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出陣

 敵というものはいつも突然現れる。事前に敵地へ攻め込むと宣言する紳士協定は無く、むしろ、どうすれば敵を出し抜けるかを常に考える。

 その日も平和な一日になるはずだった。

 午後の訓練で城内中庭の訓練場にいる時だった。突如として一体の魔族が慌てて掛けてきた。その姿に周囲は只事ではないと悟り注目した。

「騎士団長、敵襲です! 人間が我が領地を侵略にやってきました!」

 その一言に静まり返っていた訓練場のあちこちからどよめきが湧き上がってきた。一瞬前までアースの目の前で笑顔だったレイナの表情が変わる。鋭い眼光が伝令の魔族に向けられる。

 伝令に来た魔族はグラオベンに駆け寄り耳打ちで何かを報告すると、すぐさまどこかに走り去っていった。別の場所にも伝令を届けるのだろう。そして、慌ただしい訓練場の中で一際大きな声が響いた。

「団長は集まれ!」

 喧騒を貫く鋭い声。訓練場の中央にいるグラオベンが大声を上げると、周囲から何体かの魔族たちが前に出てくるのが見えた。両腕が翼になった女、全身が体毛に覆われた狼男、蒼白な肌と鋭い牙を持つ吸血鬼、九つの尻尾を持った狐の女、二本の角を持つ白馬。他にも何体かの魔族がグラオベンの前に集まった。

 グラオベンはアースにも目配せをし、集合を促した。アースは何も言わずに、それに従い、グラオベンの前に集まる魔族の輪に入った。当然、その輪にレイナも加わるのだろうと思ったが、それは違った。

 レイナはアイラを連れて、淀みない足取りで訓練場を後にしていた。その後ろ姿はすでにいつものレイナではなかった。

「たった今、人間たちが北の領土に侵攻してきた。現在は駐留部隊が食い止めているが、時間の問題だ。今回は第一から第三団が出る。残りは戦闘待機だ」

 グラオベンは必要最低限の情報だけを伝えた。それほどに状況は緊迫しているということだろう。その事実に気付いた各団長の表情がさらに険しいものへと変わる。

 各団長はグラオベンの命令を聞くとすぐさま散り散りに訓練場から離れていった。その場に残されたアースにグラオベンが口を開く。

「勇者、今回の戦闘には貴様も参加してもらうぞ」

 グラオベンの言葉にアースの心臓が一際大きく脈動した。今まで何度も戦闘には参加してきた。しかし、それは人間同士の戦いだ。今回は違う。人間対魔族。そして、アースは魔族側の人間だ。

「あ、あぁ……」

 覚悟は出来ている、といえば嘘になる。しかし、今の状況に身を置いた時点でいつかはやってくることだとは分かっていた。


 訓練場から城門へ。従者であるアイギスの案内に続いて場内を歩いていると、不意に声を掛けられた。

「勇者様っ!」

 声の方に視線を向けると、先ほどレイナと共にいなくなっていたアイラが一本の直剣を大事そうに抱えながら立っていた。

「これから出陣するんですよね? でしたら、これを持って行ってください」

 アイラが渡してきたのは何の宝飾もない普通の直剣だった。

「これは?」

 アースは直剣を受け取って、鞘から引き抜く。刃に反射した照明の光が直剣の鋭さを物語っている。しかし、凝った装飾もなく、どこから見ても普通の直剣だ。

「姫様が勇者様に渡すように、と」

「レイナ、が?」

「はい。勇者様の剣は折れてしまったでしょう? その代替品です」

 確かに、アースは初めてグラオベンと剣を交えた時に自身の直剣を折ってしまっている。日頃訓練場で使っている物はグラオベンが用意した剣だが、それこそどこにでもあるような直剣だった。それではダメだったのか、そう思いアースは自分の腰に帯びている直剣を一瞥した。

「これはですね。先代の魔王様が使われていた大変貴重な剣なんですよっ」

 不思議そうに直剣を眺めるアースにアイラが説明してくる。そして、妙なスイッチが入った様に饒舌に口を開く。

「先代の魔王様。つまり、姫様のお父様ですね。その魔王様が戦闘の際には必ずその剣を携えて出陣されていました。私は戦闘には参加していないので詳しくは知りませんが、その剣を持った先代魔王様はまさに一騎当千だったそうですよ」

 アイラの言葉を聞いたアースはゆっくりと隣にいるアイギスに視線を送った。今のアイラの言葉の審議を確かめるために。

「私は先代魔王様の戦いぶりを間近で見ましたが、とても凄かったですよ。お一人で敵一個旅団を相手に戦っておられました」

 数千人の兵士の集まりである旅団を一人で相手にした。アイギスの言葉に先代魔王の凄まじさを思い知ったアースだった。しかし、そんな人外の力を持った魔族が扱う直剣ならば、もっと違う形状をしていても良いのではないか、とも思った。すると、その疑問を解消するようにアイラが口を開く。

「その剣は素材を厳選して造ってあります。まさに唯一無二の剣です。余計な装飾などは除外し、鋭さ、強度、そして使いやすさだけを求めているそうです」

 アイラの言葉に嘘は無さそうだった。先程からアースはこの直剣が異様に手に馴染む事に人知れず驚いていたのだから。

「でも、そんなすごい剣をどうして俺に?」

「それだけ期待されているんですよっ」

 まさに愚問だった。魔族の勇者として召喚されている以上、現魔王であるレイナはアースに多大なる期待を寄せている。そして、それを形として表したのが、この直剣だ。

 しかし、今のアースにはその期待が重かった。これではますます戦闘に参加しなくてはいけない状況になってしまった。可能な限り戦闘には不干渉でいたかったが、それも無理そうだ。

「それで、その本人はどうしたんだ?」

「今頃、パストゥール様と揉めていると思います」

 アースは少しだけ考えて、すぐに何で揉めているのか理解した。おそらく、戦闘に参加するしない、だ。出陣しようとするレイナを必死に止めるパストゥールの姿が容易に想像できた。

「それでは、アイギス。勇者様の護衛、任せますよ?」

「大丈夫ですよ。アイラこそ、留守を頼みますよ?」

 アイギスはアイラの頭に手を置いて撫でる。そんな姿を見て、この数日間の光景が思い出される。すると、アースは自然とこんな事を口にしていた。

「二人は仲が良いんだな」

 アイラとアイギスは年齢こそ違えど、それ以上に仲が良さそうだった。

「はい、私たちは姉妹の様なものですからね。小さい頃から姫様も一緒によく遊んでいました」

 以前、アイラは訓練場でも似たような事を口にしていた。そんなアイラが笑顔を向けてくる。アイギスも微笑みながらアイラの頭を撫で続けていた。

 姉と妹。まさにそんな光景だ。そして、本来ならばここにレイナも加わるのだろう。

「アイギスは盾騎士として、姫様の護衛もしたことがあるんです。ですから、おぉう」

 突然、アイラが変な声を上げた。気づけばアイギスがアイラの下半身の三頭の狼を撫で回していた。器用に三頭の狼を撫でる姿は年季すら感じる。

「ですから! おふっ、アイギスに、あぁ~、護衛を任せればぁぁ~」

 アイラはくすぐったそうに体をくねらせているが、アイギスの手からは逃れることは出来ていなかった。むしろ、狼たちは積極的に撫でられにいっている。

「もう、アイギス。やめてくださいっ」

「いいではないですか、動物を愛でるぐらい」

「タイミングというものがあるでしょうっ」

 アイラはアイギスの手を取って、口調を強めた。これから戦闘に赴くとは思えない、いつもの光景だ。それがどこか安心感をもたらしてくれる。

「それでは、お引き止めして申し訳ありませんでした。いってらっしゃいませっ」

 少し乱れる呼吸をしながらアイラは深々とお辞儀をしてアースとアイギスを見送った。


 城門に着くと、そこには既に多くの魔族が準備を終えて出陣を待っていた。その中にアースとアイギスも加わった。周囲の魔族は作戦の打合せ、指示系統の最終確認に余念がない。自らを鼓舞する者も大勢いる。

 すると、数分もしない内にグラオベンが数体の部下を引き連れ、神妙な面持ちで姿を現した。訓練場の時の簡易な鎧に加えて、全身に黒の鎧を纏い、腰には他の魔族たちとは違う豪華な直剣を帯びている。

「これより、我々は人間どもとの戦闘に赴く。敵の数は千、対して我々の数は三百。しかし! 何も恐ることはないっ。我々は人間どもよりも遥かに優れた種族だ。そして、此度の戦闘には勇者も参加するっ」

 その言葉に魔族の士気が上がる。アースの実力を目の当たりにしている魔族にとって、アースの参加はそれほどに大きな影響となる。

 周囲の魔族たちが返事の代わりに地面を踏み鳴らし、高ぶる気持ちを発散させる。

「行くぞ、貴様ら! 人間どもに圧倒的な力の差を見せつけるぞっ!!」

 グラオベンが片腕を掲げると、魔族たちは最後に数度地面を踏み鳴らし、片腕を掲げた。魔族たちの高ぶりは最高潮となり天へと抜けていく。そして、周囲は魔族たちの地鳴りにも似た怒号に包まれた。


 魔族たちが長距離を移動する際の手段は徒歩でも馬でもない。転送門と呼ばれる、魔力を流した門をくぐるだけだ。それだけで思い通りの場所へと瞬間移動できる。

 その気になれば人間の本拠地に全ての魔族を送り込めるじゃないか。アースはそう考えたが、そうはいかないらしい。瞬間移動には移動先でも転送門が必要とのことだ。

 光り輝く門がアースを待ち構えている。門の先は白い海の様に波間が揺れている。

 アースは見慣れない光景に戸惑っていたが、アイギスに背中を押され半ば強制的に門をくぐらされた。一瞬だけ白い光に包まれたが、次の瞬間には景色が一変していた。 

「ここが戦場です」

「……ひどいな」

 物が焼け焦げた匂い、肌をチリチリと刺す憎悪取り巻く殺気、そして、アースの目の前には未だ断末魔を上げ続けている様な魔族と人間の多くの死体があった。原型すら留めていないものも多くある。街は破壊し尽くされ、火が放たれている。周囲から立ち込める黒煙が空を覆い、太陽の光を遮っている。まるで地獄の様な光景だった。

「人間は魔族の街を全て破壊するつもりです。全てを破壊して、一から街を造るのでしょう」

 人間同士の戦いならば、こうはならない。後々利用できる建物を壊すことはせず、戦闘に参加していない者を殺すこともない。いがみ合う者たちであっても、そこには騎士道精神が少なからず存在する。しかし、魔族と人間の戦いでは全てを破壊する。人間は魔族の存在を全て消すつもりだ。

「第一団は北へ向かう。第二団は東、第三団は西へ向かえ」

 グラオベンはすぐに各団長に指示を飛ばし、迅速に行動を開始した。そして、

「勇者。貴様とアイギスには南を任せる」

 アースにも同様に指示を出す。しかし、それに対してアースは納得がいかなかった。

「ちょっと待て、俺たち二人で戦えるわけがないだろ」

 いくらアースが人間離れした能力を手にしたと言っても、敵の大群に対して二人で戦えるわけがない。

「大丈夫だ。事前の情報によれば、南には偵察部隊がいるのみだ」

 アースは辺りを見渡し、魔族軍が進撃を開始する姿にため息をした。今ここでアースがグラオベンの指示を拒否すれば、魔族たちの反感を買うのは必然。軍全体の士気が下がってしまう。今はグラオベンの言う情報を信じるしかなかった。

「……わかった」

 しかし、これは逆に好都合かもしれないとも思った。周りに魔族がいなければ、アースが戦闘をしたかどうかは分からない。ならば可能な限り戦闘を避けて、この戦いが収束するのを待てばいいと考えたのだ。

 一瞬の算段の後、アースはグラオベンに背を向けて南へと向かった。アイギスもアースの後に続いて南を目指す。

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