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息を切らし、真っ先に向かった先はアイヴァン様の執務室。
コンコン……
ノックするが、返事は返ってこない。この時間はまだ訓練中なのだろう……でも、演習場まで行く体力がない。
仕方なく、扉の前で膝を抱えてしゃがみ込みアイヴァン様の帰りを待つことにした。時折、使用人らが声をかけてくれたが、今は放っておいてくれと突き放した。
……どれぐらいの時間が経っただろうか「ミーリアムか?」と今一番聴きたい声が聞こえた。顔を上げると、タオルを首に巻きながら額の汗を拭うアイヴァン様の姿があった。
「~~~ッアイヴァン様……!」
「おっと!」
堪らず飛びついたが、体幹のしっかりしているアイヴァン様はしっかり受け止めてくれた。
「こんな所でどうした?」
優しく頭を撫でられたら、我慢していた涙が一気に込み上げてきて涙腺は崩壊。とめどなく溢れる涙を見たアイヴァン様は、ギョッと驚いたものの「おいで。中に入ろう」と抱き上げて部屋の中へ連れて行ってくれた。
***
コトンッと目の前に温かいミルクが置かれた。
「少しは落ち着いたかい?」
アイヴァン様は私と向かい合うように座るが、少しでも離れたくない私はスス…っと隣へ移動する。まさか距離を詰められるとは思っていなかったのか、ビクッと肩を震わせて少しだけ距離を取ろうとするが、私がそれを許さない。ガッチリ腕を掴んで放しません。
「……ミーリアム。汗を流していないから少し離れてくれると嬉しいんだが……?」
困ったような笑みを浮かべて言うが、無理やり放したりはしない。この人の優しさに全力でつけ込んでいる。
汗?そんなの気にするはずがない。なんなら顔を埋めて思い切り吸い込みたい。
「ん~……私の婚約者殿は一体どうしたんだ?」
アイヴァン様の口から”私の婚約者”という言葉を聞き、ドキッと心臓が止まりかけた。更には肩を抱き寄せて、頭を摺り合わせてくるもんだから心情が慌ただしい。
ここに来たのは単純に顔を見たいがためだったが、一目この目に映してしまったら見るだけじゃ物足りなくて思わず抱き着いてしまったけど、この状況は私の想像の域を何段階も飛び越えている。
誤解のないように言っておくが、決して嫌だと言っているのではない。アイヴァン様には全てを捧げる覚悟は当に出来ている。けど、それには順序というものがあって、お互いに恋愛初心者だからあまり性急に事を進めるつもりはないわけで……まあ、ベラベラと訳の分からない理由を付けているが、結局のところ何を言いたいのかと言うと、心臓が爆発しそうです。
(嬉しいけど…!嬉しいけども!)
心臓の音が伝わっちゃう……!いや、もう気付かれているかもしれない。そう思うと羞恥心で顔が真っ赤に染まる。
いよいよ、隠せなくなったところで「ふっ」と頭上から笑う声が聞こえた。
「どうやらいつもの調子に戻ったようだな」
頭を撫でられながら、にっこりと微笑むアイヴァン様と目が合った。
「辛いことがあったんだろう?君が涙を見せるなんて余っ程だ。何があったのかは訊かないから安心してくれていい」
一言一言が優しくて、胸が熱くなる。包容力が神レベル。他の男性なんて最早比べものにもならない。
「しかし、こうして真っ先に頼ってもらえるのは嬉しいものだな」
顔を上げて見ると、少しだけ頬を赤らめたアイヴァン様が口元を手で覆いながら気恥ずかそうに顔を逸らしていた。
(んッな!)
普段は見せない愛らしい表情に、完全に心を射抜かれフルフルと小刻みに体が震える。
ちょっと、これは反則でしょ…こんなの見せられたら正気じゃいられない……
つい数分前に順序が云々とか呟いていたが、そんなもの今となってはどうでもいい。
(もっと色んなアイヴァン様の表情が見たい)
小さな吐息を吐き、大きな胸板に手を伸ばし、寄り添う素振りを見せながらゆっくりと覆い被さる。
「お、おい…!」
流石のアイヴァン様にも焦りの色が見える。それもまた愛らしくて、愛おしい。
汗ばんだシャツに手を伸ばしたが、肌に触れたのか「んッ」と小さな声が漏れた。その瞬間、ゾクと電流が走ったような感覚が全身を駆け巡った。
もう、痴女と呼ばれても構わない。私は本能のままに行く!そう決めた。
「み、ミーリアム!待て!」
シャツのボタンに手をかける私を必死に止めてくる。婚前交渉はダメ?いやいや、確実に手中に収めるには既成事実が一番効果的。子供が出来ればお姉様だって黙らせる事ができる。
「……アイヴァン様……愛してます。お願い。拒まないで……」
「──ッ!」
私の懇願にアイヴァン様は身体を強ばらせたが、 それ以上は何も言わず黙って身体を差し出してくれた。
『愛してる』なんて言えば、優しいこの人は蔑ろには出来ない。自分がこんなにも卑劣で卑怯者だと知らなかった。私も初めての感情に戸惑っている。
ボタンを外し終え、はだけたシャツから覗く体は無駄な肉はなく、美しい彫刻のような腹筋が私の視界を乱暴に奪う。
「アイヴァン様……」
名前を呼ぶ度に体の熱が上昇するのが分かる。それはアイヴァン様も同じようで、訓練終わりよりも体に熱が篭っているように感じる。
お互いの息がかかるほどの距離……瞳の中に互いの姿が映り込む。もう、どちらの心臓の音か分からない。
更に距離を詰めていき、そして──……




