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とりあえず上げ。
(つ、ついに来てしまいました。やっぱり今からでも引き返して……。いえ、ここで諦めてしまっては私に未来はありません。でもやっぱり……。)
背の高い建物を前にマルシェは逡巡していた。これからやろうとしている事を考えれば無理も無いが、だかといって他に良い手段があるわけでもない。
彼女がこれから行なおうとしている交渉に対し、主である叔父は一顧だにしなかった。商会の皆には笑われた。挙句の果てには邪魔をするなと怒られた。今の自分達にはそんな夢物語に付き合っている暇は無いとも。
私の考えを真剣に聞いてくれたのは弟ただ一人だけだ。もっともまだ幼い彼は姉に向かってきょとんとした顔を向けるだけだったが。
自分の考えがどれだけ無謀な事は重々承知している。だが他にどんな手段があるというのか。現状で今危機に陥っている商会を救う手段は他には無いと。
叔父や皆は忙しく駆けずり回っているがもはやそれは商会の立て直しのためではなく、いかに上手く店を畳むかの模索である事を私は知っている。そしてそれは叔父を始めとした一部の者達だけで、私も含めた大部分の者達は切り捨てられるだろうということも。
すでに叔父達にとって甘い汁を啜り尽くした商会の閉鎖は絶対だ。半年間あがいてどうにもならなかったのが、あと半月ほどでどうにかなるわけがない。
しかしだからといってこのまま座して商会が消えるのを黙って見ている訳にはいかなかった。生まれ育った場所が消えるだけでなく、下手をすれば財産と一緒に処分されてしまう。そうなれば兄はともかく私や弟の人生は真っ暗である。
商会と自身の未来のためにもこれから行なう交渉を成功させなければならなかった。それがどんなに困難で成功の見込みがほとんどないとしてもだ。
彼らによって損を出し、結果として破滅していった商人の数には暇が無い。以前破産寸前にまで追い込まれた商人が彼らに嘆願や恨み節をぶつけているのを何度か見たこともある。悲痛な商人の叫びにも表情一つ動かさず、平然と去っていった光景はいまでも覚えていた。
大抵は言い値で買ってくれるためその場の客としては悪くは無い。だが取引相手としては決して信用するな。そういう格言もあるほどだ。
だがたとえ砕けることが分かっていても当たっていくしかない。それほどまでに追い詰められていた。
(もし母さんが生きていたら、どうしたのかな……。)
弱気のあまり数年前に消息を立った母のことを思い出す。女だてらに才覚を表し、中央の古狸たちとも互角に渡り合い、一代で商会を築き上げた母。彼女ならばこれから行なう未知の商談も難なくこなしてしまうかもしれない。
だがその母はもういない。新たな交易路の開拓の帰りにモンスターに襲われ、母の乗った船は乗員ごと消息を絶ったと聞いている。運良く逃れた生き残りからその話を聞いた時、すぐには信じられなかったほどのあっけない最後であった。
父もすでに他界していたため、商会は彼の弟である叔父が継いだ。以前から母の方針に批判的で大規模な事業の拡大を目論んでいた彼が商会のトップにたった時点でその未来は閉ざされたのかも知れない。
それからの数年間は落日の日々であった。次々と無節操に事業を立ち上げては潰し、財を食いつぶしていく叔父とそれを持ち上げつつも私服を肥やす事にしか興味が無い取り巻き達。
信用第一という母の意志を継いで商会を盛り立てていこうとする私のような商人達は主流から遠ざけられ、あるいは追い出された。
優秀な商人は次々と他の商会へと引き抜かれ、母やその仲間たちが命を賭けて開拓した交易の販路はその多くが奪われた。かつてアキヅキの懐刀と呼ばれた大商会の姿は今は見る影も無く、その命運も風前の灯である。
自分の置かれた状況を思い返し、覚悟を決めた。いつまでもここでこうしている訳にはいかないし、残されている時間も刻一刻と減っていく。無茶だろうと無謀だろうとやるしかない。
悲愴とも呼べる決意を心に決めた私は懐から数枚の紙を取り出すと、そこに記された情報を再度確認する。一番上にある質の悪い紙に殴り書きされたいくつかの名前。これが最後の頼みの綱である。
それをしっかりと懐にしまい直し大きく息を一つついてから、目の前にそびえる建物の扉をくぐり中へと入る。その中にいる大勢の彼らを避け、片隅に立っている案内員に尋ねた。
「すいません。<七福宝船団>という商会はどちらでしょうか。」
「船長、船長にお客さんです。すぐに本部まで来てください。」
ておぱるどからの念話を受け取ったとき、幽夜は「幽霊船」の船長室にいた。船の後部にやや広めに取られたこの部屋は華美ではないが品のいい調度品が並び、それなりに格式と機能性が考えられた配置となっている。部屋の隅には小さな寝室へと繋がる戸もあり、生活の場としても十分使えるようになっていた。
ナカスに近い事もあり、宿代節約のために<大災害>後数日からここで暮らしているが、最近は本部に詰める事が多く、この部屋で寝起きするのも久しぶりである。
本日の担当は夕方からなので、少し個人的な戦闘訓練にでも出ようかと思っていたところの急な呼び出しだった。どこか慌てたようなておぱるどからの念話の内容は要領を得ないものであったが、とりあえず了承を返して切る。
身支度を整えて部屋の外へ出ると、バケツとモップを抱えた少女と目が合った。<大災害>の翌日この船の船上で出会った大地人の少女だ。
彼女は私の姿を認めると軽い悲鳴を上げ、手に持った道具を抱えてあっという間に廊下の角へと消える。声をかける暇も無かった。
ややあって恐る恐る顔だけ出した彼女だが、私と目が合うとすぐに引っ込める。
「自業自得とはいえ、やっぱりこの反応は傷つくなあ。」
彼女の隠れている角から天井へと視線を移し、呟いた。どうも出会った時に脅かしすぎたせいか、ミナという名を持つ彼女は私を恐怖の対象と認識してしまったらしい。そのため船の中で出会うと何時もこのような対応をされていた。
この船を宿としているはくしゅやておぱるどには懐いているようなのだが、私に対しては視界に収めるのも怖いらしい。障害物越しならばなんとか会話も出来るようになった分、少しは慣れてくれたのだと思いたかった。。
ミナの他にも数人の大地人の少年少女を雑用として雇っているが、彼らの反応も似たり寄ったりである。どうも彼らの間では私は恐るべき死霊すらも扱き使う恐怖の<召喚術師>というらしく、そのせいか彼女ほどではないとはいえほとんど私に近づいてこない。
最近まであのボロボロな黒いロープ姿で通していたのも原因なのだろう。だがあまり船にいる時間も多くないため、その誤解を解く機会が無いまま今に至っていた。
一応仕事は真面目に果たしており、私以外の乗員には懐いているらしい。初めて会った時の対応の贖罪もあって、今のところは気長に対応していく事にしていた。
「ちょっといいか。」
伝言を頼もうと呼びかけると、角の向こうで身を固くする気配がした。だが何時もの事と気にせずにそのまま言葉を続ける。
「本部に呼ばれていると誰かが誰かが訪ねてきたらそう言っておいてくれ。何か問題があったらすぐに呼び出すようにとも。あと私がいないからって羽目を外すなって釘も刺しておいて。」
「……、はい……。」
私の伝言をしっかり聞き取ったとおぼしき彼女がか細い声で返事を返した。それを聞き、彼女の隠れている角とは反対側にある階段を目指して歩き始める。後ろから声がかけられたのはその時だ。
「あの、気をつけて行って来て下さい。」
驚いて振り向く私の視界に一瞬こちらを見るミナの顔が見えた。すぐに引っ込められたがそれでも彼女はその場に留まったまま私に意識を向けている。
彼女が壁越しとはいえ見送りの言葉をくれるの初めてだった。恐怖が薄れて、少し慣れてくれたのかもしれない。
ゲーム的に言えば単に友好度が上がって対応が変化しただけなのかもしれないが、それでも現実化した今の状況では最低だった関係の改善の一歩だと思える。
「どうもありがとう。それじゃ、行ってきます。」
思わぬ反応に少しの困惑と嬉しさを感じながら私は船上へと繋がる階段を上がっていった。
本部の扉をくぐった私を出迎えたのは困惑した表情のておぱるどと好奇心を一杯に表したはくしゅであった。
「いったい何があったんだ。」
そう問いかけるが、ておぱるどは何と言っていいのか迷っているらしく、なかなか返事が返ってこない。この男がこれだけ動揺しているのも珍しいかった。
「はあ、その何といっていいのか。客といいますか、依頼人といいますか。ウチのメンバーを数人指名してきたんですが、その中に船長の名前があったので……。他の人は不在だったので予定が空いている船長に一任しようと、マスター代理が。」
「客?とくに心当たりのある奴はいないが」
ようやく返ってきた彼の返事に訝しげに問い返した。知り合いならば直接念話で賭けてくればいいのだし、ただの仲介ならばここまで困惑するのもおかしい。何か妙な事が起きているようだった。
「一体誰なんだ、その客って。」
その疑問に答えたのは、面白そうに笑うはくしゅであった。
「女の子だよ。それも大地人の商人さん。何でも幽夜達と契約したいんだってさ。」
その言葉に思わず呆然としてしまった。
ておぱるどとはくしゅに押されるようにして部屋に入った幽夜を出迎えたのは普段とは違う雰囲気であった。張り詰めた緊張が僅かに部屋の空気を固くし、見慣れた応接間を別の空間のように思わせている。
その空気を作っているのはソファーに座った一人の若い女性だった。日に焼けた肌をややくたびれた旅装で包み、暗めの金髪を草染めのバンダナでまとめている。年のころは十七、八といったところだろうか。しかし身にまとう雰囲気は多少の緊張をはらみつつも落ち着いており、どこか陰のある微笑みとあわせてその年齢を少し上に見せている。
「すいません。遅れました。えーと指名に預かった<快走!七福宝船団>の幽夜です。」
張り詰めた雰囲気と彼女が向けてきた視線の圧力に内心気圧されながらも幽夜は言葉を発した。その言葉に彼女は会釈を返すと、立ち上がって丁寧な挨拶を返してくる。
「いえ、こちらこそ急にお呼び立てしてしまって申し訳ありません。<ナミノハナ>商会のマルシェと申します。本日はお願いがあって参りました。少しお時間を頂いてもよろしいですか。」
言葉遣いは丁寧だが、その視線に油断はない。そこに込められた圧力が増した事も併せて考えれば、この初対面の女性が私を待っていたのは嘘ではないようだ。
「もうすぐ他の人も来ますので、少しお待ちください。」
危うくなる敬語を何とかひねり出しながらも、体面のソファーに座る。その際に盗み見たステータスの表記画面には、マルシェ、レベル21のヒューマンと記されていた。そこまではプレイヤーのそれと同じなのだが、メイン職業を示すはずの欄が<交易商人>となっている。
<エルダーテイル>でプレイヤーが選択可能な職業は十二種類のみであり、本来サブ職業として設定されている<交易商人>がメイン職業とすることは出来ないはずだ。つまりこの目の前の女性は正真正銘の大地人ということになる。
彼女は前に置かれたコップにも少し口をつけただけで後はじっと私のほうを見つめていた。その一挙一動を見逃さないその目はまるで獲物を前にした肉食動物のそれであり、居心地が悪い事この上ない。
おまけに頭の中では外で待機しているはくしゅとておぱるどが交互に念話をよこしては今の様子を聞きたがってきて大層やかましかった。
目の前に浮かんでくる着信画面を払う仕草すら彼女は視線と意識を集中しており、下手に動く事すらできない。
(こ、この状況はきつい。誰でもいいから早く来てくれ。)
だがその内心の願いもむなしく、呼ばれたメンバーがやってくるのは十分ほど後のことだった。最悪私一人で用件を聞いて来いといわれないだけマシだったが、それでもその長く感じる時間のおかげであまり強くない精神は話を聞く前からすでにボロボロである。
私が精神を大分すり減らした後で、ようやくやってきたのは二人。古参のメンバーの一人で、豊かなカイゼル髭が特徴のスミトモと大胆に露出した海賊風のいでたちをしたアンナ・ジャックポットである。
遅れたことを詫びるスミトモが彼女の正面に座るように私は横にずれ、その反対側をアンナが埋める。これが今回の事態に対する布陣であるが、それすらもマルシェはその内心を読ませない表情のまま私たち三人を観察していた。
「お待たせして申し訳ない。そろそろ話を聞かせてもらっていいだろうか。」
深みのある声でスミトモが会談の口火を切った。古ぼけた船長服と豊かな口ひげの下から発せられる重厚ね声によって作られた威圧に対し、対面に座る大地人の女商人は笑みで向かってくる。
「はい、お時間を取って頂いてありがとうございます。<ナミノハナ>商会のマルシェと申します。本日は皆さんにお願いがあって参りました。」
その言葉にアンナが興味深げな声で話しに加わる。
「ふーん、お願いねえ。わざわざここまで足を運んでの依頼かあ。」
その率直な物言いすらも笑顔で受け流したマルシェはその内容を語りだす。
「はい、その通りです。依頼の内容は品物の輸送とその護衛です。期間は十日を予定。主に海路を使います。それと……。」
そこで一度言葉を切った彼女は、少し言い難そうな顔に変えて私達を見た。
「なんですか。」
そう尋ねるとマルシェは覚悟を決めたように一息で言葉を継ぐ。
「それと、輸送に使う船は皆さん<快走!七副宝船団>のものを使わせていただけないでしょうか。」
そう言って彼女は私たち三人に対し深々と頭を下げた。
「それで、結局どうしたんだい、その依頼は。」
昼間の一件について一通り話した後、マスター代理、海老鯛はそう聞いてきた。落ち着いた声ではあったがその顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「最初は断った。だが向こうもかなりしつこく粘ってきてな。結局一度皆と相談してから決めると言って今日は帰したんだが……。」
「明日も来るって言ってたし、依頼を受けるまで毎日押しかけてくるんじゃない。」
スミトモの答えをアンナが補足した。多少投げやりな口調なのは彼女もあの大地人商人の構成を受け続けたからだ。結局会談はこちらは終始押されっぱなしで完全に向こうのペースであった。
その様子を聞いて「大変だったね」と声をかけたマスター代理は詳細を問う。
「それでどんな依頼だったの。」
「えーと。ちょっと待ってください。確かこのメモに……。」
そういってメモ用紙を探り、そこに書かれた依頼を一つずつ読み上げる。
「依頼の内容は輸送とその護衛。品物は木材の他、果物などの素材アイテムも多いです。船はウチから出してほしいとのことですが、量が多いので一隻では無理ですね。流れとしてはまずナインテイル南部の街ヒュウガまで行き、そこで品物を積み込んでから出港。ナカスの港に帰港したのちアキヅキの街まで陸上輸送して引渡しだそうです。ほとんどこっちの負担なんですが、それ以上に報酬が破格で……。」
そう言って報酬額が記されたメモを皆の前に差し出す。そこに書かれた金額を見た皆が驚きを顕わにした。例外なのはすでにその驚愕を乗り越えた私達数人のみである。
「報酬が金貨10万枚って本当か。桁が二つ、三つ間違ってないか。」
航海訓練から急に呼び戻されて不機嫌だった八艘もそれを忘れて私に詰め寄ってきた。たしかにゲーム時代では商業系の大規模クエストでもその報酬の総額はこの半分以下である。信じられないのも無理は無い。だがスミトモは首を振ってその疑念を否定した。
「いや、その額であっている。何度も確かめたから間違いじゃない。」
その重々しい口調には一遍たりとも嘘は紛れ込んでいない。そのことを私もアンナも知っている。だが古参のメンバーのその言葉でも混乱は静まる事は無かった。マスター代理すら再度の確認してきたぐらいだ。
「本当に間違いじゃないのかい。向こうからの飛び込み依頼といい、ウチの船の貸し出しといいちょっと普通とは思えないクエストなんだけど。」
確かにその言い分も分かる。ゲーム時代にも船舶の護衛やアイテムの輸送といったクエストは存在したが、その報酬はせいぜい金貨数十枚であったし、船もクエスト専用のものが用意されていて、それに乗り込む形で進めていた。
そもそもこちらからクエストを受けに行くのではなく、向こうから押しかけてくるクエストなぞ聞いたことも無かった。
「これも<大災害>の影響なのかねえ。」
未だ信じきれないのかマスター代理は困ったように呟いたが、ふと思いついたように話を振ってきた。
「もしかして、港の子供達を保護した事で何らかの条件を満たしたとか……。」
その言葉を気が付いた。成程確かにその可能性も……。
「いや、マスター代理。流石にそれは無いでしょう。港の孤児達とよその街の商人じゃ関連無さ過ぎですよ。いったいどんなつながりがこんな事になるんですか。」
「ああ、うん。そうだよね。いくらなんでもそれは無いかなあ。まあただの思いつきだから気にしないで。」
数人のツッコミを受け、マスター代理はあっさりと自説を引っ込めた。確かにただの思い付きのなのだろうが、もしかしたらと言う事もあるかもしれない。一応後で確認はしておいたほうがいいだろう。
そのことについては心の内に納め、肝心の問題へと話を戻した。
「それで、マスター代理。この依頼どうしましょうか。私はあまり気乗りがしませんが、かといって無視するのもちょっと……。」
否定するも言葉を濁す。
現状他のギルドの受け入れや、船の預かりなどで<七福宝船団>の財政は良好とは言い難い。航海訓練の合間を縫って収集した海草などの素材アイテムがそれなりの高値で売れることもあり、当面は何とかなりそうだが、それでも数ヵ月後は分からない。故に成功報酬とはいえ、この金額は魅力的であった。
だがこのクエストを受ければメンバーの一部がそれなりの期間、このナカスの街を空けることになる。現状において表面上は安定しているように見えるナカスだが、積み上げられた問題は何一つ解決していない。
またハウリングの勢力拡大などの火種も次々と生まれており、迂闊に目を離すのは危険だという認識はこの場にいる全員の共通のものであった。
それに問題はそれだけではない。幹部の一人、M博士がその最大の問題に触れる。
「っていうか、そもそもヒュウガまで船で行けるのか。ここ数日でやっと日帰りの航海が出来るようになったばかりだろう。そんなんじゃ、そもそも行ってくるのは無理なんじゃあ。」
色つきの一眼鏡を拭きながら彼は言う。白衣を着たその猫人族の青年は海老鯛と同じこのギルドの古参メンバーの一人で、面倒見がいいことで知られていた。彼としてはそんな航海にメンバーを送り出すなど考えたくも無いのだろう。
だが彼の言葉に航海班の班長は思いがけない反論をした。
「いや、確かに日をまたいでの航海はまだ成せてはいないが、これもいい機会かもしれない。どの道アキバやミナミを目指す以上は、長期の航海が必須になるし、そろそろそのための訓練演習も考えていたところだ。ならばこのクエストを利用させてもらうのも悪くは無いかもしれん。」
八艘の言葉に、否定側に傾いていた天秤が揺れる。確かに彼の言葉通り、最終的には成さねばならないことだ。訓練のおかげでかなり船を操れるようになってきているし、一重に無謀な挑戦とは言い難い。
それに連日の訪問で状況を尋ねられ、希望的観測を返して失望されるのもいい加減うんざりしてきたところである。危険といっても復活可能な現状では取り返しの付かないことなど想像できないし、ここらで目に見える成果を出すのも悪くは無いかもしれない。
「確かにそう考えると悪くは無いかもしれません。すでに<大災害>から半月あまり、状況は悪いほうにしか変化していない。ならばここらで動いてみるものいいかもしれません。」
「おい幽夜、お前さっき気乗りしないとか言ってなかったか。まあいいか。確かに俺も八艘の言葉には一理あると思う。いい加減待つもの飽きてきたところだしここらで一発ドカンとかますのも悪くはねえ。」
私を含め数人が八艘の言葉を支持しだした。皆この状況に焦れてきているのは同じである。何かしらのプラス方向の変化を起こしてみたいと思うのも当然だった。
「まあ、大抵の事は今の私達でもどうにかなるか。分かった、このクエスト受けてもいいよ。」
その意見に背を押されたのかマスター代理は許可を出す。だが流石に無条件ではなかった。
「ただし、受けるのはギルドじゃなくてあくまでも船主会のメンバーにすること。良くも悪くも今ウチはナカスの街の注目を集めているし、余計な介入もされたくないからね。下手に知られでもしたら同行させろなんて混乱が起きるかもしれないし。ならば航海訓練の一環として扱い、その内容は外にはなるべく秘密にしたい。それに危険もあるだろうからメンバーも絞っておく。これでもいいかい。」
「まあ、他にも問題は山積みですし、仕方ないですよね。」
同じ渉外部に所属するロスタイムエースがため息混じりに呟いた。本部に缶詰される事が多い私と違い、その小柄な体躯と軽快なフットワークで他のギルドや勢力間を飛び回っているこのドワーフの格闘家にとってなにか思うところがあるらしい。
ともあれ、依頼は受諾する方向で話は進んだ。不安はあるが同時に安堵もあった。今日の会談の様子をみる限りあの女商人が簡単に諦めるとも思えなかったからである。仮に断ったとしても、しつこく訪問をかけてきそうだったので密かに怯えていたのだ。
「それでスミトモ、何隻ぐらいの船が必要だと思う。」
そんな私の思いを他所にマスター代理はスミトモへと問いかけた。
「そうだな、最低でも中型が二隻は要るだろうな。それに護衛として小回りがきく小型も数隻は欲しい。まあ、こんなところだろう。」
「あまり数を多くしても、統制を取るのが大変になるだけだし。まあそれぐらいか。」
八艘もその答えに同意を返した。それを聞いたマスター代理はしばらく考えていたようだが、やがて結論を述べた。
「分かった。じゃあ、中型2隻、小型3隻でいいな。あと南部に行くんだったらついでに果物とかの採取も頼もう。そろそろまともな物が食べたくなってきた。」
その言葉に一同から笑いがもれた。ともあれこうして<快速!七福宝船団>の初遠征は決まったのである。
次からは遠征の話。