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決別

 アースが魔族として初めて参加した戦闘が終わった数日後の夜、アースは自室で考えていた。明かりもつけず思考を巡らす。

 もしも、魔族軍に裏切り者がいるのならば、あの戦闘で何がしたかったのか。情報を売り、人間側に付きたかったのか。しかしそれはアイラが言うように、魔族が人間側に付いても殺されるのがオチだ。ならば、魔族から人間に寝返るという線は薄い。

 次に考えられるのは、邪魔者の排除だ。あの戦闘で窮地に立たされたのはアースとアイギスの二人。魔族軍第一騎士団副団長であり、誠実さの塊と言えそうなアイギスが魔族の誰かから反感を買うとは思えない。ならば、狙われる人物は一人しかいない。

 ——俺か……

 魔族の勇者として現れた人間。しかも、その勇者は過去に偉業を成し遂げた形跡が無い。そんな得体の知れない人間が魔族の象徴であるレイナに信頼を寄せられている。何食わぬ顔で魔族の一員として振る舞っている。気に入らない理由としては十分だ。

 考えれば考えるほどにアースは自身のせいでアイギスが死んだと思えた。

 ——だけど、一体誰が……

 アースを排除しようとした者は一体誰なのか。そこが分からない。

 パストゥールは依然として情報伝達を行った者が誰なのかを話そうとはしない。グラオベンも戦闘の事後処理に追われ、それどころではなかった。レイナはあの日以来、自室から出ようとしない。アイラもショックで仕事でのミスを連発しているようだ。

 現在、魔族軍はとても不安定な状態だ。アイギスの抜けた穴が大き過ぎる。そして、魔王であるレイナが意気消沈してしまっている。本来ならば、こんな時にこそ魔族の象徴であるレイナが軍全体の士気を上げるために行動を起こすべきなのだが、若干十六歳の少女が直面した非情な現実を考えれば、それを期待するのは酷だろう。

 思考が鮮明になり睡魔を遠ざける。アースは眠れずに一人、ベッドで横になり部屋の天井を仰いだ。

 思わずため息が漏れてしまう。アイギスの死、アイラの悲しみ。そのどちらもアースの心の重くのしかかる。そして当然、レイナの事もある。

 ——どんな顔をして会えば……

 アイギスの死の原因は自分にある。戦争で仕方がないとは言え、アースはそう考えている。そんな自分にレイナはどんな目を向けるのか。その時、自分はどんな顔をしているのか。アースにはそれが想像できなかった。いや、想像したくなかった。目に見えている。レイナはアースを憎むだろう、恨むだろう。もしかしたら、アースを殺すかもしれない。しかし、アースはそれで少しでもレイナの気持ちが晴れるのならば、それでも良いとも思えた。

 死ぬことで罪を償う。その考えは愚かだが、他に方法が浮かばなかった。

 アースが考えを巡らせていると、静まり返った部屋にドアをノックする音が響いた。時刻は日を跨ごうとしている。アースは返事をせず、既に眠っていることにして来客を拒もうとした。とても誰かと話す気にはなれない。しかし、

「……アース?」

 静寂の中から聞こえるその声でアースはベッドから飛び起きた。

「……レイナ?」

 零れた声に反応するようにドアが開かれる。廊下の薄明かりに照らされた少女の姿がアースの視界に入ってくる。

「どうしたんだ?」

 アースはできる限り平静を装いつつ口にした。レイナがなぜアースの下に現れたのか。そんなことはアース本人にも十分分かっている。

「……少し、話したくなったの」

 レイナは萎れた花の様な弱々しい笑顔を見せて答える。その顔は一国を統べる王ではなく、年相応のか弱い女の子だった。

 レイナは部屋に入ると、そのままベランダへと足を運んだ。窓を開けると、適度に冷えた空気が部屋を満たしていく。

「ねぇ……」

 ベランダの縁に背中を預け、レイナはアースを見つめる。何の感情も籠っていない、うつろな瞳。

「アイギスは……死んだんだよ、ね?」

 アイギスの死をレイナは確認している。血に染まったアイギスの身体を抱き、号泣した。

「……あぁ」

 アースの返事にレイナは何も答えない。アイギスの死に対して、どう心の整理をつけていいのか分からないのだろう。

「俺がアイギスを殺したんだ。あの時、追い詰められるようなヘマをしなければ……」

 アースとアイギスは逃げる敵を追い、その先で罠に嵌められた。そして、アイギスは命を賭けてアースを守った。

 魔族の一員になると決心し、何か明確な手柄を欲したのかもしれない。それゆえに焦り、冷静さを欠き、追い詰められた。今となってはどうすることもできない。アイギスの死は覆ることはない。

 レイナはアースから視線を外し、眼下に広がる街を眺めた。街の至る所で明かりが点いている。その一つ一つを確認するようにレイナが街を眺めていた。

 そして、しばらくするとレイナは再び口を開いた。

「わたしね、この国が好きなの。アイラにアイギス、グラオベンやパストゥール。街のみんながいるこの国が……」

 無数の星空が覗く空を見上げながら語るレイナの言葉をアースは無言で受け止めた。

「みんな、わたしの家族なんだ。生まれとかは関係なくて、みんながみんな家族なんだよ。わたしはね、アース、家族を失うのがとても怖い。お父さんがいなくなった時も、毎晩のように泣いたの」

 先代の魔王であるレイナの父親は人間との戦いの最中に命を落とした。その原因をアースは知らないが、目の前の少女がどれだけ悲しい思いをしたのかは想像できた。

「わたし、本当は戦いたくない。でも、人間はそんなこと関係なしにやってくる。毎日毎日、どこかで戦いが起こる。わたしが生まれるずっと前は戦争もなくて、みんなで笑い合って生活していたんだよ? 信じられる?」

 魔族と人間の戦争が始まったのは、この時代よりも遥か昔だ。もちろん、レイナは生まれておらず、アースが元々いた時代とも違う。全て遥か遠い過去の産物だ。

「わたしは戦争が嫌い。だって、わたしの物、家族を奪うから。わたしは他人の物を欲しがったり、家族を奪ったりしない。でも、人間はそうじゃない。戦いを始めるのはいつも人間。だから、わたしは戦争が嫌い、人間が嫌い」

 背中を向けていたレイナは言葉と共にアースを睨んだ。両目に涙を溜めながら、憎むべき相手を睨む。

「アース、あなたはどうなの? あなたはわたしから、何もかも奪っていくの?」

 身体が金縛りにあったかのような感覚に包まれた。レイナの視線に指一本動かすことができない。レイナの言葉に思考が停止する。

 レイナにとって、この国、民は家族も同然。それはレイナの全てにおいて他ならない。自分がそれを奪うのか? アースは自身に問い掛けたが、答えは出なかった。

「…………」

 アイギスを死なせ、レイナの家族を奪った。これからもこうしてレイナの家族を奪っていくのかもしれない。アースの心の中に自責の念が更に膨れ上がる。

「……ねぇ、黙ってないで答えてよ。アースはこれからもわたしの家族を奪うの!?」

 今までもレイナの中には人間への憎悪があったのだろう。そして、それは少しずつ積もり、アイギスの死によって臨界点を超えた。

 憎しみによって我を忘れ、全ての人間を根絶やしにするための完全なる魔王。そのレイナが拳を握り、肩を震わせている。しかし、それに対してアースは何も言えなかった。

「そっか、アースも他の人間と同じなんだね……」

 不意にレイナは何かを悟ったように脱力して笑みを浮かべた。

 レイナの笑みにアースは嫌な気配を感じた。全てが手遅れになってしまったような、自分は決定的なミスを犯したような。もう取り返しがつかない。そう悟った。

「いや、俺は——」

 弁明をしようとした、自分は違う、と。しかし、

「うるさいっ!!」

 アースの言葉はレイナの言葉にかき消されてしまった。レイナは再び拳を握り締め、ベランダの柵を殴りつける。衝撃音と共に柵の一部が崩壊し、落下していく。

「うるさいうるさいうるさいっ!! 人間は嫌いだ!」

 錯乱するレイナにアースは駆け寄る。

「おい、レイナ。落ち着けっ」

 レイナの両手を取り、動きを封じる。そこでようやく落ち着きを取り戻したレイナは涙で歪んだ顔をアースに向けた。

「もう、わかんないや。わたしはアースをどうしたいのかな……。アースは好き、だけど、人間は嫌い。わかんない……」

 壊れた人形の様に混乱するレイナにアースはまたも掛ける言葉を見つけられずにいた。すると、涙を流したままレイナは何かを決めたように頷き、アースの手から離れた。そして、

「アース、少し我慢してね……」

 アースの胸へと右手を差し込んだ。

「がっ——」

 あの時と、胸に魔石を埋め込まれた時と同じだった。出血はないが、意識が飛びそうになる激痛がアースを襲う。

 少しずつ胸にある違和感が取り除かれていく。そして、レイナが右手を引き抜くと、そこには黒く輝く魔石が握られていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 アースはその場に倒れ込んだ。激痛と疲労感で立っていることさえ困難になっていた。

「これで、もう大丈夫。アースは……自由だよ」

 レイナはそう言うと、部屋から出ていこうとした。その姿をアースは朦朧とする意識の中で引き止めようとするが、口からは息が漏れるだけだった。

 レイナは最後に一度だけ、部屋から出る瞬間、口にした。

「……アースは人間側に戻って」

 胸の魔石が無くなった以上、アースが魔族に肩入れする必要はなくなった。文字通り、アースは自由の身になった。

「これ以上、近くにいられたら……殺しちゃいそうだから」

 人間を憎んでいる自分の傍にいれば、いずれ殺してしまう。ならば、アースを生かすために胸の魔石を取り除き、自分の目の前から消えてもらおう。レイナはそう考えていた。

「レイ、ナ……」

 アースの意識が刈り取られる。最後に残った記憶はレイナの悲しそうな笑顔だった。

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