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FRAG-ILE-MENT

シーソーゲーム ~勇敢な恋の歌

作者: Take0

近頃のあたしはオカシイ。

ある言葉にとても敏感になっている。


どれくらいオカシイかというとこんな具合だ。


家族で夕食を囲んでいるとき、たまたまテレビから聞こえてきたナレーターの声。昔ながらの伝統的職人芸を、大切に現代に伝え続けている名人をカメラで追ったドキュメンタリー番組が放映されていた。

「・・・いやー、匠の技ですねー」 

どきん!心臓が突然大きくジャンプした。その拍子に持っていたお茶碗とお箸をすべり落としていた。

ガチャン!あたしが立てた大きな音に、家族みんなが一様に驚いてこちらを見た。

「どうしたの?お姉ちゃん」

下の妹の香乃音かのんが目を丸くしてあたしを見ている。

「な、なんでもない。ちょっと手がすべっただけ」

慌てて取り繕ったけど、声はどもってるし、顔は真っ赤で無理して作った笑顔は引き攣ってるし、誰が見ても明らかになんでもない筈がなかった。

顔が赤いのをいいことに、「ちょっと熱っぽいから」って言い訳して早々に自分の部屋に逃げ込んだ。


それからこんなことも。夕方のニュース番組で、アナウンサーが事件を報じていた。

「・・・まったく見つかる気配がありません」

その瞬間、飲んでいたお茶を激しく噴き出していた。

途端に向かいの席に座っていた上の妹の世玲奈せれなが悲鳴を上げて飛び退く。

「ぎゃーっ!!何よお姉ちゃん!きったなーい!!」

「ご、ごめん。気管に入っちゃって」

まだ激しくむせながら、慌てて台布巾でテーブルの上に撒き散らしたお茶の飛沫を拭いた。


また、学校で。

結香ゆうかが立腹していた。激しく眉間に皺を寄せてのたまった言葉が、

「・・・ったく、みんなときたらさあ・・・」

このフレーズに、心臓がバスドラムのように激しく高鳴った。反響がくまなく全身に響き渡る。

もはや条件反射に等しかった。パブロフの犬の如く、あたしは「たくみ」って言葉を耳にすると赤面し、瞬間冷凍されたかのようにカチンカチンに硬直するのだった。


見るも無残に明らかだった。あからさまな反応に周りにはすぐに気付かれてしまった。

自分でも疑いようがない位、はっきりくっきりしていた。夏の水着の痕くらいに。

親友達の視線が集まるのを感じ、しまった、早く平然と振舞わなきゃ、って考えれば考えるほど、気持ちは焦り、顔はますます赤くなって火照り、頭に血がのぼってしまう。悪循環の好例そのものの有様だった。

動機、息切れ、眩暈、顔の火照り、等々。・・・若年性更年期障害の如きその諸症状。

春音はるねが不治の病を家族に告げる主治医の如く、重々しく宣告した。

汝の病名、それは「恋」。

千帆ちほも、うんうん、と頷き同意を示した。

あたしも含め、全員一致の評決だった。

外国のドラマでよく裁判官が法廷で判決を告げる時に叩く木槌の音が、重々しく響いて聞こえた気がした。恋の病に幻聴の症状もあったとは知らなかった。


あたしは恋をしているんだった。

そっか、これが恋、か。

もし手に取れるものなら、しげしげと眺め、その仔細を微に入り細に入り観察したことだと思う。

思えばこの世に生を受けて17年と数ヶ月、友達の女の子達は誰々がかっこいい、誰それが素敵、と夢見る乙女の潤んだ瞳で憧れのキミについて語り合っていたし、中学、高校にもなれば、ひそひそと声を潜めながら、でもその顔は自慢げに、クラスメイトの男子との秘密の交際を打ち明けてくれるのを聞いたりした。曰く「誰にも内緒だからね。萌奈美にだけ言うんだからね」・・・でも、その内緒の打ち明け話は、大抵周りの女のコみんなが知るところであったのだけれど。まあ、それはそれとして。

ここで重要なのは、あたしが常に恋バナを聞く立場にいたということだった。

あたしはひたすら、スクリーンに上映される映画に見入る観客として、友達の女の子達の恋バナを興味深く拝聴するばかりだった。手持ち無沙汰にポップコーンとドリンクを持ち込んで。


物心ついてからつい先日まで、TVの向こうのアイドルとか芸能人とかに憧れるってこともなく、まして学校の先輩、同級生に心ときめくっていう緊急事態に遭遇することもなかった。遠くの存在においても身近な存在においても、あたしは今まで不思議なくらいに異性に対し憧れたり好きになったりっていう感情を抱いたことがなかった。

よくよく考えてみたら、かなり寂しいティーンエイジっていう気もするけど、事実なんだから仕方ない。


このテの話になると友達からは珍しいものを見る目で見られた。

「ねえ、萌奈美は好きな人とかいないの?」

この話の流れでは、大抵そう聞いてきたそのコの方が好きな人がいて、その話をしたがっているんだけど。

経験則的に言って、即答すると目を丸くして呆れられてしまうって分かってるので、しばし思案する振りをしてからポツリと答えるようにしていた。

もちろん、熟考したところで好きな人も憧れのキミも、あたしの脳裏に浮かんでくることはないんだけど。そして仕方なく答える。

「うん、いない」

こう答えることをとても申し訳なく思った。っていうのも、こう答えてしまうと大抵彼女の方はぽかんとして、次の話を振れなくなってしまうことが常だったから。

彼女の視線がしばらく宙を泳ぎ、そして、なんとか次に言う言葉をどこからか探し出してくる。

「いない、って一人も?あの、学校の中じゃなくても、好きなアイドルとか、芸能人とか・・・」

微かな希望を胸に抱きつつ話を振る相手に、大変申し訳ないって感じつつ、でもやっぱり嘘はつけないので答える。

「うん、いない」

もはや、あたしの前に立つ彼女は、話を進める更なる接木つぎきを見つけてくることはできなかった。深い沈黙が二人の間を支配した。彼女の頭からはもう、自分の恋バナを打ち明けるっていう本題はすっかり失念されてしまっていた。

あたし達の間を一陣の寂寥とした風が吹き抜け、彼女の髪を揺らすのを見えた気がした。ひょおおっ、っていう寂寞とした風音まで聞こえた気がした。もちろん気のせいだけど。その時のあたしの心象風景を言い表したら、さしずめそんな感じだったんじゃないかと思う。

春音や結香からは天然記念物、はたまた人間国宝並みの評価を得た。もちろん不名誉な意味で。

だから、これがあたしの初恋だった。

「よかったねー、これで萌奈美も晴れて乙女の仲間入りだよ」

あたしのことを、恋に関しては生きた化石の如く扱っていた結香から、ほっと胸を撫で下ろしたかのような安堵の声を聞かされた。

まるで、これでやっと人間になれたかのような口ぶりだった。人をなんだと思ってるんだろう。あたしは決して妖怪人間でもなければ、ジュゼッペお爺さんが作ったいたずらをすると鼻が伸びる木製の人形でもないというのに。


Fall in Love・・・恋に落ちるって聞くけれど、本当に全く髪の毛ほどの予見もなく、どっきりTVで仕掛けられた落とし穴の如く、あたしは思ってもいなかった恋の落とし穴にはまり込み、フリーフォールばりの猛スピードで落ちていった。


しかし悲しいかな、今まで恋とは無縁で日々を暮らして来たあたしは、どうしていいかも分からず、右往左往するばかりだった。

あたかも指揮官を失った地上部隊のように、戦場のど真ん中で立ち尽くすしかなかった。


そんなあたしに、天使の声が届けられた。・・・いえ、それは悪魔の囁きであったかも知れない。

親しい友人達はあたしの見え見えの恋心に気付いて、親切の押し売り、たたき売りといった勢いで、あたしの恋を応援し、あれこれとアドバイスをくれた。駅前でティッシュを配っているアルバイト顔負けの気前良さだった。

その時の彼女達の表情を注意深く仔細に観察すれば、親友の初めての恋心を心配しつつ、その成就に惜しみない協力を申し出てくれる愛すべき心の友の慈愛に満ちた表情の裏に、ケケケっていう不気味な笑い声を漏らしながら、ゴブリンもかくや、という悪鬼の笑みを口元に浮かべて、ただ人の恋路を引っ掻き回すことを面白がってるだけの、好奇心に爛々と目を光らせている者達の姿を認めることができたはずだった。目を凝らせば、頭上にニュウッと伸びた二本の触角が見えたに違いない。きっと。

でも、その時のあたしは徒手空拳、目の前に積まれた恋の試練に途方にくれるばかりで、天から垂らされた蜘蛛の糸にすがりつくが如く、悪魔が差し伸べる手にただ闇雲にしがみつくしかなかった。


悪魔達の甘言は、盲目のあたしに容赦なかった。

曰く、恋は駆け引きが大切だ、「ツンデレ」で行け、と。・・・さんざん焦らして気の無い素振りを見せつけ、然る後、糖度120パーセントの甘ったるさで貴方に恋してますビームを照射すれば、世の男性諸君などイチコロよ、だとか。 

曰く、若さハツラツ、オロナミンC(?)青い果実のお色気で誘惑すれば、如何なる聖人君子然たるもひとたまりもなく、あえなく陥落間違いなし、だとか。 

曰く、世間は「ゴスロリ」真っ只中、メイド服に身を包み、黒のフリルのミニスカートとニーソックスにはさまれた「絶対領域」で視線を釘付けにしつつ、頬を赤らめながら三石琴乃さんも真っ青のあまあまの声で小首をかしげ「ご主人さまっ(ハート)」って囁けば、100パーセント、It’s Fallin Love一直線、だとか。

曰く、いやいや、ここは古典的に純情一直線、物陰からただひたすら彼の人の後姿を見つめ、更には電話するも、あと少しの勇気が足りず、ワンコールを終えたところで相手が出る前に切ってしまうという乙女のいぢらしさを夜毎繰り返せば、その健気さに打たれて想いが通じること請け合い、だとか。

かくして、あたしは次々と与えられるミッションを実行に移していった。だけど、結果は総じて「一体、このコは何考えてんだろう?」っていう、不思議ちゃんを見る匠くんの眼差しに深く打ちひしがれるのがオチだった。

それはそうだろう、って今では思う。つくづく恋とは人を盲目にするものなのだ、とあたしは身をもって知った。一生思い出したくない恥ずかしい思い出と共に記憶に刻まれる事となった。


近頃の彼女はオカシイ。

元々、ちょっと風変わりな感覚を持ってるコだとは思っていたけど、最近の彼女の行状は少々常軌を逸しているように思える。

どんな風にオカシイかといえば・・・

それまで夜毎に電話がかかってきていたのが、突然二週間位音沙汰がなくなり、そうかと思っていたら突然部屋にやって来た。(実は、匠くんの声も聞かず顔も見ずにいることに、あたしの方が我慢できなくなったのだ。萌奈美・談)彼女は、何か悪いものでも食べたのか、でなければキツネかタヌキにでも取り憑かれているのかと疑いたくなるような、いつもの彼女とはおよそかけ離れた素振りだったりした。やたらめったら語尾を伸ばす口調、何かといえば小首を傾げる仕草、恥じらいながら上目遣いに見つめてくる眼差し。その割に、その後がっくりうなだれてひどく落ち込んでいる風だったりしてたけど。・・・ひょっとしたら何か芝居の練習でもしてたんだろうか?幸いその一回だけで終わってほっとしたけど。

或いは、部屋に来た彼女がトイレを借りたかと思えば、出てきた彼女の制服のスカートが明らかに異様に短くなっていて、意味不明だったこともあった。流石に目のやり場に困って彼女の方を見ないようにしてたんだけど、彼女はと言えば真っ赤になってずっと下を向いていて、あれは一体なんだったんだろう。帰るときはまた元の長さに戻ってたし。

それから、メイド服着た彼女の写真がメールで送られて来たこともあった。真ん中にメイド服を着て顔を真っ赤にした彼女が写っていて、その周りに彼女の友達と思われる女の子達がピースとかしてる記念写真だったんだけど、あれも何だったのか。コスプレか何かだったんだろうか?(あれは、その格好で匠くんに会うのは流石に行き過ぎだって哀れに思った千帆が、すんでのところで阻止してくれたんだけど、でも春音に写真を取られてしっかりメールで送られちゃったんだよぉ(泣)萌奈美・談)

かと思えば、外出した時、マンションの入り口でふと気付くと彼女が物陰からこっちを見ていて、声をかけようとするとだーっと逃げちゃうし、そんなことが何回かあって、あと深夜に携帯が鳴ったかと思うとすぐ切れちゃって、履歴を見ると彼女からで、最初はかけ間違えたのかな位に思ってたんだけど、それが毎晩同じ時刻に繰り返されて、流石にちょっと恐いものを感じたこともあった。(・・・これって、ストーカー以外の何物でもないじゃない(泣)萌奈美・談)

・・・彼女って・・・一体、何考えてるんだろう?


そうして今思い返せば恥ずかしさの余り、顔から火を噴き、辺り一体を焦土と燃やし尽くしかねない振る舞いのあれこれを、あたしは匠くんに晒し続けてしまった。嗚呼、穴があったら入りたいし、いっそこの身が消えてなくなればと願った。透明人間になれる薬が販売されていたら間違いなく買ってただろう。

生憎、願いが叶えられることはなく。・・・神様の意地悪。


でも、全てが無駄っていう訳でもなかったと、後であたしは知ることになった。嗚呼、神は我を見捨てなかった。


結局、あたしの七転八倒の想いが、なんとなく匠くんに伝わったようで。

結果オーライ。ありがとう神様。あたしは夜空に向かって感謝の祈りを捧げた。少々ゲンキン過ぎるかとも思ったけど。日本人だもの、仕方がない。


恋なんて、いわばエゴとエゴのシーソーゲーム、とかつて桜井さんは歌ったものだった。

もっともこの歌も、リアルタイムに聞いてた訳じゃなくて、匠くんと一緒の時に耳にしたんだけど。

匠くんの影響で、今やあたしも熱烈なミスチルファンの一人となった。

それまではテレビで「しるし」とか「HANABI」とか流れてるの耳にして、いいなぁ、って思ってた位で。それはともかく。

或いはそうなのかな、って思う。

理解とは誤解の総体に他ならないっていう言葉もあるし。

さしずめ、恋とは勘違いに他ならないのかも知れない。

でも、それでも信じてる。信じたいって思ってる。信じようって思ってる。盲目的であっても。

信じる者は救われるんだもんね。

勘違いの想いであっても、すれちがいの気持ちであっても、勇気を振り絞って挑み続けようって思う。きっと、繋がってるって信じて。

そうすれば、きっと、届く。

匠くんが差し出してくれた手にあたしの手が届くように、あたしの想いが匠くんに届くときが、匠くんの想いがあたしの心に届くときが、きっとあるって信じてる。

そう、あの歌みたくね。勇猛果敢に立ち向かっていくんだから。

匠くんと一緒ならきっとできる。二人の間に横たわる誤解の大河を泳ぎきり、手に手をとって、愛という名の豊饒の地に辿り着いてみせるんだから。

今読み返してみると萌奈美の性格が明らかに違っている。(相当に明るい(あ、軽い?)性格に)・・・でも、まあこれはこれで「あり」ということで・・・

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