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特訓

 翌日、アースはレイナと共に出かけた。魔力を扱うための特訓。それを行うために街の外にある平原へと向かっている。

「本当に大丈夫だったんだな」

 アースは感心している。本来ならば、今日もアースとレイナには専用の講義が用意されていたはずだ。しかし、レイナはパストゥールをどうにか説得し、こうして堂々と出かけることに成功している。

「まぁ、みんな一緒だけどね」

 そう言ってレイナが振り返る。アースも釣られて振り返ると、そこにはアイラとアイギスの姿があった。

 いつものメイド服の上に外出用のローブを羽織っているアイラ。アイギスは白銀の鎧ではなく、シャツにロングスカートといった外出用の装いだ。しかし、盾騎士唯一の武装である白銀の盾を背負っている。

「でも、みんな一緒の方が楽しくていいよねぇ」

 レイナは普段の寝巻の様な服装ではなく、所々にフリルがあしらわれた、まさにお嬢様といった感じの服装だ。しかし、その服装は自分で選んだ物ではないらしく、苦しいのか、首元を緩めてはすぐにアイラに直されるという行動を既に何度も繰り返している。魔王として姫として、民衆の前ではしっかりしてないといけない。そういうことなのだろう。

 一行は街の中をのんびりと歩いている。魔力の特訓に行く途中、アースに街の中を案内するというのが、アイラが出した講義を中止する条件だった。

「まずはお昼を買っていきましょう」

 アイラは手を打って提案してくる。時刻は朝といって申し分ない頃合い。周囲を見渡せば朝市の真っ最中だ。国の主であるレイナがこんな所にいるにも関わらず、多くの者が軽く挨拶をする程度。それぐらいに慌ただしい。

「でも、何を買うんだ?」

 魔族の食事事情に詳しくないアースが口にする。今まで何度か食事をする機会はあったが、そのどれもが城でのもてなしの様な食事だった。それが民衆の食事とは大きく異なる事はさすがのアースでも察しは付いていた。

「手軽に食べるのであれば、パンなどのかさ張らない物が良いでしょうね」

 アイギスが言う。しかし、アイラがそれに待ったを掛けた。

「いや、今日は勇者様が選んでください。何か食べてみたい物があれば、それを買っていきましょう」

 周囲は屋台が軒を連ねている。そのどれもが食欲をそそる匂いを漂わせてアースを誘惑する。城を出る前に食事を摂ってきたにも関わらず、胃が活発に動き出す。レイナはすでにその誘惑に負けたのか、屋台の近くまで行って食べ物を眺めていた。

 アースも屋台を物色し始めた。人間社会と似たような食べ物や、味の想像が全く出来ない食べ物など多種多様に存在している。そして、そんな時だった、

「はい、あげる」

 不意に近くにいたレイナがアースに何かを差し出してきた。

「なんだ、これ?」

 アースはソレを受け取って眺める。一見すれば何かを揚げた一品だ。片手で持てる程度の大きさのソレは薄い紙で包まれており、歩きながら食べる事を想定している様に思える。

「食べてみればわかるよ」

 魔族社会特有の食材かもしれないと思うと少し拒否反応が出るが、笑顔で薦めてくるレイナを目の前にすると食べざるを得ない。アースはゆっくりとソレを口に運んだ。そして、一口。

「……美味いな」

 サクサクの衣を割って適度に汁が溢れだす。それと同時に口の中に広がったのは、柔らかい触感とピリッとした刺激。

「ねっ? だよねぇ」

 アースの反応にレイナの顔が一層明るくなる。

 舌を刺激する味覚、口の中に残る触感、鼻を通る匂い。そこから察するにアースは自分が食べた物の正体が何となく分かった。おそらく、複数の動物の肉を練り合わせて揚げたシンプルな食べ物。しかし、元となった食材に見当が付かなかった。

「これって、何肉だ?」

 アースの質問にレイナは不敵な笑みを返すだけだった。

「だから、これは何肉なんだ?」

 何度聞いても答えは返ってこず、レイナの態度は「知らない方が良い事もある」そう言っていた。

「くっそ……それにしても、美味いな……」

 不安を覚えながらもアースは目の前の食べ物の美味しさには抗えず、材料への疑惑は意識の外に追い出すことにした。口にした瞬間に身体が拒絶しなかったのだから、毒が入っているというわけではない。そう判断した。

「じゃあ、次はこれ」

 そう言って、レイナは次の一品を差し出してくる。

「ずいぶん、柔らかいな……」

 手にした白い物体。中身が透けているのか、薄らと黒い物を包み込んでいるのが分かる。そして、何よりも見た目からの想像よりも重かった。

 アースは恐れることなく齧り付いた。一度、得体の知れない物体を口にしたのだから、何度口にしようが変わらない。

「……ん、甘い。それに、伸びるな……」

 口の中一杯に広がる甘さ、皮には少し塩が振ってありしょっぱい。しかし、それが甘さをより際立てている。そして、何よりも皮が伸びる。まるでゴムの様に伸びる。

「その周りのがモチって言うらしいよ。で、中のがアン。なんか、あそこの屋台の店主の古里の料理なんだって」

 レイナが指差した先の屋台で魔族が手を振っている。レイナもそれに答える様に手を振り返している。そんなレイナの言葉に耳を傾け、アースは夢中でその食べ物に噛り付いた。

 そんな時だった。少し離れた場所で同じように屋台を物色していたアイラが大声を上げて走り寄ってきた。下半身の狼が華麗なステップで人混みを避ける。

「ちょっとー! それ、どうしたんですか!?」

 アイラはアースとレイナが持つ物を指差して言っている。それに対して、アースはモチを咥えながら困惑顔で答えた。

「レイナが買ってきたんだろ?」

 レイナから渡されたアースは当然、そう思う。しかし、アイラはそれが間違いだと分かっている。なぜなら、

「姫様はお金なんて持っていません!」

 アースは咄嗟に手に持っている物を口から離した。そして、レイナに視線を送る。審議を確かめる為だ。

「いや、お店を眺めてたら、くれたんだよ? だから、お金は必要なかった」

 アースとアイラに問いただされたレイナが事実をありのままに説明する。本人は何も問題は無いと主張するが、アイラの考えは違った。

「それはダメです! 姫様がそんな意地汚いことをしないでくださいっ。何よりもお店の方にご迷惑が掛かります!」

 アイラは自身の懐から小さな麻の袋を取り出すと、レイナに店の場所を聞いて駆けていった。おそらく、謝罪と商品の代金を支払いに行くのだろう。

「アイラも大変だよねぇ」

 一体誰のせいでアイラが大変な思いをしているのか。そう口に出かけたが、アースはそのまま黙ることにした。レイナから渡された食べ物を口に入れた時点でアースも共犯なのだ。

 必死に頭を下げているアイラを眺めていると、通りの脇、別の屋台から声を掛けられた。その声はレイナを呼んでいる。とても一国の主を呼ぶとは思えない、近所の子供を呼ぶような声。

「ん? なに~?」

 レイナはすぐに反応して軽やかなステップで屋台に近付いていく。すると、その屋台でまた何かしらの食べ物を受け取っていた。

 明らかに店主からレイナに物を与えている。レイナの姫としての人望のなせる業なのか。アースはそう思って、事の成り行きを見守っていた。

 レイナが店主と談笑していると、謝罪を終えたアイラがアースの下へ戻ってきた。その両手にはアースが食べていた物と同じ食べ物が大量に抱えられていた。謝罪と代金の支払い。それに加えて、お詫びとして商品を大量に買ったのだろう。

「もぉ~、この様な事はこれっきりにしてください、姫様」

 アイラはレイナがいないことに気付かずに注意を促す。当のレイナはまだ店主と談笑中だ。もちろん、片手にその屋台の商品を持って。

「あーっ! またですかぁ!?」

 レイナの所在に気付いたアイラは驚きと怒りの表情を混ぜ合わせ、両手の食べ物をアースに押し付けてレイナの下に駆けていく。これ以上、面倒が増える前に手を打つ。そんな思いがアイラの全身から感じられる。

「アイギスーっ! アイギスゥゥ!!」

 アイラは周囲の屋台の店主にも負けないぐらいの一際大きな声でアイギスを呼んだ。その声に応じて、アイギスが人ごみの中からひょっこり姿を現す。

「どうかしましたか?」

「姫様を取り押さえてください!」

 淡々と聞くアイギスにアイラは血走った眼をしながら答えた。その隙にレイナは捕まるまいと逃げ出そうとしている。ちゃっかり、周囲の屋台から商品を貰いながら。

 レイナ、アイギス、そして主にアイラの大騒ぎに周囲が視線を送る。しかし、いつもの光景なのか誰も慌てた様子はない。むしろ笑って見ている。

 通りの人混みの中を逃げ出すレイナだったが、アイギスによって間もなく取り押さえられてしまった。脇腹を両腕で固定され、一切身動きが取れなくなるレイナ。そんなレイナの姿を見て、アイラが険しい顔つきで指を鳴らす。

「アイギス、いつものを」

 不意にレイナの頭が持ち上がる。アイギスがレイナを肩車したのだ。これならば勝手に動き回られる心配もない。アイラはようやく安堵の息を漏らした。

「うわはぁ~~」

 レイナは広がった視界に嬉しそうにしている。身長が高いアイギスに肩車され、屋台しか並ばない朝市ではレイナの視界を妨げるものは存在しない。そんな景色にレイナは喜んでいたが、すぐに飽きてしまったのか、アイギスの肩の上で暴れ始めた。

 下ろせと騒ぐレイナをアイギスは無視して広場を移動する。すると、説得は無理だと悟ったレイナが大胆な行動に出た。

「こうなったら、自力でぇぇ!」

 声と共にレイナが上半身を後ろに倒していく。危ないとか、そんな躊躇いは無く、バク転の要領で回転し、その反動で脚の拘束を解こうとしたのだ。しかし、アイギスが腕に力を込めたせいで、レイナはアイギスの背中で宙ずりになってしまった。

「これでもダメかぁ~」

 レイナは身体の力を抜き、腕をダランと下げている。髪の毛も逆立ち、頬の肉が持ち上がっているせいで笑顔に見える。そして、フリルのあしらわれた服までもが捲れてしまっている。

「姫様ぁぁぁ! 何やってるんですかぁ!?」

 近くにいたアイラが青ざめた顔で絶叫する。そして、慌てて捲れる服を押えた。

「公衆の面前でこんな事はしないでください!」

 今日一番の大声だ。レイナの身体を起こして、大人しくしている様に説教を始めた。しかし、レイナはそんな事など意に介さず、周囲からの施しを笑顔で受け取っている。

「みんな、あーりがとーぅっ!」

 アイラの困惑を他所にレイナは手を振って歓声に答えている。アイギスは無言のままレイナを支える台と化している。

 そんな平和な姿を見て、自然と笑みが零れていたアースだった。


 城壁を超え、アースたちは北の平原へとやってきた。周囲を森に囲まれ、隔絶された平原。地面に草が生い茂るだけ、ただそれだけの何もない平原だ。レイナたちの幼い頃からの遊び場だという場所。

 平原で昼食を摂り終えたアースたちはすぐに準備を始めた。アースとアイギスが平原の中央で向かい合う。アースは持ってきた訓練用の直剣を携え、アイギスは盾を装着する。レイナはアイラと一緒になって木陰でその様子を眺めていた。

「では、初めに魔力について少しお話しします」

 アイギスは軽く頭を下げて説明を始めた。

「魔力とは魔族ならば誰もが持つ力です。本来、勇者様には魔力がありませんが、召喚の際、一時的にですが身体に魔力を帯びたと思われます。しかし、それではすぐに魔力は枯渇してしまうのですが、姫様との契約で魔族の血を取り込んだことで魔族になり、魔力の制御も可能になったものと思われます」

 アースは胸に手を当てて思い出す。胸に黒い石を埋め込まれ、レイナの血によってソレは覚醒した。あの時だ。

「魔力の扱い方なのですが、実はそれほど難しいものではありません。勇者様が魔力をどう使いたいかをイメージすれば良いのです」

「グラオベンがイメージの力、とか言ってたな」

 アースの言葉にアイギスが静かに頷く。

「イメージは鮮明であればあるほど好ましいですね。しかし、勇者様はまだ魔族としての経験が浅いのでイメージをする事が難しいのでしょう。ですから、イメージのし易い、身体能力の強化で魔力を発動させているのだと思います。どこかでもっと強く、もっと速くと考えたのではないですか?」

 アースはアイギスの言葉で自身の行動を思い返す。

 グラオベンと剣を交えた時、アースは何度も力を求めた。より速くより正確に、と。それが魔力の影響を受け、知らない内にアースの身体に変化をもたらしていたのだ。

「今後、勇者様が人間社会では経験できない多くの事を経験すれば、おのずと魔力の扱い方も熟練していくと思います」

 そう言うと、アイギスは白銀の盾を構えた。

「では、特訓に入りましょう。今日は一日、私と姫様が組手の相手をさせていただきます」

 イメージを明確にするには体験することが最も近道だ。アースもその事は十分わかっている。なので、アイギスの提案にも素直に賛同できる。

「それでは、行きますよ」

 アイギスが白銀の盾を構え、正面から突進してくる。


 特訓は日が暮れるまで続いた。アイギスとレイナは交代していたが、アースは一度の休憩も無く動き続けていた。そして、体力、集中力共に尽きた時、アイラが特訓の終了を告げてきた。

「もう暗くなってきたので、そろそろ帰りましょう」

 周囲は日が沈んだ影響で暗くなっている。造られた明かりは一切なく、太陽の残光が平原を微かに照らすだけだ。近くの森は一歩入れば暗闇になっている。

 アースの目に薄らと涙が滲む。ようやく終わる。アースは膝を着いて脱力した。

「勇者様、どうでしたか? 何かコツは掴めましたか?」

 正面にいるアイギスが盾を背負いながら聞いてくる。

「何か掴めそう、かな。あと少し……」

 あと少しで何かが掴めそうな気がする。アイギスとレイナの容赦のない攻撃を喰らい続けた事がアースへ多大な経験をもたらしている。確実に成長している事を実感できる。

「じゃあ、これからも特訓を続けないとねっ」

 レイナが嬉しそうに告げてくる。本人からすればパストゥールの講義を回避する上手い言い訳だが、アースからすればこんな特訓が続くのは拒絶したい気分だった。しかし、魔力について教えを乞うたのはアース自身だ。強く拒否の意思を示せるわけもなく、なし崩しに次の特訓の約束をしてしまった。


 それから、数日おきにアースは特訓と称してレイナに連れ回された。アイギスやアイラが一緒の時もあれば、レイナだけの時もある。

 街で買い物をして平原で特訓をする。いつも同じ流れの一日だ。毎回、レイナはただただ楽しそうにしている。それを見る度にアースの心の中に何かが芽生え、成長していく。

 ——目の前の少女は、本当に魔王なのか?

 ——人間を憎み、人間に根絶やしにする魔王なのか?

 ——普通の女の子ではいけないのか?

 そんな疑問が心を支配していく。しかし、それはアースがまだ人間と魔族の戦争を経験していないからなのかもしれない。召喚されてからアースは平和な日々を過ごしてきた。戦争の無い平和な魔族の日々。そこには人間との違いは無かった。国民は毎日を懸命に生き、一喜一憂する。

 その光景に、人間であり魔族でもあるアースの心が揺れ動く。自分はどうすれば良いのか。人間と魔族の戦闘になった時、どちらの味方として動くのか。それとも、自分には関係ないと逃げ出すのか。

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