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戸惑

 翌日、アースは床の上で目を覚ました。辺りを見渡せば、アイラが心配そうに顔を覗き込んでいる以外に異常は無かった。

「勇者様、どうしたんですか?」

 レイナから何も聞かされていないのか、アイラの顔には疑問が満ちていた。

 一瞬、アースは昨晩の出来事を話すかどうか迷った。魔王であるレイナから厄介払いされたアースを魔族たちはどう思うのか。それを考えると、あまり口にしていい事とは思えなかった。しかしアースは、アイラなら、と昨晩の出来事を話した。


「なるほど、そんな事があったんですか……」

 アイラは胸の前で両手を握り神妙な面持ちで考えている。

「これからどうしたら良いんだろうな……」

「勇者様はどうしたいんですか?」

 アースの呟きにアイラが反応する。まっすぐアースを見つめて、アースの真意を確かめてくる。

「勇者様の自由にしてください。ここに残るのも良いですし、人間側に行くのも良いです。私は勇者様の意思を尊重します」

 ——いずれ、ご自身の意思で剣を握ってくだされば。例えそれが姫様に刃を向けようとも——

 自分の意思に従え。それはアイギスの言った言葉と同じものだった。

「俺は——」

 ——何がしたいのか……

 アースは視線を空中に泳がせる。

 もちろん、自分のいた時代に帰ることがベストだろう。しかし、それは方法がわからない以上、難しい。かと言って、人間側に保護してもらうのもあまり考えられなかった。少なからず魔族に情を抱いたままでは、裏切ることになってしまう。

 それに何よりも、アースは自分がレイナに刃を向ける事など考えられなかった。初めは偽りの忠誠だったとしても、この時代でレイナはアースの主であり、アースはレイナの勇者だった。いつの間にか、アースはレイナに惹かれていた。本人でさえ気づかない内に、レイナはアースの守るべき者になっていた。

 アースは自分の意思に従い、自らが進むべく道を決める。決意の籠った視線でアイラを見据える。

「俺は、ここに残るよ」

 その言葉にアイラは目を輝かせ、顔を明るくした。

 ——そうだ、間違っていない。俺は魔族の一員として、この地に残る。例え、レイナに拒絶されようと、俺はここにいる。

 アースは決心すると、すぐにレイナの下に向かった。昨晩の話の続きをするためだ。胸の魔石を取り除かれ、一方的に別れを突きつけてきたレイナに会って、言いたいことがある。

 会議室の前に着くと、扉の奥から話し声が聞こえてくる。グラオベンやその他にも多くの魔族がいるようだ。そして、その中にレイナの声も確かにあった。

 アースは一度だけ深呼吸をして、扉を開いた。

「…………」

 扉が開かれたことで会議室内の会話が一時的に止まり、その場にいる全員がアースへと注目する形になった。

「……勇者か。今、作戦会議をしているところだ、座れ」

 グラオベンはいつもと変わらない調子で声を掛けてきた。アイラ同様、レイナから何も聞かされていない。他の魔族たちも同様だ。アースを見る目がいつもと変わらない。

 そして、肝心のレイナは部屋の奥にいた。アースのことを睨んでいるのか、無表情のままでいた。しかし、昨日までのレイナとは違う。アースは何か直感めいたものを感じた。佇まいからなのか、纏っている雰囲気からなのか分からないが、今のレイナは今までの年相応の無邪気な少女ではなかった。

 アースは会議室の一角に用意された椅子には座らず、真っ直ぐにレイナの下に向かって行った。昨晩の話の続きをするために。しかし、

「レイナ——」

 アースが口を開いた瞬間だった。タイミングは最悪。まるで二人の会話を遮るように激しい轟音が周囲に響き渡った。

 会議室内は騒然となり、全員が窓際に駆け寄る。窓から見える景色はいつもと変わらない。ただ一点、街の北から煙が上がっている以外は。

 何が起こったのか理解できずに狼狽する魔族たち。すると、すぐに伝令役が息を切らせて現れた。

「敵襲です! 人間どもが北から現れました!! 既に北門は突破されています」

「なんだと!?」

 なぜ人間がここまで現れたのか、北には人間の領土は無い。そんな声が部屋の至る所から上がる。しかし、現に人間は北から現れ、攻撃を開始している。

 戸惑う魔族たちを尻目に人間の攻撃は更に熱を増していく。会議室からは街へと降り注ぐ無数の岩が見える。

「団長、ご指示を!」

 伝令役の一言に視線がグラオベンへと集まる。戦闘の全てを任された男の指示を待っている。その期待に答える様にグラオベンは一瞬だけ思案し、すぐに指示を飛ばすため口を開いた。しかし、それは思わぬ人物に阻害された。

「第一団から第三団までは都市内の敵を排除しつつ北門の奪還。第四団は空から攻城兵器の破壊。残りの各団は住民の避難誘導。戦闘は各自の判断で許可する」

 会議室の奥に佇み、冷ややかな表情でレイナが告げる。場の空気を掌握するような声にその場にいた全員の動きが止まる。一瞬だけ、人間たちの攻撃音が止んだ気がした。

「何をしてるの!? さっさと動きなさい!!」

 部屋全体を揺らす様な、味方ですら恐怖する様な声に全員が一斉に会議室から飛び出していった。会議室にはアースとレイナの二人だけが残る。

「レイナ……」

 アースはレイナのあまりの変貌ぶりに困惑する。しかし、そんなアースにレイナは冷ややかな視線を送る。淡々と、感情を排除した声がアースを襲う。

「……まだいたんだ」

 おそらく、レイナは昨晩の事を言っているのだろう。なぜ、アースがいまだに魔族の領土にいるのか。

「あぁ、俺は……魔族につくことにしたんだ」

 アースが口にすると、一瞬だけ、アースが気付く間もない程に一瞬だけ、レイナの顔が綻んだ。しかし、それもすぐに消え、元の冷徹な表情へと戻っていく。

「そう……」

 レイナは顔を背け、窓の外に目を向ける。街の至る所から煙が上がっている。その光景はアイギスを失った戦闘を嫌でも思い起こさせる。

「俺は他の人間とは違うと、お前に証明してみせる。決して、俺はお前の敵にはならない」

「へぇ、そう。でも、あなたの意思は関係ない。今すぐに人間どもの下に帰って」

 レイナはアースを睨み、言い放つ。しかし、アースは確固たる意思を持ってここにいる。それを邪魔することはレイナであってもできやしない。

「俺はここに残る。俺は魔族の、お前の勇者なんだ!」

 アースの言葉にレイナは喜びと怒りが混ざり合った表情を浮かべた。そして、

「どうしても、帰るつもりはないの?」

 レイナは右腕を胸の前に掲げ、拳を握った。その拳からは純粋な魔族ではないアースですら視認出来るほどの魔力が溢れていた。赤黒いモヤがレイナの右手の周りで渦巻いている。今すぐ目の前から消えないと本当に殺す、と。

 レイナの殺気に気圧されそうになりながらも、アースはその場に踏みとどまる。今ここで逃げ出しては意味がない。

「…………」

 二人の間に膠着が続くと、レイナの心の葛藤が再び姿を現す。人間を殺したい自分と、アースが傍にいて欲しい自分。相反する心情にレイナは動けずにいた。切っ掛けを求めて思案するが、何も浮かばない。

 そんな時だった。レイナの気持ちを察するように会議室の扉が再び開かれた。

「姫様、伝令ですっ。人間軍は北の転送門から現れています!」

「転送門!? 北には設置していないはずじゃ……」

 レイナは伝令役の言葉に驚愕した。本来あるはずの無い物が存在している。そして、それが今の窮地を作り上げている。

「詳細は分かりませんが、偵察部隊の報告です」

「分かった。こっちで対処する」

 そう言って、レイナは伝令役を部屋の外に追いやった。そして、アースの顔を見据える。

「……アース、北の転送門を閉じてきて」

 北には今までの比ではない程の人間がいる。もちろん、全てが魔族の敵としてだ。そんな所に一人で向かえば、例えレイナであっても生きて帰れる保証はない。しかし、レイナはそんな場所へアースを送り込もうとした。そして、

「……分かった」

 アースは重々しく頷いて命令を受け入れる。

「チャンスは作った。あとはあなた次第……」

 この大混乱の中、勇者であるアースが動かないわけにはいかない。しかし、レイナはアースを魔族の手先として扱うつもりはなかった。混乱に乗じて人間に保護してもらえればそれで良い。そう考えていた。しかし、アースはそんなレイナの考えなど、お構いなしに笑顔を向ける。

「転送門を閉じたら、すぐに戻ってくるさ」

 アースは踵を返し、会議室の外へと向かう。

「あっ……」

 レイナは部屋を出ていくアースの後ろ姿に手を伸ばすが、すぐにそれを止めた。

 ——どうして……

 そんな言葉がレイナの心を埋め尽くす。

 ——どうして、逃げ出さないの……

 ——どうして、言うことを聞くの……

 ——どうして、受け入れないの……

 ——どうして、素直にならないの……

 ——どうして、アースが好きなの……

 ——どうして、人間が嫌いなの……

 ——どうして、どうして……

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