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フワフワとした浮遊感……鉛のように重い瞼を開けると、ぼんやりと人影が見えた。
「……アイ、ヴァンさま……?」
「あぁ」
名を呼ぶと、返事と共に大きな手で頭を撫でてくれた。その手が優しくて、温かくてもっと欲しくなる…でも、今の私は彼に甘える資格を失ってしまった。
「……ひぐっ……ぐすっ……」
酔いも相まってか、自分の感情がコントロール出来ず、嗚咽と共に涙が滝のように流れてくる。
「アイヴァン様、ごべんなさい…!」
柔らかなベッドの上で、頭を擦り付けながら謝罪を繰り返す。謝って済む問題じゃないとは思ってるけど、誠意は分かって欲しい。
「……それは何に対しての謝罪かな?」
「え?」
思いもよらない返答に流れていた涙がピタッと止まった。
何に対して?
その言葉が何を示しているのか分からず、首を傾げてアイヴァン様を見る。
(ん?)
目を凝らして見ると、アイヴァン様の変化に気が付いた。
会場にいた時はきっちりとした正装姿だったはずなのに、今は髪も下ろしたラフなシャツ姿。ほのかに石鹸の香りが漂い、肌に火照りが感じられるところから湯上りだと推測する。──が、それがいかに?
(んん?)
薄いシャツはアイヴァン様の厚い胸板を隠す事が出来ず、はち切れんばかりにパツパツ。それに加えて火照った体は色気を倍増させてくる。
(なんだコレ?試されてるのか?)
酔いの回っている頭で難題を解こうとしたためか、目が回ってクラクラしてきた。身体が大きく揺れ、倒れ込む前にぽすんッとアイヴァン様のご自慢の胸で受け止められた。
「すまない、意地悪が過ぎた。君が言うのはマクナリー侯爵の子息の事だろう?」
そのまま抱きしめられ、耳元に口を寄せてからの低音囁きボイス。ヒュッと息が止まりかけたほどの破壊力。
アイヴァン様にしては大胆かつ積極的な行動に、これは夢かもしれないと小さな疑いが生まれた。
夢ならこの状況下もアイヴァン様が湯上りなのも、私の願望が見せている幻だと説明がつく。
だが、この際夢でも構わない。現実ではこうして触れることは既に叶わないかもしれない。それなら、今一時の夢を見るのも悪くはない。
「うっ……っ……う……」
そう結論付けたのに、夢の中でしか触れる事が叶わないと思うと、涙が溢れて止まらない。
「ほら、もう泣かなくていい。……いや、私が悪かった。君を疑っていた訳じゃないんだ」
アイヴァン様の優しが容赦なく突き刺さる。泣くなと言われても、感情がぐしゃぐしゃで自分でもどうしていいか分からない。
「君が彼に対してなんの情を持っていないのは分かっている。だが、どうしても他の男と一緒にいる君を見たくなくて、現実から目を背けてしまった」
「いい歳した男がみっともないだろう?」と付け加えながらアイヴァン様の膝の上に座らされ、大きな腕に包み込まれた。顔を上げた時、見たのは苦い笑みを浮かべ弱り切った表情のアイヴァン様。
そんな表情して欲しくなくて、思わず手を伸ばし、頬に触れた。アイヴァン様は見せた事のない男の顔でその手を取り、手のひらにキスを……
「──!?!?!?!??!?」
柔らかな感触が、手のひらを伝わって全身に巡ってくる。
(ゆ、夢にしてはリアルな感触)
夢だと分かっていても、ドキドキが止まらない。これが現実だったら、軽く死んでいたかもしれない。
激しく脈打つ心臓を落ち着かせる為に呼吸を整える。
「ふっ、涙は止まったようだな」
真っ赤に腫れた目の下、涙の痕を拭うように触れてくる。せっかく落ち着きかけた心臓は再び激しくなる。
「さあ、まだ酔いが冷めていないだろ?しばらく休んでいなさい」
「──あ!」
ベットに寝かされ、アイヴァン様との距離が遠くなる。
(まだ、もう少し……)
一緒にいたい。そう願うが、言葉よりも先に体が動いてしまったようで、アイヴァン様のシャツの裾をしっかり握り締めていた。
自分でもとことん諦めが悪いと思う。
「おやおや、私の婚約者殿は随分と甘えたがりだな」
まだ婚約者と呼んでくれるのか…どこまでも私に都合のいい夢だと自嘲するばかりだった。
「ほら、眠るまで一緒にいてやるから」
ベット横に置かれた椅子に腰かけ、布団を被せてくる。
「……アイヴァン様……」
「ん?」
「腕枕、して欲しいです」
「!!」
どうせ夢なら少しぐらい願望を口にしてもいいだろうと、恐る恐る伝えてみた。
案の定、アイヴァン様は驚きと戸惑いの表情を見せていたが、意を決したように布団の中へ入ってくれた。
横に寝転がり、血管の浮き上がった太くて逞しい腕が枕と一緒に並ぶ。その腕にソッと頭を乗せた。
(お、おぉ!)
もう頭の中は狂喜乱舞。
「私の腕では寝にくいんじゃないのか?」
「全然!いつまでもこうしていたいです」
鍛えられた腕は筋肉質で硬く、私の倍ほどある太い腕は首の高さが合わず筋を痛めそうだが、そんな事よりも幸福感の方が強い。
全身でアイヴァン様の温もりを感じ、石鹸の香る胸に顔を埋め安心感を得ると、あまりの心地の良さに瞼が重くなってきた。
「……アイヴァン様…愛してます……ずっと……」
目を閉じながら呟いた。目の端から止まっていたはずの涙が一筋溢れた。
「おやすみ」
その言葉と共に、柔らかな感触を額に感じた……




