する船を襲ってくる。
そのため日の出ているうちに通過する必要があり、それが早朝に出港した理由でもあった。
「まあ、いろいろと対策は考えてきたんだ。何とかなる。それにここを抜ければあとは楽になるはずだ……たぶん。」
気を軽くしようと明るく言ったが途中で自信がなくなった。今の私たちは自信をもって断言できるほどこの世界を知っているとは言えないということに思い当たったからだ。
「そうだな。悩んでいても仕方がない。ただやるべきだと思うことをやるだけだ。」
こちらに答えるというよりは自分に言い聞かせるような口調で言った八艘は言葉に力を込め、次の指示を出す。
「まずは俺から行く。予定通り他はしばらく待機だ。何かあったら幽夜、お前に指揮を任せる。じゃあ先に行って待っているぞ。」
その指示の了承を伝えるとともに念話が切られた。各船長にその指示を連絡して返事をもらっている中、八艘の駆る<海魔>はゆっくりと<ツーゲート>海峡へと入っていく。
だがその船上にそびえたつ四本のマストには帆は一枚も掲げられていない。代わりに船首より太い綱が足らされていた。海の中に消えたその先には数体の呼び出された海洋騎乗生物がいるはずである。
強い潮流にも負けない彼らの助けを得てこの海域を突破する。それが航海技術に信を置けない私たちの立てた策であった。
「上手くいきますかね、船長。」
交代で甲板に上がっていたておぱるとが近寄ってきてそう言った。他の乗員も甲板に上がり成り行きを見つめている。
「まあ、大丈夫だろう。突入感覚をずらすことで衝突の危険は避けたし、船を牽引する召喚生物もアーロンとか強靭な奴らを選んでいる。マルシェの持ってきてくれた海図のおかげで注意する場所もわかっているし、なんとかなるはずだ。」
(というかダメだったらもうどうしようもないんだが。)
落ち着いた口調でそう答えるものの、内心は不安で一杯だった。自分たちの策がうまくいく保証はないし、彼女の持ってきた海図だってどれほど正確かは分からない。
まあ、後者に関してはさほど心配はいらないはずである。まさかこの航海の話を持ち込んできた当人が使えない情報を渡してくるはずもない。
「まあ、大地人なら嘘は言わないはず……だよなあ。」
内心の不安からつい言葉が漏れてしまった。幸い風と波の音に消されて隣のておぱるとにはよく聞き取れなかったようだ。訝しげな表情で問い返してくる彼を誤魔化すように別の話題を振る。
「ああ、そうだ。そういえばあの大地人の商人さんはどうした。まだ船室に籠りきりか。」
私の問いにておぱるとは肩をすくめて答える。
「あてがった船室から出てきませんね。何かあったら近くで暇している奴に言ってくれと伝えておきましたが、今のところは誰も彼女の姿を見てないようです。」
「出港の時の『いつものように全部お任せします。良いようにしてください』発言は本気だったのか。まあいい、この海峡を抜けたら少し時間ができる。その時に昼食でも誘ってみよう。いくつか聞き出したいこともある。」
私のその言葉にしかしておぱるどはかなしげな表情を浮かべていった。
「船長。モテないからって大地人相手のナンパに走るのはどうかと。難関を超えて皆が一息つこうって時に一人でデートとは、なんというかあれですね。」
おそらく冗談のはずである。道化に徹して周囲の固い緊張を解すのも悪くはないが、大事の前である。軽く流すのにとどめよう。
「なに、雇い主との交流を深めるのも船長としての務め。でも私一人じゃ話題が持たないだろうからせーでんきかはくしゅに同席を頼もう。ああ、ちなみにお前はダメな。その間の代行指揮をやってもらうから。」
ひどい、横暴だと抗議するておぱるどを「船長命令」の一言で黙らせ、空を見上げる。青空をゆっくりと白い雲が流れ、太陽も明るく照っていた。出来るならばこれからの先行きもこの晴天同様に晴れてほしいものなのだが。
次は早めに上げたい。