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決意

 アースたちが現れたのは街の中心地だったのか、移動を続けても壊れた建物と多くの死体があるだけの光景しか現れなかった。

 そんな中、アースとアイギスの目の前に銀の鎧を身にまとった三人組が現れた。

「ん? お前たち……」

 アースは三人組を一見しただけでは、人間なのか人型の魔族なのかは分からなかった。しかし、隣にいるアイギスが相手に気取られないように静かに構えたことが、三人組は人間だと裏付けた。

「なんだ、人間か。お前たちもこの地区担当か?」

 三人組の真ん中、リーダーと思しき男がアースとアイギスに近づいてくる。元人間であるアースと人型魔族のアイギス。三人組がアースたちを怪しむ様子はない。

「……あぁ、少し遅れたが、そんなところだ」

 アースは隣にいるアイギスを片手で抑え、構えを解かせた。

「味方のフリをするのですか?」

「あぁ、適当に合わせろ」

 人間の仲間の様に振舞っていれば、戦闘は避けられる。むしろ、上手くいけば、人間側に保護してもらうことも可能かもしれない。アースはそう思いながらアイギスを一瞥した。

 ——アイギスをどうにかしないといけないな……

 しかし、そんなアースの作戦を知ってか知らずか、胸に埋め込まれた魔石は疼きだした。心臓を素手で握られ淡く力を込められる様な感覚。魔石は徐々に力を増していき、アースの胸を締め付けていく。

 仲間のフリをするだけで息苦しくなる。本当に魔族側から人間側に寝返った時、おそらく魔石は最大限の力を発揮し、アースを絶命させるだろう。それが容易に想像できる。

「俺たちはこれから一度拠点に戻るが、お前たちはどうする?」

 男の提案にアースは首を縦に振り、賛同した。今は苦しんでいる場合ではない。魔族側であっても、人間側になるつもりであっても、拠点の位置を知っておくことは重要だ。

「それじゃあ、ついてこい」

 男たちはアースとアイギスについてくるように手招きして歩き始めた。アースとアイギスは必要以上に男たちと近づくことはせずに、一定の距離を空けてついて行った。


 幾度となく迂回を余儀なくされ、土地勘のないアースは自分たちがどこにいるのかさえも分かっていなかった。そして、何度目かの路地で不意に男たちの一人が振り返り、口を開いた。

「ところで、お前たち……」

 仲間に向けるとは到底思えない視線。アースの全身を隈なく注視している。何かを探す様に。

 鼓動が速くなる。胸騒ぎ。そして、それは見事に的中することになった。

「紋章はどうした?」

 男は自身の胸を指差した。そこには人間が旗を掲げている模様があしらわれている。両脇の男達にも場所は違えど、同じ模様がある。

「…………」

 戦況がどう動くにしても、人間のフリを続けたがったがそれは無理そうだ。そう思い、アースが小さく舌打ちをする。すると、それと同時に真横からも舌打ちが聞こえた。互いの舌打ちに気付き、アースとアイギスは顔を見合わせる。それだけで自然と笑いがこみ上げてきそうだった。

「やっぱりそうか、魔族か……」

 男たちは姿勢を少しだけ低くし、いつでも動き出せるように構えた。戦闘は避けられない。そう思ったアースも臨戦態勢に入る。

「いかがします?」

 アイギスは主人であるアースに問いた。戦うか逃げるか。それによっては行動が変わってくる。

「戦うしかないだろう」

「良いのですか、相手は人間ですよ?」

 アイギスの言葉がアースの心臓を鷲掴みにする。予期せぬ言葉に動揺した。人間相手に戦うのを躊躇っていることを見抜かれてしまった。誰にも口には出していなかった事を、こうも簡単に見抜かれるとは思っていなかった。

「……構わない。これは戦争だ」

 アースに魔族側の味方をする大義名分はない。しかし、相手が自分を殺そうとしてくるならば、対抗するしか道はない。

 ——自分を守る為に戦う。

 アースはそう心に決め、男たちを見据える。

「わかりました」

 言葉と共にアイギスが右腕の盾を正面に構えた。アイギスの身体を覆い隠すほどの盾。白銀の盾は輝き、地獄絵図となった街に一輪の花が咲いたかのよう。しかし、そんな光景に男たちは驚愕した。

「おい……あれってディアブロシールドじゃないか?」

 悪魔の盾。全ての攻撃を弾く、魔族軍唯一の盾騎士アイギスは人間からそう呼ばれ恐れられているのだろう。安易なネーミングだが、強さを想像するには十分すぎるほどにシックリきている。

「ちっ、増援要請だ! 敵はディアブロシールドと人型の隊長級だ!」

 一人が叫ぶように声を上げるとすぐにもう一人が背中を向けて走り出した。

 アイギスの噂は人間軍まで及んでいる。そして、そんなアイギスがついているということは、アースもまたそれと同等以上の力を秘めている。男たちはそう判断した。

 残った男二人は同時に直剣を抜いて、構えた。アースもゆっくりと直剣を抜いて構える。しかし、男たちは一向に攻撃してくる気配を見せない。そして、相手が来ない以上、未だ後ろ髪を引かれ続けているアースと盾騎士であるアイギスも自ら手を出さなかった。

 ——どうする。このままじゃ増援が来て、囲まれる。逃げるか? いや、こいつらが簡単に逃がしてくれるとは思えない……

 アースの心の中には攻撃を仕掛けるという選択肢が無かった。いや、無いわけではない。ただ、決心がつかないだけだ。自ら攻撃すれば、それは自衛ではない。明確な意志を持った攻撃だ。

 長い静寂が周囲を包む。誰ひとりとして動こうとしない。そんな中、アイギスが口を開いた。

「何を躊躇っているのですか?」

 アイギスは正面の男二人から視線を逸らさずに続ける。

「同じ人間であるあの男たちを攻撃する理由がありませんか?」

 アースの心情を読み取るようにアイギスはなおも口にする。

「勇者様は、胸に埋め込まれた魔石があるから魔族側にいるだけ。そう考えているのでしょう?」

 アースは無意識の内に胸を押さえていた。ここに埋まっている魔石がアースを魔族側へと縛り付けている最大の要因だ。

「今はその通りです。しかし、これから多くの者と接するうちに次第に情が湧いてくるはずです。それに、既に姫様やアイラには気を許しているのではありませんか?」

 アースはアイギスの言葉に、普通の少女にしか見えない魔王と苦労が絶えない半人半獣の少女の姿を思い出す。アースは召喚されて間もないが、最も世話になり、最も多く接してきた少女たちだ。他の魔族に比べて幾分か気を許してはいるのは確かだった。

「今は流されていいのです。いずれ、ご自身の意思で剣を握ってくだされば。例えそれが、姫様に刃を向けようとも」

 一介の駒に過ぎない自分が戦争について考える必要はない。目の前の敵を倒すだけ。人間社会にいた時のアースはそう考えていた。しかし、今のアースは戦う事に悩んでいる。それはなぜか。勇者と言う特別な存在になったから? それとも、自分には戦争を変えられる力があると思ったから?

 答えは分からない。ならば、流されてしまえばいい。今までと同じ様に命令された事を忠実にこなす一介の駒になればいい。今はまだ、自分の行く末を決める必要はない。

 そう考えると、アースの気持ちは途端に軽くなった。今までと変らない、ただの戦争だ。この先、どうなろうともそれは自分が考えることではない。自分は世界に流されていくだけ。

 ——心を、殺してしまえ。

 そして、アースは考える事を放棄した。既に胸を苦しめる違和感も消えている。

「さて勇者様、このまま戦わずして殺されるのを待ちますか? それとも、生還を果たしますか?」

 アースの変化を察したアイギスが問う。答えは明白だった。アイギスも既に承知している。

 アースは声を上げる代わりに直剣を構え直し、目の前の敵を睨みつけた。そして、ついに自ら人間に攻撃することを決めた。魔族に加担することを決めた。たとえ、流れに身を任せた結果だとしても、それは紛れもなくアースの意思だ。流される、という意思。

 決心してからは実に簡単だった。目の前の敵に近づいて直剣を振るうだけ。人間の身体能力を超越したアースには実に簡単な動作だった。

 一人を斬り伏せ、もう一人も斬る。男たちは慌てて防御をしようとしていたが、その隙間を縫うような剣技が的確に急所を突き、絶命させていた。

 今までにも戦闘で相手の命を奪ったことは幾度となくあった。しかし、今回は違う。言うなれば味方を殺すようなもの。アースはそう考えていた。しかし、実際にはそれは違っていた。今までと同じ、ただ敵を殺しただけ。そこに罪悪感なんてものは存在していなかった。アースはその事に少しだけ驚いていた。

「お見事です」

 アイギスが背後から賞賛を送ってくる。それは、剣技の事を褒めているのではない。人間であるアースが人間を殺したことを褒めているのだ。

 自身の心境、アイギスの言葉。アースは自分が人間から魔族へと染まっていくのを感じていた。

 ——このままいけば、いつかは本物の魔族だな。

 自然と嫌な気はしなかった。レイナやアイラ、アイギスの姿がそう思わせる。

「それでは、今後はどのように動かれますか?」

 現在、アースたちがいるのは街の中心から南へ行った場所だ。そして、戦闘前に増援要請に行った男が向かった方角はここよりも更に南。

「南にいる敵部隊を叩くぞ」

「了解しました。南にいる『敵』部隊ですね」

 アースの心情の変化を喜んでいるのか、アイギスは微笑ながら口にした。そんなアイギスの様子にも気づかずにアースは足早に南へと向かった。

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