六角
生きていくとはなんでしょう?壮大なのでよく分かりません。
ただ、どんな時でも自分だから。自分が正しいと思った事はどんなことでもやっていきたいなぁ。
身近な優しさに合掌せよ。
ブロロロロ
信号のない横断歩道でたまたま見かけたお婆ちゃんは、カートを押しながらとても大変そうに歩いていた。車達は苛立ちながら待っていて、お婆ちゃんを利用して別の歩行者はスルッとまた渡っていく。当たり前だけど、人は人を殺めてまで急がない。
「大丈夫?お婆ちゃん」
「あ、……いえいえ。だいじょーぶだよ」
カートの中には買い物したものがギッシリと詰まったエコバックがあった。お婆ちゃんは目も良くなく、耳も遠くなっていて道路の状況を分かっていなかった。腕と足にはいる力がなくて、押すだけでとても辛そうだった。
川中明日美は困ったお婆ちゃんと、イライラしていて待っている運転手達のため、お婆ちゃんのエコバックをとってあげた。ちょっと、重いけどなんとかできそうな抱え方だ。
急に軽くなるカートに驚くのにさえ、若さがある川中より2テンポほど遅れて知る。
「おおっ、悪いねぇ」
「少しの間、持ってあげますよ」
川中の機転のおかげで少しだけ早く横断歩道を渡ったお婆ちゃん。車はやっとかと、溜め息を吐くようにアクセルを踏み込んでいく。
近々舗装工事となる歩道は凸凹していて、カートが走りにくかった。川中は隣で手を差し伸べてカートを押す手伝いもする。
「何から何まで。ごめんねぇ」
「大変そうですから。大丈夫ですよ」
お婆ちゃんの目には川中の眩しい天使の笑顔がよく見えなかった。だが、雰囲気と声から自分より4回りも違っていることはお婆ちゃんには分かっていた。
届いている声は優しさを発していたが、受け取ったお婆ちゃんにとっては凶器同然だった。
体は大変、楽になった。けれど、心の方は……
「惨めだから、もうここまででいいよ」
「いえ、もう少し」
「いいって!」
人を助けるという行為は、助けられた側が弱者であることを証明する。弱者という枠組みを振り払いたいのは人間の多くが持つ心。劣等を知ることは屈辱。劣等を跳ね除けたいと意識するも、周りは優しさや無関心で劣等を通達している。自分だけが世界じゃないのは何十年も生きていれば分かる。
「参るねぇ、お嬢さん。高校生?」
「はい。……あ。川中って言います」
若い人にだって優しい人がいる。
でも、優しい人は知らないのかもしれないけど。人を見下している。人を恥じて見ている。
辱めを浴びた者はそのまま干されるべきなのだ。
それを分かっていない。どうして?馬鹿だからって言葉じゃないだろ?
「優しくされるのは辛いんだよ」
「でも!私がしたいからしたんです!」
たまたま助けられただけだが、目がよく見えなくてホッとしてしまう。どんな顔をしているか知ったらとても、許せなくなってしまう。
「助ける人がいれば助けられる人もいる。私はそれがずーっと、続けばいいんです」
「は?」
川中の理念はとても優しい。とても純粋に優しさに染まっていて悪という存在自体を知らない。
「誰もが助け合えるなら、困りませんよね?私はお婆ちゃんが今までしてきた優しさの分だけ助けていると思ってください!」
天使は悪魔でもある。
そして、天使ほど何も知らない。
救われたその手にありがとうと、心を込めて言えなくなったのはいつの頃からだろう?
ありがとうは。
「ありがとう」
もう、この口とこの身体、この経験からは言いたくない言葉。生きていてホッとする気持ちは込められていない。
だから、ありがとうと言われずにまだ生きてみたい。
「ここまでありがとうね、川中さん。このおやつをあげるよ」
「ええっ!?いいですよ!」
「いいのいいの。私のお礼なんだよ。本当にありがとう」
人に優しさを渡せるくらいには回復したい。こんな小さなおかしよりもよく。
「それにしても、あんなに良い女子高生がいるんだねぇー」
助けられたくないじゃない。そう思われないようまだ歩いていこう。