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真実

「勇者殿、私は魔族の事を第一に考えているんだ」

 大広間の入り口に両目を眼帯で覆っている初老の魔族が立っている。

「パストゥール……」

 アースがその名を口にすると、パストゥールは一度だけ笑みを浮かべた。

「その為に勇者を召喚するように要請もした」

 パストゥールはゆっくりと歩み始めた。その歩みはアースが落とした直剣へと向かっている。

 ——しまった!

 そう思った時にはもう遅かった。パストゥールは直剣を拾い上げ、アースを見つめる。

「しかし、実際に勇者召喚を行えば、現れたのは人間でした。これではマズいと思いましたよ。まさか魔族の勇者に人間が選ばれるとは」

 パストゥールは昔話に花を咲かせるように笑いながら語りかけてくる。そして、ゆっくりとアースの方へ歩を進める。

 ここまで来ればアースと言えど察せる。

 アイギスを失った戦闘。あれはアースの判断ミスよりも、事前の情報に誤りがあった事が問題だった。戦闘後、アースはグラオベンと共にパストゥールの下へ出向いたが、伝達ミスを犯した者が誰であるのか分からなかった。あの時、パストゥールが伝達ミスを犯した者の名前を言わなかったのは、庇い立てをする為ではなく、初めからそんな者がいなかったからであり、情報を捻じ曲げたのはパストゥール本人だった。

「そこで私は考えたんですよ、何かこの男を利用する手はないか、とね」

 北の平原には転送門など設置されていなかった。しかし、あるはずのない転送門が存在していた。つまり、誰かが造ったということになる。国のトップであるレイナの耳に入らない様に転送門を造り、人間軍を招き入れた者がいる。そう考えるのが自然だ。

「その時、妙案を思い付きましてね」

 初めてその姿を見た瞬間から、何か不気味めいたものを感じていた。あれは何かを謀っている者が纏う雰囲気だ。

「勇者殿の不甲斐なさでアイギスが死ぬ。それで姫様が変われば良かったんですが、あの程度では弱かったみたいですね」

 アイギスの死は仕組まれていた。その事をパストゥールは認めた。しかも、それをその程度と言った。

「それにしても、姫様はお優しすぎる。小さい頃から魔王としての物の捉え方を教えてきましたが、それでも姫様はお優しすぎる」

 レイナは言っていた、世界は自分の物だ、と。それはパストゥールの洗脳とも呼べる教育の代物だ。

「姫様は人間の全てを憎んではいない。侵略してくる敵を憎んでいるだけだ。それでは足りないのですよ」

 パストゥールはゆっくりと近づいてくる。アイラを抱きかかえているアースはそれを睨みつけるが、パストゥールは全く意に介さない。相手は直剣を持っている、いつ斬り掛かってくるか分からない。

「そこで次は信頼を寄せる人間の勇者に姫様を裏切ってもらおうと考えたんですよ」

 パストゥールとはすでにあと数歩という距離まで近付いている。アースはいつでも動けるよう、気取られないように体勢を整えた。それに気づいたアイラが震える手でアースの服を握りしめる。アイラもパストゥールのいつもとは違う空気に何かを感付いている。

「混乱に乗じてこの状況を作り出すために、転送門まで用意したんです。大変でしたよ。あぁいえ、これからも大変ですね」

 パストゥールは直剣を構えることもせずに近付いてくる。攻撃する気配が感じられない。

「なんせ、仲間を殺さないといけないんですから」

 その言葉と共にパストゥールは直剣を突き出した。まるで殺気の感じられない一撃。いや、一撃と呼べるものですらない。呼吸をする様に自然に。いつもの職務をこなす様に事務的に、

「……えっ?」

 パストゥールはアイラの心臓を一突きした。

 自分への攻撃ならば反応できた。しかし、パストゥールの刃はアイラを捉えていた。腕の中でアイラが血に染まっていく。

「……え? なんで……」

 アイラの口から血が迸る。直剣が突き刺さった部分から赤い染みが出来上がる。

 パストゥールはすでに直剣から手を放し、距離を取っている。アースは慌ててアイラに刺さる直剣を抜きに柄を握る。しかし、パストウールはその瞬間を待っていた。

 パストゥールが眼帯を外し、禍々しい泥の様な魔力を発しながらアースの右手を直視する。

「————なっ」

 アースの右手が柄と共に石化していく。アイラの身体と直剣も石化して一体化していく。

「いやです……死にたくないです。勇者様」

 アイラの身体から血の気が引いていく。しかし、アースはそれをどうすることもできない。

「いたい……痛い。いや、いや……しにたく、ない……」

 アイラは涙を流し、アースの身体を強く握り訴えかけてくる。それでも、アースは何もできない。

「おやおや、今の姿を姫様が見られたら、どうなると思いますか? 信じていた人間に裏切られた。人間の全てを憎んでしまいますね」

「パストゥールッ!!」

 アースの激昂が大広間を包む。しかし、パストゥールは意に介さず口を開く。

「最も親しい友人を人間の勇者に殺される。これで姫様は魔王として生まれ変わる!」

 パストゥールは堪え切れずに笑い始めていた。その姿をアースは睨むことしかできなかった。

「ゆうしゃ、さま……」

 アイラの声に反応して視線を送る。

「姫様は、優しい方です。本当は、戦争なんて、したくないと……」

 アイラの瞳は既にアースを捉えてはいない。どこか虚空を見つめている。アースが返事をしても、それすら聞こえていない様子だった。

「どうか、姫様を……助けてください……」

 アースはその言葉に頷いた。約束する。レイナを助ける、と。

 アイラは腕を天へと伸ばす。何か掴もうとしていた。しかし、その手は空を切るだけで何も掴むことはなかった。

「……やだ……しにたく、ない。もっと……ひめさま、と……」

 アイラの腕が力を失い床に落ちる。アースはそれを受け止めることもできずに見ているしかなかった。

「アイラァァァッ!!」

 大広間にアースの絶叫が木霊する。その音は周囲のガレキに反射して、アースの耳へと届く。自分の声が重なり合う。

「それでは、私はそろそろ退散させてもらいますよ。姫様がもうすぐやって来るのでね」

 そう言って、パストゥールは壁に出来た大きな穴へと近づいていく。

「待て、パストゥールッ!」

 アースの静止にパストゥールは笑みを浮かべて答える。

「存分に姫様と殺し合ってください。アイラを失い、生まれ変わった姫様が勇者殿を殺した時、姫様は魔王として完成するのです」

 パストゥールは服を風になびかせて、穴から飛び降りていった。すると一匹の灰色のドラゴンがどこかへ飛び立っていくのが見えた。

 大広間に残されたアースはアイラの体から直剣を引き抜こうとするが、石化してビクともしない。右手も柄と固定されている。

 何度、どんなに力を入れても直剣が離れることはない。そんな時だ、アースが背後に気配を感じたのは。

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