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召喚

 アース・グラーヴォノエは光に包まれた。視界を覆うほどの光が溢れ、何も見えなくなった。しかし、眩しくはなかった。完全なる白の世界。体が浮遊している感覚が彼を襲う。全身を覆う鎧も、右手に握り絞めた直剣も重さを感じさせない。どこかに飛ばされている様だ。

 それからどれくらい飛ばされたのだろうか。不意に周囲から雑音が聞こえ始めた。大勢の人がアースを囲み、何かを話している。足は既に地面を踏みしめ、全身に鎧の重みを感じる。右手には直剣が握られている。一体、何が起こっているのか。その考えに至ると、自然と直剣を強く握り締めていた。

 光が徐々に薄れ、視界が開けてくる。そして、

「なっ‥‥‥」

 アース・グラーヴォノエは驚愕した。なぜなら、自分の目の前に異形の者たちがいたからだ。全身に体毛を生やした二足歩行の獣。背中に翼を生やしたトカゲ。果ては、上半身と下半身で別の生き物の形をした者までいる。

 咄嗟に直剣を構える。得体のしれない生き物を前にしたのだ。至極当然の反応だ。

 直剣の刃は太陽の光を反射し、自身の切れ味を物語っている。それを見た周囲の者たちはザワめき、一歩後ずさった。

 ——落ち着け……まずは逃げることだけを考えろ……

 優に二十体を越す異形の者たちに囲まれている以上、一人で立ち振る舞うのは不可能だ。アースは可能な限り自身を落ち着かせて、辺りを見渡す。どこかに逃げ道、もしくは切っ掛けを得られる物があれば、と思っての行動だ。

 アースの視界に入るのは遠くにそびえる山々だけだった。ここはどこか小高い丘の上なのだろうか。それでもアースは考え続ける。何か無いのか、と。

 しかし、アースの考えが纏まる前に声が挙がった。

「どういうことだ。奴はただの人間ではないか!」

 深い彫に歴戦の戦士を思わせる鋭い眼光、オールバックの灰色の髪、額からは一本の角を生やし、背中には羽の集合体ではない一対の黒い翼。二メートル近い体を覆っているのは黒い鎧。装飾も施され、男の鋭い眼光も相まって、周囲の者たちとの格の違いを容易に見て取れる。全てを飲み込む山の様な風貌。

 そして、その横には両目を眼帯の様な物で多い、黒いローブを羽織っている男が立っていた。黒い鎧の男に比べて体格は小さく、年老いて、鎧も纏っていないが、眼帯越しからでも全てを見通されているような視線が感じられる。幾重もの皺が男の過酷だった生涯を物語っている。樹齢何千年という様な風貌。

「どうやら、魔族ではなく人間が召喚されてしまったようですな。これは実に面白い」

 眼帯の男は喉を鳴らして笑いを押し殺しながら言っている。

 アースは状況についていけずにいた。しかし、周囲の者たちが自分を歓迎しているようには見えなかった。

「笑っている場合ではない。すぐに始末せねばならん」

 鎧の男がアースを睨みつけながら、言い放つ。

 明確な敵意を向けられ、アースの鼓動は一層早くなる。纏まらない思考を排除し、直剣を握る手に力を込める。

「ほう、抗うか……」

 鎧の男が意外そうに言う。この状況でまだ諦めないのか、と。

「無抵抗のまま殺される奴がいるはずないだろう」

 鎧の男を見据え、アースは言い放つ。しかし、アースの頭の中に作戦らしい作戦は無かった。それでも相手の油断を突けば、逃げることだけなら可能なはずだ。

「まぁいい。奴を始末しろ!」

 鎧の男の号令で周囲の異形の者たちが一斉に動き出した。手に握った武器、命を奪うために発達した腕が四方からアースに押し寄せた。

「ちっ、クソがぁ!」

 アースは覚悟を決め、正面に駆け出そうとした。こうなった以上、正面突破をする他なかった。 脚に力を込め、つま先が地面を捉えた瞬間、いつもとは違う感覚がアースを襲った。

 普通の人間が自分の脚で走っている最中に風を感じることは有り得ない。風を感じる程のスピードが出ていないからだ。しかし、今のアースは正面から押し寄せる風を感じていた。

 景色が速く流れ、さっきまで遠かった異形の者たちが既に目の前にいる。しかし、風圧によって鋒を下げられた直剣を構え直している暇はない。それに周囲を囲まれているせいで、左右に避けたところで正面衝突は避けられない。

「——っ!」

 脳が思考するよりも早くアースの体が反応した。左右どちらにも道がないならば、跳ぶしかない。

 僅かながらの土煙を巻き上げながら、全身が浮遊感に包まれる。眼下には異形の者たちの姿が見える。その誰もが予想しなかった光景に驚愕している。

 しかし、制御の効かない跳躍にアースは焦っていた。自分の意思であるはずが、自分の意思ではない様な感覚。自分が思い描いた通りに体が動かない。一挙手一投足、全てが想像を超えてくる。

 アースの体は山なりに弧を描き落下していく。そのまま全てを飛び越えて行ければ良かったのだが、不運にもその落下点にはあの鎧の男がいた。

「なるほど、只の人間ではないようだ」

 自分目掛けて落下してくるアースに対して、男は腰に帯びた鞘から直剣を引き抜いて、構えた。一歩も引くつもりはないらしい。

 ——くそっ、こうなったら……

 アースも直剣を構え、空中から鎧の男と対峙する。こうなってしまったら、男を倒すしか道はない。アースは体勢を整え、直剣を振り上げる。

 どういう訳か分からないが、アースの体は今、通常を遥に超えた力を出せるようになっている。それを利用しない手はない。そして、落下の力を乗せた一撃。文字通り、岩をも砕く一撃。

「「はぁぁぁぁッ!!」」

 全力対全力。周囲に甲高い音が響き渡る。同時に衝撃波が放たれ、鎧の男の足が地面にめり込んだ。

「なかなか良い一撃だ!」

 鎧の男はアースを薙ぎ払う。しかし、そこにアースの姿はなかった。鎧の男も油断していたわけではない。それでもアースのスピードに反応できずにいた。

 男の横。左横へと体を滑り込ませると同時に斬り付ける。

 右手で武器を扱う者にとって、左からの攻撃は防ぐことが難しい。アース自身もそれは十分に分かっている。それゆえの選択。

 鎧の男は刃から身体を守ることができない。アースの直剣が漆黒の鎧を捉える。しかし、

「なっ!?」

 アースの手が痺れている。勢いよく振るわれた刃が不自然な位置で静止している。何が起こったのか、理解できなかった。斬撃は男の鎧によって阻まれていた。アースの直剣が決してなまくらというわけではない。しかし、男の鎧は弾き返していた。

「動きはいいが、一撃が軽いな」

 アースの動きを確かめるように鎧の男が呟く。そして、次は自分の番だと言わんばかりに、攻撃を仕掛けてくる。

 二メートル近い巨体から繰り出される攻撃は一撃が重く、速さも兼ね備えていた。普通の人間ならば数メートルは吹き飛ばされる。最悪、一撃で上半身と下半身が離別しかねない。それでも、アースは臆することなく、鎧の男に向かっていく。おそらく、自分の身に起きた変化がどういうものかを薄々理解してきているのだろう。

 幾度となく直剣同士が交じり合い、周囲に鋭い音を響かせる。互いの力量は同じ。違いがあるとすれば装備だけ。

 鎧の男の防具は直剣の刃すら弾き返す強度。対してアースの防具は機動力を失わない事を前提に考えられた最軽量の鎧。そして、扱う武器にも違いがあった。見た目には大きな違いは無いが、剣を交えている本人たちにはその違いが明らかだった。

 ほんの小さな差だが鎧の男の直剣がアースの直剣を上回っている。そしてそれは、小さな亀裂となって現れた。一度でも亀裂が入ってしまえば、後は簡単だった。引くことも押すこともできないアースにはどうする術もなかった。

 鎧の男の一閃を直剣で受けた瞬間、アースの直剣は破壊された。

「…………ちっ」

 刀身が弾き飛び、アースの手元には折れた直剣だけが残る。

 鎧の男は直剣をアースの喉元に突き付け、静止した。あと少しだけ直剣を前に押し出せば、容易にアースの命は奪われる。しかし、鎧の男はそれをしなかった。

「剣の腕は申し分ないな……」

 何に躊躇っているのか分からなかった。アースの姿を見た直後、部下に抹殺を命令していた鎧の男だったが、今ではアースを生かそうと考えていることが見て取れる。

 殺す気がないなら、隙を突いて逃げることが出来る。アースはそう考えた。そして、視線だけを周囲に配る。

「人間ということだけに目を潰れば、何も問題はないのでは?」

 鎧の男に向けて、近くにいた眼帯の男が声を掛ける。

「それが一番の問題なのだ。貴様も分かっているだろう」

 鎧の男はアースから目を逸らさずに言う。男の油断なく突き刺す様な視線が一瞬たりともアースを捉えて離さない。アースが何かしようと考えていることなど、男には分かりきっている。

「しかし、実力は本物。さて、どうしたものか……」

 眼帯の男はわざとらしく考え込むフリをしてから、こういうのはどうだろう、と言い出した。

「彼の処遇は後から決定するとして、今は捕縛してはいかがかな? おそらく、彼も剣を失った状況では抵抗することもないだろう」

 眼帯の男が不敵な笑みをアースに向ける。その瞬間、アースに寒気が走った。何を考えているのか分からない。しかし、何かアースにとって良くない事を考えているのは分かった。それでも、アースに抵抗する術は残されていない。喉元に刃を突き付けられ、武器を失った現状では何をしても無駄だ。自殺ぐらいなら可能だが、今この場でしても仕方がない。捕まったとしても逃げ出せば問題ない。

「仕方あるまい……この男を連行しろ。地下牢に閉じ込めておけ!」

 鎧の男は眼帯の男の案に賛同し、苦い顔をしながら部下に命じた。それを合図にアースは両手を縛られ、目隠しをされたまま、どこかに連れて行かれた。


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