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朝日 〜少しだけの優しい時間〜

作者: 大戸 鷹

このお話は、冒頭がSFやファンタジーを思わせてしまう切り口となっております。ただし、20行ほど読み進めていただくと、恋愛ものとしてご理解いただけるかと思います。あらかじめご了承ください。


ある年の12月4日、地球に隕石がぶつかった。

直径およそ400km。この隕石はアレスと呼ばれ、神話上で人類に終焉をもたらした破壊の神の名がつけられた。

衝突の衝撃は凄まじく、地殻津波を巻き起こし、海を瞬時に蒸発させるほどの勢いで地球を瞬く間に蝕んでいった。

日本に残された時間は、残り約7時間。

タイムリミットが迫りくる中で、周りには自殺する人、祈りを捧げる人、欲に溺れる人などが跋扈した。

やがて訪れる確実な死の恐怖が、すでに世界を殺しつつあった。



そんな中、今、私は欲望に駆られた一匹の野獣に身体をおさえつけられている。

こんな最期は想像もしていなかったが、所詮、私の終わりなんてこんなものだと、妙に得心がいっていた。

天涯孤独。生まれたときから、どうも私はついていなかった。両親の離婚、DV、いじめ、結婚詐欺、いろんな不幸が、私の人生だった。そして最期は、レイプ。

抵抗する気力すら失せていた。


ところが、だった。

「なんか……言ってくださいよ………。」

意外な一言が私に降ってきた。私に馬乗りになっている男が、ひ弱な声をかけてきたのである。


少し、困惑した。


しかし、良く見れば、私はこの男を知っている。


私の勤めるレストランに、しばしば来ていた客だ。年は同世代ぐらいか、よく窓側の席で何かの勉強をしていたように記憶している。注文はほぼコーヒーで、ときどきたのむオムライスが定番となっていた。しかし、なぜ、そんな男が私の部屋にいて、なぜ今、私を覆っているのかは、依然、謎である。

「何を………言ってほしいんですか?」

戸惑いの中、私はとりあえず答えた。

「いや……だって………。」

徐々に私を抑える両手が弱々しくなっていった。

「あの……じゃあ、うで痛い…です。」

「あっ……すいません………。」

男は素早く手を離すと、申し訳なさそうにうつむいて、私のおなかのあたりに視線を泳がせた。

7回ぐらいだろうか、時計の針の音が部屋に響いた。


この男は何を考えているのだろう。まだ、このまま襲われた方が腑に落ちる。

しかし、とにかく、この状況は打開しなければならない。とりあえず、そう思った。

「よろしければ……どいていただけますか?」

なるべくそっと、丁寧に言ってみた。

「あ……はい、すいません。」

男はすんなりと、私を解放した。


いよいよ、私は混乱してきた。いったいこの男はなんなのだろうか。

しかし、とにかくこの謎の男に、部屋から出ていってもらうことを、優先的に考えてみることにした。

「できれば……出ていって、もらいたいんですけども?」

「え、あ……………はい……。」

男は一瞬、悲しい目をしたかと思うと、力無くうなだれて、玄関の方にとぼとぼと歩き出していった。


あまりにも謎が多すぎた。だからだと思う。私はつい、その背中にもう一つの質問を投げかけてしまった。

「何しに来たんですか?」

実に自然な質問だと思う。しかし、どうして、今聞いてしまったのだろうか。このまま見送ればよかったものを。

一抹の後悔と不安を感じながら、私は男の答えを待った。すると男はどんよりと立ち止まり、振り絞るように声を出した。


「あなたと……知り合いたかったんです………。」


「はい?」

少し声がうわずったと思う。

そして、つい吹き出してしまった。

とうとう、私も壊れたのだろうか。

何かがおかしくて、あるいは彼の情けない表情がおかしくて、ケタケタと笑い転げてしまった。


男は情けない顔を硬直させて、ツボにはまった私に面食らっているようだ。

しばらくの間、なかなかに、私は笑った。

「あなたね、知り合い方、間違えすぎです。」


私の笑いに安堵したのか、彼もバツの悪い顔をして「確かに。」と苦笑するのだった。




「すいませんでした。」

正座して謝る彼は、やはり滑稽だった。

「もう、自分を完全に見失ってしまっていて……本当に、申し訳ない。」

彼の弱々しさが、私の警戒心をすっかり取り払っていた。

「それはもういいです。でも、なんで私の部屋を知っていたんですか?」

私は当初からの疑問を改めてぶつけてみた。

「いや……実は僕もこのアパートに住んでいまして、あなたを良く見かけていたんですよ。」

ドロッとした何かが、胸に入ってきそうになった。

「え……ストーカーさん……?」

「い!いえ!それは違います!たまたまなんですよ。レストランも、アパートも。偶然だったんですよ!」

「………」

疑いの視線を彼に向けた。

「ほんとですって!確かに今日は、不法侵入でしたが……その……えっと……。」

彼は必死に弁解の言葉を探しているようだったが、どうやら見つからないようだ。

私はそんな様子から彼が嘘つきではないと思ってあげた。

何の根拠もなかったが、私は彼が嘘つきではないと、とりあえず信じてあげることにした。

例え彼が、嘘つきだったとしても、…………



どうせ、もうすぐ、みんな死ぬんだ。



ふと、得体の知れない黒い風が私を包んだ。心が静かに乾いていく。

「まぁ………もう別にいいですよ。」

こぼれた小さなため息が、私をなんだか冷たくしていった。

こなれた作り笑顔を餞別に、もう彼には出て行ってもらおう、そう思った。


自分が虫けらのように消える瞬間が刻一刻と迫っているのだ。

今、この不思議な彼と一緒にいても、何があるわけでもない。

何もかもが、無駄なことに思えてならなかった。

私も早めに人間を辞めて、怖い思いから逃げて、さっさと楽になろう。


そんなことを、思ったときだった。

「あのっ!………よろしければなんですが!」

不意に、彼からの言葉だった。

「……なんですか?」

彼は少し改まった風になって続けた。


「よろしければ……僕とお付き合いしていただけませんか?」


今度は10回ぐらいだろうか。時計の針の音が部屋に響いたと思う。

そして、こんな日に不謹慎かもしれないが、私はまた、おおいに笑ってしまった。声を出して笑ってしまった。もしかすると、人生で一番笑ったかもしれない。何を考えて、何を思って、今この状況で、お互いの名前すら知らない状況で、彼は愛の告白という行動をとったのだろうか。

とにかく彼は私を、笑わせてくれた。真面目な顔が、より一層おかしくてたまらなかった。


彼は大爆笑の私に、やはり面食らっているようだったが、「本気なんですよ」とか「笑わないでくださいよ」などと言って、私をより一層笑わせてくれた。


ちょっとだけ、幸せに触れた気がした。

本気なんだ、という想いが、伝わってきたから。



今、灼熱の津波が押し寄せてくる状況で、私に想いの丈をぶつけてくる彼は、きっと異常者だろう。

でも、人を辞めて、残りの人生を投げ出している人たちは、はたして正常な人たちなのだろうか。

うまく言えないけど、これは難しい問題だと思う。

そして、私にその答えは分からない。



でも、私は彼を少しだけ、いいな、と思った。


そして、馬鹿みたいだけど、私たちは少しだけ付き合うことにした。


―――世界の終わりまで残り6時間。

私たちは自己紹介をした。彼も、私の下の名前までは知らなかったらしい。お互いをどう呼ぶかで、少しもめた。


―――世界の終わりまで残り5時間。

お互いの夢をちょっとだけ語り合った。彼はレストランで司法試験の勉強をしていて、将来、弁護士になりたかったそうだ。


―――残り4時間。

最後の晩餐にと、コーヒーを淹れ、オムライスを二人でつついた。ウェイトレスだった私は、お店のような味を出せなかったけど、彼は「最高においしい。」と褒めてくれた。今までで最高のオムライスだと、褒めてくれた。なんだか、とてもうれしくて、もう一度オムライスを作ってあげたくなった。


―――残り3時間。

私を襲った件について彼の初公判をひらいた。彼は口下手で、なかなか私を論破することができなかったけど、かわいそうなので無罪をプレゼントしてあげた。ボールペンで書いた『無罪』というメモ用紙を、うれしいような悔しいような、はにかんだ笑顔で彼は受けとった。「ありがとう」と一緒に。


―――残り2時間。

彼と初めてキスをした。唇がそっと触れ合うだけの、優しいキスだった。空が明るんできている。二人で並んで窓の外を眺めた。世界の終りが、少しずつ見え始めていた。


―――残り1時間。

朝日がさした。2人で初めて、夜を明かした。最初で最後の夜は、たくさん話して、たくさん笑って、そしてたくさんの幸せを感じた夜だった。

私たちの最期の言葉はきっと珍しかったと思う。二人で笑って、「おはよう」だったから。


どの記録にも、誰の記憶にも残らない、私たちの時間。

でも、あの朝日だけは知っている。

私たちを祝福する、きれいな光だったから。

そんな朝日に包まれて、私たちは深い眠りについた。


この作品は、私の友人がくれた「朝日」というお題をもとに完成させたものです。

とある日の、夜中の12時ぐらいだったでしょうか。友人からの着信に気づいた私が、折り返しの電話を入れたときに、寝ぼけた様子で彼がくれた適当な「小説のお題」でした。

「朝日で。」

という、あくびまじりの冴えない声。

私は正直、この野郎、とも(ちょっとだけ)思いましたけど、遅くに電話を入れた私にも非があったので、「分かった、来週までに書くわ」と電話を切りました。

そこから、仕事のかたわら筆を進めて、原稿を必死になって書き上げました。彼とは、提出の締め切り時間まで決めていたので、ギリギリまで書き終わりが見えずヒヤヒヤした記憶もありますが、どうにか形にしたものを彼に読ませることが出来ました。

彼の感想は、というと……。

それは、皆さんのご想像にお任せしますね。

皆さんが感じてくれたことを、私に言ってくれたと思いますよ。


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