神の悪戯
これは過去の話になります
「鬱陶しい大人にはうんざりだ」
僕は呟いた。
公園で楽しく遊んでいた僕に一つ年下の女の子が近付いてきたのはいいんだ。その子の親の迎えが遅いからっていうのもあるし、家が近いからよく遊んでいて、仲も良かった。
子供を放って仕事ばかりしている親や、まだ小さい僕に小さい女の子を預けて夜の公園に置き去りにする先生に文句が言いたいんだ。闇という文字がピッタリな時間になってきたんだぞ? 迎えは来ないし、先生は帰宅済み。
不審者が出没しているという噂もあるのに、平気なのか彼等は。
僕は落ち着くために目をつぶり、その公園の象徴ともいえる大きな木にもたれかかった。そして今朝鏡で見た自分の姿を思い浮かべる。小学五年生になった成長途中の身体。背は高いほうだけど大人に比べたらまだまだ小さいほうだ。
いざとなった時、僕は預かった女の子を守れるのだろうか。あまり自信はない。だが、彼女が僕を信用してくれている限り、絶対に守り抜いてみせる。その気持ちは本物だ。
彼女に家の場所を聞いて、連れて帰ってあげよう。鍵は持ってるみたいだし、僕もそろそろ帰らないと母さんに怒られる。
女の子に目を戻す……が、いない。
慌てて周りを見渡して、彼女が着ていた白いワンピースを探してみる。人の気配は一つもない。
軽く混乱した。
まさか、こんな短時間で、しかもそんなに広くない公園で人が居なくなるなんて事、あるはずがない。
そうだ、こういうときは名前を呼べばいいんだ。人もあまり来ない公園だし、声はよく通るはず。
えっと、たしかあの子の名前は……
「お兄ちゃん! こっちだよ~!」
元気な声が後ろから聞こえた振り向くと、砂場のほうでジャンプしている純白の少女が。僕はホッとして微笑んだ。
「なんだ、そこにいたのか。心配したよ?」
「えへへっ!ごめんなさ~い」
ペロリと舌を出す彼女の頭を軽く撫でた。無事で、本当に良かった。
……多分、僕はこの子が好きなんだ。だから守りたくなるし、大切だと思う。好きという二文字で解決させてしまうのは気に食わないけど、それ以外の言葉が思いつかないのだから仕方がない。無駄に虚勢を張って、悪態をついている僕が人を好きだなんて、なんか笑える。
「見てっ! 砂でケーキできたよ!」
「すごいな。うまそう」
めっちゃ可愛くて、見てると元気が出てきて、素直。そんな彼女の傍にこれからも居たいと思ってしまう今日この頃。
「はいできた! お団子だよ~!」
……うん。家に帰りたい。
マジで母さんに怒られそうな気がする。僕の成績が落ちてきたから、なんだか母さんの沸点も低めになってきたみたいで、最近よく怒るんだよな~……。
「あのさ、家教えてくれたら送るよ? 一緒に帰ろ」
「やだっ」
「……暗いし、怖いだろ?」
「お兄ちゃんが居るから怖くないもん」
膨れてる。可愛い。実の兄になりたい。もう怒られてもいいからずっと一緒に居たい……。
でも、薔薇の香りのする長い黒髪もふわふわのワンピースも泥だらけだし、さすがにこのままというわけにもいかない。
「んじゃ、競走しない?」
ならばと出したそのセリフに、女の子の耳がピクリと動いた。なんか気になっちゃうよな、競走って。
「君の家まで競走しよっ! 勝ったらお菓子あげるから!」
「おぉ! やりたい!」
言うと思った。僕はチロリと唇を舐めた。
「よーい、ドン!」
自分の口から出たとは思えないほどの大きな声が合図となり、女の子は走り出した。あとはついて行くだけ。っていうか、家が近くていつも遊んでいたのに彼女の家を知らなかった僕もおかしいよね。
優雅に踊るスカートを眺めながら公園の出口に向かう。
ガサッと音がして、周りの木が揺れた。何だと思って一瞬身構えたが、ただの風だった。
そのせいで彼女から少し目を離しちゃったんだ。
横断歩道を渡ろうとして飛び出したのか、女の子の体は大型トラックの眩しい光に包まれていた。ファーと五月蝿いクラクション。
危ない! 誰かが叫んだ。周りに人は居なかったし、多分僕なんだろうが覚えていない。
僕は走った。初めて本気で、全速力で走った。冷たい風が頬を掠める。その小さな体を庇おうと、女の子の前に飛び出した。
ドンッ
気がつくと僕は宙を舞っていた。
女の子は地面に倒れている。白かったスカートがだんだんと紅に染まっていく。
神様は意地悪で、舞った僕の降りた先は彼女から遠く離れた場所だった。でも届くと信じて、手を伸ばす。全身に今まで感じたことのないような激痛が走るが、必死に我慢する。これくらいはさせてくれよ。彼女に伝えたいんだ。僕の気持ちを。
「……か」
君はいつも怒ってたよな。名前を呼んでって。照れくさくて嫌だったんだけど。
今は、呼びたい。呼ばせて欲しいんだ。名前という君の美しいメロディを、僕の最期に飾りたい。
「○○○」




