だから「貴女にはあげられない」と言ったのに
アリヴェには悩みがあった。それが義妹であるデルチの物欲であった。「あれがほしい」「これがほしい」と言うデルチにアリヴェは幾度となくものを与えてきた。さすがに程度が過ぎると父に叱られても変わらなかった。さすがに烏滸がましすぎると義母に叱られても変わらなかった。そしてデルチはとうとう家宝の首飾りに目を付けた。「これも、私のものにしていいよね」「貴女にはあげられないわ!」アリヴェの静止の声も聞かずに首飾りを身に付けてしまったデルチは、とある運命をたどるしかできなくなってしまった――ああ、なんてこと、かわいそうに。
※細かいことは気にせず読んでください。
「お義姉様、この髪飾り貰うわね」
「デルチ、それは私の母の――」
「うるさいわね、ほら、私によく似あってるわ!」
アリヴェはそう言って勝手に髪飾りを付けて鏡を覗き込んでいるデルチに頭を抱えた。ここはアリヴェの部屋だ。アリヴェの許可なく部屋に入ってきたデルチは、アリヴェの装飾品棚を勝手に漁った挙句勝手に持っていこうというのだ。
何度も、この光景は繰り返されてきた。たまたまその場面に出くわしたデルチの母でありアリヴェの養母である女性は、デルチのあまりにも勝手な物言いに顔を真っ赤にしてデルチをしかりつけた。しかしデルチはそれで懲りることなく、アリヴェが強く言わないのをいいことにその行動を続けたのだ。
養母はできた人だった。自分の立場を理解しているし、アリヴェの立場をきちんと立て続けた。母としてアリヴェに優しく、時に厳しく貴族女性としての立ち振る舞い方を教えてくれたりもした。だからアリヴェは養母を母として尊敬しているし、同時にすでに他界している産みの母と合わせて大事な母として胸に温めている。
アリヴェの装飾品だけでなく衣服にまで手を出した時はアリヴェの父もこれに怒った。もともと温厚である父は前妻であるアリヴェの母が亡くなった時、アリヴェのためを思ってよい人を選んで後妻に選んでいる。デルチは養母の連れ子のため父と血の繋がりはないが、父はデルチのことも実の娘のように育てようとした。
しかし一番はアリヴェなのだ。だからまるでアリヴェのものは自分のものであるかのようにふるまい続けるデルチに我慢ならなかった。さすがのデルチも父に叱られたときはおとなしくなったが、一か月もすればけろりと元に戻ってまた同じことをするようになった。
使用人たちも、出入りする業者たちもデルチのわがままを目にしては、アリヴェに対して憐憫の目を向けた。いつの間にかデルチは屋敷内で孤立していたが、そこは周りの目線など気にしないデルチゆえに、外から勝手に孤児を連れてきては自分の使用人にした。賃金は出していない。屋根と食事さえあればいいでしょと言っているデルチに、聞いた全員が頭を抱えたのも記憶に新しい。
かってに連れてこられた孤児たちはアリヴェの計らいできちんとした使用人教育を受けることになった。しかしデルチはそれを知らないので、自分の教育がいいのだと勘違いしている。
――さて、こんなデルチであるが、とうとうアリヴェの怒りを引き出してしまった。デルチがこの家に来てから10年以上経って、初めてのことである。
「デルチいい加減にしなさい!それがどういうものかわかってるの!それは貴女にはあげられないわ!」
それは家の家宝などが飾られている場所での出来事であった。普段は鍵をかけているそこなのだが、今日は家宝の整頓と掃除のために鍵と扉を開けていた。それをみたデルチは誰の了解も得ずに勝手に入り、そうしてとある装飾品に目を付けた。
ガラスケースに入っている首飾り。惜しげもなく宝石を使われたそれはこの家の主に代々受け継がれるものであった。これを次に身に付けるのはアリヴェだと決まっている。デルチには指一本も触れていいものではなかった。
なぜならこれには、とあるいわくがあるからだ。
「何よいいじゃないちょっとくらい借りたって!でもお義姉さまの大切なものなのね?」
言いながらデルチはそれを首にあてた。アリヴェが大きな声で「やめなさい!」と叫んでデルチの腕を掴んで奪おうとしたが間に合わなかった。あっけなくするりと、デルチの首を飾り付けてしまったのだ。
「あ、いいわねこれ!この前のドレスと合わせるといい感じじゃない?お義姉さまはセンスはいいのだけど私の方が似合うと思うのよね。ね、ね、お義姉さま、これ私に頂戴!」
そこまでデルチが言って、ようやくアリヴェが茫然としていることに気が付いた。周りの使用人たちは何が起きているのだと見守っている。ふらり、とアリヴェが倒れそうなところを支えたのは父だった。
「……なんてことだ……」
父は顔面蒼白になってしまったアリヴェを支えながら頭を抱えた。
「お、お父様、ど、どうし、どうしたら。こ、このままでは、このままでは妹が、デルチが」
「執事長」
「ここに」
「すぐに高等解呪師を呼んできてくれ。金に糸目は付けないとも添えて」
「かしこまりました」
父に言われた執事長は慌てた様子もなく部屋を出て行き、父に命令されて使用人たちは部屋を出された。難しい顔をした父と今度は震えだしてしまったアリヴェと、話についていけないデルチだけ残された。
「デルチ、アリヴェにそれに触るなと言われなかったか」
「い、いわれた、けどいいでしょ?私だってこの家の一員なんだから。これ家宝なんでしょ?私によく似あって――」
「馬鹿者が!!!」
父の怒声にデルチがびくりと肩を震わせて目を見開いた。父に叱られたことのあるデルチではあるが、頭ごなしの罵声は初めてだった。
「……アリヴェ、またお前に哀しい思いをさせてしまうな」
「お、お父様、か、解呪師様なら、どうにか、どうにかできるの、ですよね」
「……延命なら、出来るかもしれないな」
延命。つまり、長生きはできないという事。短命の運命になったという事。死が、決まっていること。
「どういう、意味?」
デルチは知らない。だって勉強も貴族のマナーも大嫌いなのだ。噂話をできるような友達も作れなかったし、孤児たちを好き勝手しているが彼らもこの家の住人のためデルチを贔屓にすることはなくなっていた。だからと言うわけではない。この首飾りについて、知らないのは知る必要がなかったからだ。だってデルチは、この家の娘ではない。
「これは当主に代々受け継がれている首飾り。当主のみが身に付けることができる首飾り。すなわち――それ以外の者は身につけてはならぬ決まりがある」
「な、なんで、私だってこの家の娘だし、お義姉さまに何かあったら当主にだってなるかも――」
「血だけ。血だけがこの家の当主の資格だ。お前には私の血は流れていない。それだけの理由で、この首飾りに認められることはない」
「え?」
「当主、並びに次期当主と認められないものがこの首飾りを身に付けたとき、首飾りはその相手を――絞め殺す」
デルチはそれを聞いて首に手を当てる。ちょっとづつ、ちょっとづつ、首飾りと首の間にあったゆとりが無くなっていることに気が付いたのだ。デルチは慌てて首飾りを外そうとしたが、さっきまであったはずの金具が消えていた。外さないようにするために、外れないようにするために。
外れる時は、その細首をねじ切った時になるだろう。
「い、いやあああああ!!!!!」
だんだんと息苦しくなってきたデルチの元に、先ほど父が執事長に頼んで来た高等解呪師がやってきた。解呪師は早速とデルチの首飾りに手を付けようとしたが、すぐに手を引っ込めた。
「取って!これ取って!取ってったら!おねがい!まだ死にたくない!」
「ここまでのものは私も初めて見ました。よほどこの家には血を大切にする理由があるのですね」
「何悠長にしているのよ!早く取ってよ!できるんでしょ!早くしないとお父様とお母様が許さないわよ!」
「……どうなのですか?」
「いや、正直ダメ元だ。できなくとも許すさ。今まで解呪できなかった代物を、今更解呪できるとも思えなくてな」
「では諦めてください」
「え?」
「わかった。口に布を詰め込み地下へ、こいつは我が家の家宝を盗もうとした重犯罪者だ」
この国の法律では、貴族のものを盗もうとした人間に対して死刑が言い渡されるのが常だった。デルチはこの家の養女ではあるが後継者ではない。居候と呼ぶにふさわしい立場なのだ。しかし母が父に迎え入れられたからデルチは自分は貴族で偉いのだと勘違いするようになったのだ。デルチは偉くない。偉いのは父で、次いでその娘であるアリヴェだ。
その父の所有物で、アリヴェに渡される予定だったものをデルチは盗もうとした。いつもなぁなぁにされながらも声に出して許可を求めていたのはさすがに盗みはよくないと思っているからだったのだろうか。しかし今回アリヴェは許可しなかった。拒絶した。だから、ここに刑が確定した。
現行犯だった場合、盗まれた側の貴族が刑を決めることになっている。だから、もうこのままデルチは絞首刑になるわけだ。
「私がもっと強く止めていれば」
アリヴェが涙を流して拘束されているデルチを見つめていた。本当に後悔している顔だった。本当にデルチを妹として見ていた顔だった。
デルチはアリヴェの怒りが自分を心配してだったことに気が付いて、アリヴェの話を聞いておけばよかったと涙した。
でも同時に自分を選ばなかった首飾りに、布を詰め込まれた口で悪態をついた。誰も、その言葉を聞き取れなかった。
*****
「ねぇ、お父様、お義母様」
「なんだいアリヴェ」
「アリヴェ様、美味しいお菓子ありますわよ」
「去年の家宝室の掃除のとき、デルチが誤って入らないようにとお義母様と共に街に出かけさせていましたよね」
「そうだったかな?」
「そうだったかしら?」
「どうして、今年は」
「なぁに、簡単なこと」
「そうね、簡単なこと」
父も義母もアリヴェのことを愛していた。デルチのことはほどほどだった。実の子であるにもかかわらず、義母までその認識だ。なんでここまでなってしまったのか。この家に来たときはこうではなかったのに。
「やってはいけないことをしたら、処罰されるのは当たり前よね」
これはアリヴェの知らないことなのだが、デルチが少し前にアリヴェの婚約者が欲しいと言い出した。そしてあろうことか言い出した時はすでに接点があり、婚約者と密会を繰り返していのだ。そのお腹に、子供もいた。
だから、なかったことにした。デルチが悪いことにした。アリヴェの好意を無下にした、それを罪とした。
アリヴェの婚約者もすでにアリヴェの婚約者ではなくなることが決まっている。デルチと同じところに向かうのは彼らではなく向こうの家の決定だった。新しい婚約者の目途はついているが、デルチが連れてきた孤児の中で見目と覚えがいい男児がいるので彼を一から育てるのもアリだと考えている。
死を持って償う、それがこの世界のルールであった。
あの首飾りは、今日も家宝室に飾られている。何の一片の曇りもなく、ぜんぶ、なかったことになった。
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