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絶望

「なんだ、こいつ……」

 体長は優に二十メートルは超えている。とても空を飛んでいる生物とは思えない大きさだ。何層もの鱗が太陽の光を反射し、ぼんやりと光っているようにも見える。

「グラオベンっ!」

 レイナの言葉にアースは目を見開く。目の前にいるのが、あのグラオベンだと言うのだ。しかし、翼の形状には見覚えがあった。確かにグラオベンの翼と同じ形をしている。

 すると、ドラゴンは激しい光に包まれた。目を覆い背けたアースが視線を戻す頃には、そこにグラオベンが静かに佇んでいた。

「本当にグラオベンだったのか……」

 レイナがこの状況で嘘を吐くとは思えないが、アースは自分の目で見るまでは俄かに信じられなかった。しかし、いま目の前にいるのはグラオベン本人だ。

「一体何があったのですか?」

 グラオベンはアースとレイナの顔を見て聞いてくる。双方ともに大なり小なり怪我を負っている。心配するのも当然だ。

「私は人間を滅ぼす。でも、そいつが邪魔をするの」

 レイナがアースを指差して言う。親に告げ口をする子供の様な口ぶり。グラオベンが現れたことで多少なりとも冷静になっているという事なのか。それでもレイナが発する禍々しさは健在だ。

 グラオベンはレイナの味方をする。アースは分かっていた。魔族の一員ならば当然の行動だ。しかし、グラオベンはレイナのただならぬ雰囲気に気付き、アースに視線を送ってくる。事情を説明しろ、ということらしい。

「パストゥールに嵌められたんだ。あいつはレイナを完璧な魔王にするために行動している」

「……パストゥールが?」

 グラオベンは腕を組み、険しい顔で考え込んだ。すぐに否定しないところを見ると、アースの言葉に少なからず信憑性があると思ったのだろう。

「グラオベン、どうしたの?」

 グラオベンが自分の味方にならないかもしれない。そう察したレイナは不安そうな顔で問う。

「グラオベンは私の味方だよね? そんな奴の言うことなんて信じないよね?」

 子供が泣くのを我慢するように、縋り付くようにレイナは口にした。見捨てられる。そんな言葉がレイナの心に押し寄せる。

 グラオベンはしばらく考えると、レイナに身体を向ける。すると、レイナの顔が明るくなった。信頼できる仲間を得て、嬉しそうにしている。しかし、グラオベンはレイナに頭を下げると、こう言った。

「申し訳ございません。今は勇者の言葉を信じます」

 その言葉にレイナがよろめく。信じない、信じたくないと身体が強張る。レイナの世界が音を立てて崩れる。アイギス、アイラを失い。グラオベンまで離れていく。もう誰も信じられない。自分の味方はパストゥールだけだ。そう頭の中で呟く。

 グラオベンは直剣を構える。それを見たアースが並んで直剣を構える。

「自分の主を斬るのか?」

「そんなことはしない。これは自分を守る為の物だ」

「そうか……それよりも、どうしてここに来たんだ?」

 アースとレイナは誰にも気付かれていなかった。城の壁などが壊れはしたが、今の戦況下ではそこまで不思議なことではない。グラオベンが姿を現したのはなぜか。アースはそれが気になった。

「パストゥールからここに向かう様に言われたんだ」

 グラオベンの言葉にアースは言葉を失った。またパストゥールだ。あの男はどこまでも用意周到でアースを嵌めようとしてくる。アースはパストオゥールの狡猾さに舌を巻いた。しかし、

「パストゥールの思惑では私が姫様の味方になるはずだ。しかし、現状は違う。姫様を止められるはずだ」

 グラオベンの言葉にアースは頷いた。

 ——そうだ。あいつの思い通りにはならない。絶対にレイナを止める。そして、それができるのはグラオベンだ。

「うぅ、グラオベン……なんで……」

 レイナは両手で顔を覆い泣いている。その姿に心を痛めながらもグラオベンは一歩を踏み出す。

「姫様、私はあなたの味方です。しかし、姫様を非道な魔王にするつもりはありません。姫様は今まで通りで良いのです」

 グラオベンは一歩ずつレイナに近付いていく。

「だったら、私のそばにいてよ。なんで、そいつの隣に……」

「姫様が拳を引いてくだされば」

 無理だった。グラオベンの言葉を聞いて拳を引き、人間を攻撃するのを止める。それは無理だ。なぜなら、人間たちはそんな事など関係無しに攻撃をしてくる。やらなければやられる。戦争とはそういうものだ。

「姫様っ! あなたはパストゥールに騙されています!」

「違う! パストゥールは間違ってない! 人間の味方になったグラオベンの話なんて聞きたくない!」

 レイナは耳を塞ぎ、首を振る。グラオベンを、世界を拒絶する。しかし、グラオベンはなおも距離を詰めながら、口にする。

「あの男は強い魔王を求めている。姫様がそうなる必要はありません!」

 グラオベンとパストゥールは元々協力体制ではなかった。魔王に忠誠を尽くすという体裁があったが為の関係だ。しかし、その忠誠すらも今では違えている。それが言葉の節々から感じられる。

「あいつの言葉は全てが嘘だったんです!」

 次第にグラオベンの声音はパストゥールを強烈に否定するものへと変わっていった。それは常日頃の思いをぶちまける様に。アイギスを手に掛けた男への憎悪だった。しかし、

「やめてよ! 何で仲間の事をそんな風に言うの!?」

 表面上は穏やかだったグラオベンとパストゥールだけを見てきたレイナにとって、グラオベンの言葉は耐えられるものではなかった。姫であり魔王でもある前にレイナは幼い少女だ。そんな少女に汚い部分を見せてはいけない。今となってはそんな配慮がレイナの心を惑わす。

「あの男は仲間などではありませんっ!」

 グラオベンがレイナの肩を掴む。

 ほんの小さな切っ掛け。対峙する者同士が動き出すための小さな接触。触れただけで壊れてしまう人形への接触。ついにレイナは限界に達した。

「うるさいうるさいっ! この、裏切り者めっ!」

 グラオベンの憎悪を目の当たりにして耐えきれなくなった。そして、グラオベンを睨むと身体が勝手に動いていた。

「がっ——」

 グラオベンを激痛が襲う。視界が傾き、重力から解放される。

「ひめ、さま……」

 その言葉を最後にグラオベンの上半身が地面に落ち、下半身がその場に倒れこむ。切断面から多量の血が溢れだし、レイナの足元を濡らす。

「えっ……」

 一瞬の静寂の後、レイナは目を見開いて目の前の光景を確認する。そして、

「うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 レイナの叫びが世界を包む。

 叫びは慟哭へと変わり、レイナは我を忘れてただただ泣き続けた。

 ——どうしてこうなった……

 ——どうして、みんな……

 混乱する脳内。一体誰が悪いのか。誰を信じればいいのか。幼い少女には到底答えを見つけ出すことはできない。

 ——どうして? どうしてどうしてどうして!?

 様々な感情がレイナを襲う。そして、それは憎悪という一つの感情に統合され、レイナの心を冷やしていく。

 これもパストゥールの計画の内なのか? アースの中にそんな考えが過ぎる。

 アースとレイナのやり取りを見ていたパストゥールが最後の引き金を引かせる為にグラオベンをこの場に寄越した。仮にグラオベンがレイナの味方になっていたら、レイナは何の迷いもなく人間を駆逐する。グラオベンがこの場に来た時点で結末は決まっていたのかもしれない。

 その時、アースは周囲が静寂に包まれていることに気付いた。レイナの泣き声は聞こえない。グラオベンを失ったのにも関わらず、こんなにも早く落ち着きを取り戻せるわけがない。しかし、辺りは静寂だ。

「————っ」

 アースはレイナの姿を見た瞬間、金縛りにあった様に動けなくなった。呼吸が浅くなり、全身から汗が流れてくる。

「——が悪い。全部そうだ」

 レイナはブツブツと何かを呟いている。その声は徐々に大きくなり、アースの耳にもハッキリと届いてきた。

「アイギスが死んだのも、アイラが死んだのも、グラオベンが死んだのも! 全部全部人間が悪いんだっ!」

 レイナが纏う赤黒いモヤの炎が一層大きくなる。周囲の草木を腐らせ、建造物が朽ちていく。触れるだけで殺してしまう程の魔力が渦となり、空でさえレイナの気持ちを現すかのように暗雲が立ち込める。見る者全てをひれ伏させる圧倒的な威圧感。

「お前さえ、お前さえ現れなければぁ!」

 渦の中心でレイナが叫ぶ。それだけで空気が揺れ、アースの全身を打つ。そして、それと同時にアースとの距離を一気に詰めてくる。

「くっそっ!」

 反射的に直剣を構えて、レイナの攻撃を受け止める。自身に迫る直剣を全力で押し返す。

「レイナ、落ち着けっ!」

 アースは攻撃を捌きながらレイナに言う。しかし、レイナの耳にはもう何も届いてはいなかった。

「なんで!? なんでこんな事に!?」

 自分の不運を呪う様にレイナは涙を流して絶叫する。レイナの苦痛をアースは理解することはできない。しかし、レイナの叫びを聞く度にアースの心は擦り減っていく。

「私は平和に過ごしたいだけ! なのに、なのにっ!」

 レイナの攻撃は威力を増していく。徐々にアースも攻撃を捌くのが辛くなってきた。レイナもそれに気付き、強力な一撃を放つ。

「私は人間を殺しに行くんだ! 邪魔するなぁ!!」

 大量の魔力を乗せた一撃がアースを襲う。直剣で防ごうとしても、それごと後方に吹き飛ばされる。壁に激突し、瓦礫に埋もれていくアース。それを尻目にレイナは城壁を飛び越えて北門へと向かっていった。

 ——マズい。このままだと……

 このままだとレイナは感情に身を任せて人間を殺し尽す。そしてそうなれば、もう後には戻れない。残虐非道な魔王として君臨し、人間をこの世から駆逐するまで暴走を止めないだろう。それこそパストゥールの望む魔王の姿なのだろうが、アースは当然それを受け入れることはできない。

 瓦礫を退かし、アースも急いで北門へと向かった。

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